第5話 初めての冬期講習!

そんなこんなで二学期が終わり、春樹は通信簿を持って帰って来た。いつもは実家に帰る話や、遊びに行く話で持ち切りなのだが、今年は静かに冬休みに入った。

日程は年内に5日間、お正月明けに3日間の計8日間。最終日は実力判定テストがある。授業は午前9時から12時まで。電車通学の距離だが、講習の間はママが送り迎えすることにした。まずは塾に慣れて欲しいというのと、春樹と塾の事を話す時間が欲しいという思惑があったのだ。

「母さん、いよいよ明日からだね。」

「そうだね。」

「知ってる奴、居るかなぁ…」

「少ないかもね。水戸の塾に通う子、そんな多くないもん。」

「そっかぁ…」

リビングで学校の宿題を広げながら、話しかけて来る。本人なりに初めてのことに緊張している、というのが伝わってくる。元気づけようと、敢えて明るめに言った。

「で、でも、知らなくたって隣になった子とか、話しかければいいじゃない!初めてなのはみんな一緒なんだし!」

「俺知らない人に話しかけるの、苦手。」

「…」

顔も上げずに春樹は答えた。若干、ママが空回りしている感が否めない。話を続けようとしたが、勉強に集中している様子なので、ひとまず黙っていることにした。

暫くして、この前買ったリュックに、ペンケースとノートを入れて明日の準備をざっと終わらせた。日中はいつもの如く太郎丸になり切って試合を見たり、ゲームをして過ごしていたが、今日は早く寝ると言って、早めに二階に上がって就寝したようだ。


初日の朝、春樹はいつもよりもすんなりと起きて来た。そして、身支度を済ませて8時20分にならないくらいには車に乗って出発した。

「少し、道も混んでるわね…」

「うん…父さんたち、仕事だもんね。」

「間に合うかなぁ…」

「大丈夫だよ、多分…」

いつもよりも時間はかかったが、開始5分前には教室に送り込んだ。春樹を下ろして、そのまま自宅へ戻る。そして急いで食器を片付けたり、洗濯機を回したりして、再度車に乗り込みお迎えに向かった。帰ってから2時間もしないうちにまた塾へ。頭の中では余裕だと思っていたが、やってみると案外忙しない。

初日はこの前のパーキングに駐車して、塾のエントランスの前に立って待っていた。お昼の時報が鳴り終わる頃、わらわらと小学生たちが降りて来て、そしてそれに紛れて春樹も降りて来た。

「おかえりなさい!」

「うん。」

「車、裏のパーキングに留めてあるから。」

そう言いながら再度二人、車に乗り、家へ向かった。

「お疲れさま。どうだった?」

「なんか…学校と全然違う。」

春樹の顔には少し、疲労の色が見えていた。

「難しかった?」

「難しい、ってか速い。」

「へぇー。」

言っている意味がママには理解できなかった。勉強が速い、ってどんな感じだろう…。

「でも、まぁまぁ楽しかったよ。先生たち面白いし。」

「勉強、楽しかった?」

「うん。ゲームみたい。みんなで先生からヒントを引き出したりとか、算数は計算スピード勝負したりとか。」

「そんなことするんだ…。ねぇ、勉強はついていけそう?」

「んー…多分。」

多分、という言葉に不安が残ったものの、ひとまず本人の口から楽しかったという言葉が聞けて、ほんの少しだけだけれど、手ごたえを感じた。

「午後はどうするの?夕方サッカーだけど。」

「うん。サッカーまでに宿題やんなきゃ。」

「そうね。お昼何食べたい?」

「んー、ラーメンかなー。」

「おっけー。」


家に帰ってラーメンを作り、食べ終わると、そのままダイニングにテキストを開いて宿題を始めた。そして、ジャージに着替えてぼんやりテレビを見始めた。だんだん、テレビを見る格好から、何から何まで、パパとそっくりになって来る。まだ150センチちょっとの身長だが、いつ頃パパを抜くか、実は楽しみなのだ。講習一日目、春樹はちょっぴり大人に見えた。

そんな風に、年内の5日間の日程を終えた。サッカー教室に行ったり、友達と遊んだりしつつも塾の宿題をこなして忙しくしていたので、年末は学校の宿題を片付けることにしたようだ。初日こそ疲れた顔をしていたが、段々、周りの子が話しかけてくれたり、一緒にふざけ合ったりすることも増えたようで、帰りも友達と一緒に降りて来る日もあった。ママも年越しの準備はあったものの、実家に帰らない分、パパとゆっくりする時間もあってのんびりしていた。来年はこんなにのんびりしていられないだろうね、なんて言い合いながら。


