ザックリとピアノの歴史①

  二階に上がり、廊下の壁に等間隔に並んだドアの一つにドワーフから貰った鍵を差し込む。

  するとドアの色が茶色から白と黒のチエック柄に変わり、一人でに開いた。


「じゃあ今日もよろしくね、先生」


  隣にいるサキュバスさんがそう言って部屋に入った。


「よし……今日も頑張るか」


うんと背伸びをして、俺も部屋に入る。

さあて、今日はどんな事が起こるかな。



  部屋に入ると乾いた木の香りがした。いつもと変わらぬ部屋を見渡す。部屋は簡素でシンプルな作りだ。

  天井に幾つかのランプがぶら下がっている灰色の四角部屋。

  右の片隅に机1つ、真ん中にグランドピアノと椅子2つが置かれている。

それだけの部屋。インテリアなどの類はない。だがこの部屋は少し変わっている。

  左右の壁には格子をつけた窓がある、しかしその窓から外の景色を見る事は出来ない。

 この部屋は異次元空間の様な物で、外とは隔絶されている。

 だから周りに気にせずガンガン弾ける。だが、ここは明かりがランプしかないのでちょっと暗い。

 それさえ除けば、この不思議な部屋はピアノの練習場所として、かなり良い部類の部屋だろう。


  転ばない様に気をつけながら部屋に入り、俺は机の上に持ってきた楽譜を置いた。

  サキュバスさんはピアノカバーを外して、グランドピアノの鍵盤の蓋を開けていた。

  88の鍵盤が艶やかに光っている。


「先生、ピアノの鍵盤数って増えたよね。あたしが人間界にいた頃は61個ぐらいだった気がするけど、今はかなり増えてない? 」


サキュバスさんが鍵盤を見ながらうーんと唸った。


「あぁピアノの鍵盤数は増えましたよ。昔のピアノの鍵盤数は確か54個でした。でも今では88になっています。ピアノのメーカーによっては88を超える鍵盤数もあります」


「何でそんなに増えたの? 」


「そうですね。鍵盤数が増えた理由は、より幅広い表現の音楽を求めた結果だと俺は思っています」


「うーん……」


 サキュバスさんは首を傾げた。

 俺は机の中にある小さな用紙と鉛筆を取り出して、簡単なピアノの歴史を書き、サキュバスさんに見せた。


「モーツァルトという有名な作曲家がいます。モーツァルトの頃は57程の鍵盤数しか有りませんでした。そして後進にベートーベンという作曲家が出てきます。ベートーベンにより音楽は一層発展します。ベートーベンの頃は最終的にピアノの鍵盤数が78までに増えます。そしてそれから音楽とピアノ作りの技術は発展し、現在の88の鍵盤数になりました」


「えっと……音楽の発展によってピアノの鍵盤数が増えていった。大体こんな感じ? 」


 俺は頷いた。するとサキュバスさんは嬉しそうに笑った。


「因みにピアノの鍵盤数は特殊な例を除いて88から増えてません。増やしても人間の耳では、綺麗な音色として聞き取れないからです」


「そうなんだ。ピアノの鍵盤って歴史があったんだ。面白いね」


「はい、でもまだピアノの鍵盤の歴史はあります。それは次のレッスンにしましょう、ピアノを弾く時間がなくなりますから。あっそれよりサキュバスさん」


「何? 」


「ピアノの鍵盤数が、今より少なかった時代を生きてたなんて凄いですね。確か61の鍵盤数のピアノは18世紀頃に作られたから、サキュバスさんの年齢は最低でも二百……ガハッ! 」


 サキュバスさんの拳が俺の顔にクリーンヒットした。

 薄暗いはずの部屋が、何故かチカチカと明るく見えた。

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