第12話
闘技場へ繋がる廊下を歩き、そして扉をくぐり、俺は闘技場へ入る。
対面からは俺の持っている刀よりも長い七尺ほどの大太刀を手に持った、これまた大柄の男、武塔李天がやってくる。
凡人ならば武塔先輩の大きな体躯に気圧されるところなのだろう。だが、俺はとくにそんなことはなかった。だって、俺は眼の前のこの男に勝つべき男だ。気圧されていてはいけない。むしろ、こちらがあちらを威圧する勢いでなくてはいけない。
『決勝戦。戌井涼梧対武塔李天の試合を開始します。……試合を開始してください』
合図と同時に俺は駈け出す。
駈けて、鞘から刀を抜き、刀を振り上げて、武塔先輩の眼前で振り下ろす。
武塔先輩は大太刀を鞘から抜く暇もなかったのか、俺の振り下ろした刀を鞘に収まったままの大太刀で防いだ。
俺は武塔先輩と距離を置き、そしてまた駈け出す。
武塔先輩は大太刀を鞘から抜き、その刀身を剥き出しにさせ、それを大きく振る。
俺の刀と武塔先輩の大太刀が激突し、金属音を響かせる。
武塔先輩は俺の腹を蹴り、俺は転がる。地面を転がる俺に向かって、武塔先輩は迫り、大太刀を振る。俺は咄嗟に立ち上がって、刀でその斬撃を防ぐ。重い斬撃で、俺は片膝をついた。
圧されるな。圧せ。
俺は力を/魔力を振り絞る。
圧せ。圧せ。圧して圧して、圧しまくれ。
そして。
俺は大太刀を振り払う。振り払い、俺は刀を振る。真横に振り、武塔先輩の胴体を真っ二つにしようとする。しかし、武塔先輩が後退することで俺の斬撃は不発。
暇なんて与えない。
俺はすぐさま駈ける。迫る。刀を振る。
俺は刀を振る。武塔先輩は俺の斬撃を大太刀で防ぐ。
ギャンギャン、と金属音を奏でながら、剣戟は続く。
俺は腰を低くして、武塔先輩の足元を狙う。
武塔先輩は跳躍して、俺の一振りを避ける。
逃がすわけないだろ。
俺も跳躍。武塔先輩よりも高く跳び、上から叩きつけるように俺は刀を振る。武塔先輩が大太刀でガードするが、ここは空中、踏ん張る地面などない。俺の斬撃を受け、武塔先輩は地面に叩きつけられる。
俺も重力に従い落下する。その勢いで、地面に叩きつけられた武塔先輩に向かって、刀を突き立てるようにする。しかし、先輩がごろりと転がり、俺は先輩ではなく地面に刀を突き立てる。
「避けんじゃねえよ!」
武塔先輩は転がった先で体勢を立て直そうとしていた。俺はそこへすぐさま迫り、刀を振る。やはり先輩は大太刀で俺の斬撃を防ぐが、不安定な体勢もあって、俺の斬撃に押し負けて先輩は飛ばされる。飛ばされて、また転がるのは武塔先輩。
武塔先輩は俺の斬撃をいつも防ぐ。まったくいい加減、俺に斬られてくれないか。
「防ぐなよ。避けるなよ。躱すなよ。俺に斬られて負けてください、武塔先輩」
武塔先輩はふらりと立ち上がり、言う。
「戌井よ、お前、まるで人が変わったみたいだな」
「あ?」
「神色自若流は、いついかなるときでも冷静であることを真髄とした剣術。それを扱うお前が、どうしてそんなにがっつく戦い方をする?」
「よくわかんねえよ。俺は勝つ。勝って優勝して最強に返り咲く。だから、お前を倒すんだ。そして、俺はお前に負ける気など毛頭ないし、負けるわけがない。神が如きこの俺が、いったい誰に負けようか」
「何を言っている? 最弱に負けて、頭がおかしくなったのか?」
人生がおかしくなったの間違いではないだろうか。
まあ、何でもいい。
俺は瞬間的に武塔先輩へ迫る。武塔先輩を眼前に見据え、
「とにかく、俺は勝つ」
俺は刀を振った。
しかし、いや、やはりと言うべきか。俺の斬撃は武塔先輩の大太刀によって阻まれる。
ちぃっ、と。俺は舌打ち。
武塔先輩は後退し、俺と距離を取った。そして、彼は大太刀を振る。リーチが長い大太刀は早く振ることができない。しかし、武塔先輩はそんなことは気にもせず、大太刀を早く振る。
