自己
「ああっ……」
センナのいた場所に残ったのは黄金色に輝く発光体で、そこに先ほどの魔力の渦の残滓がその発光体へと集まっていく。
そしてそこを中心に強い魔力の奔流が起こり、ロロンが弾き飛ばされた。
「な、なにが起こったんだ……?」
「……魔力を魔界と直接繋いだのです。これは、この世界にも悪影響を及ぼしますし、なにより本人の身体への負担が大きいので、禁忌とされているのですが……」
ロロンはゆっくりと立ち上がると、深刻な表情でセンナの立っていた場所を見つめる。
発光体は周囲の魔力を吸収し、既に魔力の渦が固まりになりつつあった。
あらためてそれを見て、ロロンは、それに向かって懐から取り出した紙を投げつける。
その紙が発光体に吸い込まれた途端、発光体はピタリとその動きを止めた。
「止まったのか?」
「いえ、あれはあくまで一時的な処置です。私の魔力で魔界との道を抑えていますが、そう長くは持ちませんよ……」
その言葉には、これまでのロロンからは考えられない重みがある。
「センナの生命を中心にして、大量の魔力が集まっています。今はまだ向こうも力を集めている段階ですが、魔力が集まりきると、センナの核を媒体にして魔界の門が開くのです」
「魔界の門……、当然それが開くと不都合があるんだな」
「はい。少なくとも、ここら辺一帯は吹き飛ぶでしょうし、その後も、センナの魔力をコアにした怪物が暴れることでしょう。もちろん、そうさせないように手は尽くしますが……。とにかく、私が押さえている間に輝さんと祐希さんはできるだけ遠くへ退避してください」
「お前はどうするんだよ」
「私はセンナを止める責任がありますから」
重い決意の込められた言葉に、輝は思わず息を呑んだ。
センナを通してみるロロンは、それまでとまったく異なる姿をしている。
輝はそんなロロンのためになにができるのかを考えるが、ただの人間にしか過ぎない自分では、この状況で役に立てることなど思い浮かばない。
だがその横で、もう一人のただの人間ではなかった幼馴染みが軽くつぶやいた。
「ねえ、今からあの魔力の固まりなり、その後の怪物なりを斬りつけて倒せばいいんじゃないの?」
当事者でないこともあり、祐希の言葉はロロンに比べてまだどこか余裕があるものだ。
だがそれでも油断や慢心はなく、動きがあればいつでも撃って出るだけの緊張感は保ったままである。
そんな祐希を、ロロンがただ声で制する
「いえ、それでは、センナが……」
言いよどむが、おそらくそれこそが『本人の身体への負担』なのだろう。
その先にあるセンナだった魔力の塊は、少しずつ、なにか形をとろうとしている。
つまり、魔界の門とつながろうという意思の表れだ。
「ああなると、もう言葉も通じないのか?」
「はい……。コアの部分に直接触れることができればまだなんとかなるのですが、あの状態になってしまってはそれは難しいです……」
「じゃあ、そのコアに触れればいいわけか。だが……」
ロロンの言葉をすぐに脳内で噛み砕き、輝は今すべきことを探り出す。
仮に話ができたとして、いったいなにを問いかけるべきなのか。それがわかっていれば、この状況にもならなかっただろう。
そうしている間にも少しずつ発光体は拡張している。ロロンが必死に抑えているが、既に余裕はまったくなく、輝の方を向くこともできない様子である。
「ふーん、なるほどね」
そんな時、ぼそりと横で祐希がそうつぶやいた。
悩み続ける輝に対し、祐希はいまだどこか楽観的だ。
「まあ私としては、正直に言えばロロンもあの魔界人も知ったことではないと言っちゃってもいいんだけれども、こんなことになったのは私の責任と、なにより輝の責任が重大だからね。その分はきっちり働かせてもらうわ」
「俺の責任?」
思わず声を上げて祐希を見る。祐希は冗談めかした口調ながらも、その目は厳しく輝を射抜いている。
「そうよ、輝の責任よ。……自覚がないなら今はそれでいいわ。それでもあなたには、この状況について考え、見届ける義務がある。それくらいはわかるでしょう」
「まあ、な……」
曖昧な返事。なんとなく答えが出てこない。
もちろん、ロロンがどれだけ逃げろと言おうとも、輝もここから逃げ出すつもりは無い。それくらいの責任感はある。
だが輝自身、この状況を作り出してしまったのは自分であることはわかるのだが、なぜこんなことになったのかが掴みきれないままなのだ。
その心の霧に対しても、祐希は容赦なく踏み込み、棘を突き刺してくる。
「輝ってさ、人間観察とか言ってよく人のこと見ているわりに、根本的なものを見落としがちよね」
「どういう意味だよ」
祐希が振るうのは、遠慮の無い言葉の刃だ。
それは限りなく鋭く、輝の心へと切り込んでくる。
抵抗しても、刺さった言葉は抜けることは無い。
さらに祐希の言葉は続く。
「どうせなにを言っても説得できないとか、自分にできることは無いとか、そんなことを考えていたんでしょう」
核心を突かれ、輝は口を閉ざす。
ここまでまざまざと自分がいかに平凡な人間でしかないかということを見せられたののに、この幼馴染みはそれをあらためて言葉にして突きつけてくるのだ。
