第12話 こどもだって、色々かんがえていることもある

正直、俺、イケんじゃね?って思うんだ。

夏期講習からAクラスに上がることが出来た。相変わらず林太郎は、頭良いのに何故かAクラスとBクラスを行き来しているけど、みんなとの勉強の話もついていけるようになったし、最近は絶好調な気がする。あのエリート敦と同じなんだ、茗荷谷学園だって、受かると思う。多分。

そう思うと、勉強に時間を使い過ぎているのが、なんだか勿体無く思えて来るんだよね。

だって太郎丸になりたくて、ラグビーがしたいと思うのに、勉強だけじゃ、太郎丸みたいに強くなれないじゃんか!そう思っていたら、同じ方面に帰る奴らが、結構スポーツ系のが多くて、帰りに公園で、トレーニングをしてるって聞いて、自分も参加することにした。

「意外と春樹って、細っこくて、力ないよな。」

「おまえ、スクラムで潰されんなよ?」

その中でも野球をやってるやつらは、結構ガタイも良くて、ちょっと俺のことを馬鹿にしてくる。この辺りはリトルリーグも強くて、結構ハードな練習に明け暮れてるんだとか。そんな風に、周りの奴らと一緒に筋トレをしてると時間を忘れてしまう。体を動かすってたのしいし、太郎丸みたいながっしりとした体に早くなりたいなって、テンションが上がる。今から用意しておけば、茗荷谷学園のラグビー部に入っても、少しでも早くレギュラーになれるかなぁ…。

そんな風にワクワクして帰ると、最近母さんがうるさい。勉強しろ、とか茗荷谷学園が、とか…。そんなに言われなくたって、わかってるんだけどなぁ。しまいには父さんまで出て来るし。うちの親、過保護っぽくて、たまに嫌になるよね。

そう思ってると、トレーニングに熱中し過ぎて、いつも家を出る時間になってしまった。そんなとき、野球上手い奴が、下半身のトレーニングを教えてやるって言って来て、教えてもらって、それから家に帰った。これでもっと、体幹を鍛えられるぞ!

そんな良いテンションだったのに、帰ったら母さんが激怒。意味がわからない。だって、別に良くない?太郎丸になりたいんだから、勉強ばっかりじゃなくて、体を鍛えるのくらい。もしこれが、ゲーセン行ってたり、カードゲームしてるって言うなら怒られるの分かるけど、でも筋トレだよ?悪いことしてるわけじゃないのに、大袈裟すぎ。また茗荷谷学園のこと出してきて…ほんとうに、うざい!

「じゃあ風邪ひいたって言っておいて!」

ダッシュで部屋に駆け込んだ。部屋ではラグビーの雑誌や、図書館で借りたスポーツの歴史の本を読んでいた。太郎丸の卒業した稲田大学。大学生なのに、日本代表候補になっていたり、名門の大学ってすごいんだなぁって思う。スポーツって身近なのに、それぞれが進化してこういうふうになってる、って思うと、早く自分も一人前の選手になりたいなぁって焦ってくる。早くラグビーしたいなぁ。そう色々考えていたのに、突然、父さんがやって来た。

