第6話

 控室で《デウス》を吸って、気分を落ち着かせる。


 最近、身体が《デウス》に慣れてきたのか、効果の時間が短くなってきている。それに合わせて、摂取の回数が多くなってきている。


 だけど、まあ、いいや。これにはお世話になっている。これからもお世話してもらうつもりだ。


 『続いて第五試合を開始します。戌井涼梧さんと高泊将雄さんは速やかに準備をして下さい』


 アナウンスが俺を呼ぶ。


 さて、まずは手っ取り早く済ませて行こうか。



 ♢  ♢  ♢



『第五試合、開始してください』


 アナウンスにより、試合は始まった。


 相手の高泊は銃術科の人間のようで銃を使う。彼はマシンガンを両手に二丁持っていて、身体にはその弾丸の帯を巻きつけていた。どこのターミネーターだよ、と思ったけど、相手は人間だ。斬れば血が出る。


 高泊は試合開始と同時に、マシンガンをぶっ放す。


 俺は先手を打とうと高泊に向けて駈け出そうとしたが、これでは無理だ。逃げに徹する。


 走り回る。先ほどまで足を点けていた地面に弾丸が辺り、土埃が舞う。


 どががが、と。轟音が響き渡り、土埃が舞い、俺は走り回る。


 弾切れを待つか。つーか、いつ、切れるんだよ。


「逃げてばっかりか。元最強!」


 発破音に掻き消えそうだったが、俺には聞こえた。高泊は嫌な笑みを浮かべながら、俺を挑発するような言葉は言う。


 だけど、そんな挑発に乗る俺ではない。


 そもそも、俺が負けると思っているのか。


 いつ切れるかもわからない弾切れを待つのは面倒だ。


 ここは一つ動くか。


 俺は足に力を入れ、進む方向を変える。逃げるのではない。高泊に向かって、駈ける。


 刀を鞘から抜き、刀を振って弾丸を斬って弾く。


 ジグザグに動き回りながら、時折、刀を振って弾丸を弾きながら、俺は確実に速やかに高泊との距離を詰めていく。


 高泊に差し迫ったところで、俺は跳躍。高泊の頭上を越え、彼の背後に着地する。 


 瞬間的に背後へ回った俺に、高泊は対応できなくてマシンガンはこちらを向かない。高泊がこちらを振り向こうと、腰を回すが、それよりも俺の振る刀の方が早かった。


 一突き。


 俺は高泊の背中に刀を突き、そのまま貫通させる。心臓を貫いてやってもよかったが、ここは俺の温情だ。少しずらしてやった。


「がぱぁっ」


 吐血したのか、血の塊が地面に落ちて赤い染みを作る。


 俺が高泊から刀を抜けば、高泊は抵抗することなくそのまま地に伏した。


『勝者、戌井涼梧。敗者、高泊将雄』


 アナウンスの無機質な声が勝敗を伝えてくれた。



 ♢  ♢  ♢



『五回戦三試合。戌井涼梧対貫田かんだみつるの試合を開始します。……試合を開始してください』


 五回戦は三試合目からで、相手は魔術科の人間だった。


 貫田が手に持っているのは長い杖ではなく、土をこねて作られた人形と羊皮紙。羊皮紙には〈emeth真理〉の文字があった。


 ああ、そういうこと。


 俺が睨んだ通り、貫田は羊皮紙を土人形の額に付ける。そして、土人形を地面に置き――刹那、その土人形は見る見るうちに大きくなっていく。


 大きくなったその身体には旧約聖書から抜き出された〈Shem-ha-mephorashシェム・ハ・メフォラシュ〉という文字が刻まれる。


 こいつはユダヤ教の伝承に登場するものだ。それを魔術で再現したものだ。


泥人形ゴーレムか」


 泥人形――ゴーレム。泥でできたロボットのようなもの。主人の命令に忠実に従うしか能がない代物。


 にしたって、ゴーレムには運用上の厳格な制約が多くあるのに、よくまあ、こんな面倒なのを使うよな。


「大変だったろ、それ」と俺は言う。「ゴーレムはまず作る前に断食だと祈祷だのの儀式をする必要があるはずだが」


「勝つためだ」


 と、力ない声で言って、貫田はゴーレムに命令をする。


「戌井涼悟を無力化しろ。手段は問わない」


 力ない声から察するに、マジで断食とかして疲弊している様子だ。これは手早く済ませてやった方がいいかもな。って、俺ってば意外と優しい。


 ゴーレムはその巨体を引きずってこちらに迫ってくる。大きな足を一歩踏み出すたびに地響きがした。


 大きな腕が振り上げられて、大きな拳が振り下ろされる。


 俺は横へ数歩ほど動き、岩のような――岩の拳を躱す。拳は地面に穴を開けた。衝撃波が風として吹き、俺の髪を乱れさせる。


 俺は振り下ろされているゴーレムの腕を架け橋とする。腕に乗り、その上を俺は駈けた。


 ゴーレムはロボットだ。俺が腕に乗ったところで、慌てて俺を振り落とすようなことはしない。それこそ、主人である貫田が命令しない限り。


「っ。腕に乗ってるそいつを振り落とせっ!」


 と、咄嗟に貫田が叫ぶが、そのときにはもう遅かった。


 腕を伝い、肩へと乗り、俺はとっくにゴーレムの額に刀を突き立てていた。


 厳密に言えば、ゴーレムの額に付いている羊皮紙に書かれた〈emeth〉の〈e〉の部分。


 有名な話である。


emeth真理〉から〈e〉を取ったら〈meth〉になる。そして、こうすることでゴーレムは破壊される。


 俺は刀を抜き、ゴーレムから降りる。


 ゴーレムは瓦解し、もとの泥へと戻る。崩れるように壊れ、大量の泥が流れてくる。


「うおっ」と俺は少し驚き、後退し、泥を避けた。


 ゴーレムは完全に原型を失い、そこには泥の山ができ上がっていた。


「さて」


 俺は貫田を見据える。


「あとはお前を無力化すればいいわけだが、どうする。棄権するなら、何もしないけど」


「……あ、えと」


 不意に。

 ぐるるるぅう――、と高泊のお腹から音が鳴る。


 すげー腹減ってんでんな。そりゃあ断食してればね。


「もう、だめ」


 なんて言って、俺は高泊に何も手を出していないというのに、高泊はバタリと倒れた。


『勝者、戌井涼梧。敗者、高泊将雄』


 呆気ない終わり方だなー、おい。



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