第10話

 風紀委員の奴から「一緒に来てくれますか?」と言われたが、正直俺は嫌だった。だって、なんだか面倒そうじゃん。


 だから、


「え、なんで? なんか話があるならここですれば? 正直言って、面倒だから行きたくない」


 と言ったら、拘束されて力づくで部屋から出され、自律的に走行をする自動運転車に乗せられて連行された。


 これではまるで俺が罪人みたいではないか。


 なんだ、なんだ。何が起こっているんだ。何がどうなって、俺はこんな目に遭っている?


 なんて考えを巡らせていると、連れて行かれたのは生徒会が詰めている建物だった。


 生徒会に連れて行かれることを俺はした? それとも生徒会が俺に何か頼み事? 役員になってくれって頼みだったら普通に俺は断る所存だけど。


 車から降ろされる俺。二人の風紀委員は俺の両腕をしっかりホールド。


 俺は引きずられるようにして連れて行かれる。


 生徒会の詰所に入り、エレベーターで最上階の三階へと上がり、そして生徒会長室の扉が叩かれる。


「失礼します」と俺の右横の風紀委員が言って、生徒会長室に入室。


 生徒会長室には生徒会長、役員が数人――役員の中にはサマーコンペティション決勝で俺が下した武塔李天もいる――そして、風紀委員長の九条青葉先輩がいた。


「はい、どうも」と生徒会長が言った。


 仰々しい机と椅子は生徒会長という長に相応しいもので、そんな椅子に座っているのが生徒会長。


 しかし、仰々しい椅子に似合わず生徒会長自身は小柄な少女である。これで三年生で俺にとっては先輩に当たると言うのだから驚きだ。


 黒髪をツインテールに結っている童顔な生徒会長、その名は大斗乃おおとの結実ゆみ


「君らは出ていっていいよ」と生徒会長である大斗乃先輩は言う。すると、今まで俺を拘束していた風紀委員二人は生徒会長室を出た。


「さて」と大斗乃先輩。「どうして、君がここに連れてこられたか。君はわかるかな?」


「いや……」と俺は端的に答えた。


「ははっ」と大斗乃先輩は笑う。「マジで言ってんの? 自覚なしってやつ? ウケるわー」


 バカにされたみたいで少しムッとなる俺。


「わかんないなら、教えてあげるよ」大斗乃先輩はそう言って、俺に鋭い視線を送る。「戌井涼梧、君は手を出してはいけないものに手を出した。だから、少しばかり折檻をしようと思う」


「は? 何を……」


「これなーんだ?」


 そう言って、大斗乃先輩が取り出したのは――《デウス》だった。


「……《デウス》」


 というか、どうして大斗乃先輩がそれを持っているんだろうか。


「そう。巷で流行っている《デウス》だよ。君はこれが何か知っているかな?」


「それは……」


 お香。しかし、これがお香ではないことくらいとっくに俺はわかっていた。


「最初はお香という触れ込みで手渡されるんだろうけど、使っていれば次第にそれが何だかわかってくる。だけど、わかったときにはもう遅い。使用者はとっくに《デウス》の虜だよ。君もその一人だろ?」


「……」


 なんと答えればいいのだろうか。わからない。


 黙っていると大斗乃先輩が口を開く。


「こいつは危険ドラッグだ。使えば、魔力の分泌量が過剰になり、五感が冴え渡り、多幸感と全能感が味わえる――そう、まるで神様にでもなったような気分になれるお薬だよ。ま、使っていればわかることか」


 そういえば、と先輩は話を続ける。


「君は知っているかな? 危険ドラッグっていうのはさ、使っちゃいけないお薬なんだよ? 合法ハーブとか昔は言われたらしいけど、いやいや、こいつはまったくの非合法だ。使用することは法律に反する。つまり、使用者には罰則が必要になってくる。わかるよね?」


