第三章‐4『Vanishing』
5
現実世界へと戻ってきて、最初に目に飛び込んできたのは見知った人だった。
「お、起きた……。だ、大丈夫、か? ふひひ」
金髪だけどちょっと不潔感があって台無しで、更にどもっていて気持ち悪い笑い声を出す女の子は、結城が知っている人物の中で一人しかいない。
どうやら、結城が電脳世界で戦い、プールの温度を元に戻そうとしている最中に、ガーディアンの一同はここに到着したらしい。
目の前にいる
年齢は結城と同じく一七歳。清楚感漂う黒いロングの長髪。ボディラインは細く、とても女性らしい。ただ、出てて良い所は出ていないという弱点はあるが。
そんな彼女はその歳にして犯罪組織にいたオペレーターだった。しかも敏腕であり、中々その犯罪組織の尻尾を掴めなかったのは彼女のおかげだという。
しかし、ガーディアンの奮闘により犯罪組織は壊滅。そして彼女の腕を買われ、牢屋にぶち込まれる代わりにガーディアンとして一生働くことを約束させられた。第二の首都とも言われている
「……なんでお前らが?」
「榊原ぱいせんがここで気絶している間に、漏れたちがプールを一つ正常に戻してやったんだぜ」
「は!?」
美樹の言葉に、結城は思わず声をあげてしまった。
ということは、あのアグニとかいうプログラムと戦って、それからしばらく気を失ってしまっていたということになる。
すべてのプールを自らの手で元に戻してたやろうと思っていた手前、やるせない気持ちになった。しょせん、自分の力はそんなものだったのかと情けなくなる。
先ほどのアグニ戦のダメージはまだ残っており、痛みがまだある。だから立とうとしたとき、ふらっと立ち眩んだ。
それを見た渉はすぐさま結城のもとへと駆けつける。
「大丈夫か榊原」
「なんとかな」
「電脳世界に潜っていたようだが、何が起こっているのか教えてくれ」
「あ、ああ。見て分かる通り、犯人はここ、オーシャンリゾートのプールの水温管理システムをすべて弄り、沸騰させた」
「その動機は分かるか?」
「犯人は、俺がどの程度の力を持っているのか測っている節がある。最初に奴は言ったんだ。四つのプールをどれだけの時間で解放できるか見ものだ、って」
「つまり、電車の暴走事件との関わりがある可能性があると?」
「あぁ。だけど、今回はボイスチェンジャーを使っていない限り間違いなく女だ。いや、ボイスチェンジャーを使ったような音質でもなかったから、十中八九女で確定だろうよ」
「前回は男、今回は女か。これは組織的な犯行か? しかしなぜ榊原を狙う?」
「それは、きっと俺がネクストだからだと思うけど……」
渉は手をあごに添え、少しばかり考えた後に彼女を呼んだ。この手の犯罪には詳しい元犯罪組織組員、奏多深優に聞くのが手っ取り早いのだろう。
深優は助けた子供とその親をプールの監視員の人に任せ、こちらに駆け寄る。
相変わらずしかめっ面が妙に腹立たしく感じる。何がそんなに面白くないのか、結城は聞いてみた。
「奏多、そんな面白くなさそうな顔して。どうしたってんだ?」
「もっと、子供と話していたかったのに……」
この状況下で何を言っているんだこの人はと、結城は思った。
しかし、これは今に始まったことじゃない。彼女の子供好きは度が過ぎている。彼女は言った、幼稚園なんて一日中見ていて飽きないと。むしろ二四時間営業で幼稚園やっていないかなー、とか言い出す始末。
そんなこんなで、結城の中でこの奏多深優はショタコンの称号が授けられている。
「この事件が終わったらゆっくりとふれあっていてくだせーショタコンさん」
「だ、誰がショタコンよ!!」
「お前だよ。他に誰がいるってんだ。そんなことよりお前らのリーダーさんが聞きたいことがあるんだってよ」
先ほどまでのしかめっ面を直し、キリッとした真面目な表情になる。仕事モードの彼女はこんなにもカッコいいのに、なぜ子供を前にするとあんなことになってしまうのか。
「なんでしょうか、阿波乃リーダー」
