第四章‐1『電撃! みゅーじっくエリア』

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 七月一四日、日曜日。

 電脳アイドルこと君島海崎きみしまうみさきは、トレードマークのツインテールを揺らしながら仕事の為に電脳世界を歩いていた。

 その彼女はこれから仕事先のスタジオへと向かうところである。今日はラジオの公開収録の日であり、その後はまだ情報公開していない歌の収録もある。少し忙しい一日が始まったな~、と思った海崎は、まず最初の仕事場へとやって来た。

 ラジオの公開収録のスタジオ。桑古木スタジオまでやって来た海崎は関係者に挨拶を交わした後、現場へと入る。

 そこはガラス張りになっていて、中の様子が見えるようになっていた。ファンはここから彼女のことを見て歓声をあげる。


「さて、今日のゲストをお呼びしましょう。今話題の電脳アイドル。君島海崎ちゃんです、どうぞ~」

「はーい! ミサッキーで~す。みんな、今日は集まってくれてありがとうねぇ!!」


 公開収録に来てくれたファンの皆様に手を振り、営業スマイルを向ける海崎。

 ファンの人たちは皆揃って大声で歓声をあげる。八割方男性ファンだが、残り二割は女性ファンもいた。


「今日の収録はね、公開収録なので目の前にはファンの皆さんが集まっています。今からでも間に合いますよぉ? 海崎ちゃんを一目でいいから見たいって人は七城市ななしろし副文ふくふみエリアの桑古木かぶらぎスタジオに今すぐ来るんだ!」

「待ってマース!! ぜひ、いらっしゃってくださいね」

「じゃあ、タイトルコールを一緒によろしくお願いします」

「はい!」

『電撃! みゅーじっくエリア、スタートです!!』


 一旦CMに入り、少しばかり落ち着く司会とゲストの海崎。そして、公開収録に来てくれた人だけが聞けるちょっとしたトークを始める二人。


「海崎ちゃんって電脳世界だけで活動してますよね?」

「はい」

「これほど人気になったんだから、もういい加減に現実世界のメディアに出てもいいんじゃないですか?」

「そうはいかないんですよね。これには海のように深ーいワケがあるので」

「まさか海崎だけに、とか言いませんよね?」

「え? いやまさか、アハハハハ」

「ファンの皆さん的に今のはアリですか?」

 ガラスの向こうにいる客たちは全員そろって困ったような顔をしてしまっていた。

「これダメじゃん。そこはファンなら面白いよーとか言ってあげるべきじゃないの?」


 すると、ガラスの向こうから「面白かったよー」と言う声が聞こえてきた。


「もう遅いよ!! 海崎ちゃんちょっと言わなきゃよかったって顔してるよ」

「大丈夫ですよ、滑ったくらいでへこたれませんから」

「滑りを恐れないとか芸人顔負けやな」


 そして、CMが終わり本編へ。二人は再び仕事モードのキリッとした姿勢になりつつ台本に目を向ける。


「さて、最初のコーナーはこちら」


 MCがそう言って、海崎が続きを読む台本になっているのだが……。


「電撃! 一問一答――あ、これ次のコーナーだった!」

「ちょっと、これ生放送なんだからちゃんとお願いしますよ~」

「あはは、すみません。もう一度行きましょう」

「なんで海崎ちゃん仕切ってんのよ!? まぁいいか。仕切り直しまして、最初のコーナーは!」

「電撃! おたより開封エリア~」

「おなじみとなっております電撃! おたより開封エリア。このコーナーでは投稿されたメールを読むという無難過ぎるコーナーです。本日はゲストに海崎ちゃんが来てるということでね、海崎ちゃんへの質問メールが沢山来ておりますよー」

「ありがとーございまーす! では、さっそく読んでいきますね。電撃ネーム、カラーリバーさんからのおたよりです。MCの西川さん、ゲストのミサッキー、こんにちは~。はい、こんにちは~。わたしはミサッキーがデビューした頃からのファンなのです。そんなわたしでも知りたいことは色々とありまして、質問なのですが、ミサッキーの私生活、例えば高校生活とかどんな感じで過ごしているのか知りたいです。やっぱり、アイドル活動しているだけあって、あまり学校に行けていないのでしょうか? というおたよりをいただきました。ありがとうね~」


