勇者
「じゃあ、やりましょう」
「えっ?」
輝の同意を得たと思い込んだロロンは、もはや輝にも止められるものではない。
ひとことふたことよくわからない日本語ではない言葉を口にしたかと思うと、いつものように紙を持って右手を天高く掲げ、グラウンドに向けて振り下ろした。
一瞬の光と、大きな地響き。
その瞬間、グラウンドに突如巨大な怪物が出現した。
「は……? はあ!?」
輝は、いま自分が見ているものが現実とは思えなかった。
目の前に、怪物がいる。
その怪物をひとことで表現するなら、巨大な黒い球体に、角ばった手足が生えたものだろうか。大きさは四階建ての校舎より少し小さいくらいで、屋上から見ると、ちょうど球の上面部分が見える。
想像ではなく、画面の向こう側でもなく、いま現実にその怪物が目の前にいるのだ。
「どうです、この子ならなんでも破壊できそうではありませんか! さあ輝さん、なにを破壊するのか指示を出してあげてください!」
「あれ、お前が呼び出したのか……?」
状況からもロロンの言葉からもそれ以外に考えられなかったが、それでも輝はその事を確認せずにはいられなかった。
もちろんロロンの得意げな表情から、それが間違いないことはすぐにわかる。
「ええ、もちろんです。あれこそが、破壊の象徴みたいでしょう?」
「破壊の象徴、か……」
確かに、あれだけの大きさがあれば、大抵の物は破壊できることだろう。
それに、さすがにあのような目立つ存在が現れれば、校舎の方も騒がしくなる。
怪物はまだなにもしてはいないのだが、それでも下の階から悲鳴とざわめき、そして混乱の声が登ってきているのが耳に入ってくる。
「破壊とは、なんなのだろうな」
実際に破壊された銅像ではなにも得られず、あの怪物はまだなにもしていないにもかかわらず、ただそこにいるだけで恐怖をもたらしている。
結局、ロロンの言うように、注目されることは重要なのかもしれない。
ではここから、なにを破壊すればいいのか。
だが、輝の決断より早く、その怪物の方に異変が起こる。
突如、校内から弾丸のように一つの影が飛び出し、青白い光を残しながら怪物へと突進して行ったのだ。
輝ははじめそれがなにを意味したのか理解できなかったが、一刀の元に怪物の腕が切り落とされたのを見て、事態のおかしさを察する。
いまや、自分が世界の変容を可能にする力を得たのと同じように、世界の秩序を維持する力が動いている。
そんなことを考えている間にも、光の人影は縦横無尽に飛び交いながら、怪物を切り刻んでゆく。
その力の差は歴然で、怪物側はその小さな邪魔者に、為すすべもなく翻弄されるばかりである。
一閃ごとに怪物はその力を失い、それに合わせて校内から歓声にも似たどよめきが起こる。
だが、一番驚いているのは、他ならぬロロンのようであった。
輝が横目で様子をうかがうと、その表情は目を見開いたまま硬直し、それまでの優雅さは戸惑いと動揺で塗りつぶされていた。
「て、輝さん……、アレは一体なんなのでしょうか……」
「……いや、俺にもわからん……」
その言葉は確かに本心だったのだが、輝は、その白い閃光のような存在に、不思議と見覚えがあるように感じていた。
そして怪物は完全に切り刻まれ、そのまま音もなく、まるで霧が散っていくかのように消滅する。
あれだけの大きさのものが死体はおろかなんの痕跡も残さずに消え去るあたり、やはりあの怪物も尋常な存在ではなかったことを実感するが、今はそれ以上にその怪物を倒した人物にこそ脅威を感じている。
その影もいまは動きを止め、怪物の消えたグラウンドの中央に立っていた。
シルエットは華奢な少女だが、光をまとい堂々と仁王立ちする姿は、まさに英雄的存在と呼ぶに相応しい。
一目見ただけで、輝とロロンのこれからの目的にとって、今後もっとも厄介な存在となることがわかる。
しかし、輝にとってその人物が厄介なのは、なにも英雄的な力を持つということだけではなかった。
「ゆ、祐希……?」
それはまさに、輝の向かいの家に住んでいて、先ほどまで同じ教室で授業を受けていた幼馴染み、有佐祐希その人だったのである。
服装がまったく異なり、見たこともないようなオーラをまとっているが、それでも、その顔と雰囲気を間違えることはない。
「あいつが、なぜ……」
そうつぶやいたとき、グラウンドの祐希と目が合った。屋上との距離はかなりのものだが、祐希の目は確実にこちらの目を見ている。
輝がそう思った瞬間、その青白いオーラをまとった祐希は、怪物に飛び掛ったのと同じような弾丸の勢いで、グラウンドから屋上に向かって勢いよく跳躍した。
