報告
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ロロン・マドルーナ・ヴァラークンの地上における邪悪な振る舞いについて。
報告官 道崎輝
今回、彼女が邪悪な行いとして選んだのは、人間の憩いの場である公園での破壊活動であった。
その中でも、精密に作られた砂による城に目をつけ、それを完膚なきまでに破壊し、蹂躙すべく、偉大なる力を振るったのである。
古来より人間界において、城は古今東西を問わず権力者の住む場所、守りの拠点として、その象徴的な役割を果たしてきた。
人々はそこに安らぎを見出したのである。
それを象った物を土台から破壊するという行為は、まさに人間たちが崇めるの権力への支配宣言であるともいえ、この世界の真の支配者が誰であるかを見せ付ける事となったと確信する。
城の崩壊は、人々の生活の崩壊であり、人間のあらゆる権力に対し、その存在の矮小さを思い知らせるのに充分な効果を発揮することだろう。
城の破壊と蹂躙によって、それを目撃した人々に恐怖が植え付けられる。
だが、なによりも恐ろしいことは、そんな破壊も、魔界の後継者たる彼女にとっては、子供の遊戯にも等しいということだ。
その証拠に、彼女による城の破壊は、その破壊力に対し、わずか一瞬で行われたことにしか過ぎない。
彼女には、その城に煩わせる時間さえも惜しかったのだ。
そこにあったのは、純粋なる彼女の意思のみである。
それを邪悪と呼ぶかどうかは、議論が分かれるかもしれない。
だが、その力と結果は、間違いなく邪悪そのものだと断言できる。
このようにして効果的かつ圧倒的に力を誇示し、存在としての格の違いを証明したマドルーナ・ヴァラークンの行動は、まさに邪悪といえるだろう。
その大いなる力に、圧倒的な行動に、今後も刮目すべきである。
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「輝さん、起きてください! 輝さん!」
慌てて報告書を書き終え、居間でそのまま眠ってしまっていた輝は、ロロンに揺り起こされて意識を取り戻す。
ゆっくりと目を開くと、そこは道崎家の居間ではなく、まったく見慣れない、きらびやかな大広間の片隅だった。
「……ここは、どこだ……?」
ぼんやりとした意識のまま周囲を見回してみるが、目の前に広がる光景には、なに一つ見覚えがない。
ここが輝の家でないのはもちろん、輝の人生においても一度たりとも見たことのない場所であるのは間違いない。
ゆっくりと意識が覚醒し、部屋の様子が明確に認識できるようになると、この部屋の異常さがわかってきた。
広い部屋は高級そうな調度品で満たされており、いつの間にか自分が腰掛けていた椅子にしても、見ただけで豪華さがわかる装飾が施されている。
また、床や壁紙もいかにも手が込んでおり、さらに見たこともないような謎の絵画や彫刻も、この部屋の重厚な雰囲気を作るのに貢献している。
つまり部屋の中に存在するありとあらゆるものが、この部屋を輝の住んでいるような世界から隔絶しているのである。
それだけで、ここがいかに特別な場所なのかが理解できた。
だが、輝がそれ以上に気になったのは、この部屋の特殊な形状だ。
調度品に目を奪われがちだが、よくよく見てみれば、この部屋には窓はおろか、どこにも扉が無いのだ。
そもそも、自分がどうやってここに来たのかさえもわからない。
しかし、そうした奇妙な状況こそが、輝にここがどこなのか察しをつけさせる。
そしてその推理を、次のロロンの言葉が証明してくれた。
「ここは魔界の応接の間、魔界人の中でも、魔界に深く根を下ろした高等種が、地上人と面会するために用意された場所です」
「なるほど、な……、つまりここに俺がいるということは……」
「はい、これから審査官の一人である、魔界の高官の方と会ってもらうことになります」
ロロンの言葉はこれまでになく神妙で、今から会う人物の存在がいかに強大なものかを実感させられる。
「まあまあ、そう硬くなる必要もない。楽にしたまえ」
どこからか、ロロンのものでも輝のものでもない、低い声が響く。
気が付くとロロンの姿はなく、輝の目の前には、いつの間にか一人の紳士然とした男性が座っていた。