 この質問内容に、MCの西川が困ったような顔をした。


「い、いきなり突っ込んだおたよりだね。ミサッキーの高校生活か~。普段はどうなの? 友達とかアイドルやってることとか知ってるの?」

「いえ……。わたしがアイドルやっていることなんて高校の友達は誰も知りませんよ。やっぱり、わたしは謎の電脳アイドルとしてやってるので、アイドルやってることは秘密にしないといけないんです」

「へーやっぱりそこは徹底してるんですね。おたよりにあったように、学校にはちゃんと行けてるの?」

「はい。ちゃんと行けてますよ。メディアの露出が電脳世界限定なので、遠くへ移動とかもありませんし、お仕事は放課後ないし休日限定でやってます」

「ここまで人気出て、だけどちゃんと学校に行けてるって凄いなぁ。海崎ちゃんは頭は良い方なんですか?」

「そこそこですねー。放課後と休日と仕事を入れている問題で、あまり勉強時間が確保できないんですよ。とりあえず、テストは基本的に学年平均の点数ですね。だから順位は真ん中くらいかな?」

「可もなく不可もなくって感じか。現実世界の海崎ちゃんはどこにでもいるふつーの女の子って感じなのかな?」

「そうです。電脳世界ではこうしてアイドルやってるけど、普段はみんなと何ら変わりない女子高生ですよ!」


 そして、次のおたよりが読まれ、海崎は投稿者の質問に答えていく。

 笑いが絶えないその現場がとても楽しくて、居心地が良くて、そこが自分の居場所なのだと教えてくれるような気がした。現実世界では味わえない幸福がそこにある。だからこそ、彼女は現実世界ではなく、この電脳世界で活動を続けている。


 君島海崎は普通の女子高生。

 世間一般ではそう伝わっている。

 だって、彼女の素性は誰も知らないのだから。

 君島海崎。女性。年齢一六歳。身長一五二センチメートル。その小柄な可愛らしさからツインテールがとても似合っており、トレードマークと化している。

 電脳世界でのみアイドル活動を行っている、通称電脳アイドル。

 現実世界の彼女については一切開示しておらず、謎である。

 彼女は一体どこにいて、どんな人間なのかは誰も知らない。


 世間に出回っているプロフィールはこんな感じで、彼女の現実世界のことについては彼女が所属している事務所のみが知っており、その情報は一切、電脳世界にはデータとして持ち込まれていない。

 そう――彼女、君島海崎の現実世界についてのことは、そこまでして隠すべきトップシークレットな情報なのである。

 しかし、その謎によってファンが獲得できたのも事実。それを利用したミステリアスなキャラ付けが成功のキーとなった。


 約一時間のラジオの生放送が終わり、スタジオを後にした海崎は、続けてレコーディングスタジオに向かわなければならない。しかし、それも副文エリアにあるのでそこまで大きい移動にならない。歩いて約一〇分で着くような場所だ。

 時計を確認して少しばかり時間に余裕があることを確認した彼女は、ゆっくりゆったりと、街並みを眺めながら歩くことにした。

 その道中、誰かに見られているような気がした。

 いや、アイドルなら誰に見られても不思議ではない。しかし感じる視線がファンのそれと違い、悪意を持った視線を感じるのである。気のせいだと思い込む海崎だが、いつまで経ってもその誰かに見られているような感覚は拭えなかった。

 怖くなった海崎は走り出す。後ろを振り向くような勇気が出せず、ひたすら真っ直ぐ目の前を走る。とにかく人混みの中に入りたかったのだが、運が悪く、そこは人通りは少ない場所だった。

 スタジオにたどり着ければ助かる。

 そんな気持ちが気をゆるませてしまったのか、海崎は道を間違えてしまった。


(あ、こっちじゃない!!)