「そりゃあ、法律に反すれば罰せられますよね」


「わかっているじゃないか。じゃあ、言質を取ろう。君はこれを使っているね? サマーコンペティションにしたって、これの力あってこその優勝だろう?」


「……いや」


「くははっ」大斗乃先輩は心底おかしそうに笑う。「落ちたものだね、最強も」


 落ちた? 俺が? いや、俺は最強だ。落ちてなどいない。


「俺は最強だ」


「サマーコンペティションで優勝して、最強に返り咲いたから、自分は最強だと言うのかい? まったく、バカバカしい。《デウス》の力で取り戻した最強の座、そんなのはただの偽りの栄光だ」


 とりあえず、と先輩は言って話を続ける。


「まずは言質だ。これは君の《デウス》だね。そして、君はこれを使った。君は否定をしたいらしいが、私が今持っているこの《デウス》は君のバッグの中にあったものだよ」


「は?」


「善良な市民が提供してくれたんだ。君のバッグの中にあったからって」


 バッグの中には二袋の《デウス》が入っていた。しかし、俺の知らぬ間にそれは一つになっていて。


 誰かが盗ったということか? いつ、どのタイミングで?


 考えて、考えて――気づく。


 そうだ、天之原奈月。


 俺は彼女と同じ空間で一夜を過ごした。あのラブホテルで。そして、彼女は俺より先に目覚めていた。つまり、俺が眠っている隙に俺のバッグから《デウス》を盗ることが可能。


「……っ」と俺は歯軋りする。あいつめ、余計な真似を。ふざけんじゃねぇ!


「怒るのは筋違いってもんだよ。君がすべきことは怒ることより、その市民に感謝することだ。あの子が君のバッグから《デウス》を盗らず風紀委員に提出しなかったら、君はこれからも何食わぬ顔で《デウス》を吸うだろう。で、君の《デウス》だよね、これ?」


「黙秘権を行使する」


「なるほど、そう来るか。でも、たぶんそれは今に無意味になるよ」


「?」


「風紀委員が今、君の部屋を調べているからね」


「は!? ちょっと待て、俺は何の許可も出してねえぞ?」


「あ、忘れてたけど、これ、捜索令状ね」


 大斗乃先輩は懐から一枚の紙を出して、それをこちらへ投げる。ひらひらと、それは飛んで、俺の足もとに落ちた。見れば、確かにそれは令状だ。


 不意に、ぷるるると電話の呼び鈴が鳴る。


 音の方を向けば、そこには九条先輩がいた。呼び鈴は九条先輩のスマホから鳴っている。


 九条先輩は電話に出る。


「もしもし。……うん。そう。わかった。どうも、ありがとう。お疲れ様」


 そして、通話は終了する。


 九条先輩は大斗乃先輩にこう言った。


「戌井君の部屋から大量の《デウス》、あと使用の痕跡がある煙管パイプが見つかりました」


「そう、わかった」


 大斗乃先輩がこちらを向く。


「さて、黙秘権を行使するのもいいけどさ、パイプに付着した唾液のDNAを調べれば、君が《デウス》を吸っていたことは明らかになるよ。もう吐いちゃった方が楽になるんじゃないの?」


 言わなくても結局ばれる。言ったとしても、どうなることやら。


 だけど、言えば罪が軽くなるのではないだろうか? 


 そんなことを思い、俺は口を開く。


「……確かに、俺は《デウス》を使った」


「はい、言質いただきましたー」


 小ばかにするみたいに大斗乃先輩は笑って、そう言った。


「それにしたって、偽りの栄光で満足するなんて最強の戌井涼悟も堕落したものだね。つまらん人間になったよ、君は」


「《デウス》を使おうと、そうでなかろうと、俺が最強であることに変わりはない。それに、手放したものを取り戻すためにはどんなことだってするだろう、普通」


「ほう、なるほど」


 そう言って、大斗乃先輩は椅子から立ち上がり、机の上に乗り、そこから跳んで俺に蹴りを入れてくる。


 俺は腕で蹴りを防ぐも、反動で飛ばされて床を転がる。立ち上がろうとするけど、それより先に大斗乃先輩が俺の頭を踏んだ。


「以前の君なら、もっと早く反応できていたと思うけど。《デウス》が切れかかってて、身体が怠いんだろう? 君は本当に最強なのかい。このざまで自分がまだ最強と言うのなら、私は君を嫌悪する」


「俺は……」


 俺は最強なのか?


