第5話

 サマーコンペティション、二日目。相も変わらず闘技場の周辺は出店があって賑々していた。


 二日目は四回戦からだ。


 俺は試合をチェックする。


 四回戦、第五試合

 戌井涼梧vs.高泊たかとまり将雄まさお


 高泊……聞いたことがない。こいつもまだ上位ランカーとは言えない部類の人間か。まあでも、聞いたことがなくたって四回戦まで上がってきたわけだから、まあ、強いんだろうと期待はしていいかもしれない。


 それにしたって、四回戦は五試合目からか。少し時間があるし、五試合目からとなるとまだ控室は使えない。


 さて、試合でも見て、控室が空くのを待つか。


 そろそろ二日目最初の試合、四回戦第一試合が始まる頃だし。


 闘技場の観客席へと向かう。中心にリングがあって、その周りを囲うように観客が座るスタンド席がある。


「うわー」


 ほとんど席は埋まっていた。


 一日目ならまだ席は空いていたかもしれない。だが、二日目となると強者同士の闘いが見られるようになってくるから、観戦客は多くなってくる。


 こりゃあ、立ち見するしかないかな。


 俺はスタンド席の上の方へ行き、一番高い所からリングを見下ろす。


「あれ、戌井くんじゃん。戌井くんも座れなかった口なの?」


 声がして、その方を向けば――天之原奈月がいた。


「なんだ?」


 目を細めて、俺は天之原の方を睨むかのように見る。


「戌井くんさ、わたしに会う度、敵意向けるのもうやめたら」


「別に敵意なんて向けてない」


「いや、向けてるでしょ。今もそうやってわたしを睨んでいるんだし」


「俺はお前を見るとムカつくんだ。いらいらするんだ。それだけだ」


「それを敵意って言うんじゃないの?」


「そうなのか?」


「そうだと思う」


「じゃあ、俺はお前に敵意を向けている。そして、それをやめろと言われても、俺はそれをやめられない。だから、お前の要望には応えられない」


「じゃあ、このサマーコンペティションで優勝したら、あなたはわたしにイライラしなくなるわけだ」


「そんなの、そのときになってみないとわからない」


「わたしとしては、優しく接してほしいところだね。わたしへのイライラがなくなれば、そうなるのかな?」


「だから、それはそのときにわかることだ」


 俺がそう言うと、彼女は「そっかー」って呟いて、リングの方を見る。


 第一試合が今まさに始まろうとしていた。


『四回戦第一試合。桟敷さじき渓斗けいと焼野やけの結樹ゆうきの試合を始めます。なお、意図的な殺害は禁じ、もし、意図せず相手を殺害してしまった場合、その罪状は問わないものとします。これに不服のものは速やかに棄権すること。……棄権者なし。では、両者、これに同意したものと見做します』


 アナウンスはいつもの口上を無機質な声で言う。


『第一試合、開始してください』


 そして始まる第一試合。


 両者、剣術科の生徒らしくリングの上では剣戟が繰り広げられている。


「そういえばさ」と隣の天之原がリングの方を向いたまま言う。「昨日は大丈夫だった? ちゃんと、帰れた?」


 昨日。


 そういえば、帰り道にこいつと会った。そのときの俺は《デウス》が切れてて、怠かった。


「ちゃんと帰れたから、今、ここにいるんだけど」


「まあ、そうだね。じゃ、今日の体調は?」


「大丈夫じゃなかったらここにいない」


「いや、あなたは大丈夫じゃなくてもここにいたでしょ。この大会に並々ならぬ覚悟で臨んでいるあなたなら」


 まあでも、と言って彼女はこちらを向く。


「顔色よさそうだし、あなたが言っている通り体調に問題はなさそうね」


「そうだよ。だから、心配なんてしなくていい」


「いやいや、そんな薄情なことはしないよ。人並みに、あなたのことを心配しておいてあげる」


 なんだ、その上から目線。そもそも、心配なんてされる筋合いもないし、お前に心配されたくなんてない。


 リングの上では剣戟が繰り広げられていた。


 その後、第二試合、第三試合と試合は進んで行く。


 俺は第二試合が終わったところで観客席を後にして、控室へと向かった。


 去り際、天之原からは「怪我しないでね」と声を掛けられた。「頑張ってね」じゃないことだけは褒めてやる。天之原から「頑張れ」なんて言われたら、屈辱で狂いそうになるところだった。

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