終章
終
「まさか、あの身体で本当に岩浦五十海を倒すとはね。まったく、恐れ入ったよ」
五十海との戦闘後、気付けば俺は学園内の病院のその一室に寝かされていた。
なんだかんだで五体満足、そして俺は生きている。しかし、《デウス》に侵された俺の身体は依然として気怠いままだった。
「約束は約束だね」
今、病室には生徒会長の大斗乃結実と風紀委員長の九条青葉先輩、そして天之原奈月がいる。
「君の一連の問題は不問にしてあげるよ。だけど、あれだよ。わたしのさじ加減一つで、君は《デウス》を服用していた罪でブタ箱にぶち込むことができる。これは忘れないように」
大斗乃結実生徒会長はそう言った。
「つまり」
「生徒会、ひいてはこの学園のために今後も働いてもらうことになるかもね」
生徒会長に弱みを握られている状況に変わりはない。だけど、それさえ妥協すれば俺は普通に学園生活を送ることができるわけだ。
「岩浦五十海を倒したからと言って、それで【白花の誉】が壊滅したわけじゃない。《デウス》の流通にしたってそう。この学園にはまだまだ悪が蔓延っている」
俺のやったことは偉業なんかじゃない。
俺はただ悪の末端を潰したに過ぎない。これにより悪の規模が小さくなったり消えたりしたわけじゃない。
「というわけだから、次、何かを頼むときまでにちゃんと身体を治しておくこと。怪我もそうだけど、体調もね。薬はちゃんと抜いておいてね。最強は最強でなくてはいけない。最強である君だからこそ、使い勝手があるというもの」
よろしくね、そう言って、生徒会長と九条先輩は病室を去る。
残るのは天之原奈月。
最弱の天之原。しかし、俺を負かした天之原。
最強は最強でなくてはいけないと生徒会長は言ったが、しかし俺は彼女に負けたままだ。
「お前に勝たなきゃ、俺は最強になれない」
「なに、突然?」
「最強は最強でなくてはならないって、さっき生徒会長は言ったけど、俺はまだお前に負けたままだ。最強は最も強いってこと。つまり、負けは許されない。つまり、お前に勝って初めて俺はやっと最強の冠を手に入れる」
「なら、もう一度闘う?」
もし、もう一度彼女と闘えば、俺は彼女に勝てるのか。
これはもう運次第としか言えない。
彼女の魔弾《フライクーゲル》が俺を貫くか否か。それは運が左右する。ゆえに、運が良ければ俺は勝つし、悪ければ俺は負けるのだ。
そして、俺が勝つか負けるかは闘ってみなければわからない。
もし、負けたら俺はまた彼女に負けたという不名誉を授かることになる。
最強は負けられない。最強に負けという言葉は必要ない。あってはならない。
だが。
闘わなければ負けも勝ちもない。白黒はっきりしないけど、俺は負けない。勝てもしないが負けもしない。
最強は穢れない。
「ねえ、戌井くん」と天之原が言う。「最弱が唯一勝てる存在って何か知ってる?」
「は?」
「あらゆる物語において、弱者は強者を打ち破るものなのよ。つまり、最弱であるわたしは最強には勝てる」
「何を言ってるんだ?」
俺は首を傾げる。
天之原はぐいっとその顔を俺の方へ近づける。
「戌井くんはわたしには勝てないって言っているのよ」
「挑発か?」
「いや、わたしは真面目に言っている。だって、そうでしょ。わたしを負かしたいなら、今この瞬間に戌井くんはわたしに攻撃を加えればいい。いくら満身創痍でも、こんなにも近くにいる相手、しかも女のわたしを叩き潰すことくらいできるでしょ」
確かに。
「でも、戌井くんは何もしてこないよね。なんで? 正々堂々、正式な勝負じゃないといけないとか思ってるの? 正式だろうと何だろうと、勝ちは勝ちだし、負けは負け。わたしを倒したいのなら、いつだって倒せばいい」
だけど、俺は天之原に手を加えていない。むしろ、助けるまである。
五十海に狙われたときだって、俺は彼女を助けた。
俺はどうして彼女を倒さない。いつでも倒せたはずなんだ。だけど、俺はどうして……?
「戌井くんにとって、わたしはどう見えている?」
俺にとって彼女とは?
俺にとって天之原奈月とは、倒すとか勝つとか、そういう存在じゃなくなっているということか。
最強は最弱には勝てない。
あらゆる物語においては確かにそうだ。
ならば、これも、この俺の人生も一種の物語というのなら、やはり最強は最弱には勝てないのか。
「最強であるはずの俺はなぜか最弱の君には勝てない、というわけか」
「最強だからこそ最弱のわたしには勝てないんじゃないかな」
「俺にとってお前はいったいどういう存在なんだ」
「それはわたしの知るところじゃないよ。それは戌井くんが考えること。いや、まあ考えないと言う選択肢もあるだろうけど」
考えないなんて選択肢は俺にはなかった。考えないようにしても、どうせ考えてしまうのだ。ならば、考えた方がいい。
「もし、それを考えると言うのなら、わたしはその答えが出るまで待っていてあげる」
考えることなんていっぱいある。
天之原のこと、最強のこと。
俺は確かに最強だ。だけど、この最強はまだ到達点に至っていない。
そして、天之原奈月は俺にとってどういう存在なのか。
もし、どちらかの答えが先に見つかったとき、もう片方の答えも自ずと見つかってくるのだろうか。
今はそう信じるしかない。
彼女を見つめたその先にすべての答えが待っている。
ならば、俺は。
「俺は、お前と向き合うよ。そして、答えを見つけ出す」
俺が言うと、彼女は微笑み、たった一言。
「うん」
そう言った。
学園最強であるはずの俺はなぜか最弱の君に勝てない 硯見詩紀 @suzumi_shiki
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