第3話

 店を出て、どこかに行く予定もないので、このまま帰ろうかと思った。


 帰ったところで何をするというのか、という疑問もあるけど、外にいると絡まれること必至であるから、寮に帰った方がいい。寮に帰って、ネットサーフィンとか、録画したアニメとかドラマとか映画とか、ボーっと観ながら晩飯時まで時間を潰そう。


 寮に帰る前に、俺はコンビニに寄る。おやつでも買おうと思って。


 適当に商品を手に取り、レジへと向かう。


 商品を店員に預け、店員は流れるようにバーコードを通す。そして、合計の値段を言われる。千円未満だったので、千円札をポンと出し、支払う。


 おつりを渡されるときに、店員が言う。


「身体の調子はどう?」


「はあ?」


 コンビニ店員に知り合いはいないはずだが、どうしてそんなに馴れ馴れしく俺に話しかけてくるんだ? だいたい、その言葉の意味するところはいったい何だ?


 俺は顔を上げて、店員の顔を見る。


 端正な顔立ち。髪は黒色、長さはセミロング。今はそれをポニーテールに結うている。美少女と言っても差し支えない少女が、そこにいた。


 俺は、その顔を、その人を、知っていた。


 忘れるわけもない。忘れたくても忘れられない。それほどに憎い奴。


「お前……」


 天之原奈月がコンビニ店員として俺の眼前にいる。


「なんでいるんだよ」


「ここでバイトしてるから」


「だからなんで」


「あなたにはわからないわよ。最弱の気持ちなんて」


「俺を倒したくせに、よく最弱だなんて言えるな」


「でも、わたし、結局、三回戦で負けたのよね。だから、ランキング的には最弱なのよ。あれはまぐれ」


「じゃあ、俺はまぐれで負けたのか?」


「まあ、そうなるかな。運が悪かったんだよ、あなたは」


「お前、運も実力のうちって言葉知ってるか? まぐれだろうと運だろうと、俺はお前に負けたんだ。お前に負けた俺の気持ち、わかるか?」


「わからないわよ」


 いらいらする。いらいらの原因と会話をしているこの状況にいらいらする。なんでこいつがここにいるんだよ。


「で、身体の調子はどう? わたしが撃ち抜いた所、もう治った?」


「心配されるまでもない」


 魔力の発見以降、魔術体系も発達し、魔力使いの中には魔術を扱う魔術師という存在が現れた。実際、この学園にだって魔術科という魔術師を育成する学科がある。超自然的な現象を起こす魔術、当然ながら治癒魔術なる便利なものも存在し、それにより怪我や病気の治療は簡単になった。大病や難病といった例外はあれど、だいたいの怪我や病気は魔術でちょちょいのちょいで治るのだ。学園には医療魔術師という、言ってしまえば保険医がいて、彼らが怪我人や病人のお世話をする。


「お前はなんでここでバイトしてるんだ?」と俺は訊く。


「あなたとは違うからね。好成績を収めているあなたたちランキング上位者には報奨金が与えられるんでしょうけど、ランキング下位のわたしにはそれがない。だから、お金を稼ぐにはこうするしかないわけだよ」


「なるほど」


 生徒のやる気を上げるためなのだろう。学期末実技試験で上位五十位に入ったものには報奨金が与えられる。一位が五十万円で、二位が四十九万円、三位が四十八万円……五十位が一万円。と、こんな感じ。


 今回の実技試験、俺は上位五十位には入れなかった。だから、今回は報奨金を得られなかったが、今まで得てきた分の貯金があるからお小遣いには充分過ぎる額が俺の口座にはある。


 報奨金が得られないランキング下位の弱者はバイトで遊ぶ金を稼ぐほか方法はない。仕送りとかがある学生は別なんだろうけど。


 天之原は商品をレジ袋に詰め、それを俺に渡す。


「ありがとうございました」


「どうも」と不機嫌な口調で言って、そこを立ち去ろうとする。


「あ、ちょっと待って」と彼女は不意に俺を引き留める。


「なんだよ」


「これ、渡しておく」


言って、彼女が手渡してきたのは一枚のチラシ。


「ああ、そうか。サマーコンペティションがあるのか」


「そう。毎年恒例のね。わたしの所為でいろいろ大変なんでしょ? 最弱に負けたから、いろんな人に喧嘩を吹っかけられている。これで一旗揚げれば名誉挽回あるかもよ」


「俺の今の状況、知ってたのか」


「みんな知ってるよ。誰も彼もが、いつどのタイミングであなたに襲いかかろうかって話をしているくらいだし。あ、でも、わたしは別にあなたに対して罪悪感とか持ってないからね。わたしはあなたに勝ったおかげで少しだけ株が上がったし」


「じゃあ、なんで、これを渡す?」


「コンビニに来た人みんなに渡しているんだよ。渡しそびれたから、呼び止めて、こうやって渡しただけ」


「そうかい」


 チラシを受け取り、今度こそコンビニを出る。


 天之原の奴め。なんか癪に障る。俺に勝ったから調子にでも乗っているのか。


 それにしても。


 俺はチラシに目を通す。


 サマーコンペティション、か。

 夏休みに行われる自由参加のトーナメント方式の大会だ。夏の大きなイベント、まあ、要するに夏祭り的なもの。上位三名に賞金が出る。


 これに出場して、一位になれば俺は最強を取り戻せるかもしれない。天之原が言うように名誉挽回できるかもしれない。


 あいつのアドバイスというのが少し気に喰わないが、エントリーしてみるか。


 俺はこのサマーコンペティションにエントリーをしてから寮に帰ることにした。






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