「……いったい俺になにができるんだよ、俺には、お前らみたいな特別な力は無いんだぜ……」
抉られた傷口から、そんな怨嗟の声が漏れた。
ずっと自分を隠してきた、心の仮面が剥げ落ちる。
それは一番口にしてはいけない言葉だったはずだ。
自分が平凡など、あってはならないはずだ。
それでも、輝はそれを口にした。
力を持たぬことを自覚してしまった。
しかしそんな輝に対して、勇者となった幼馴染みはなにひとつ同情も軽蔑も見せず、ただ、輝が歩んできた道をぶつけてきた。
「じゃあ逆に聞くけど、輝は今までロロンの隣でなにをしてきたの?」
「えっ……」
その問いかけは、まさに、全てを失いかけた輝の根底を揺さぶるものだ。
「だってそうでしょ? あのもう一人の後継者も、あなたをロロンから奪おうとして問題を起こしたわけじゃない。なら、あなたはなんの価値があるのよ?」
ロロンはなぜ、自分を必要としたのか。
センナはなぜ、ロロンから自分を奪おうとしたのか。
その答えを考えて、輝は一つの結論を出す。
「俺にできるのは、考えることだけだ」
「そういうことね、じゃあ、できる限りのことはすること」
そして祐希はニッコリと微笑んだ。幼馴染みのこんな笑顔を、輝は久しく見ていなかった気がした。
「私はあのコアに行くことを手伝っても、説得については口出ししないわ。それは、あなたが考えるのよ」
そして祐希は剣を構え、コアへの攻撃のタイミングを図る。
「で、ロロン、そのコアっていうのはどこにあるのよ」
「……祐希さん、なぜあなたがそこまでしてくれるのですか……」
横に来た祐希に話しかけられたことに気が付き、ロロンは、不思議そうにそう尋ねる。
「言ったでしょう、責任よ。私は、この幼馴染みに責任を取らせる責任があるのよ」
相変わらずそんなことを言い続けながら、祐希はロロンに微笑んで見せた。
「それに、あなたとは少し仲良くなれそうな気もしたからね。本当に少しだけだけど。勇者になったのに歌で勝負させられることになるとは思わなかったわ」
それを聞くと、今度はロロンのほうが微笑み返す。
「ありがとうございます。あなたは私の邪魔をする敵であることには変わりませんが、今はその気持ちに甘えさせていただきます」
そしてロロンの表情が再び引き締まる。
魔力に気力を上乗せして、発光体を留めるための場を再び固めなおす。
激しい魔力の圧力がロロンと発光体の間に生じるが、ロロンはそれを耐え、退け続ける。
そしてその間に、魔力の相殺された道が生まれる。
「祐希さん、今です! 今なら表面だけを切れるはずです!」
「了解!」
ロロンが開いた発光体への魔力の道を、祐希が駆け、その後に輝が続く。
祐希が通った場所は白く光で塗り固められ、輝でも魔力に押されることなく歩き進めることができる。
そして輝の前では、祐希の剣が、薄皮を剥ぐように発光体の周囲に集まった魔力を切り開いていく。
「ほら、見えたわよ! あそこ! 輝、最後はあなたの番よ!」
何枚も剥かれた魔力の向こうに、小さな、弱弱しい光があった。
あれが、センナのコアなのだろう。
祐希の横を抜け、輝は光の核へ向かって飛び込む。
そしてその光に触れたとき、輝の中に、センナの意識が入り込んできた。
気が付くと輝は、全てが塗りつぶされた光の中にいた。
なにも見えず、なにも感じない。意識だけの世界だ。
おそらく魔界と輝たちの世界の中間のような場所なのだろう。契約書や、最初の報告会に似た雰囲気である。
「輝さん? どうしてワタクシのところに来たのです?」
光の中からセンナの声がする。それは意識に直接伝わる声だ。
だが、意識だけのせいかその雰囲気は直接話をしていたときよりも穏やかで、こちらこそがセンナの本質なのだろうかとも思う。
輝はその光の中で思考を走らせ、それを言葉の形にしていく。
「お前のことを必要としている奴がいるんでな。俺は、そいつの願いを叶えるためにここまで来たんだ」
「……ロロン姉様も、甘いですね」
理由を察してセンナの声が苦笑した。
それに答えるように、輝は再び意識を言葉にする。
「それに、理由はもう一つある。どちらかといえば、こっちの方が重要だ」
「はい?」
「どういう形であれ、俺は、俺を必要としてくれた奴を見捨てたくはない。それは俺の勝手な責任感だがな」
意識だけで伝わるからこそ、、輝はその言葉になんの迷いもなく力を込めた。
「……ワタクシの報告官になるつもりはないのにですか」
「だとしてもだ。突き放したからといってそのまま見捨てては、俺の沽券に関わる」
輝の言葉が強ければ強いほど、センナの苦笑いはより楽しげになっていく。
「あらあら、ずいぶんと身勝手な意見ですわね」
「言ったはずだ。俺は欲しいものを貰いたいんじゃない、手に入れたいんだ」
「本当に、ズルイ方ですよ。あなたは」
そのつぶやきはどこか寂しげで、だがそれ以上に満足げにも感じられた。
そして光が遠ざかっていく。
ひとまず、すべてはこれで終わるらしい。
そして世界は白から黒へと暗転した。
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