「なぁ、春樹。さっきママがリビングで泣いてたんだけど、お前何か知らないか?」

内心ギクッとする。まぁもしかしたら、さっきはちょっと言い過ぎた感じあるけど…

「し、知らないよそんなの。」

泣かせるようなこと、してないし。

「そっか。それならいいんだけど…。なぁ、最近、勉強で困った事とか、ないか?」

「別に?」

「そうか。今日休んだ分は、塾で教えてもらえるのか?」

「宿題は早く行って範囲聞いてやるよ。」

「宿題じゃなくて、内容だよ。」

「う、ん…」

内容、といわれると、まぁ教科書読めばいいのかもしれないけど、塾って同じ事2回はやらないからな…。

「それならいいや。あとでご飯用意するから、ご飯出来たら呼ぶよ。ちょっとママもつかれてるみたいだ。」

やっと父さんが帰って行った。なんなんだ、まったく…。でもなんか、胸がつかえるような感じが取れなかった。


塾をやすんでしまったからか、今回は授業の後に、高田先生と面談することになった。怒られるのかなぁ…めんどうだなぁ。

「春樹くん、ちょっとこれやって待っててくれる?5分くらいで出来ると思うから。」

「はい。」

高田先生が2枚のプリント、社会と算数を一枚ずつ渡してきたので、それに取り掛かる。高田先生は、中等部の方に行ってしまって、なかなか帰ってこない。それ以上に、母さんに見られながら問題解くの、すっごいやりにくいんだけど…

宿題なのか何なのか、Aクラス用なのか、結構問題も難しい気がする。算数は得意だから、ほとんど出来たと思うけど、社会は自信ないな…そう思ってると高田先生が赤ペンを持って帰って来た。

「春樹くん、終わりましたか?」

「算数なら。」

「じゃあ丸つけしますね。」

そう言って答えを確認し、丸をつけて手元に戻す。丸つけ、というかバツつけになってる…。

「春樹くん、せっかくなので丸になるまで、もう一度解きましょうか。」

「はい…」

暫くして、社会も解き終わり先生に提出すると、全部バツだね、と言って戻された。思わず、えーっと叫んでしまったけれど。

何がせっかくなので、だよ。何回やってもバツだし、腹減ったし、出来ないし、ちょっと泣きそうになってくる。なんでこんなこと、しなきゃいけないんだよ…。

「お手上げですか?」

高田先生がにこやかに言う。でもこういう高田先生って、ちょっと何考えているか分からなくて、苦手なんだよなぁ…。

「はい。」

「これ、茗荷谷学園の過去問ですよ。」

「えっ!」

おもわず声を上げてしまった。

「去年の問題です。今、茗荷谷学園で勉強している子は、だいたいみんなこれくらい、余裕で解いてますよ。」

「…」

何も、言い返せなかった。マジかよ。Aクラスになったし、余裕で茗荷谷学園、イケると思ってたのに。

「春樹くん、何か思うことはありませんか?」

「…」

「最近、勉強勉強うるせーなぁって、思ったりしていませんか?」

内心ギクッとした。なんだろう、高田先生って、優しいのに優しくない。何かしゃべらなきゃと思うのに、なかなか言葉が出て来ない。

「先生は気付いてましたよ。宿題、ちゃんとやらなくなったこと。適当に、丸つけとけばいいや、そんな勉強になってるってことに。」

そうじゃない、とは言えない。まったく。1秒でも勉強に使う時間、減らしたいとおもってたしなぁ…

「春樹くんの成績が上がったのは、基礎の部分はひとりで出来るようなレベルになったからです。Aクラスになったからって、油断してちゃ、駄目ですよ。知っていますよね?茗荷谷学園は簡単な問題を間違わないで解くレベルではなくて、その上の、自分の力で、頭で考える問題がでるんです。」

油断…言葉の意味は元々知っていたけれど、実感として肌で感じるレベルに近づいて来た。

「じゃあ改めて、思うことはありませんか?」

「…おれ、ヤバい。」

「そうですね、やばいです。でも、あと3か月とちょっとありますよ。十分、春樹くんの実力だったら、本気を出せば出来るようになりますから。」

「…」

「春樹くん、どうして、茗荷谷学園に行きたいって思ったんですか?」

「ラグビー…」

「確かに、ラグビーの為に体を鍛えたい気持ちは分かります。でも『優先順位』っていうものがあるんですよ。あとからやった方がいいもの、今やらないと取り返しがつかなくなるもの、と言えば、春樹くんなら理解できますよね?」

