第6話

《デウス》を吸っていたら、空は暗く、星が煌めく時間帯になっていた。


 早く晩御飯を食べに行かないと。


 ここは沢瀉学園だ。いろんな商業施設があろうとも、学園であることは変わらない。学園にある店舗はコンビニを除き二十三時に軒並み閉店。寮にしたって二十三時以降は外へ出られないようになっている。外からも内からも寮の扉を開けることはできない。


 今の時刻は二十一時。こうしてはいられない。早く準備して、飯を食いに外出しよう。


 鞄を持つ。鞄の中には《デウス》を二袋ほど入れておく。


 寮を出て向かうはやはりM区画。


 二十一時となると、真面目な奴らはもうおらず、M区画にいるのはいかにも遊んでますよって感じの奴ばかり。真面目な奴は陽が暮れれば寮へ戻り、外へは出ない。


 夜遊び上等な奴らを傍目で見ながら、俺はどこで飯を食おうかしらとM区画を歩く。まあ、別に何が食べたいというわけでもないので、何だかんだで牛丼屋に落ち着いた。


 頼めばすぐに牛丼は運ばれてくる。俺はそれを口にかき込み、晩御飯とする。


 牛丼大盛り一杯を食せば腹は太り、満足だ。なので、俺は牛丼屋を出た。


 牛丼屋を出て、何か用はないかなと一考するが何も用はないので、このまま寮へと帰ることにする。


 夜だから暗いのは当然だが、M区画はまだショーウインドウなど店舗の明かりで結構明るい。ただ、店と店の間などの裏路地となれば、やはり暗い。暗いと言うよりは闇で、一寸先も見えやしない。こういう裏路地にはいわゆるヤンキーとかが棲息しているのだろうか。


 不意に。

 がらしゃん、という何かが物同士がぶつかったみたいな音が裏路地の方から聞こえてくる。


 俺はそのくだんの裏路地の方を向くが、暗くてよく見えない。だけど、なんか足音が聞こえてくる。複数名の足音だ。


 そして、飛び出してきたのは一人の少女で、彼女は勢い余って俺にぶつかる。俺はぶつかって来た少女を受け止めた。


「うぉっと」とびっくりするのは俺。


「きゃ」と少女も驚いた様子。


 俺は俺の胸に飛び込んできた少女が誰なのかを確認する。彼女の顔はどこかで見たことがある。


「天之原?」


 飛び出してきたのは天之原奈月だった。


「戌井くん」と言う天之原の表情は切羽詰まっていた。


 裏路地からはまた足音。


 それを聞いた天之原が咄嗟に俺の背中に隠れる。


 なんだ?


 天之原に続いて、裏路地から現れたのは夜遊びに女遊び上等な頭髪は金というより黄色な俗に言うヤンキーが四、五人だった。


 彼らは俺を視認する。途端に顔を歪めた。


「戌井……」と、嫌なものでも見たかのように一人がそう言った。


「なんだ?」と俺は言う。


「いや」とヤンキーの一人。「あの、別に……」


 たぶん、こいつらは天之原奈月を追っていた。でも、どうして?


「天之原に何か用でもあるのか?」と俺は訊く。


「あ、いや、なんでもないです。失礼します!」


 ヤンキーたちは裏路地へ戻っていった。最強の俺に怖気ついたようだ。それにしても、ヤンキーって本当に裏路地に棲息してるのかな。


 さて。


「で、お前はどうして追いかけられてたんだよ?」


 俺は俺の背中に隠れていた天之原に訊く。彼女はヤンキーたちが消えたことを確認して、ほっと吐息を吐いてから、口を開く。


「簡単に言えば、わたしが最弱だからだよ」


「は?」


「最弱ってことは、最も弱いってこと。つまり、わたし以下はいないんだよ。いるのはわたし以上の人間だけ。そして、わたしは女子だから、わたしに乱暴をしようっていう輩が少なからずいる。わたしなら乱暴しても抵抗されない。抵抗されたとしても、その抵抗は無意味。だって、わたしは最弱だから。最弱の抵抗なんて抵抗のうちに入らない」


「風紀委員に相談は?」


「相談しても状況は変わらない。相談したからと言って風紀委員が逐一わたしを見守ってくれるわけじゃない。やってくれるのは見回りの強化くらい」


 最弱の扱いは酷いらしい。しかも、天之原は女子である。最弱なら乱暴もしやすいだろうと考える輩がたくさんいるわけだ。


 あのヤンキーたちはそういう輩の一つ。


「よくあるのか、こういうこと」


「もう慣れたわ」


「お前、よく今まで生きて来られたな」


「それはわたしも思う。よくもまあ、今まで純潔を守って来られたなって」


 さらりとデリケートなことを言っていないか、お前。


「あ、でも」と天之原は言う。「あなたに勝ったときはこういうことは減ったわね。まあ、あなたがサマーコンペティションで優勝しちゃってからは、また増えだしたけど」


「俺を責めるか?」


「いや、別に。たぶん、こういうことはゼロにはならないから。それこそ、わたしが最強になれば話は別だろうけど」


「それは無理だな。俺はこの座を誰にも渡さないから」


「そうでしょうね」


「ところで、お前はもう用はないのか?」


「ええ、もう帰るだけだけど」


「そうか。どうせだから、一緒に帰るか。俺と一緒なら安心だろ」


「戌井くん、そんなに優しい人だっけ?」


「男子寮と女子寮はお隣同士だろ。どっちにしたって帰り道は一緒だ。一緒に帰るのが合理的だって話」


「優しいって言われて、照れてるの?」


「照れてねーし」


 俺は歩き出す。天之原は俺について来た。


 ――と、突然に。


 M区画から明かりが消える。


 M区画の店舗が一斉に消灯したのだ。ぽつり、ぽつり、とコンビニの明かりはあるが、それ以外の明かりはない。


 え? と思い、スマホを出して時間を確認。


「嘘だろ?」


 と、声を出しても、時刻は変わってはくれない。


 スマホのディスプレイに表示されている時刻は――二十三時。


 学園内の店舗はコンビニを除き二十三時に軒並み閉店する。そして、寮の扉は二十三時以降は開閉できない。


 つまるところ、


「寮に帰れないじゃん」


 寮に帰れないということは、自室に戻ることが叶わないということ。


 これが意味するところは至極簡単。


 いったいどこで俺たちは一夜を過ごせばいいのだろう。


 俺と天之原はお互いに顔を見合わせ、それから途方に暮れた。


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