第13話

 銃声が響き、五十海の背後の祭壇に飾られていた杯が飛んだ。


「どこ狙ってるんだよ、最弱さん」


 五十海がそう言って視線を送るのは俺の背後にいる天之原奈月だった。


 振り返って天之原の方を見れば、確かに彼女は拳銃を構えていた。


「今日は、運が悪かったみたい」


 と、彼女は言ってたははと笑う。


 いや、運も何もお前はそもそも下手だろ。


「へたくそのくせに何言ってんだ、みたいな顔をするのはやめてほしい」


 天之原はそう言ったが、いや、そう言われてもお前が下手なのは事実だ。


「わたしだって運がいいときは狙った場所に命中させることができるんだよ。わたしの唯一の技。魔弾《フライクーゲル》。二分の一の確率で狙った場所に命中させることができる」


「そんなこと言われても当たらなければただの弾丸。魔弾でも何でもない。それに、きみは魔力が少ない。その技、何度も出せるものなのかな?」


 五十海がそう言った。天之原は苦笑い。


「じゃあ、きみ、邪魔だからとりあえず黙ってて」


 五十海は振り上げたままだった刀を振り下ろす。天之原を殺すつもりだ!


 最強に勝る最弱。俺にとっては目の上のたんこぶで、しかも俺がこうなった原因の人物だ。


 だから、見捨ててもいい存在。


 そう考えるのが妥当。


 そのはずだ。そのはずなのだ。


 だけど、俺の身体は天之原を助けんと動き始めていた。つまり俺は彼女に死んでほしくないと思ってしまったのだろうか。もしくは単純に死人を出したくないだけか。


 何にしたって俺は彼女を助けるために動いていた。


 俺が他人を助けるために動いていた。この事実に俺が一番驚いている。


 五十海の刀が振られる。


 俺は五十海に背を向けて彼女を庇う。


 赤い血が散って、激痛を感じるのは俺。


「ぐっ」


 背中に受けた傷を俺は見ることができないが、俺は俺の背中にパックリと開いた傷があることを知覚する。


 頽れる。


 しかし、俺はそのまま地面に伏すことはなく、倒れようとしている俺の身体を誰かが支えてくれた。言わずもがな、天之原だ。彼女が俺の身体を受け止めてくれたことで、俺は倒れることを避ける。