「…はい。」

そんな風に、面談が終わった。何も言わずに、車に乗り込む。帰る道すがらも、ずっと外を見ていた。目の奥がつんとしたが、男は泣いちゃだめだ、と言い聞かせて家まで帰った。


その夜、夢を見た。

俺は桜のユニフォームを着て、天然芝のコートに立っていた。大勢のお客さんでスタジアムは満杯だった。そして後半がスタートし、中盤に差し掛かったところでチャンスが到来!あの太郎丸が「春樹!」と叫んだのだ。後ろを向くと太郎丸がボールを抱えて走っている。そしてふたり、アイコンタクトを取り、よしっ!と頷く。そして太郎丸の手から離れたボールを受け取り、走り出す!なのに体が全然動かない…。体がふわふわして、全く前に進まない。目の前あと10メートルとちょっと。あと少し!あと少し!そう思ったところで、後ろから走ってきたオールメタルズの選手が、僕をふっとばしながらボールをむしり取って行った。すべてがスローモーションに見える。地面に倒れドスドスとタックルに巻き込まれる中、俺の頭の中には「どうしてもっとちゃんと練習しなかったんだろう…」「どうして自分は強いって思い込んでいたんだろう…」そんな言葉がぐるんぐるんしていた。そしてオールメタルズの体重100キロ以上の選手に、ちっぽけな自分が押しつぶされそうになって、うわーっと叫んだ。

「うわーっ!」

がばっと布団から起き上がる。

「ゆ、夢か…」

夢の中で叫ぶと同時に、現実でも大声で叫んでいた。汗をびっしょりかいていて、背中も、前髪もびしょびしょだった。必死に足を動かして走ったせいか、掛布団は足元でぐしゃぐしゃになっていた。起き上がった時に飛んでいった枕は、恐らく顔に乗っかっていたのだろう。あの時の息苦しさの原因は多分、こいつだ。暗闇の中、壁に貼った太郎丸のポスターを見る。夢で見た時と同じ、パスをするときの体勢で写っていた。

「太郎丸…」

夢なのに、心から申し訳なかった。俺があの時、もっとしっかり走っていたら、もっとちゃんと練習していたら…

「トライに、つながったのに…」

あのトライを決めていたら、きっと勝っていたんだ!そう思ったら勝手に涙が出て来た。

「うっ…ごめん、ごめん…太郎丸…俺のせいで…」

パジャマの裾で涙を拭った。鼻水が垂れて来て、ティッシュを取るために机の上に手を伸ばすと、乱雑に置かれたテキストが目についた。鼻をかみながらデスクライトを点ける。

「そうだ…」

高田先生や、敦の顔が頭に浮かんだ。俺は太郎丸になる。その為に今がんばっているんだ。桜のユニフォームを着て、太郎丸と一緒にトライを決める。そのためには基礎からしっかり、ラグビーを学ばなくては。

「茗荷谷学園…」

そしてはたと気が付く。そう言えば同じだ。この夢と今の自分の状況は。もしこれで不合格だったら、俺は4月からどんな顔で人生を送ればいいんだろうか。4月の俺は、多分10月の俺にふざけんなって言ってると思う。後悔しないってことは、つまりはそういうことなんだと気が付いた!

「…ってか夢じゃん!なに泣いてんだ俺…」

馬鹿らしくなって、布団を引っ張って、その中に潜り込んだ。それでもあの時頭の中で反芻していた「どうしてもっと…」は消えなかった。

これが、頑張るってことなのかもしれない。勝てるでしょ、って余裕になったり、絶対だめだ、ってあきらめたり、そういうことは考えないで、ひたすらに自分のほんとうの仕事に向き合うこと、結果が出るまで、それを続けること、それが大切なんだと、もしかしたら壁の太郎丸が教えてくれたのかもしれない。起きたら、また勉強頑張ろう。

「ってか夢の中だから、これ泣いたうちにカウントされねぇし。俺、泣いてないし!」そう考えていたら気付かないうちに再び眠りに着いていた。

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