第3話

 レッスンを終えて数分後。

 ピアノ椅子に座ってサキュバスさんと向かい合って雑談をする。

 雑談の中身は魔界の情報だ。

 サキュバスさんはこの町で酒場を経営しているので、色々な情報を彼方此方から聞くらしい。

 ある店に人間界のヤバイ品物がやって来たとか、住人が誰かに暗殺されたとか、幅広い話しのタネを持っている。


「……というのが今の町の状況ね。どっかの悪魔が暴れてるから気をつけたほうが良いわよ。先生は人間だからすぐ死ぬわ」


「そうですか……ありがとうございます」


 サキュバスさんの情報では、ここ最近、町で謎の悪魔が暴れてるらしい。

 留守にしている家を狙い、服や宝石などを片っ端から盗み取っていく。

 ただの強盗の様だが、違うのは、見つかると家ごと吹き飛ばして自分の痕跡を消す外道っぷりだ。

 そんな悪魔がいるので、今、町の雰囲気はピリピリとしている。


「もしかしたら此処にくるかもしれないわね」


 サキュバスさんが俺を見て、意地悪げに言った。

 確かに来るかもしれない、ドワーフの店は常に閑古鳥が鳴いてるから。

 でも大丈夫だろう。


「大丈夫ですよ。ドワーフの店に盗る様な高い物なんて無いですから」


 サキュバスさんは冗談っぽく笑った。


「ふふ。確かにそうね。あっそろそろお店に戻らなきゃいけない時間ね。はい先生。これレッスン代」


 サキュバスさんはスッと立ち上がり、手を一、二回叩く。すると空中に赤い大きな種が現れた。

 赤い大きな種をキャッチして、俺は頭を下げて言った。


「ありがとうサキュバスさん。」


 魔界にはお金に似た物はあるが、基本的に物々交換だ。

 俺はレッスン代をこの赤い種に設定している。一回のレッスンにつき二粒。

 赤い種の名はア・ヘン。怪しい名前だが警察のご厄介になる的な物ではない。

 この種は地面にまくとすぐに成長して、巨木になり、えげつない量の木の実をつける。

 木の実は食べれるので、これがあれば当分は食べ物に困らない。


「ア・ヘン、ゲットだぜ」


 嬉しかったので、どこかの黄色いネズミの相棒の決め台詞みたいに言ってみた。

 だがゲットした物の名前がアレなので決めてるというかキメてるというか……何で言ってしまったのか。恥ずかしい。

 そんなアホな事をしてるとサキュバスさんが笑った。


「先生、ヤバイ人に見えるわよ」


「ですよねー」


 恥ずかしながら、俺は赤い種をズボンのポケットに入れた。



「それじゃーね。バイバイ」


 そう言ってサキュバスさんが部屋から出た。

 部屋を出る瞬間、振り向きざまに投げキッスを飛ばしてくれた。

 少し時代を感じるな、と思った。

 だけどそれを言うと拳が飛んでくるので、俺は何も言わず小さく手を振った。

 パタリとドアが閉まった。部屋に静寂が訪れる。

 息を吐き、腕時計を確認する。

 13時46分。

次の人が来るまで一時間はある。眠いし、少し仮眠するか。



 椅子を右隅に置いた机まで持って行って座り、俺は机の上にうつ伏せになった。

 

 目を閉じた。

 広がる真っ暗な世界。

 音は無く、不気味な感じもするが、微かに匂うピアノの独特の木の香りが安心させてくれた。

 息をして、吐き出す。それをゆっくりと繰り返していく内に思考がとろけていった。

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