「奏多、ネクストを狙うような犯罪をお前は知っているか?」
「えぇ、聞いたことはあります」
一同は驚いた。こんなにも簡単に情報が出てくるとは思わなかったからだ。
確かに今までネクストが襲われたケースの事件記録を、渉は何度か見たことがあった。
しかし、それは何ら関係性はなく、それぞれ独立した犯罪だと思っていたから注目することはなかったのだ。
だが、もしそれらの事件が、組織的犯行だとしたら、今回の榊原結城が狙われている原因がネクストだということだったら、そしてそれが組織的犯罪の延長線上にあるとしたら、これから深優が話す内容に答えがあるかもしれない。
「ネクスト狩り、っていう言葉を聞いたことがありますか? ネクストは異端なモノであり、悪魔の子である。この世から排除しなければならない存在。そう考え、ネクストを殺そうとするんだそうです」
その言葉なら、渉も、美樹も、そして結城もチラッと聞いたことがある。いわば都市伝説レベルの話なのだ。この世には、ネクストを抹殺しようとしている切り裂きジャックがいる、と。
「ネクスト狩り……それは組織で行われるものなのか? それとも個人で?」
「それは分かりません。ただ、それを追い求めるということは、雲を掴むようなものだと言っておきます」
「正体不明の敵か。榊原、お前はこれからどうしたい?」
どうする、ではない。渉は結城がこれからどうしたいのか、それが聞きたかった。あくまで彼の意志を尊重しようとしたのだ。
「どうするもこうするも、プールを元に戻すために戦うよ。残りはたった二つ。楽勝だ」
「それでは犯人の思う壺だぞ。四連戦もさせようとするってことは、お前のことを調べているに決まってる」
「だからって、このまま放って逃げればそれこそ犯人が何をするか分からない。今より最悪な状態にするだなんて簡単にできるだろうさ」
「しかし客の避難はもう済んでいる。人質はもういないも同然だ。だからこれ以上お前が戦う理由なんてないんだ」
「うるせえ! こちとら楽しい時間をぶっ壊されてるんだよ!! それにな……いや、とにかく俺はこの騒動を起こした犯人をぶん殴るまで帰れねぇんだよ」
咲楽に涙を流させた犯人を許しはしない。
だって約束したのだから。
(アイツの幸福は俺の幸福。俺の幸福はアイツの幸福。そして、アイツの不幸は俺の不幸なんだ)
だから、咲楽が悲しんでいるなら結城が笑顔にする。お互いにすべてを背負って、今までも解決してきた。これもその一環でしかなく、いつものことでしかない。ただ、ちょっとばかし最近の不幸はキツイものばかりだ。
だがそれがなんだ。
「俺が解決する。すべて元通りにするんだよ、この俺がな」
「分かった。だが、協力はさせてもらうぞ。お前の気持ちなぞ知ったことか。俺たちはガーディアン。サイバー犯罪専門のスペシャリストなんだ。どこの馬の骨かも分からん一般ピーポーに事件を解決できるわけがない」
「言ってくれるじゃねぇか。つーか来るのおせぇんだよ。スペシャリストならもっと早く来いや!」
「仕方がねぇだろ交通にトラブルがあったんだから。きっと犯人が行った時間稼ぎなんだろうが、それでも一つこちらで元に戻したんだ。感謝されたいくらいだね」
「はいはいあざーす。すばらしー」
「ふ……」
「ふふ……」
『あっはっはっはっはっはっはっはっは!!』
二人が言い合った後には必ずと言っていいほど笑い合う。いつものことだ。前にも小さな事件で結城が偶然解決してしまったときに、渉と言い合いになったのだが、最後には笑い合って仲を深めていた。
なんだかんだで仲の良いコンビのようなものだと周りは認識しているが、彼らは否定している。なぜなら、彼らはこういう言い合いのときにお互いをこういう風に呼んでいるのだから。
「いいぜイケメン野郎。勝手にしろや」
「年下の癖に生意気なんだよ不良もどき」
これもいつものこと。別に貶し合っているわけではなく、お互いに分かっていて暴言に近い言葉を吐いている。両者共に汚い言葉をぶつけ合ったときはオーケーサインと同じ意味を持っているそうだが、これも結城、渉ともに否定している。
