約束
意識が戻り、輝が目を開くと、まずその目には満天の星空が飛び込んできた。どうやらまだ夜の学校のようで、時間の経過はほとんど無かったようだ。
そして横には顔が二つ。ロロンと祐希のものだ。
「よかった、目を覚ましたのですね」
「まったく、なにもできないとか言ったわりに、無茶をしすぎよ……」
そうつぶやく二人の顔には、やはり安堵の影に疲れが見える。あの戦いの後だ、それも当然か。
だがこうして安堵の空気も混ざっているところを見ると、どうやらちゃんと決着は付いたらしい。
とりあえず、全てが終わったのだとしたら、今の輝には確認するべきことが多すぎる。
しかし、なによりまず、言っておくべきことがあるように思われた。
「どうやら心配をかけたみたいで、すまなかったな……」
その言葉を聞いて、祐希とロロンは顔を見合わせて笑った。夜の空気に、二人の少女の笑い声がよく響く。
「あら、ずいぶんと殊勝なことを言うようになったわね」
そして祐希から嫌味が飛ぶ。それはもういつもどおりの世界だ。
「ふん、俺も世界の形が見えてきたのでな。お前らを敵に回すのは今後の世界の変革にとってメリットも無い」
だから輝もいつものように言葉を返す。すんなりと、日常へと戻る。
「まあ、俺のことはいい。それより、センナはどうなったんだ?」
「あの娘なら、向こうで寝ていますよ。まだ完全に形を取り戻せていないんで、輝さんはあまり見ないほうがいいかと……」
言葉を濁すロロンと、無言でうなずく祐希。だが、そこに後ろから声がした。
「ロロン姉様!勝手なことを輝さんに吹き込むのはやめてくださいませんこと!」
それは間違いなくセンナの声である。
思わず輝もそちらに顔を向けるが、そこにいたのは、半透明で、身体中がまだ発光しているセンナの姿だった。
「もう少し寝ていなさい。まだ姿が保てていないじゃないですか!」
「では余計なことを言わないでいただけますかしら」
再び二人の間の空気が澱み始めて、口喧嘩が始まる。
とはいえ、センナは一目でわかるようにすでに力が残っていないし、ロロンもそんなセンナ相手に本気を出すこともあるまい。
もはやそれは、ただの姉妹喧嘩だ。
「さすがに、こんな姉妹喧嘩には付き合っていられないわね。私はもう帰るわ。いきなり叩き起こされて、これじゃあすっかり睡眠不足待ったなしよ……。まったく、明日が土曜日でよかったわ……」
大きなあくびを見せながら、祐希はその光景に背を向けて歩き出す。
「いや、もう時間も時間だ、俺も帰るし、送るぞ……」
「いいの、あれは放っておいて」
「いいさ、どうせ魔界人の姉妹喧嘩だ。俺の出る幕も無いだろう。俺が離れたほうが喧嘩が収まるかもしれん」
その言葉通り、輝が背中を向けるとすぐに、ロロンとセンナの声が飛んできた。
「輝さん! 待ってくださいませ、これはあなたを賭けた戦いでもあるのですから!」
「勝手に賭けるな」
「そうですよセンナ! 輝さんは私の報告官なのです!」
「わかったわかった、じゃあとりあえず今日はここまでにしてくれ。俺ももう帰って寝たい」
そしてわざとらしく大あくびをしてみせると、さすがにロロンとセンナもなにも言い返さなくなった。
「しかし、あれだけの魔力が渦巻いて暴れていたのに、外にはまったく被害が無いのはすごいわね。魔界人もなかなかやるじゃない」
静まり返った校庭を見て、祐希が何気なくそうつぶやいた。
「そういえば、そうですわね」
「あれだけの規模ならばもっと被害が出てもおかしくないんですけれど。なんでしょう、魔力の気流が良かったんでしょうか」
ロロンやセンナも不思議そうな顔をしていたが、輝だけが、その謎の答えになんとなく思い当たる節があった。
「ふーん、まあ、被害が無かったのはなによりだわ」
そして四人で、とぼとぼと夜の道を歩き、輝の家まで戻ってきた。
「本当のところ、ロロンさんと輝には色々言いたいこともあるんだけど、今日はいいわ。その代わり、明日は覚悟しておくことね。お向かいさん」