「だ、大丈夫!?」


  天之原が焦りの表情を浮かべて心配してくれる。


「お前が余計なことしなければ、こんなことにはならなかったんだけどな」


「ご、ごめん……」


 言って、彼女はばつが悪そうな顔をした。


「だけど、まあ、感謝はしておく。あそこで撃ってくれなきゃ俺の首は刎ねられていたかもしれないし」


「なら、最初からそう言いなさいよ。わざわざ憎まれ口を叩かなくても」


「そういう性格なんだ」


 天之原の肩を借り、俺は立ちあがろうとする。


 しかし、天之原が「ちょっと待って」と俺の耳元で言って、俺を制止する。


 天之原はそのまま俺の耳元で小声で言う。


「彼の弱点がわかったわ」


「え?」


「あれはいわゆる鎌鼬よ。中国神話に登場する窮奇きゅうきがベースね。そして、窮奇は北風を吹かせる風神。つまり、わかるわよね?」


「北向きにしか作用しない」


「そう。わたしたちは彼から見たら、北の位置に立っている。だからこうやって攻撃を受けている。だけど、少しでも違う方角へ移動すれば……」


「攻撃は意味を為さない」


 どうしてそんなことがわかったんだろう、なんて疑問はさておいて。今は彼女を信じるしかない。


 だから、俺はさっそく行動に移す。


 今度こそ、立ち上がり、俺は五十海と対峙する。


「しぶといよね、涼梧くん。いい加減、倒れてよ」


「倒れるなら、お前を倒してからにする」


「それじゃあ、ダメだよ。それって僕が負けるときじゃん」


「だから、負けるのはお前なんだよ」


 俺は駈ける。正直に真正面へ駆けるのではない。横へ、五十海の視線から外れるように駈ける。理想としては彼の背後に回り込めればいいけど、最低でも彼の横へ付ければいい。


 しかし、そうは問屋が卸さない。


 俺の行く手を阻むのは風の壁。鎌鼬が一閃、俺の鼻先を掠める。


「どうしてわかった?」


 そう言って、五十海はこちらを睨む。


「俺は知らない」


 お前の技の秘密を明かしたのは俺ではない。俺に訊かれても、答えようがない。


 五十海は天之原の方に視線を向ける。


「お前、何者だ? ただ僕たちの闘いを見ていただけで、俺の技を見破れるのか?」


「どうしてわたしが見破ったと言えるの?」


「涼梧くんは知らないと言った。なら、お前が僕の技を見破って涼梧くんに吹き込んだんだろ。普通に考えればわかる」


「確かにわたしが見破った。だけど、どうやってそれをしたかって言ったところでどうなるの?」


「涼梧くんを殺す前にお前を殺す。もし、見ただけで弱点を見破れると言うのなら、それはとても厄介だ」


「そう」


 彼女は徐に左目に手を遣って、何かを外す動作をする。


「……」


 思わず息を呑む。


 綺麗な碧眼がその左目にあった。


「《ウアジェトの眼》。これはすべてを見通す目。つまり、この目によれば見たものの弱点を見通すことができる」


 彼女の秘密。いつか見た碧眼。


「ちなみに、この目には癒しの効果もあるわ」


 俺が狂ったとき、俺は彼女の碧眼を見た。そして、気分が落ち着いた。


「どうせだからネタバレをすると、この目の力と《フライクーゲル》があったから、わたしは運よく最強に勝つことができたのよ」


 二分の一の確率で狙った場所に弾丸を撃ちこむ《フライクーゲル》。そして、弱点を見破る《ウアジェトの眼》。


 なるほど、確かに、俺が彼女に負けたのは俺の運が悪かったからだ。


 俺は彼女に弱点を見破られ、二分の一の確率で狙った場所に撃ちこまれる魔弾を受けた。


 ゆえに俺は彼女に負けた。最強であるはずの俺が最弱の君に負けたのだ。


「やはり、とても厄介じゃないか。涼梧くんより先にお前を殺した方がよさそうだ」


 言って、五十海は刀を振る。


 彼が刀を振り始める動作と共に俺は駈けて、天之原の前に立つ。そして、彼が刀を振り終わったと同時に、俺は俺の刀を振った。


 俺の刀と鎌鼬が激突し、鎌鼬は俺の刀としばし拮抗した後、霧散した。


 いける。五十海の動きをよく見ていれば、彼の動きに上手く合わせられれば、この鎌鼬に対抗できる。


「邪魔しないでくれるかな」


「いや、一応、最強であるはずの俺からしてみればだな、最強を差し置いて最弱の相手をするなんて、赦せないんですけど。……まずは俺と闘おうぜ。なあ、五十海よ」


「ああもう、わかったよ!」


 そして、彼は刀を振る。俺も刀を振る。


 振って、振って、振って。鎌鼬が襲いかかる。


 俺も刀を振りまくる。すべては無理だけど、俺は鎌鼬をいなす。


 しかし、これではきりがない。どちらかが力尽きるのを待つか。それにしたって、俺が力尽きる確率の方が高い。


 動きがない。


 どうすればいい。動かなければいけない。


 鎌鼬をすべていなせるわけではない。いなせなかった鎌鼬は俺を傷付ける。


 これではやはり、俺が負けてしまう。


 横へ避けるわけにはいかない。背後には天之原がいる。俺が横によければ、鎌鼬は天之原に襲い掛かる。


 ならば、ここは一つ。


 ここは一つ、決断するしかないらしい。


 前へ。


 この身体を心配しない。どうせとうにぼろぼろの身体だ。


 前へ。


 前へ駈ける。


 足を動かす。


 鎌鼬をいなすのをやめる。鎌鼬が思いっきり俺を襲う。


 だけど、足を動かす。


 前へ。前へ進むために。


 「おおおおおおっ!!」


 進む。叫びながら俺は前へ駈ける。駈ける!


 そして迫る。


 俺は五十海の眼前に迫る。


 刹那、ぶちっと腱か何かが切れて、俺は右足が思うように動かせなくなる。だけど気にしない。咄嗟に俺は左足に力を入れて、踏ん張って、刀を振った。


 血が飛ぶ。


 俺のではない。


 右腕が斬り飛ばされる。


 しかし、これも俺のではない。


「がぁうぉああぅ!」


 呻くのは五十海だ。


 俺の振るった刀が五十海の右腕を斬り落とす。右腕と一緒に刀を失った五十海。


 俺は次に刀を下段から上段へと振り上げる。腹部から肩口にかけてばっさりと俺は五十海を斬り捨てた。


 倒れるのは俺ではない。


 地面に伏すのは五十海だ。


 誰も彼を支えない。彼は容赦なく地面に叩きつけられた。


 緊張の糸が解けて、俺はここで初めてまともに呼吸をした。


 肩を上げて呼吸をする。


 疲れた。しかし、これで終わりだ。


 倒れるなら五十海を倒してから。


 もういいよね。


 もう立っていられないくらいに疲れているし。


 だから、


 俺は大の字で仰向けになって倒れる。


 そして、眠る。


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