第6話
正当防衛が認められたのでその日のうちに拘束は解かれた。
風紀委員の詰所を出たら、もう夜だった。
昼間より幾分か気温は下がっているようだが、やはり夏の夜も暑い。たまに吹く風が涼しいくらいだった。
取調室でカツ丼が出されたので、これで晩飯は食べなくてよくなった。
やっと寮へ帰れる。
アニメを見ながらネットサーフィンという俺の午後の予定はどこへやら、もう寮に帰ったらシャワーを浴びて寝るだけだ。
コンビニで買ったおやつにしたって、こんなことになるのなら買わなきゃよかったと後悔する。仕方ないからこれらは明日のおやつにしよう。
夜空に散らばる星と月の光を浴びながら、街灯の光を頼りに寮へと帰る。
寮の出入り口から寮に入る。
出入り口をくぐるとエントランスが広がっていて、テーブルや椅子が並んでいる雑談スペースとなっている。今も数人がわいわいと雑談していた。
俺はその前を素通りして、自分の部屋へ向かう。
と、不意に。
「おお、涼梧くん。今、お帰りか」
俺を呼ぶ声がして、振り返る。
眼鏡を掛けたいかにも真面目そうな少年がいた。
「五十海か。まあな。いろいろあって」
「喧嘩でもしたん?」
「そうだよ。まったく血気盛んな奴らが多くて困る」
「サマーコンペティションには出るんだろ?」
「ああ。あそこで名誉挽回してみせるさ。そうすれば、喧嘩を吹っかけてくる奴もいなくなるだろう」
「そこで負けたらいよいよ笑えなくなるけどな」
「そういうこと言うのやめろ」
俺はこのサマーコンペティションに賭けているのだ。万が一にでも負けるようなことがあっては困る。絶対に勝たなくては。勝って優勝して、もう一度、最強の座に立ち、最強の冠を被るのだ。
「まあ、あんまり気負うなよ。いくら負けられない戦いとはいえさ。リラックス、リラックス。気楽に行け」
「わかってる」
「本当に?」
「何が言いたい」
「いや別に。ただ、ちょっと思い詰めたような感じがしたから」
思い詰めているのか。俺は。
自分の表情なんて自分じゃわからない。鏡を見たって、俺の顔はいつも通りだった。そうにしか見えなかった。だけど、他人から見ると俺はもしかしたら思い詰めた表情をしているのかもしれない。
俺は、俺がずっといらいらしていることは自覚している。だけど、自分が不機嫌であることを表に出していると自覚はしていない。
このいらいらが、俺を駆り立てるのだ。勝て。絶対に勝て。勝って最強になれ、と。
自分では意識していないだけで、俺はかなり気負っているのだろうか。
心の状態は、時として戦いに影響する。
絶対に勝たないといけないと気負って、プレッシャーになって、それに押しつぶされて、ダメになるなんてよくあることじゃないか。
あー、やばいな。
落ち着かないと。
気負ってはいけない。
だけど、気負うなと言われて、それでリラックスできるわけもない。
俺は勝たなくてはいけない。それはプレッシャーとして俺に重くのしかかる。
だけど、そのプレッシャーを払いのける術を俺は知らない。残念ながら知らない。
「そうだ。いいものやるよ」と五十海が唐突に言う。
「え?」
「僕、最近、お香にハマってて」
「なにそれ。お前は女子か」
「いやいや、侮るなかれだよ。香りを嗅げば気分が落ち着く」
そう言って、五十海は俺にパッケージ化されてあるチャックのついた袋を渡す。商品名なのだろうか。袋には大きく《デウス》と印字が施されていた。
袋を開けてみる。中には茶葉みたいな葉片が入っていた。
「それをひとつまみして、火をつけるんだ。そしたら煙が出るから、それを吸うようにして香りを嗅いでみ。すぐに効果が現れる」
「ふーん」
お香とかアロマとか、そういうのは詳しくないし、興味もない。そもそも効果があるのかどうかも疑わしい。
だけど、五十海が言うのだ。
気分が落ち着くというのは本当なのだろう。
まあ、試すくらいならね。合わなかったらやめればいい。
「ありがとな」
ありがたく俺は《デウス》を五十海から貰う。部屋に戻って早速焚いてみましょうか。
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