「ではこれよりオーシャンリゾートの解放作戦を開始する。藤坂、お前はコントロールシステムの監視をして随時情報をよこしてくれ」
「ら、ラジャー。ふ、ふふ、盛り上がってまいりましたー!!」
情緒不安定にしか見えない藤坂美樹を見て頭を抱える結城に対し、なんらリアクションを取らないガーディアン一同。彼女のこの不可思議なノリはもう慣れているのだろうか。
「そして奏多は俺たちのオペレーションだ。いつも通りの的確な指示を期待しているぞ」
「了解」
短い返事を返してガーディアンと榊原結城は動き出す。
次に向かったのは波の出るプール。
榊原結城と、阿波乃渉は水温コントロールシステムのコンソールに手をかざし、電脳世界へと没入した。
6
波の出るプールの水温コントロールシステムに無事パルスインすることができた結城と渉の二人。しかし、入って早々に気分が悪くなった。
そこは鼻がねじれるほどの異臭が漂っていたのだ。何かが焼け焦げたときの匂いが結城と渉の
「あれ? 話しかけてこないぞ」
「お前に話しかけたっていう女のことか?」
「ああ。あれか? ガーディアンが来たからトンズラこいたってか?」
「そうかもしれんな。とにかく、プールを元に戻そう」
「ああ、そうだな」
『リーダー、榊原君、聞こえますか?』
耳に届いたのは深優の声だった。
こうやってガーディアンは現実世界からオペレーションと言う名のサポートをしてくれる存在がいる。だからガーディアンはいつも適切な判断を下しながら犯罪者を追いつめることが出来るのだ。
『目の前に剣を持った燃えている人が見えるでしょ?』
この焦げた匂いの元はそれらしい。
『あれの名前はカグツチらしいわ。攻撃方法はあの剣で行うみたいだけど、それ以上の情報は美樹が必死に解析している状況よ』
「了解。まぁ、そのカグツチとやらは未だ動かない。藤坂の解析を待つと――」
結城がそんなのんきなことを言っていたその瞬間だった。
その左腕が――飛んだ。
データと化している今、血こそ噴き出さないが、それ相応の激痛が走った。もはや声を上げることすら困難なほどに突然のことで反応できなかった。呼吸もできず、その場にうずくまることしかできない。
(立ち上がらなきゃ死ぬ……)
頭ではそう思っていても体が言うことを聞かない。
左腕からは壊れたデータの青い粒子がチラついている。そして目の前には剣を持った死の恐怖がこちらを睨み付け、大きく剣を振り落そうとしている。
――あぁ、死んだな。
半ば諦めかけていたその時、その剣が弾かれた。
ふと渉の方を見ると、彼はタブレットのようなゴツいピストルを握りしめていた。
彼はもう一発、今度はカグツチ本体に弾を撃ち込んだ。
あれはガーディアンのみが扱える拳銃型の武器である。
名はハーキュリー。
基本的には相手を痺れさせる麻痺効果のある弾を発射するようにできているが、許可が下りれば破壊能力のある弾も発射することが可能である。
今は通常モードであるため、直接的な攻撃にはならない。だが、剣筋を反らすことと、一時的に動きを止めることくらいはできる。
「奏多、ハーキュリーの非殺傷設定を解除。あと、スタンロッドをよこせ」
『了解。……非殺傷設定を解除。スタンロッドのインストールを開始します。今、藤坂がカグツチの解析を行っています』
「藤坂がこれだけ時間をかけてしまうほどのプロテクトがかかっているのか。仕方がない」
渉はインストールされ現れたスタンロッドを構え、宣言する。
「さぁ、榊原から離れろカグツチ。ここは俺が相手だ」
「おい阿波乃、いったいどうやって戦う気だ……?」
痛みに耐えながら掠れた声で聞いて来る結城に、渉はこう返した。
「怪我人は黙ってろッ!! ここはサイバー犯罪の専門家が出る場面だ」
カグツチは目にも留まらぬ速さで移動する化け物。
(人を殺すことに特化させたプログラムだと、先ほど榊原は言っていた)
果たしてそうだろうか?
