Track-12 革命前戯
「だからだからだからボクの精液をキミにそそぐぅー!!!」
ボクがシャウトするとマッスが頭とベースを振りながらアウトロのリズムを奏でる。あつし君のフィルインが終わるとボクはギターをじゃーん、と弾き下ろした。
音色の余韻が終わると、ボクら3人は顔を合わせて笑い「うえーい」とハイタッチをした。練習のかいあってか、メチャクチャだった『ボクの童貞をキミに捧ぐ』という曲はちゃんと音楽理論にそった曲になり、なおかつ男子高校生のアツイ想いをぶつけた青春パンクに仕上がっていた。自分で言うのも恥ずかしいけど結構いい曲になったと思う。
一息つくとスタジオのランプがピカピカ光り出したのでボクらは機材の片付けに入った。ベースのコードをぐるぐる巻きにしているマッスが感慨深げにつぶやいた。
「とうとう明日だな」
「うん。色々あったけどライブ前日に辿り着けたね」
「は、今回で終わりみたいな言い方するなよ」
ボクがしんみりしだす2人に振り返って言った。
「明日はオレ達 T-Massがロックという子宮を突き破って誕生する日だ!ライブを成功させたら、女子高生との甘いセックスライフが待ってるんだぜ!
成功して、性交。あつし君が死んだらラッパーに転向しようかな」
「勝手に殺さないでくれよ」
あつし君がドラムスティックをカバンにしまいながら言う。
「それにしてもティラノってほんと、面の皮が厚いっていうか、緊張とか全然しないのな。おれ、たぶん今日はほとんど眠れないと思う」
「そうだよな。オレだったらハダカで体育館の準備室に放置されるあたりで自殺してるかもしれねぇし。良く考えるとおまえ、メンタル最強だよな」
「おまえら...今さらホメたって何にもでねぇぞ」
ガラにもなく2人がボクをほめるので恥ずかしかったけど正直嬉しかった。「時間です。退室お願いします」店員が呼びにくるとボクらはスタジオを出て上の階のらーめん屋で晩飯を食べることにした。注文を頼むとマッスがおやじさんに言った。
「オレ達、明日ライブなんすよ」
「そうかい」
おやじさんが麺を湯切りながら返事を返した。すると思い出したようにボク達に言った。
「そういえばキミ達くらいの3人組も明日学校でライブがあるって言ってたな。キラキラした目をしてどんな曲をやるか話してたよ」
それを聞いてあつし君が「青木田達かな」と言うと「あんなやつらがキラキラした目でバンドやるかよ。他の出演バンドだろ」と不機嫌そうにマッスは割り箸を割った。出来上がったラーメンが並べられるとそれをボクらは速攻でたいらげた。
金を払い店の外に出ると辺りはすっかり暗くなっていた。交差点に差し掛かるとあつし君が言った。
「じゃ、おれ、こっちだから。明日頑張ろうな」
「おう、突然盲腸になったりすんなよ」
「盲腸はもう済ませたって。ティラノも遅くまでオナってないで早く休めよ」
そういうとあつし君は暗闇に消えて行った。前の方を歩いているマッスが言う。
「いや、本当にここまでやってこれると思わなかったよ」
「らしくないよ。マッス。悪いモンでも食った?」
ボクが言うとマッスは突然振り返った。そして急にボクの体を抱きしめた。アッー!!ちょ、ちょっとォー!!おまえ、最初からボクの体が目当てだったのかよォー!!あいにく周りには人気がない。ボクが覚悟を決めてくちびるを突き出すと「いや、そうじゃないんだ」とマッスがボクの耳元で言う。
「ライブ前に先に言っとく。おまえ、本当頑張ったよ。あいつらにずっとイジめられてたもんな。助けてやれなくて本当悪かった。
本当は怖かったんだよ。あいつらブチのめしても後で復讐されるんじゃないかって。なのにおまえはあいつらに正面から立ち向かってる。
おまえはオレのヒーローだ。心から尊敬してるよ」
マッスがそう言うのをボクはぽかん、とした気持ちで聞いていた。「おいおい、やめてくれよ」介抱を解くとボクは石ころを蹴飛ばした。
これまでの数週間、色んな気持ちが頭をよぎった。でも終わりじゃない。始まりなんだ。ボクはマッスの方を振り返ると言った。
「か、勘違いしないでよね!そんなこと言われても好きになったりしないんだから!」ボクが萌えアニメのキャラクターのマネをするとマッスが微笑む。
「じゃあ、この辺で。今日はどの娘で抜いてやろっかな~」
「ほんっと、おまえは緊張感ねぇな」
ボクはマッスに手を振ると家に向かって猛ダッシュで帰宅した。
深夜2時、ボクはベッドから立ち上がった。寝れねぇ。薄暗い部屋の真ん中でボクは壁に貼っている例のアニメポスターを見つめた。
ボクはこのアニメに影響されてバンドを始めようと思った。中学の時は受験勉強で忙しかったから高校に入ったらギターを買い、気の会う仲間と一緒に楽しくバンドをやりたいと思っていた。目の前のポスターには東京人物である5人の女の子達が仲良さそうに楽器を抱えて写っている。みんな聞いてくれ。ボクの夢は叶ったんだよ。ボクはポスターに近づいて彼女達を見つめた。そして本当のことに気づいた。いや、そのことをずっと気づきたくなかったのかもしれない。
これはただの絵だ。
ボクはあー、と叫ぶとポスターをまっぷたつに引き裂いた。現実のバンドはこんなに甘くない。長い間続ければ絶対メンバーとの衝突があるだろうし、売れなかったら解散、売れたら売れたで金や異性トラブルで大揉め。破滅に向かってまっしぐらだ。マッスやあつし君はボクのことをすごい、ってほめてたけどそんなことは全然ない。逃げ出したいって気持ちでいっぱいだ。紙をくしゃくしゃに丸めると窓を開けそれを放り投げた。
「あー!アー!!亜-!!!」ボクが叫ぶと下の階から「うるさい!何時だと思ってるの!早く寝なさい!」とかぁちゃんが怒鳴る声がした。
いつもなら「うるせぇ!くそばばあ!」と言い返すところだが、ボクは一呼吸置くと部屋のドアを開け階段の下にいるかぁちゃんに言った。
「かぁちゃん、いままで育ててくれてありがとな」思いもかけなかったという顔をしてかぁちゃんは「なに言ってんだい!」と顔を背けた。
ボクは続けた。
「明日、学祭でライブやるんだ。失敗して先輩に殺されるかもしれないけどやっと自分が命がけで出来るモノを見つけたんだ。こんな馬鹿なオレを誇りに思って欲しい」
ドアを開くと「ごめん、もう寝るから」と言い部屋に戻った。「ほんっと、寝ぼけてんじゃないよ!」涙声でかぁちゃんが言うのが聞こえた。
ボクはベッドに横になると目を瞑った。いままでは軽音アニメに憧れてバンドを続けてきた。でも今日からは違う。
こっからはボクだけの物語だ。ライブで演奏する自分の姿を想像するといつの間にか眠りに落ちていた。火星が地球に限りなく近づいていた。
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