 いや、最強だ。


 サマーコンペティションで優勝して、最強に返り咲いた。


《デウス》の力で? いや、優勝したのは俺の力だ。


 本当に?


 もしかすると《デウス》の力かもしれない。いや、そんなことを思うな。俺は俺の力で最強になったのだ。


俺は、最強だ! 最強の、はず……なんだ……。


「お薬キメて手に入れた最強という栄光に、いったいどんな価値を見出した? 私には、君が手にした栄光は空虚で無価値なものにしか見えない。君の手にした栄光は偽りだ。真の栄光とは言えないと思うけど」


 俺が手に入れた栄光の価値。最強という栄光は、偽り?


「最弱に負けたことで、最強のプライドが傷つけらた君は、サマーコンペティション絶対優勝の目標を立てた。だけど、次第にそれがプレッシャーになって、だからそのプレッシャーを忘れるために《デウス》に手を出した。つまり、君は《デウス》がなければ優勝以前にプレッシャーに負けていたんだ。自分の弱さを受け入れられず、《デウス》を使って弱さを隠した。これは、最強のすることなのかな?」


 プレッシャーがあったのは事実だ。


 最弱の天之原奈月に敗北して、俺は最強ではなくなった。いわゆる挫折をしたのだ。そして、俺は最強にこだわった。今まで最強だったから、俺は最強でない俺を受け入れられなかった。だから、俺は最強でなくてはならないと思い、だから最強に返り咲くためにサマーコンペティション出場を決めた。


 最強の冠を再び被るためにはサマーコンペティションで優勝することが必至だ。


 絶対に優勝しなければならない。それは俺にプレッシャーとしてのしかかった。


 そんなとき、《デウス》と出会った。使えば幸せになれた。プレッシャーとか考えられないくらい幸せになれた。


 だから、俺は依存した。《デウス》に。


 ああ、なるほど。


 ――俺は《デウス》の力があったから、最強に返り咲けたのか。


「俺は……、俺は、最強じゃ、なかった? 俺の掴んだ栄光は、無価値、だったんだ……」


 俺の掴んだ栄光は無価値だ。偽りだらけの無価値なものだ。《デウス》という反則技を使って掴んだ空虚な栄光。ただの偽物。


 偽物は偽物でしかなく、それに本物としての価値はない。偽物には何の価値もないのだ。価値があるのは本物だけ。価値のあるものが本物だ。


「わかったかな、最強(笑)くん。じゃあ、そんな君に一つ、私から教示してあげる。――真の強さっていうのはさ、弱い自分を受け入れることで手に入るんだよ」


「……」


 ありきたりな言葉だった。正論といわれる部類の言葉。


「私もさ、正論を並び立てる人っていうのは嫌いだよ。でも、正論は正しいから正論なんだよ。つまりさ、私の言ったことは正しいってこと」


 真の強さとは、弱い自分を受け入れること。


 つまり、俺が真に最強になるためには弱い自分を受け入れることからしなくてはいけない。


 俺の弱さとは何だ?


 きっと、逃げたがりの性格だ。楽な方へ逃げてしまう。だから俺は《デウス》に手を出してしまったわけだし。


「理解したかな。ならば、よろしい」


 大斗乃先輩は俺の頭から足をのける。それから、彼女は俺の髪を掴み上げ、強引に俺の顔を上げさせた。


「さて。本来ならば、ブタ箱にぶち込んでやってもいいけど。君に免じて、ここは一つ、取引をしよう。恰好よく言うなら司法取引ってところかな。どうする。やる? やるなら、頷きなさい」


 俺は、頷いた。

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