旧友

「ロロン、こいつは俺が何とかするから、お前は先に戻っていろ、破壊についてはあとで話し合おうではないか」

「えっ、でも……」

「なに、心配はいらんさ。俺を誰だと思っているんだ? 片が付いたら俺もすぐ戻る。さあ行け!」

「はい……、輝さんもご無事で……」

 それだけ言い残し、ロロンは屋上からどこかへと飛んでいく。

 やはり輝の予想通り、ロロンのほうが制御はしやすかったのである。

「あいつ、普通に空を飛べるのか……」

 その背中を見ながら、輝は先ほどまでとまったく別人のような口調でそうぼやく。

「で、これからどうするわけ?」

 一方の祐希は相変わらず剣を構えたまま、鋭い眼光を輝に向け続けている。

「さっきも言ったとおりだ、話せばわかる」

 その口調は相変わらずなものだが、ひっそりと両手を挙げて無抵抗を示すあたりに輝の心境の変化が現れている。

 たとえ剣を持っていなくとも、輝にとってこの幼馴染みは最も警戒すべき人物なのである。ましてや剣を向けているならなおさらだ。

 しかしさすがにその姿を見て、祐希も敵意とも呼べる殺気は収め、剣は構えたままなものの諦めに似た表情で輝を見つめるだけになる。

 これでようやく、輝もひとまずの安堵のため息をつくことができた。

 だが、問題はここからでもある。

 さっそく、祐希が質問のために口を開く。

「そうね、じゃあまず一つ聞かせてほしいんだけど、さっきのあの子……ロロンだっけ? 一体何者なの? 転校生なんて言って誤魔化そうとしても無駄だからね」

「あいつが何者かは、まあ、最初のあいつの朝の自己紹介の通りだ。ほら、色々と言っていただろう。魔界の筆頭種とか、継承権第六位とか。あのままだ」

 諦めにも似た口調で輝はそう説明する。どう説明するにしても、あれが事実であるのだから仕方ない。

「ふざけないで! と言いたいところだけど、どうやらそれが真実みたいね。さっき相対してみてそれはわかったわ……」

「それはよかった。こっちとしてはよくないがな。そもそも、お前の方こそなんなのだ、その格好は、そして、さっきの力は……」

 あのロロンの言うところのキューちゃんとかいう怪物を一瞬で倒したのは、間違いなくこの幼馴染みである。輝も祐希とはもう十年近くの付き合いになるが、こんな力を持っていることは知らなかった。

 このことを知っていれば、普段の対応ももっと変わっていただろうか。

 輝は一瞬そう考えたがすぐさま心の中で小さく首を振った。

 祐希がどのような存在であろうとも、輝は祐希への態度を変えなかっただろうし、それ以上に、祐希の態度が変わらなかったはずだ。

 そもそもこんな力がないと思っていたこれまでさえも、輝は祐希に押されっぱなしだったのだ。

「うーん、説明するのはは難しいんだけど、まあひとことで言えば、勇者ってところかしら……」

「勇者? いやはや、なんだそれは」

 輝は思わず鼻で笑いそうになるのをこらえる。

 いつも自分を笑い、そういった中二的なものから縁遠かったはずのこの幼馴染みが、こともあろうに自らを勇者と言ったのである。

 これまでの輝の中二的言動に対する祐希の否定的な態度を思い出してみると、輝としては笑えるやら呆れるやら反応に困る。

 しかし、そんな祐希がわざわざ勇者を自称するからこそ、彼女が勇者であるというのは事実なのだろう。その力は、先ほど充分に証明された。

「勇者は勇者よ。なんか正義の使者とか救世主とかでもいいみたいだけど、そんなのこそ恥ずかしくて名乗れないわ。勇者でさえ大概なのに……」

 言動の一つ一つに、祐希の迷いがうかがえる。いかにも、勇者になどなりたくないという彼女らしい発言だ。

「一つだけ勘違いしないでほしいのは、私は好きで勇者なんかをしてるわけじゃないってことよ」

「それはわかる。だがそれならなぜ勇者になっているのか。これがわからない」

「仕方ないじゃない。伝説の勇者の家系だったらしいんだから」

「は?」

 その発言には、輝も言葉をなくすしかない。

 家が向かいということもあり、輝も祐希の両親をよく知っているが、明るく平凡な一家で、とても勇者の一族などには見えなかった。

 もっとも、祐希に対してしても今日この状況までは勇者などと思わなかったのだから、見た目で判断することに意味などほとんどないのだが。

「まさか『お前は勇者だお前は勇者だ』と言われながら育てられたのか」

「そんなわけないじゃない! 勇者を実感したのも言葉じゃなくて感覚よ。あなた達が教室から出て行った瞬間だったわ。突如このお守りが光って、全部わかったのよ」

 そう口にした祐希の手には、古ぼけたお守りが握られている。

 確かにそのお守りは、輝も何度か目にしたことはあった。

 祐希が子供のころからずっと持っていたもので、聞いた話では先祖代々のお守りとのことらしい。しかしまさかそれが勇者の証などと誰が考えるものか。

「……俺が言うのもアレだが、頭、大丈夫か?」

「言われなくてももうダメよ。あなたと同類になったかと思って途方に暮れそうだったけど、迷っている暇もなくあの怪物が現れたからね、あれだけは、私の力で立ち向かわないとって思ったわ」

