第5話

 沢瀉学園の治安を守るのは、学園ということもあり風紀委員の役目である。


 ピアス男たちとの乱闘を聞きつけて、やってきたのは風紀委員の面々だった。


 俺は軽傷で、五人も傷を負っている。五人のうち二人は重傷で、もしかすると死ぬかもしれないとか言っている。


 詳しい話を聞きたいからと言って、風紀委員は俺を拘束した。これは、あれか、事情によっては、逮捕されちゃう展開か?


 風紀委員が詰めている建物に俺は連れて行かれる。背中に受けた浅い傷の治療を受けた後、事情聴取を受ける。


「まさか、優等生の君がうちの厄介になる日が来るとは。落ちた最強は醜いね」


 そんな憎まれ口を叩きながら、取調室に入ってきたのは一人の少女である。長い黒髪を靡かせる凛とした風情を持つ少女。俺の一つ上、高等部三年の風紀委員長、九条くじょう青葉あおばだ。


「別に俺は自分が優等生だと思ったことはないですよ」


「ということは、あの一件で君の本性が表に出たということかな。私はずっと君は喧嘩をしない成績優秀な優等生だと思ってたのに」


「誰だって、喧嘩を吹っかけられたら、しちゃいます。あなただって殴り掛かってこられたら、殴り返すでしょう?」


「つまり、君は正当防衛を主張するということかな?」


「ええ。俺は何も悪くない。あいつらが俺に喧嘩を吹っかけてきたのが悪いんだ。あいつらが怪我をしたのだって言ってしまえば自業自得というやつです」


「ま、確かに、あの五人から君へ喧嘩を吹っかけたというのは証言が取れている。あの喧嘩の成り行きの目撃者が複数人いたからね。君は喧嘩を吹っかけられたただの被害者。正当防衛は成立するよ」


「それはよかったです」


 九条先輩は「はあ」と溜息をついて頬杖をつく。


「まったくさ、これから君へ喧嘩を仕掛ける輩が増えると思うとこりごりするよ。こちらの仕事を増やさないでくれ。ねえ、どうして負けたの? 君が負けずに最強のままだったら、君はさっきみたいに喧嘩を吹っかけられることもないし、こちらもその後始末で仕事が増えることもない。何も変わらなかった」


「そんなのこっちが知りたいですよ。どうして、俺は負けたんです」


「結局、君もそこまでの男だったんじゃないの?」


「は?」


「最強最強、言われてたけど、結局、最強じゃなくてただみんなより強いだけだったんだよ。強いだけと最強は違う」


「俺は最強です」


「前まではね」


「運が……」


「運も実力のうち」


 そうでしたね。運も実力のうちですよね。


 俺が最強だったのは前までの話。今は最強じゃない。強いだけで最強じゃない。


「そういえば、サマーコンペティションには出るの?」


「はい」


「なら、そこで巻き返すしかないね。そこで優勝すれば、やっぱり戌井涼梧は最強だったと周りが認識するでしょう。そうすれば君は喧嘩を吹っかけられることもなくなり、こちらもその処理分の仕事をしなくてよくなる」


「端からそのつもりです」


「ほんと、頼むよー」


 期待してるのかどうなのかよくわからない声音で九条先輩はそう言った。


 サマーコンペティション。俺の名誉挽回の場。


 誰に言われるまでもない。


 絶対に。何が何でも。どのようなことをしても。


 俺はこの夏の大会で一位になる。


 そして、俺は最強になる。強いだけの戌井涼梧ではなく最強の戌井涼梧になるのだ。

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