暗闘

 その日の夜、輝がふと目を覚ますと、なぜか真っ暗な居間にいた。

「あれ……?」

 前回の報告書を書き上げたときとは違って時間的余裕もあったので、ちゃんと自室のベッドに戻って寝たはずである。

 もう一度目を閉じ、深呼吸をして、目を開ける。

 やはりここは居間だ。

 しかし、感覚が戻るにつれて、そこにある異常に気が付く。

 場所は確かに自分の家の居間だが、闇の中、周囲に無数の気配が存在しているのだ。

 姿は無い。だが、確実になにかがいる。

 そう考えた次の瞬間、どこからか声がした。

「魔界元老院の皆様、わざわざこんな辺境の地にまでご足労頂き、誠にありがとうございます。それでは、ただいまより魔界後継者の継承権第六位、ロロン・マドルーナ・ヴァラークンの活動報告書の臨時報告会を開始いたします」

 闇の中、どこからかいくつもの姿無きざわめきがに聞こえてきて、やがて収まる。

 どうやら、元老院の報告会はこういった形になったらしい。

「まず今回ロロン・マドルーナ・ヴァラークンに与えられたテーマは『破壊』でしたが、報告書によれば、今回、貴方の担当後継者が行った破壊的行為にはいくつもの段階があります。まず第一の破壊は、学校の象徴である銅像の破壊とありますが、これがどういった破壊だったのでしょうか。報告官、回答願えますか」

 意識だけだった前回と異なり、今回はハッキリと声が輝に向けられている。

 しかし、闇の中で相手の姿が見えず、擬似的に同じ状況を作られるためか、はたまた、なにかの力が働いているのか、輝自身の意識は自分の輪郭を捉えきれずにいた。

 それでも、それゆえに、輝は言葉に集中する。

「報告書にも書きましたとおり、銅像の破壊は物理的な意味ではもっとも大きな破壊でしたが、意味合いや効果としてはもっとも小さいものとなりました。しかし、あの銅像が持つ『学校の象徴』としての意味は、決して小さなものではないと信じております。必ずや、今後大きな影響につながることでしょう」

「しかし、破壊と言うのが実質的にはその銅像だけだと言うのは、いささか規模が小さすぎることではないのかね?」

「確かに、銅像ひとつ破壊しただけでは、いささか物足りぬな。もっと破壊すべきものはあったであろう」

「まったくだ。この世界には破壊すべきものであふれておるではないか」

 無数の好き勝手な声が輝の周囲から聞こえてくる。

 輝はひとつため息をつき、咳払いを入れたあと再び語りだす。

「おっしゃるとおり、今回は破壊の規模としてはごく小さなものです。その後、『キューチャン』を召喚した後の破壊活動でも、これ以上の物理的な破壊は成し得ませんでした。理由はいくつかありますが、一番の原因は『勇者』と呼ばれる存在の妨害が入ったことにあります」

「勇者とな?」

「なんと!」

「おお、恐ろしや……」

 思い当たる節があるのか、ざわめきはひそひそとなにかを相談し囁きあっている。

 そんな中、前回の報告会でも敵意を向けてきた声が輝へと矛先を向けた。

「しかし、それは君の言い訳、ひいてはロロン嬢の力不足に過ぎないのではないかね。『勇者』と遭遇してしまったのは確かに不幸な出来事だったが、他にやりようもあったであろう」

 その言葉における勇者の扱いに、輝は祐希を思い出して苦笑する。

 このロロン派とは反対の派閥の人物ですら、勇者と遭遇したことによる失敗を責めることはないのである。つまり勇者との遭遇は、不幸な事故でしかないということだ。

 あの幼馴染みが、いまや魔界元老院にとっては存在だけで失敗もやむなしという立場にいることが愉快でたまらなかった。

「もちろんです。彼女の計画は、物理的な破壊にとどまるものではなかったのです。確かに『破壊』と聞くと短絡的にその規模、派手さに囚われがちになりますが、彼女は、破壊の概念そのものを『破壊』することにしたのです」

 ざわめきがさらに大きくなる。

「は、破壊を破壊だと。なにを言っているのだ……」

 動揺を隠し切れない声に対し、輝はさらに畳み掛けるように破壊を説いていく。

「人は、破壊からなにを感じるのでしょうか? それはある意味で、先にあげた銅像の破壊がわかりやすいでしょう。実際のところ、銅像の破壊自体はなかなかな規模だったのです。しかし、その破壊の瞬間を誰も見ていなかったがために、その規模に比べても地味なものとなってしまった。そこにこそ、破壊の概念のズレがあると彼女は気が付いたのです」

「ズレ、だと……」

「はい。どれだけの規模の破壊であろうと、それを知られることが無ければ破壊者の自己満足でしかない。それを意気揚々と報告書に書いたところで、なんの成果を示すことができるのでしょうか。そこに気が付いたとき、まさに破壊の概念が変わったのでしょう。彼女がただ破壊するのではなくキューチャンを召喚したことが、まさにその表れだったのです」