俺は咄嗟に後退した。しかし、切っ先が俺の前髪を数本ほど斬る。
このままではペースを武塔先輩に持って行かれる気がした。
それではいけない。俺は勝つのだ。勝つためには攻めて攻めて、攻めまくる。
だから、俺は攻める。迫る。
一気に駈けて、武塔先輩へと肉薄する。
武塔先輩が風切り音を立てながら、大太刀を真横に振った。俺は跳躍して、それを避ける。武塔先輩の頭上を越え、そして彼の背後に着地。そこからすぐさま振り返り、振り返りざまに一振り。
しかし、どういう身体能力をしているのか。武塔先輩もこちらへ振り向き、大太刀で俺の一振りを防ぐ。
俺は二、三歩ほど後退し、刀を振り上げ、再び先輩へ迫る。
俺は刀を振り下ろす。先輩も大太刀を振った。
二つは激突し、耳障りな金属音を響かせる。
激突した結果、折れた。俺の刀が、折れた。
折れた刃は円を描いて飛んでいき、近くの地面に突き刺さる。俺の手元に残ったのは半端な長さになった刀。
俺はすかさず後退した。
武塔先輩はこちらに大太刀を向け、言う。
「武器は破壊した。これで闘えないのではないか? 負けを認めろ」
負けを、認めろ、だと?
「……ふざけるな」
俺は負けない。負けてはならない。勝たなければならない。勝ってこそ俺なのだ。戌井涼悟は勝利する存在だ。戌井涼悟に負けの文字はどこにもない。
だから、
「認めない。俺は、負けを認めない!」
走れ、奔れ。駈けろ、疾駆しろ。
俺は駈け出し、武塔先輩に迫る。
対する先輩は悠然と大太刀を振り上げた。そして、振り下ろす。
早い速度で振り下ろされる大太刀。
だが、それが見極められない俺ではない。
大太刀が間近に迫ったその瞬間に、俺はひょいと横へ跳ね、それを躱す。大太刀は俺を斬らずに地面に当たった。
横へ跳んだ俺はそのまま駈けて、武塔先輩の背後へ回った。
先輩もすぐに対応して振り向くが、先輩がこちらを振り向く前に俺はすでに動いていた。
いくら刀が折れようとも、体重を乗せれば折れた刀で相手を刺すことは可能だ。
勢いをつけ、体重を乗せ、思いっきりの力を込めて、俺は折れた刀を武塔先輩の腹部に突き立てた。
「ぐぶぉっ」
呻きか言葉か判別のつかない声を出し、先輩は口から血の塊を吐き出した。
もし、今、先輩の腹に刺さっているこの刀をひねってから抜けば、先輩は死ぬかもしれない。刺してからそこへひねりを加えると傷口が広がり完治を遅らせ、また傷口からの感染症による被害によって死亡率が上がる。とはいえ、試合において意図的な殺害は禁止だ。ひねりを加えるということは、そこに意図が介在したことになる。だから、ひねるのはやめて、俺はそのまま刀を先輩の腹部から引き抜いた。
刀を引き抜くと、傷口から血がドロリと出た。
武塔先輩は大太刀を構えようとするが、それは叶わず頽れる。両膝を地面につき、そのままバランスを崩して倒れた。
アナウンスが勝敗を告げてくれる。
『勝者、戌井涼梧。敗者、武塔李天』
アナウンスは紛うことなく俺の優勝を告げていた。
「くくくっ」
笑う。嬉しくて。
勝った。嬉しい。俺は勝った。
「あはははっ」
勝った! 勝ったぞ!
見たか、お前ら。俺はやっぱり最強だ。これでお前らは俺を最強だと再認識した! そうだろう? 俺は強いだろ! 最強だろう! 俺は最強だ! 最強なんだ!
「あはははははっ。あはははっ!」
笑って。哂って。嗤って。――笑って。
笑い疲れたのか。闘い疲れたのか。よくわかんないけど、糸がぷつんと切れたみたいにドッと疲れが出て、俺は立っていられなくなる。
ふらっと足元はおぼつかなくなり、身体は傾く。
そして、
ばたりと俺は倒れて――以降のことは憶えていない。
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