第3話

 行くとしたらマーケット区画――M区画だ。


 俺は手っ取り早く準備をして寮を出る。


 仕入へ向かうと言う五十海と部屋を出たところでちょうどかち合ったので、途中まで一緒に行くことにした。


 彼がどこへ行くかは知らないが、M区画を通るとのことだった。


 M区画はいつものように賑わっている。恋人つなぎをする男女に、男女の団体様に。


 以前までなら、俺に喧嘩を吹っかけてくる輩がいてもおかしくないが、もうそんな奴はいなかった。ガラの悪そうな奴らは俺を見ると途端に萎縮している。


 この反応を見て、ああ、俺は最強に返り咲いたんだなと実感する。同時に、俺は優勝の実感を感じつつあった。


「あ、戌井さんじゃないっすかぁ」


 声がして、俺は振り返る。


 どこぞの家畜牛みたいに耳に鼻に唇にとピアスをじゃらじゃらつけた男を筆頭に十人ほど、ガラの悪い奴らがやってきた。彼らは俺の足元に跪いて、まるで俺に忠誠を誓うみたいな恰好になる。


「なんだ?」と隣の五十海が俺に訊く。


 いや、訊かれてもわかんねーよ。


「さあ?」と俺も首を傾げた。


「あのぉ」と集団を代表してかピアス男が言う。「サマーコンペティション、優勝、おめでとうございます」


「おめでとうございます!」と残りの男たちがピアス男に続いて言った。


「それは、どうも」


 俺はそっけなくそう言っておく。


「俺、戌井さんはやる奴だって信じてました。だから、これから俺らとご贔屓にしてくれませんかね? 俺、マジ、戌井さんリスペクトしてますから。どこまでもついて行きますから!」


「おねがいしますっ!」と男たちが声を揃える。


 俺が最弱に負ける以前、俺の周りには取り巻きがいっぱいいた。最強の威を借りたい、そういう奴らが。だが、俺が最弱に負けた途端、そいつらは俺のもとを去った。去って、逆に俺に喧嘩を吹っかけってくる始末であった。


 そして今。


 サマーコンペティションで優勝したことで、俺はまた最強になることができた。


 だからなのだろう。こうやって、再び俺に好かれようとする奴らが出てきたわけだ。


 バカバカしい。


 偽りの友情に、偽りの尊敬に、いったい何の価値があろうか。


 マジリスペクト、とか言われても、リスペクトされてる感じはまったくしない。


 ここで端的に「いやだ」と言ったら「ふざけんな」という具合に、争いの種になるだろうか。かと言って、取り巻きを持つ気なんてさらさらない。


「なら、一つ試練を与える。それに耐えられたら、お前たちは俺の仲間だ」


「し、試練ですか?」


「お前の顔にピアスは何個ある?」


「え、えと、ピアスですか?」


「いいから答えろ」


「両耳に一個ずつ、鼻に一つ、唇に三つ」


「よし、じゃあまずは鼻から」


 俺はピアス男の鼻についているピアスを掴む。


「え?」とキョトン顔のピアス男。


 俺は掴んだ鼻ピアスを思いっきり引き抜いた。ぶちぶち、と男の鼻は裂け、鼻の穴は一つになる。


「ふぐぉおおぅっ!!」


 ピアス男は鼻を手で押さえてのた打ち回る。押さえている手、その指の隙間からは赤い血が流れていた。


「お前、この前、俺に絡んで来た奴だろ。せっかくだ。復讐がてらの試練として、お前のピアスを全部引っこ抜くまで、お前が逃げ出さなかったら、お前たちを認めてやる。……さあ、次はどこのピアスにする? 耳か、唇か」


 まるで鬼でも見てるみたいな顔をこちらへ向けるピアス男。


「なんだ、文句でもあるのか?」


「ふごっ。ごぶぉっ」


 呻くだけで何を言っているのかわからない。まあいいや、次のピアスを引き抜こう。


「次は耳にするか。右か左か、うーむ、左かな」


 そう言って、俺は手を伸ばす。


 だが、


 ピアス男は足をばたつかせて、地面を這うようにして俺から遠のく。そして、かろうじて立ち上がり、そのまま走り去っていった。


「あ、ちょっと」という感じで、残りの男たちもそのピアス男を追うようにして、俺のもとから去っていった。


「酷いことするね、涼梧くん」と五十海。


「取り巻きを持つ気はないからな。かと言って、頭ごなしに『いやだ』と言えば争いの種になるかもと思って、丁重にお引き取りしていただいたまでだ」


「酷い丁重が世の中にはあるものだ」


 五十海は腕時計に目を落とし、


「じゃ、僕はここら辺で。またあとで会おうね、涼梧くん」


 そう言って、五十海は俺のもとを去る。


 さっきまで行き交う人たちはこちらに注目していたが、それはもうない。何事もなかったようにみんないつもの自分の日常を楽しんでいた。


 では、俺も普通に昼飯を食おうか。


 適当に見つけたファストフード店に入って、俺はそこで昼食をとった。

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