結城はこうも言っていた。
どこかしらに必ず突破口が用意されていた、と。
(やはり榊原が言っていたことは本当らしいな。犯人はアイツの力を測ろうとしている。今回のシチュエーションは“負傷した場合”なんだろう。おそらく榊原が解放した二つのプールには、また違ったシチュエーションが用意されていたはず)
渉の予測は的中していた。数々の犯罪を知り、立ち向かってきた彼にとってこの程度の予測は簡単に立てられる。
そして、目の前に立ちふさがった強大な壁をいかにして攻略するか。
よじ登るのか。
力任せに壊すのか。
突破法はいくらでもある。渉は経験をもとにその方法を練っていた。
そのとき、渉のもとに一つの連絡が入った。
『か、カグツチの、解析がお、オワタ』
「そうか藤坂。詳細を教えてくれ」
『カグツチは、さ、榊原結城だけを、狙うように作られてる。ま、まさに結城だけを殺す機械かよ! みたいな、デュフフ』
「やはりな。まず先に榊原を襲ったのも頷ける」
『だ、だけどその、か、カグツチのプログラムが現在進行形で、書き換えられているんだお。きっと阿波乃リーダーも狙うように書き換えていると思われ』
「なに!? だから今は音沙汰もないと言う訳か。弱点は?」
『弱点って言う弱点は見当たらない。だから、わ、私は作戦を考えたんだぜ!!』
「どんなだ?」
『作戦名、オペレーション
「作戦名はいい。その内容を教えろ」
『スマソ。阿波乃リーダーはできるだけカグツチにダメージを与え続けて生き残って。あとは、私がカグツチのプログラムを逆に書き換えて破壊、もしくは弱体化させるから』
「……藤坂の腕を信じる。妨害して妨害して妨害しまくれ。犯人の顔を真っ青にしてやるんだ!」
『ら、ラジャー!! ふひひ、久しぶりに腕がなるぜー!! 大丈夫、怖いのは最初だけとか言って先っちょだけでも入れたいのは分かるが、この鉄壁なる私に盾突くなんて百億光年早いんだよ!! あ、百億光年は時間じゃなくて距離なんで、デュフフ』
と意味不明な言葉を残して通信が切れた。
まぁ、こんな意味不明なことばかり言う美樹だが、プログラミングなどの技術は並大抵の人じゃ敵わない腕を持っている。若干一五歳で数々の事件に貢献してきた彼女は、もうすでにその道のプロと言ってもいい。彼女がこの先一〇年後、いったいどれほどの存在になっているか、渉は楽しみでならなかった。
「さて、このまま動き出さなければいいが……そうも言ってられないらしいな」
カグツチは結城を狙うようにプログラミングされていると言っていた。
最初に撃った麻痺弾の効き目が薄れてきているのだろう。しかし、もう一度麻痺弾を撃ったところで、長い時間動きを止めることはできなくなっているはずだ。なぜなら、最近の生物型プログラムは優秀なものが多く、一度当たった麻痺弾の効果を学習することで、人間でいうところの抗体のようなものを作り出すことができるからだ。
きっと、このカグツチというプログラムも例外ではないだろう。
「まだこっちには有効な対抗手段がないってのに、面倒臭いことしてくれるじゃないの」
カグツチは一歩一歩、少しずつだが歩みを始めている。体の痺れが抜けてきている証拠だ。そして、それは結城目がけて今にも飛び出していきそうな勢いがある。
「おい阿波乃、あいつ動き出しそうだぞ!!」
「
そのとき、ついにカグツチは動き出す。ゆっくりではあるが、着実に歩みを結城の方へと進めていく。普通なら恐怖のあまり逃げ出すだろう。だが、結城は渉に言われた通りその場から動かなかった。
阿波乃渉というガーディアンを認めているからだ。
渉はスタンロッドを構え、その場から動こうとしない。物凄いスピードで動き出すカグツチだが、臆することなくスタンロッドを構える。
「おい、攻撃が大げさ過ぎるぞ」
その太刀筋を見切り、スタンロッドで受け止めることができた。
最初の一撃は目で捉えることが難しいほどの速さで攻撃を行った。そう――それこそ『殺すことに特化させたプログラム』のように。
しかし、なぜ、結城の左腕を狙ったのか。
右腕を切り落とせば彼は利き腕を失い、戦闘がままならなかったはずだ。もっと言えば、簡単に彼を殺せた。だがそうしなかった。なぜなら彼に戦闘してもらわなければ困るからだ。
これはあくまで榊原結城という男の力を測る目的があっての行い。
そこから出される結論は、この戦いは“負傷状態での戦闘”というシチュエーションを意図的に作り出したということ。