そうして一瞬で輝の横に降り立ったその英雄的な少女は、やはり間違いなく有佐祐希本人であった。
そしてその最初の言葉も、怪物を倒した英雄ではなく、お節介な幼馴染みのひとことだった。
「輝、あなた授業を抜け出したと思ったら……、こんなところでなにをしてるのよ!」
「なにと言われてもだな……」
さすがの輝も、この祐希を前に大見得は切れなかった。
つい今し方、尋常でない力を見せつけられたのだ。下手に動くわけにはいかない。
だが、祐希の方は当然のように、輝の態度にさらに踏み込んでくる。
「もしかして、さっきのアレはあなたの仕業なの? それともそっちの転校生?」
祐希の二人を見る目には、明らかに疑いの念が込められている。
間違いなく、祐希はこちらの行動に気が付いている。輝はそれを確信した。
そうなると、次に刻まれるのは自分かロロンかもしれない。
「……いや、お前こそどうしたんだ、その格好は。中二病にでも目覚めたか?」
なんとか話を逸らそうと、輝はその奇抜な祐希の姿へと話題を向ける。
輝が指摘するように、現在の祐希の格好は冷静に見るとかなり恥ずかしい。
白を基調とし、所々に蛍光色のラインをの入ったファンタジーとサイバー感をミックスしたような胸当てに、それにあわせた薄手のボディスーツとタイトな青のミニスカート。そして手にはまるで光で作られたかのような輝きに満ちた細身の剣が握られている。
そのどれもが作り自体は悪くないのだが、いかんせんデザインがいかにもコスプレ感丸出しで、普通に着るには相当な勇気が必要だろうと思う。
さすがの輝でも、現実でこんな格好はできない。妄想の中でも無理がある。
「う、うるさいわね。これが制服みたいなものなんだから、仕方ないじゃない! それよりも問題はあなた達の方だってば!」
「輝さん、この方は、一体どういった人物なのでしょうか?」
興奮気味の祐希に対して、ロロンは明らかに警戒心を強めている。
「あー、そういえば紹介もなにもしてないのか。こいつは有佐祐希、俺の隣の家に住んでいる、まあ、幼馴染みだ。クラスメイトでもあるな」
ぶっきらぼうに、輝はただ漠然と祐希を紹介する。
輝にとって祐希は、仲が良いとか昔からの知り合いとかだけですまない複雑な関係であり、あまり深くは語りたくない存在なのである。
「だから、私のことなんてどうでもいいのよ、それよりもさっきのデカブツ。アレはあなたたちの仕業なの? それだけはまず答えてもらえるかしら?」
一方の祐希もほとんどまともに話をするつもりは無いらしい。輝の自己紹介を完全に無視して質問をぶつけてくる。
元々輝の話を聞くほうではなかったが、今は完全にモードが違う感じである。
「いやまあ、それはだな……」
「輝さんがどうにも歯切れが悪いの私が答えます。ええ、そうです、あのキューちゃんは私が呼び出したものです。それより、あなたこそなんなのですか? いきなり斬りかかって。おかげでキューちゃんはしばらくお休みじゃないですか!」
「キューちゃん……」
そのあまりにもあまりな怪物の名前に輝は絶句する。
だがそれ以上に、これまで見たことないほど感情をむき出しにし続けているロロンの様子がなにより輝の気を重くする。
元々上手くいくわけがないと思っていたロロンと祐希の関係だが、輝の予想をはるかに越えて事態は悪い方向へと進んでいる。
「まったく、あんな怪物を暴れさせておいて、よくもまあぬけぬけとそんなことが言えたものね!」
相対する祐希の方も既に話が通じる雰囲気ではない。輝く剣を構え、今にも斬りかかりそうな勢いである。
一触即発の空気が、二人の少女の間に充満している。
「いや待て、話せばわかる」
仕方なく輝が二人の間に割って入る。
今のままでは事態は深刻になるばかりである。
「ふーん、輝も邪魔するのね」
「輝さん、どうしてその人の肩を持つのですか? 邪悪ではなかったのですか!」
「邪悪ですって?」
「ええ、邪悪です! そうですよね、輝さん!」
「どういうことなのよ、輝?」
両側の少女から睨まれ、せっつかれながら、輝は必死にこの悪夢のような状況を打開する方法を考える。
とりあえず確実にいえることは、両方の相手をしていては間違いなく事態は悪くなる一方だということだ。
そして二人を天秤にかけ、まだ話が通じそうなほうへと声をかけた。
「俺が邪悪なのはお前も知っていることのはずだぞ、祐希」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます