第4話

「そこはこう。テンポはもっと守って。音の伸びを意識しなさい。なんて芋っぽい演奏かしら。それにあなたは生まれた時から……」


 壁が楽譜の本棚に囲まれた狭い部屋。

 その部屋には赤と黒の絨毯が敷かれ上にはピアノが置かれてる。

 今、そのピアノの鍵盤に指をのせピアノを弾いてる少年が中年の女に怒られている。

 少年は怖々と弾く。まるで機械の様に無機質な音の羅列を。

 女はそれに対して怒る。その怒りには母が子に向ける温かな物はなく、日頃の溜まりに溜まった火山の様な鬱憤を撒き散らしている様だった。

 攻撃的な女の怒りに、少年は何が良いのか分からなくなり、ピアノを弾くのをやめた。目には少し涙があった。

 女はまたそれに怒る「どうして、何が分からないの」と。

 少年は答えない。というより答えれない。何が分からないかが分からないから。音楽の正しさが分からなかったから。そして何より女が世界で一番怖かったから。

 何もしない少年にウンザリし、女は少年を放置して部屋を出た。

 そして部屋を出る瞬間、女は吐き捨てる様に言った。


「おい! 起きろう! 」


 俺の夢はそこで終わった。



 目を開けた。瞼の裏が少しチリチリと痛い。

 目覚めは良くない、治りかけの風邪になった気分だ。

 ゆっくりと立ち上がって背伸びをする。

 欠伸をして頭を左に向けると、真正面に黒い骸骨が立っているのが見えた。

 こいつが俺を起こしたのだろう。


「あっ起きた? 」


 ケタケタと顎の関節部分を鳴らし、骸骨は目玉のある部分に赤い炎を灯した。ザ◯みたい。


「スケルトンか、何で……」


「何でって酷い。今日は俺のレッスンだぜ、忘れた訳じゃないよね、よね? 」


 寝起きだから頭がボーとしているが、だんだんと思い出してきた。

 確かに今日は、サキュバスさんのレッスンの次はこのハイテンション骸骨のスケルトンだ。

 腕時計を確認する。

 時刻は14時45分。丁度レッスンが始まる時間だ。


「ごめん。ちょっと過ぎた」


「別に良いんだぜ。それよりかなり唸ってたけど大丈夫か? 」


 眠ってた俺を怒ることも無く、むしろ心配してくれたスケルトンに感謝した。

 唸ってたのはさっきの夢のせいだ。

 夢の中で泣いてたから、それが唸り声に変わったのだろう。


「大丈夫、ちょっと夢を見ただけだ」


「えっ夢? まさかエロい夢? 」


「違う、昔の夢だよ。嫌な夢だったけどスケルトンのおかげで目が覚めたんだ。ありがとう」


 俺は小さく頭を下げた。

 スケルトンは「オッオゥ」と言った、そして肩をすくめる様な動作をした。


「ふっありがとうなんて言うなよ。嬉しくて死んじまう、まあもう死んでるんだけど」


 沈黙。

 間が生まれた。

 骸骨だがドヤッとしているのが分かる。俺今上手いこと言ったって雰囲気がこっちに伝わってくる。


「ははっオモローオモロー」


 感謝したけど、ちょっとムカついたので棒読み風に応えた。

 スケルトンの目玉の所にある赤い炎が大きくなった。


「お前絶対に思ってないだろ! あぁ何か恥ずかしいわ。もうさっさと始めてくれよレッスン! 」


 ムキになってスケルトンはピアノに向かった。

 心の中で少し笑いながら、俺はレッスンの準備を始めた。

 あの夢の事はすっかり頭に無かった。

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