第8話

 サマーコンペティションの二日目が終わったその日の夜。


 俺は寮の自室でくつろいでいた。


《デウス》の効き目が切れ、倦怠感が襲う。煙管パイプを手にして《デウス》吸引の準備をしようとした。


 ベッドに寝転がっていた身体を起こし、サイドテーブルに置いてある煙管パイプに手を伸ばす。


 そのとき。


 伸ばした右手の毛穴からうじうじと蛆虫が湧き上がるのを俺は視認する。慌てて左手で蛆虫を払うけど、その左手の毛穴からも蛆虫が湧き出る。


「っ!?」


 払っても払っても、払っても払っても、蛆虫はなくならない。増える。わかめみたいに増えていく。


 立ち上がってジャンプしても蛆虫は増えていくだけで払われない。


「何なんだよ!?」


 何なんだ。これは何だ? どこからやってきている? 俺の中に蛆虫がいるのか。どうして、なんで? 俺は腐っているのか? 俺の臓物は腐敗でもしているって言うのか。だから蛆虫が毛穴から膿みたいに溢れてくるのか?


 払う。腕を引っ掻く。痛い。痛い。血が出る。蛆虫は消えない。


 ふと見遣った部屋の隅。


 俺の背筋にぞわぞわと悪寒が走った。呼吸がままならない。


 部屋の隅からも蛆虫が溢れだしていた。部屋のすべての隅からだ。


 蛆虫は俺の身体から部屋の隅から湧き出て、部屋を埋めていく。


 うじゃうじゃとこちらへ雪崩れ込んでくる/流れ込んでくる/溢れ出してくる蛆虫たち。


 頭がおかしくなりそうだ。いや、俺はもうおかしいのか。


 叫んで、暴れて、破壊して。どうにかして蛆虫を払いのけようとするけど、蛆虫は俺を飲み込む。頭を抱えて、苦しんで、苦しいのに蛆虫は捌けてくれない。


 苦しい。狂おしい。狂いそう。


 こういうとき、どうすればいいんだっけ?


 息苦しくて狂いそうなとき。リラックスすればいいのか? どうやってリラックスすればいんだ?


 吸わないと。


 何を?


 あれだよ、あれ。気持ちが落ち着くお薬だ。


 だから、それは何だ?


 神の薬だ。名前は確か――


 ――《デウス》!


 煙管パイプはどこにある?


 俺は蛆虫を掻き分けて、煙管パイプを捜す。


 あった!


 俺は煙管パイプを手に取る。次に見つけるべきは《デウス》の入ったパッケージだ。どこだ? どこだ!? どこにある!?


 辺りを手探り、《デウス》を探す。見つかるのは紙屑ばかり。これじゃない。これでもない。


 用事があるのは《デウス》だ。ゴミじゃない。《デウス》を出せ!


「あった」


 見つけた。《デウス》だ。


 震える手つきで袋を開ける。中にはちょうどひとつまみ分の葉片が入っていた。俺はそれを煙管パイプにセットする。これで袋の中の《デウス》は空になった。


 あっ! 火がない。マッチはどこだ? ライターでもいい。とにかく火を発生させるものが欲しい!


 床を這って、蛆虫たちを掻き分けるようにして、探す。マッチ。マッチはどこだ?


 何かが手に当たった。俺はそれを引き寄せる。


 俺は自分の顔が晴れたのを自覚する。マッチを見つけた。


 ようやく。マッチに火をつけ、その火を煙管パイプにつける。


 そして。


 ついに、俺はパイプを吹かして、《デウス》を吸引するに至った。


 吸えば途端に頭の中はスッキリし、俺を飲み込まんとしていた蛆虫が一気に霧散し跡形もなくなった。


「ふぅ」


 心地のいい快楽に、身を委ねる。


 床に仰向けになって、俺はそのまま床の上で寝た。



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