 しかし、もう時すでに遅し。そこは行き止まりだったのだ。

 恐る恐る後ろを振り返ると、そこに立っていたのは、真っ黒なパーカーを着こみ、フードを深々と被った男だった。男は刃物を持っていて、その手は痙攣しているかのように震えており、息も荒く、正常な人間だとは思えなかった。


「あ……あぁ……」


 助けて。

 そんな声も出せないほどに彼女は恐怖していた。逃げようにも足が動かない。

 そして、パーカーの男はぶつぶつとこんなことを言っていた。


「裏切り者め……。被害者は俺なんだ。なんで、なんで、なんで」


 まったくもって意味が分からなかった。被害者とは一体どういう意味なのか。

 しかしそれを考える余裕もないくらいに、海崎は追い詰められていた。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 男が大きな声を上げた。海崎は思わず目を瞑り、その場にうずくまる。その瞬間は悟ったのである。


 ――あぁ、死ぬのかな。


 しかし、一向に男はこちらにはこなかった。海崎はゆっくりまぶたを開く。そこには先ほどとは違う男が立っていた。刃物を持った男はと言うと、地面に寝転がっているではないか。

 まるで意味が分からない。海崎は今の、この状況を把握することができなかった。

 混乱する中、その男は話しかけてきてくれた。


「大丈夫かー? ケガとかないかー?」

「は、はい……」

「そっか、それはよかった。じゃ、ガーディアンにでも連絡するかな。お前もしばらく俺と一緒にいてくれよな」

「分かり、まし、た……」


 刃物を持った男を倒してしまった彼は、通信用のホログラムウィンドウを開くと、七城市のガーディアンに連絡を入れた。


「もしもーし、阿波乃あわのか?」

『お前が連絡してきたってことは、事件か?』

「そうそう。ストーカーだよ。例の……えっと、なんだっけ名前?」


 チラッと目だけをこちらに向けて聞いてくる彼に、少しだけ戸惑った。まさか、自分のことを知らないとは思わなかったからだ。これでも今話題の大人気電脳アイドルという自負がある。


「君島、海崎、です」

「あーそうだそうだ。君島海崎のストーカーがさ、刃物を持ってたから叩きのめしておいた。てかよぉ、電脳世界のセキュリティガバガバじゃね? こんなストーカー野郎でもセキュリティプログラムに引っかからないナイフを用意できるとかヤバいっしょ」

『だから年々サイバー犯罪が増えているんだよアホ。とにかく、すぐそっちに向かう。お前は君島さんを保護していてくれよ』

「あいあい。了解ですよ阿波乃リーダー」

『ムカつくなお前』


 それで通信が終わった。話し方がガーディアンに連絡するようなものではなかったが、とにかくガーディアンが来てくれるそうで、海崎は安心した。

 ストーカーを倒し、ガーディアンを呼んでくれた男はこちらを向く。そして、その顔を見て思い出した。彼は、前に握手会でも助けてくれた人だと。


「すぐガーディアンが来てくれるから大丈夫だ。てか、お前さんも散々だな。前は電子ドラッグやってる奴に絡まれ、で、今度は悪質なファンのストーカーかよ。アイドルも大変なんだな」

「あ、やっぱり前に助けてもらった……」

「あれ? 忘れられてたのかよ。まぁ、あんときは話すらしてなかったからな」

「そうですね。あ、名前を教えてもらってもいいですか?」

「名前か? 榊原結城」

「…………」


 ふと、目が合った。いや、目を合わせてしまった。なぜかそのまま目が離せず、しばらく見つめ合う形となり、段々と恥ずかしくなってようやく目を逸らせた。


「どうした?」


 ちょっとだけ顔が赤くなるのを自覚する海崎であったが、榊原結城は別に何とも思っていないような涼しい顔をしていて、くやしいような、悲しいような、そんな感情に襲われる。


