バルトークについてザックリ①
「ここはこんな感じです。リズムを意識すると弾きやすくなりますよ」
「ここはこうです。音は……」
「ここは……」
「この音を意識して、次のフレーズの……」
サキュバスさんがスケールを弾き終わり、曲に移行してから大分時間が経った気がする。
チラッと右腕にある時計を確認する。
13時14分。
レッスンを始めて一時間が経とうとしていた。
サキュバスさんを見ると少し疲れてる様に見えた。
今日はここら辺かな。
「サキュバスさん、今日はここまでにしましょう」
俺がそう言うと、ピアノの鍵盤から手を離しサキュバスさんがゆっくり頷いた。
「えぇ、そうするわ。あたしの頭はもう爆発しそうだもの、ピアノってやっぱり難しいわね」
そう言いながらもサキュバスさんは嬉しそうな顔だ。この顔を見てるとこっちも嬉しくなる。
「お疲れ様でした。今日は前回より良かったです。特にミスが殆どなくなりましたね」
「えぇ、最近頑張ってるのよ。ピアノが楽しくてたまらないから。早くこの曲弾ける様になりたいわー」
そう言ってサキュバスさんは譜面板に置かれた楽譜を両手で持って高く上げた。
「バルトークのルーマニア民族舞踊ですね」
バルトーク、本名はバルトーク・ベーラ・ヴィクトル・ヤーノシュというハンガリーの作曲家。
民謡や民族音楽などを世界中から採譜して研究をした近現代のパワフルな作曲家だ。
バルトークの作品には民謡などの影響がよく見られる。
ルーマニア民族舞踊はそんなバルトークの作品の中でも特に民謡らしさというのが溢れている気がする。
「これ楽しいのよ。これって六つの曲に分かれてるじゃない? 」
「はい、この曲は組曲ですから」
ルーマニア民族舞踊は6つの小曲からなる作品だ。そしてその6つにはそれぞれ名前がある。
「私はね、この六つの内の中で杖踊りが一番好きなの」
サキュバスさんはこっちが笑顔になるくらい嬉しそうに笑った。
本当に好きなんだなと思った。
サキュバスが言った曲、杖踊りは棒踊りとも呼ばれ、ルーマニア民族舞踊の最初の曲だ。
「素朴さと哀愁さが漂ってて素敵。男で例えるならいぶし銀って感じに近いかしら」
そう言ってサキュバスさんは「自分、不器用ですから」と言った。少し分かる気がした。
「面白いです。確かにそんな感じがします」
「でしょ? あとこの次の曲の、飾り帯の踊りって言う名前の曲も素敵。その次の曲も。そのまた次の曲も。それぞれに個性があって皆んな綺麗。もう何て言えばいいかしら、この曲達にあえて良かったわ」
そう言ってサキュバスさんは飾り帯の踊りのメロディーを鼻歌で歌い始める。何とも楽しそうに。
部屋に小さな鼻歌が広がっていく。
それには純粋に好きという気持ちが込められてる気がした。
何故か気持ちが温かくなる、冥利に尽きるというか、こういうのを幸せというのかな。
「魔界に来てよかった」
本当にそう思って、ポロッと小さく独り言を呟く。
サキュバスさんが不思議そうにこちらを見た。
慌てて「何でもないです」と言った。
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