若くもなく、かといって年老いているわけでもない。つかみどころのない、紳士としか表現しようない男性だ。
その紳士の特徴に乏しい顔が、じっと輝を見ている。
「なるほど、君がロロンの報告官というわけか。ふむ、なかなかいい目をしている」
そして紳士は小さく笑う。輝は目の前の人物が何者かは大体理解していた。
「報告書は読ませてもらったよ。実に面白いものだ。君を呼んだのは他でもない、報告会の前に、あれを書いた人物と直接会ってみたくなったまでのことだ。これはただの、私個人のわがままだよ」
そう言われても、輝はなにも答えなかった。この紳士が、それを求めているとは思えなかったからだ。
「私も、ロロンのことは充分知っているのだが、あの娘の行動から、あれほど、邪悪を抉り出したとは思ってもみなかったのだよ。だが、君はそれをやってのけた。そして、あそこに書かれている言葉が嘘ではないことは、報告書が教えてくれるからね」
一人訥々と語る紳士と、それをただ黙って聞いている報告官。
「君なら、ロロンに足りないものを埋められるかもしれないな。これは審査官ではなく、ロロンという少女を知る一個人としての質問なのだが、君は、君自身にそれができると思うかね?」
「できるでしょう」
その問いかけに、輝はただひとことそう答える。
根拠はない。しかし、この紳士に対して、それ以外の答えなど出てくるわけもない。
それに、不思議と自信はある。
「では、その証明として、君には一つの約束をしてもらおう。ロロンを必ず魔界の後継者とすること。それが出来なかった場合は、君の魂を私が貰い受け、ロロンの僕として永遠の枷を嵌めよう。どうかね?」
「かまいません」
それもまた、輝の意思を超越した、答えるべきものとしての答えだ。
しかし、輝にもひとことだけ言うべき言葉がある。
「ただ、俺は俺のために、ロロンの道を使わせてもらいます。しかしそれこそが、ロロンの未来を切り開くと信じていますので」
求められた答えではない、輝自身の言葉を最後に放つ。
それを聞いて紳士は楽しそうに、大きく口を開けて笑う。
「なるほどそれは面白い言葉だ。もしかしたらそういう人物こそが、ロロンは必要だったのかもしれないな。では君は、君の足でロロンの道を歩きたまえ。私はその結果を楽しみにしていよう」
そう言い終わったとき、紳士の姿は既にどこにもなかった。
「輝さん?」
そして入れ替わるように、ロロンがどこからか姿を現す。
輝はなにも答えず、ただ黙って座っている。
そうしているうちに、いつの間にか意識が遠くなっていった。
「魔界元老院の皆様、ご足労頂き、誠にありがとうございます。それでは、ただいまより魔界後継者の継承権第六位、ロロン・マドルーナ・ヴァラークンの活動報告書の第一回報告会を開始いたします」
その声と共に、輝の意識は再覚醒する。
しかし、視界にはなにも映らない。あの契約書に触れた時と同じような、完全な闇だ。
闇の中、どこからかいくつものざわめきが直接意識に聞こえてきて、やがて収まる。
そしてそれが落ち着くと、その声のひとつが輝に質問を投げてきた。
「まず、今回ロロン・マドルーナ・ヴァラークンに与えられたテーマは『邪悪』でしたが、報告書によれば、今回、貴方の担当後継者が行った邪悪な行為は人間界の公園での破壊活動とあります。それはどういった意味で邪悪につながるのでしょうか。報告官、回答願えますか」
当然、報告官とは輝のことである。
多くの感覚が遮断されているせいか、輝の意識は澄んでいて、明確に報告書の内容が蘇ってくる。
それを元に輝は答えを返す。
「それにはまず、我々の世界における公園という場所について説明する必要があります。まず知っておいてもらいたいのは、公園とは多種多様な人々の憩いの場であり、破壊とはもっとも遠い存在の場所ということです。国定公園や自然公園と呼ばれる大規模なものになると、状態の保護を名目に、人々の立ち入りさえも制限、禁止される場合もあるほどです」
声にあらぬ声たちと同じように、輝も発声ではなく、意識としてそう告げた。
「なるほど、つまり公園とはあの世界の人々にとっての聖域というわけですか。今回の後継者はその聖域において禁忌を破り、破壊活動を行ったと」