だから、それからの攻撃は急に『大きなモーション』を取る様になったのだろう。彼にその状態で戦ってもらうために。
結城の左腕を切り落とし、その次の攻撃をスタンロッドで受け止めることができたのは、その『大きなモーション』のおかげなのだ。
しかし敵は休みなど与える気はないらしい。すぐに次の攻撃動作に入った。
「阿波乃ばかり戦ってんのは癪だ。俺も混ぜろやッ!!」
結城は右腕を硬く変質し、黒く染め上げる。
その腕で振られた剣を弾き飛ばし、更にそこから顔面目がけて思いっきりパンチをくらわせた。その衝撃で軽く吹き飛ぶカグツチだが、致命傷には足り得ない。すぐさま体制を立て直してこちらに走りながら向かってくる。
「左腕を失ってもなお戦うか。お前の痛覚はどうなっている?」
「メチャクチャ痛いに決まってんだろ。今にも気を失いそうなレベルだよ」
「強いな、お前は」
「うっせ」
大きく剣を後ろへと引き、大きく剣を振るカグツチ。きっと、一人で戦っていれば苦戦しただろう。しかし、この場には二人いる。阿波乃渉が剣を銃弾とスタンロッドを巧みに使って弾き、その隙に拳を叩きつける。
正確に行われる二人の連携は、惹かれるものがあった。現に二人をモニタリングしている奏多深優は目を離せなかったのだ。
「おい阿波乃! 剣を弾くタイミングギリギリ過ぎねぇか?」
「そっちこそ、もっと遠くへ殴り飛ばせないのか? 次の射撃までの間隔が狭すぎてスタンロッドで近距離戦を強いられる。どうにかならんのか?」
お互いに文句を言いながらも、最低限どころか理想に近い仕事を何度もこなす。
ついに抜群のコンビネーションによってカグツチは攻撃一つとて行うことはできなかった。
「負傷状態で戦うことを前提に作られているおかげか弱いな。これ以上は何もなしか?」
鼻で笑いながら言う渉。
そして、ついに――。
『き、き、き、キタアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! ミッションコンプリート! 奴の防御力をゼロにすることができたんだぜ! あとは全力全開でやっちゃるだけだお!!』
耳に響くようなキンキンした声で叫ぶ美樹に、渉は感謝の言葉を送った。
「良くやった藤坂!! ハーキュリーの全力全開をお見舞いしてやる!」
すると、タブレットのようなゴツイ銃の先端が青白く光り輝かせながらエネルギーを充填。その危険度を知らない人型プログラムのカグツチは、そのまま結城の方へと一直線に突っ込んでくる。
「榊原、下がっていろ」
結城は無言でうなずいた。
慎重に照準を定め、確実に当たると確信したそのとき――渉はトリガーを引いた。
「突き破れ!!」
バスケットボールほどに膨らんだ青白いエネルギーの弾が一直線に飛んで行き、カグツチに衝突した。非殺傷設定を解除したハーキュリーの全開チャージ弾の威力は、そのまま丸い形にカグツチの胴体を貫いた。
これが電脳世界を守るガーディアンに与えられた平和を守る武器、ハーキュリーの本当の力。
青い粒子をまき散らしながら、カグツチの姿はボロボロと朽ちてゆく。
「これで終わり、か?」
結城は呟く。
「恐らくそうだろう。犯人もここから逃げてしまったのかもしれない」
「この電脳空間に入ってからダンマリってことは……そうかもな」
「まずは現実世界に戻ってからだ」
「そうだな。ログアウトだ」
7
現実世界に帰って来た結城と渉は、すぐさま現状を把握するために深優と美樹に話を聞いた。
「奏多、藤坂、プールの温度は元に戻ったか?」
渉の質問に深優が答える。
「ええ、元には戻ったのだけど……」
「何か問題があんのかよ」
深優の意味深な言い方に少しイラつく結城。ここはさっさと結論をハッキリと言って欲しいのだ。彼としては早く犯人を追いつめ、一発殴らなければならないのだから。
「この波の出るプールだけじゃなくて、残っていたウォータースライダーも元に戻ったのよ。阿波乃リーダーと榊原がカグツチを倒して、それから同時にね」
おそらくそれは、ガーディアンが到着したことによる予定変更だろう。
補足するために美樹も自分の見解を述べた。
「は、犯人がカグツチのプログラムをか、書き、換えてたのは事実。だけど、妨害、しているときに、気が付いた。阿波乃リーダーを襲うようにする書き換えじゃなくて、ウォータースライダーの水温コントロールシステムとリンクさせるものだった訳だが」
「なに!? いったい犯人は何のために?」