最後にそう挨拶して、祐希は自分の家へと入っていく。
そして輝たちも、同じように家に入る。
「お前はどうするんだ、センナ」
流れでそのまま連れてきたが、センナはいったいどこに生活の場所を置いているのだろうか。
だがなにより、今の半透明の状態ではどこであろうと戻れまい。
それはロロンも同じことを考えていたようで、なんでもないことのようにセンナに案を口にした。
「とりあえず、その身体ではどうにもできないでしょう。今晩は私の部屋に預かりますよ。あそこなら、魔力の回復も速くできますしね」
「むむむ、ロロン姉様に借りを作るなんて屈辱極まりませんが、そうするしかなさそうですね……」
なんだかんだで、ロロンはセンナを妹として見ているのだ。
だから上から目線で見てセンナを苛立たせるし、センナになにかあったときには力になるべく動くのだろう。
「じゃあそれで決まりだな。まあいい。報告書の件も含めて、後のことはもう明日考えよう……」
輝は一方的にそれだけ言って、自分の部屋へと入る。
なぜ魔力の回復が速いのかも、今は考えたくも無い。
着替える手間すら惜しんでベッドに倒れこみ、輝はそのまま眠りに落ちていく。
「まったく、つくづく君は面白いことをする」
眠りに付くと同時に、どこからともなく別の声が聞こえた。
それは輝も何度か聞いた威厳ある男性の声。ロロンの兄、ククスのものだ。
輝は目を開けることなく、意識の中でククスを感じる。
夢の中、いや、あの意識だけの世界なのだろう。先ほどまでの眠さが嘘のように思考がはっきりとしている。
「私は君に『敵がいる』と言ったはずなのだがね。なのになぜ君は、その敵を助けようと思ったのか」
その問いに対し、今の輝は自信を持って答えられた。
「ロロンが、そう願ったからです。そしてそれは俺も同じでした」
「なるほど、そう言われては私には反論のしようがないな」
輝のその断言を聞いて、ククスの意識はただ小さく苦笑いをした。
「しかしそれでこそ、私も少し世界を捻じ曲げた甲斐があったというものだ。かわいい妹とその報告官の役に立ったのだからな」
輝にはそのククスの言葉の意味がすぐに理解できた。
やはり、このロロンの兄が影から自分たちを手助けしてくれていたのだ。
「あの被害を抑えたのは、やはりあなただったんですね。ありがとうございます」
「私が勝手にやりたいことをやっただけだ。気にすることはない。ロロンも、それなりにあの学校とかいう場所での生活を楽しんでいるようだったのでな。壊してしまっては不憫だろう」
そう言ったククスの言葉はどこか温かみが込もっているかのようで、輝にも、ロロンの学校生活の様子を見つめる一人の兄の姿が目に浮かんだ。
「とはいえ、それだけでは私としても面白くない。ここは魔界人らしく、君に交換条件を押し付けることにしよう」
どこか意味ありげに、ククスは輝にそう語りかけてくる。
「交換条件、ですか」
「そうだ。交換条件だ。いいかね、これは約束であり、契約だ。で、その内容だが、君は今回の件を報告書にまとめたまえ。どうせテーマは自由だろう。なら今回はこれというわけだ。君が書き、私は受け取る。それで構わないね」
その条件に輝は安堵し、心の中でひとつ大きく息を吐く。報告書ですむなら、条件としては悪いものではない。
「了解しました」
「よろしい、ならば契約は成立だ。報告書の紙は私に届けるための封筒と一緒に、前に君と話をした部屋の机の上においておこう。それでは、私は君の今後を楽しみにしているよ」
だがその直後の言葉は、より深く、より重く、輝自身の心に刺さることになった。
「だから君は、自分を無力だと気に病む必要もない。君の力こそが必要なのだ」
輝の心に残ったのは、喜びか、重圧か。
それを聞いて、輝の意識は急速に遠くなっていった。
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