「そうです。特に最近ではさほど大規模ではない公園でも些細な破壊や変化も厳禁とされており、『ボール遊び禁止』『ペット散歩禁止』などの看板を掲げることで子供達の遊戯の制限や生物の進入を禁止にして、その安穏を維持する活動が行われております。これで、そこで破壊活動を行ったことの意味は理解していただけるかと思います」
その言葉に、再び姿なき声の間でざわめきが起こり、やがて、先ほどとは違う声が問いかけてくる。
「しかし、重要なのはその公園で、ロロン嬢がなにをしたのかではないかね? 確かに、能力は申し分ないが、いかんせん決断力に欠けるあのお嬢様に、いったいなにができたのやら……。そもそも、私としてはロロン嬢よりもセンナ嬢の方が後継者としてふさわしいと思うのだがね。ロロン嬢も後継者としての器を示すなら、ただ破壊というだけでなく、それ相応のものを破壊してもらわねば」
明らかにその声はロロン、そして輝に対して敵意に似た感情を向けている。
だが輝はそれに対して、大きく感情を動かすことなく、反論を述べることを心がける。
「ご安心ください。その点においてもっとも重要なのは、彼女が公園でなにを破壊したかに集約されることでしょう」
「ほう、大した自信だが、いったいなにを破壊したというのかね」
「城です」
「なっ……」
そのひとことで、質問を続けていた声が一瞬絶句したのが輝にも伝わった。
「なんと、城だとは……」
「公園に城があったというのかね」
「城という施設の重要さについては充分に理解してもらえているようでなによりです」
城という言葉に動揺する他の声たちを牽制するようにそう告げて、そこでひと息入れたあと、あらためて輝は言葉を続けていく。
「実際、我々の世界では、城やその跡地は公園として保存、開放されていることがよくあります。ご存知のとおり、城は古今東西、権力者の住居や守備の拠点として、ある種の権力の象徴といえる存在でありました。城の公園化は時代を超えてそれを誇示しようという意思の現われともいえるでしょう」
「まさかロロンは、そんな歴史とともにあった城を破壊したというのか」
「いえ、残念ながら今回の公園にあった城はそういったケースではありません。しかし何者かが、公園内に砂によってその城を模したものを建てておりました。それはまさに、権力を得ようとする意識の発露そのものだと考えられるでしょう。そして今回、彼女はその城をあっさりと破壊したのです」
声は聞こえてこないが、場の雰囲気が緊張感に満ちているのは輝にもわかる。
それを悟って輝はただ静かに反応を待つ。
短い沈黙の後、最初に反応したのは先の敵意を持った声だった。
「な、なんだ、たかが模造品の破壊か……」
安堵の混ざったその声に対し、輝は再び意識の刃を乗せて声を向ける。
「確かにあの公園にあった城は模造品にしか過ぎません。しかし最も重要な点は、彼女自身はその破壊を、さしたる意思や信念も無く行ったということです。破壊そのものは、圧倒的な力を持って行われたにもかかわらず、です」
「つまり、ロロンは破壊行為に興味がなかったというわけかね」
「はい、彼女自身は確固たる破壊の意思を持ってはおらず、その破壊をまるでただそれが当然であるかのように実行しました。その精神性を邪悪と呼ぶかどうかは、まだ議論の余地はあるでしょう。しかし、その無垢さ、そしてそれによってもたらされる結果こそが、彼女の最も恐ろしい部分であると、私は考えております」
輝はそれだけ言い終えると、静かに意識を落ち着ける。
それは、もはやロロンに関しては、今はこれ以上言うべきことはないという意思のあらわれのようでもあった。
「なるほど、君の意思は確かに伝わった。」
それを汲み取ってか、声ももう質問を投げてこない。彼らは彼らなりに結論をまとめようとしているらしい。
「どうやら、ロロン・マドルーナ・ヴァラークンは我々が考える以上に、強い意思と可能性を秘めているようだな。少なくとも、後継者候補としては充分な逸材といえよう。この点、異論はないかね?」
「……仰せのままに」
輝に敵意を向けてきた声も、悔しさを滲ませながらもそう同意する。
「それでは、道崎輝君、今後も、君の力をあの後継者へと向けてくれたまえ」
「了解しました」
輝がそう答えると、元老院と呼ばれた声たちはそのままどこか遠くへと溶けていき、輝は再び完全な闇の中へと落ちていった。
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