「マ、マジでワケワカメ。つか、犯人強すぎワロタ。私の妨害に勝てた訳だがマジでなんなん? チートでも使ってんのかよ」
それについては驚きを隠せなかった渉。彼が知っている中では、彼女ほどプログラミングやハッキング、クラッキングに関して右に出る者はいないと思っていたのだ。しかし、それを上回る技術を持っていた、もしくはネクスト能力によるものなのかもしれない。
いずれにせよ、これは由々しき事態だ。
きっと、犯人は身分が分かってしまうような証拠を残さないだろう。ここまで大掛かりな犯罪行為をしておいて、尻尾を掴まれるようなアホではないはずだ。なぜなら、ネクスト狩りをしている犯罪組織に手を貸している――おそらく以前からそういった犯罪組織に手を貸していたその道のプロだと思われるから。
ダメ元だが、美樹に犯人の足跡がないか徹底的にオーシャンリゾート中の電脳世界のアクセスログから来客まですべて洗ってもらった。
しかし――。
「……死ね。氏ねじゃなくて死ね。なんなん? この前の電車の時といい、今回といい、何で股開いてくれないのさ!! クズがァ!!」
藤坂美樹、ご乱心であった。
カグツチの解析結果を見ても犯人の手掛かりになるようなことは綺麗に抜け落ちており、このオーシャンリゾート全体の電脳空間のアクセス履歴は美樹を持ってしてでも復元不可能な状態になっていた。犯人に関する手がかりがすべてなくなったと言ってもいい。
前回の電車の暴走事件に続き、今回のオーシャンリゾート事件。犯人の仕事は憎たらしいほどに完璧だった。引き際もわきまえ、証拠は残さない。
(クソが。次に会うことがあれば女だろうが容赦しねぇぞ……!!)
結城は逃げられた事実をあらためて自覚し、そう頭の中で呟いた。あくまで冷静に、だけど怒りに燃えている。そんな不思議な状態だった。
何としてでも犯人を見つけ出したい。
しかし、残りの手がかりは本日の来客のデータのみ。
しばらく考えた渉は言う。
「とりあえず榊原には悪いが、少しばかりここで待機してもらうぞ。フィードバックで痛むだろうがな」
「まぁ……痛いっちゃ痛いけど、ただ左腕の感覚があまりないんだ。動きはするけど、その、動かしている感覚がないんだよ」
「フィードバックによる痛みや神経の麻痺は時間が経てば正常に戻りはする。が、それでも専門の医師に診てもらうのが吉だと思うがね」
「確かに。明日、落ち着いたら行ってくるよ」
「本当なら今日中に行って欲しいものだがな。榊原的には都合が悪いんだろう?」
「よく分かってんじゃねぇか。気持ちわりぃ」
「うるさいクソガキ。今日は散々だったな。とりあえず一緒に来た友達の下へ戻ってろ」
「あいよ。じゃあ、お疲れさんでした」
結城はガーディアン一同の返事を待たずにその場を立ち去った。
感覚のない左腕に違和感を抱きながらも更衣室で服を着て咲楽を探す。彼女はとても分かりやすい所にいて探す手間が省けた。
「あ! ゆうくん。いったい何してたの!? ずっと待ってたんだからね」
ちょっと涙目になりながら言う咲楽を見て、結城はとても腹が立った。彼女を不安がらせた自分に腹が立ったのだ。自分の失態がゆるせなかった。だから結城は彼女を笑顔にさせるために言った。
「いや、知り合いを助けた後に子供がプールに取り残されたりなんだりでちょっとな。ま、無事に助け出せたから安心しな! 俺も、この通り何ともないからさ」
嘘をついた。
体はあちこち痛いし、左腕の感覚はない。だけど慣れないいつも通りの笑顔で、彼女に無事であることをアピールした。
もしかしたらバレているかもしない。咲楽にはこんな嘘はお見通しなのかもしれない。
だけど咲楽は騙された振りをしてくれているのか、それとも知らずバカ正直に結城の言っていることを信じてくれているのか。定かではないが結城の言葉に頷いてくれた。
そして、その後ろにいる海実も不安そうな表情で聞いてくる。
「榊原、せんぱい。大丈夫です、か?」
「おう、何ともないぜ!! そっちこそ大丈夫かよ? 逃げる人が沢山いたし、押されて転んだりとかしてないか?」
「は、はぃ。何にも、なかった、です」
「なら安心だ。あ、今日の埋め合わせは必ずやろうな」
「…………はぃ」
返事をするまでの間が、結城はとても恐ろしく感じた。何かを悟られているような、そんな感じだった。だけど、それを言及はしない。海実も何も言ってこないのだから、あえて突っ込んだ話はする必要はない。
(ちょっと不自然なくらいに明るすぎたか?)