 祐希の無駄にお節介焼きな性格も、勇者としてのあり方の役に立っているらしい。

 あの怪物を放置しておけず、自分だけがそれに対抗できるというのがわかっていても、普通はなかなか飛び出せないものだ。

 だが、あの時の祐希には迷いがなかった。それは、怪物が現れた次の瞬間には、教室からあの白い閃光が飛び出してきたことからもわかる。

 行動力と決断力は、有佐祐希という少女の持つ最強の武器なのだ。

「相変わらずお人好しなことだ。なんか勇者としての使命感でもあるのか?」

「そうよ、私の使命は、魔界からの侵略者の撃退よ。輝、さっきの魔界の後継者、一体なにを企んでいるの? そしてあなたも」

 鋭い切っ先が輝の顔のすぐそばまで突きつけられる。

 だが、祐希の正体さえわかってしまえば、輝はもう迷うことも怯えることもない。

「難しい話じゃないさ。それにこれも朝に言ったとおりだ。この世界においてあいつを導き、魔界の後継者として育てる。それが当面の俺の役割というわけだ」

「なるほど、ね……」

 なにか強い決意を秘めたような、祐希の短い言葉。

 そして一呼吸おいて、決断を迫る言葉が投げかけられる。

「じゃあ輝。あなた、あいつと縁を切りなさいと言われたら、どうする?」

 言葉に負けず、祐希の眼光は真剣そのものだ。言葉を誤れば、そのまま祐希の剣は輝を斬り捨てるだろう。

 静かに答えを探す。

 しかし、悩んでみたところで、既に輝の答えは決まっている。

「断る」

 たったひとことで、輝は決意を明らかにする。

「断るって、彼女は魔界の後継者なのよ!?」

「もちろん知っているとも、魔界らしき場所にも行ったし、あいつの保護者らしき人物にも会った。だがそれでも、俺の野望のためにはあいつの力が必要不可欠だからな。まだ、その力は使わせてもらう」

「……輝、いい加減夢から覚めて現実を見なさい」

「今のお前がそれを言うか」

 勇者の力を手に入れ、今しがた人間離れした力を発揮したばかりの少女に現実を見ろと言われても、輝には不条理しか感じられない。

「そう、それなら仕方ないわね。輝の目は、私が覚ましてあげないと……」

 ゆっくりと、祐希が歩き出す。

 まあ話は通じないだろうとは思ったが、いきなりここまで実力行使に来るのは輝にも想定外だった。

 祐希も相当勇者の力に飲まれている。

 その威圧感に負けて、輝は一歩、また一歩と後退する。

「わかった。わかったからひとまず落ち着いて話し合おう」

「いまさらなにを話し合おうというのよ。あなたはさっきの魔界の後継者と一緒に魔王を目指す。私がそれを阻止する。もうそれ以上の関係はないでしょう?」

「それはそうだが……、だがもう少し待ってもらいたい。俺だって、世界を壊そうってわけではないんだ」

 必死に思考を回転させ、言葉による抜け道を探る。

 輝の中の譲れない部分を動かさず、それでもなお、祐希を納得させてロロンを守る必要がある。

「じゃあ、さっきのあの怪物はなんだったのよ」

「あれはロロンが先走っただけだ。考えてもみろ、俺が行動を起こすなら、もう少し頭を使うはずだろう?」

「うーん、言われてみれば……」

 その、自信にあふれた輝の言葉を聞いて、祐希は少し考え込む。

 そしてそれを見て輝は心の中でほくそ笑んだ。

 ここまでくれば、もうあとは輝のペースである。

 祐希が猪突猛進を捨てて考えに入った時点で、輝の策にはまってしまっているのだ。

「そもそも、これまでも何度も何度も言ってきたと思うが、俺の目的は世界の変容であって破壊ではない。確かに、あの怪物は破壊に見えたかもしれない。だが、あれはあくまで計算外だ。俺が俺の理想を突き進むなら、幼馴染みの有佐祐希はともかく、勇者としての有佐祐希とは対立することはないと思うがな。それはお前が一番よくわかるんじゃないか?」

「うーん、それもそうね……、って、じゃああなたとあのロロンとかいう転校生の関係はどうなっているのよ。結局、どちらが立場が上なの?」

「立場は一応はあちらが上ということになっている。だが、実質的な実行力は俺の手の中にあるといっていい。任せてもらって大丈夫だ」

 輝自身そう口にしながら実際には疑問だらけなのだが、その態度はあくまで強気で通し、不安などおくびにも出すことはない。

「ふーん、まあ、そこまで言うならもう少し様子を見ることにするわ。まあ、輝のいつもの言動も大概だから、もう少し控えるのね」

 そして祐希の身体は光に包まれ、何事もなかったかのように元の制服姿へと戻る。

 当然といえば当然だが、わざわざ着替えているわけではないらしい。

「しかし、衣装チェンジといい、あの変身後の姿といい、勇者というよりはまるで魔法少女だな」

「なっ……」

 そのひとことで、祐希の顔はまるで血液が逆流したかのように、一気に赤く染まった。どうやら魔法少女というキーワードが精神の急所に刺さったらしい。

「ま、ま、魔法少女なわけないでしょ! 勇者よ、勇者! 見たでしょ、私がさっき怪物を倒すところを! 魔法少女みたいなファンシーなものじゃないわ!」

「そうは言うが、最近の魔法少女はよくバトルをするぞ」

「……知らないわよ、そんなこと! とにかく、私は魔法少女じゃないのよ!」

「まあ、ならばそういうことにしておこう」

 祐希はまだ納得いっていない様子だが、さすがに自分からその話を続ける気はないらしい。すぐに自分から話題を変えてくる。

「そんなことより、あの転校生はどこへ行ったの?」

「さあな……」

 輝の視線の先には、ロロンが飛んでいった空がある。

 祐希もそちらを見るが、もちろん、そこにはもうロロンの姿はない。

「本当に、あなたに任せて大丈夫なの?」

 輝はただ、黙ってその言葉を聞き流す。

 ロロンはどこへ飛んでいってしまったのだろうか。

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