 その言葉に圧倒的な自信を込める。ロロンがキューチャンを呼んだ、自信満々な態度を思い出す。

「怪物を使って破壊活動をすることがかね」

「あの巨大な存在は、それだけで破壊をもたらすのです。考えても見てください。彼女の力があれば、キューチャンの力など使わずとも銅像のようにさまざまなものを破壊できたはずです。しかし彼女は、あえてその巨大な怪物を使うことを選んだ」

「あの怪物はロロン嬢のお気に入りだ。たんに見せびらかしたくなっただけではないのかね。しかも、なんの破壊活動もすることなく勇者に倒されたそうではないか……。まったく、公私混同もはなはだしい」

「いろいろと語弊はありますが、見せびらかす、というのはある側面では事実を的確に捉えています。そうです、彼女の破壊活動は、キューチャンの存在を示す時点ですでに始まっていたのです」

 あえて、輝は相手の言葉に乗った。

「あの巨大な怪物は、存在を見せるだけで多くのものを破壊できるのです。それこそ、誰にも知られぬ銅像の破壊とは正反対といえるでしょう。実際、なにもなさず一瞬で勇者によって倒されたにもかかわらず、キューチャンは多くのものを破壊したのです」

「ほう、なにを破壊したというのかね」

「まず最も大きいのは、その姿を目撃した人々の日常生活です。キューチャンの出現によって、あの学校ではその日のその後の授業は全休のなりました」

「そのことにどういう意味があるのだと言うのかね」

「学生にとって、学校での授業はまさに日常そのものです。それが休止になったとすれば、その日の学生の生活は完全に崩壊するのです。学生が学生であることを放棄することになるのですから」

「それが破壊だと君は主張するというのか!」

 感情的な声が飛ぶが、輝はそれを聞いてさらにおのれの主張に自信を深める。

 この感情こそが、こちらの言葉に耳を傾けているなによりの証拠なのだ。

 さらに輝は言葉を続けていく。

「ええ、間違いなく破壊であると主張します。自分自身もまた学生であるので、その日の日常が破壊されたことをいやと言うほど実感しましたから」

「馬鹿馬鹿しい……、それによってなにが起こったのだ」

「個人個人に起こったことは、そう大きくはないかもしれません。しかし、学校という場所には八百人近い生徒がおり、さらには教師などの関係者もいます。彼らすべての日常が破壊されたのです。ただキューチャンが現れたという事実だけで、本来ならその後も授業を続けていたはずの人々がバラバラになったのです。これを破壊と言わずしてなんでしょうか。しかもそれだけではなく、生徒が日常から去ったことで破壊されたものもあります。たとえば購買のパン。これは普段生徒達の購入を見越して仕入れが行われております。しかし、この突然の事態でパンを買う生徒が大幅に減少したのは言うまでもないことだと思います。その結果、購買はそのパンを少しでも売りさばくため、購買はパンの価格を大幅に引き下げました。つまり、パンの価格さえも破壊されてしまったのです」

「……なんと」

「恐ろしい破壊だ……」

 そう断言すると、評議会は小さなざわめきに包まれた。

 もはや声の方も反論を諦めたようであった。

「それは、ロロンの考えたことなのかね」

「おそらくは、それほどの成果が上がるのかまでは考えていなかたっとは思います。しかし彼女が、破壊の重点が物理的なものよりも概念的なものに置かれていることを見抜いていたのは間違いありません。そこにこそ、ロロン・マドルーナ・ヴァラークンの恐ろしさがあるのです」

 輝のその宣言に、声たちの答えも出たようだ

「やはり、君にロロンを任せて正解だったようだな。君は、ロロンの持ちうる可能性を存分に引き出してくれている。それでは、今後もこの調子で頼むぞ」

「了解しました」

 輝がそう答えると、居間からあっという間に気配が消えていくのが感じられた。

 ゆっくりと立ち上がり電気をつけると、居間の机の上にはいくつもの紙が残されていた。これが先ほどの声たちの正体なのだろう。

 だがその中のひとつに、まだわずかに気配を感じるものがある。

「ん?」

 輝が静かにその紙に触れると、輝の中に、意識の残滓が声として流れ込んできた。

『気を付けたまえ、道崎輝君。ロロンと君の優秀さは今や誰の目にも明らかとなったが、それゆえに敵もできつつある』

「えっ? 敵って……」

 だが声はなんの反応も返してこない。一方的な伝言メッセージの一種なのだろう。

『おそらく近いうちに向こうからなにかしらの動きがあるだろう。とはいえ、相手も後継者候補なのでな。私も不用意には手が出せないのだ。だから道崎輝君、ロロンのことを頼んだぞ』

 それだけ告げて、紙から完全に気配は消える。

 輝はその思念の残骸のような紙を片付け、再び眠りに付くべく部屋へと戻るのだった。

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