そう思う結城だったが、気にしないことにした。二人とも何も言ってこないなら、とりあえずはこのままで。これが悪いことだったとしても、この関係を続けさせることが結城の願いなのだから。
咲楽が悲しむようなことがあれば、笑顔になれるようにする。
結城はいつまでも彼女の笑顔を見ていたいのだ。太陽の様に温かいその表情を見続けることが、彼にとっては生きがいに他ならない。彼女のこの笑顔で榊原結城という男は救われ、それが彼の拠り所であるのだから。
8
榊原結城についてのレポート
今回、榊原結城の力を測定するために二回の実験を行った。
まず第一の実験について。
第一の実験はTによって行われた。
七月四日、木曜日。
事前の情報通り、榊原結城の幼馴染である色川咲楽なる人物に危害が及ぶような状況になれば彼は自然と自分から動き出した。
今回はT自身が榊原の相手をすることにした。
すると、彼が電車のコントロールシステムの電脳世界に入ってからTに出会うまでの時間があまりにも早すぎる結果となった。これは、榊原が何かしらのプログラムを感知できる能力があると予想する。
榊原結城とT――ネクストとネクストをかち合わせた場合、榊原結城はどこまで戦えるのか。
Tは浴びた者を軽い混乱状態にする電磁波を投射し、榊原結城が体調が優れない状況を擬似的に再現。
その結果、榊原結城は冷静な判断で電磁波を投射するプログラムを見つけ出し破壊した。
榊原結城は体調がすぐれない中でも状況判断能力に長けている結果が得られた。
七月七日、日曜日。
次にFが第二の実験を行った。
準備した四つのシチュエーションにおいて榊原結城はどういった行動を示すのか。前回の実験で得られた状況判断能力をさらに詳しく測定することも含めた実験を行った。
※ただし、ガーディアンの介入があったため、実際に行えた実験は二種類のみ。その内ひとつはガーディアンと共に協力したため、データ測定に失敗。
七城市、
第一のシチュエーションは多彩な攻撃を行う敵に対してどう行動するのか。彼の状況判断能力のより詳しい観測を行うことができた。用意したプログラムは近距離武器の剣と斧、そして火炎放射器、盾を持った戦闘用プログラムだ。
一見弱点がないように見えるそれは、実は武器を壊せるタイミングを用意してあり、それを見つけ出して武器をすべて壊すことができれば倒すことができる。
榊原結城は見事その弱点を見つけ出し、プログラムを破壊。その際に見せたネクスト能力『硬化』で硬くした腕を使い、高く飛び上がる技を見せた。その時の映像を添付する。
次のシチュエーションは視界不良の中、いかに戦うかを見た。
しかしこれはガーディアンの介入により、データ取りに失敗。
第三のシチュエーションは負傷状態での戦闘ではどんな力を発揮するか。
というテーマで実験を行おうとしたが、ガーディアンが到着。榊原結城との共闘することになってしまい、いともたやすくプログラムを撃破。戦闘能力を測ることはできなかったが、彼はガーディアンとの軽いつながりがあることが判明。リーダーの阿波乃渉と共闘した際、見事なコンビネーションを組みプログラムを完封した。
榊原結城に攻撃を仕掛ける際は、七城市ガーディアンのリーダー阿波乃渉も注意する必要がある。
以上が榊原結城の戦闘内容の記録であり、より詳しい戦闘内容に関しては添付された戦闘ログ映像を参照すべし。
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