「い、いえ。榊原さんですか。前回も今回もありがとうございます」

「どういたしまして」


 素っ気ない感じで返事を返す結城。

 すると、後ろから大きな声が飛んできた。


「あー!! こんなところにいた!」


 次に現れたのは女の子だった。ガーディアンかと思ったが、様子からして違うことはすぐに分かった。おしゃれな私服に、ちょっと忙しない感じは明らかにガーディアンではない。


「あ、咲楽さくら……」

「突然走り出してなんなのさ! ていうか、何この状況……。地面には謎の男、そしてゆうくんの目の前に……ん? もしかして、いや、もしかしなくてもあなたは君島海崎さんではありませんか?」

「はい、そうですよ」

「え、マジ!? 本物のミサッキー!? あ、あのデビューしたての頃からファンです!! てか、今日の公開収録で最初に読まれたおたよりはわたしのです!!」

「そうなんだ。応援ありがとうね!」

「はい!!」


 ここで、ようやくガーディアンが到着した。

 そこに現れたのは阿波乃渉ともう一人、木戸卓己きどたくみであった。

 木戸卓己は七城市のガーディアンの一人。彼にはこれと言った特徴はない。特徴がないのが特徴とでも言うのが良いのだろうか。黒髪で普通に短めの髪をそのまま下ろしている特徴のない髪型。身長も成人男性の平均。そして仕事も一定の仕事を必ず果たす。

 その何もかもが平均的であることから付いた二つ名が『ザ・アベレージ』である。

 基本的には渉と卓己の二人で電脳世界の治安を守っているのだが、正直カバーしきれないのが正直なところである。

 今回も、結城が海実に被害が出る前にストーカーを止めたから何とかなっただけで、彼がいなかったら彼女はどうなっていたか分からない。

 この人材不足の現状を変えるのがガーディアンの当面の課題となっている。


「あれ、木戸さんじゃないか。今までどこに行ってたんですか?」

「東京に出張だよ榊原君。プールでの事件に参加できなくて本当にごめんね」

「いやいや、そんなに畏まらないでくださいよ。木戸さんは東京での仕事で仕方がないんだからさ」

「そう言ってくれると助かるよ。じゃあ後は僕たちに任せてもらって、榊原君と色川さんはこの後すぐにログアウトするように。まだ近くに危険な人がいるかもしれないからね」

「りょーかい。じゃ、よろしくお願いします。行くぞ咲楽」

「うん……。あ、最後にミサッキーに一言言いたいです」

「なんでしょう?」


 海崎は不安そうにしている女の子の目を見た。


「え、あ、あの……アイドル、やめないでくださいね。ずっと、ずっと、ずーっとわたしは応援してますから!!」

「え……? うん、ありがとう。これからどうなるか分からないけど、頑張ります! えっと、名前はなんて言うんですか?」

「ウェ!? えっと、さ、咲楽です。色川咲楽と言います」

「そう……色川さんね。あ、少し時間を頂いてもよろしいですか?」


 海崎はわたるに確認を取った。すると渉は問題ないと答えてくれた。

 彼女はホログラムウィンドウを開き、サインアプリケーションを起動してサインを書き始めた。いきなりのことに慌てふためく咲楽。いったい、今なにが起こっているのか理解できなかった。


「えっと、カタカナでサクラさんへ、でいいですか?」

「え、あ、あの、い、いいです、いいです!!」


 混乱しながらも元気いっぱいに返事をする咲楽。

 実年齢は海実が一六歳で、咲楽は今年で一八歳になるというのに、どちらが年上なのか分からないような状態で結城は少しばかり恥ずかしさを覚えた。


「はい、どうぞ」


 サインデータを咲楽に渡した海実は、最後に握手をしてあげた。これはサービス。この前の握手イベントが電子ドラッグ中毒者によって滅茶苦茶になってしまったお詫びだ。彼女もきっと握手会に来てくれたはずだから。


「ほら、満足したろ。行くぞ咲楽。じゃ、あとはお任せしまーす」

「ミサッキー!! これからも応援するからねー!!」


 結城に引きずられながらこちらに手を振る咲楽に、海崎は手を振り返してあげた。視界から消えるその時まで。

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