年が明けて、2日はサッカー教室の初詣練習があり、子供たちは朝から近所の神社までジョギングをし、ママたちは神社で豚汁とお餅と甘酒を用意してみんなで食べて、全員そろって初詣をして帰って来た。3日は淑子おねえちゃん夫婦と私たち3人でエオンモールに行き、そして4日から再度講習が始まった。

流石に年明けは気が抜けていたのか、なかなか起きて来なかったので叩き起こし、8時15分には車に乗せて塾に向かった。

「ねぇ、母さん。」

「何?」

「150円ちょうだい?」

「なんで?」

「自動販売機で飲み物買いたい。」

「えー?お茶、持ってきてるじゃない。」

「だって、塾の休憩室で休み時間にみんなで買ってるんだもん。」

なんで飲み物なんか…と思いつつも、やっと出来た友達とコミュニケーションが取れなくなったら可哀想かなとも思った。

「…仕方ないわね、ちょっとママのバッグ取って!」

「よっしゃ!」

信号待ちの間に200円を渡して、そして春樹を送り出し、スーパーに寄って家へ戻る。洗濯物を干してから、またすぐに水戸に向かった。


少し早く着いて、路上に駐車していると、少し眠くなってうとうとしていた。駅の時報の音ではっと目が覚めると、程なく春樹がお友達と帰って来た。

「おかえり。」

「ただいま。」

しばらくお互い黙ったまま過ごしていたが、春樹が話しかけてきた。

「ねぇ。」

「どうしたの?」

「今日、社会の先生が言ってたんだけど、もう俺も受験生なんだって。」

「ほう。」

春樹の唐突な言葉に、妙な反応をしてしまった。

「茨城は私立の入試が早くて、12月に試験終わっちゃってるとこもあれば、冬休み終わってすぐくらいの時期のとこもあって。で、まだ俺らは5年生だけど、1年を365日って考えると、来年の今頃には試験受けてるから、6年生になる前から受験生なんだって。」

「そうなんだ…」

「俺、来年の今頃は、行く中学、決まってるんだよなぁ…」

「そうだね。」

「茗荷谷学園、行きてえなぁ…」

今までで一番、実感のこもった『行きたい』だった。塾に行くと決めたあの時は、ラグビー、そして太郎丸!とテンションだけでぎゃあぎゃあしていたけれど、こうして塾に行くようになって、春樹の中で変化するものがあったのだろう。ずっと先の自分像の間に、今の自分、そして中学生になった自分、そしてその上に太郎丸の背中が見えて来たのだと思う。

「そう、茗荷谷学園でラグビー、やるんだもんね。」

「同じクラスに、兄ちゃんが茗荷谷通ってる奴が居て、写真見せてもらったんだ。」

「うそ!すごい!」

「学校案内に載ってたんだけど、太郎丸とかも試合してる秩父宮で試合した写真が載ってて。」

「へぇ…」

「俺もあの水色ユニで試合したい!そうしたら一歩、太郎丸に近づけるじゃん!」

みるみる、春樹の目が輝いていった。

「よし!がんばろ!春樹が試合出るまでに、ママも頑張ってラグビーのルール覚える!」

「えー?母さん未だにオフサイドも微妙なのに、大丈夫なの?」

「うるさーい!ママも頑張るもん!」

「はいはい…」

年明けから幸先よく、春樹もママも元気いっぱいだった。


最終日のテストは土曜日だったので、パパと二人でお迎えに行き、その帰りに3人で三勢丹にご飯を食べに行った。普段あまり話せない分、パパに塾の話をしてあげて、この先も継続してTゼミに通わせたい旨を伝えると、快く承諾してくれた。

「でも、ママも大変じゃないか?送り迎え。」

「私は大丈夫よ。多少ご飯の準備は手を抜くかもしれないけど。」

「他の奴ら、電車で来てたよ。2組の森って女子も敦も。あと1組の林太郎も。」

「えっ?4人も来てたの?春樹合わせて。」

「うん。だから、電車通学でもいいかなって。駅にはお迎え、来てほしいけど。」

「そっか。それもアリね。」

「もし時間が合えば俺が拾って帰れるし。」

「そうなるとケータイ、持たせた方が良いかしら?」

「いぇい!アイフォン?」

「違うわよ。子供用のやつ。」

「えー。」

少々脱線し気味ではあったが、ひとまず講習を無事に終えて、先に進むことにした。あと365日後には春樹の行く学校が決まってるんだよ?というと目を丸くして驚いていた。


たったの8日間。ヨソに出してきただけなのに、違う学校の友達と話したり、先生の言葉に耳を傾けたりして、春樹はちょっぴり成長した。そして講習が終わった翌日、春樹は11歳の誕生日を迎え、身も心も、大きくなってきたような気がした。

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