第5話 銀の獣
俺は部屋を出て、マンションの地下にある駐車場へと向かった。
地下駐車場には俺の愛車が眠っている。駐車場の隅にそれは主人を待つ獣のようにたたずんでいた。
ボンネットにある黄色いエンブレムが光る。銀色のフェラーリ。
俺は運転席に乗り込むとエンジンを掛けた。マフラーから吐き出された排気音が駐車場の壁に反響する。俺はこの音が大好きだった。トンネルを走るときはわざわざ窓を開けるぐらいだ。
俺はシャツの胸ポケットからアメスピを取り出し、火を点けた。F40の窓を開けると外に煙を吐き出した。俺はそのまましばらくF40の
エンジンが十分に温まりタバコが短くなると、俺はタバコをもみ消しF40を発進させた。
地下の駐車場から地上へと上がると、外は真夏の太陽が
俺は太陽に毒づきながらF40を渋谷へと向けた。周りの車からの照り返しが眩しい。俺はサングラスを掛けた。
池袋から渋谷だって車で行けばそこそこの時間は掛かる。俺はエアコンをつけ、曲もかけた。
俺の気に入っているバンドだ。もちろん、四郎の
そのバンドは珍しい5ピースバンドで、ボーカル、ギター、ベース、ドラムとキーボードで構成されていた。多くのバンドは4ピースで、キーボードがいないバンドが多い。
そのバンド
Lunatic D Noirは金のためにバンド活動をしているとは思えなかった。金儲けよりも人に伝えることを目的としているように感じられた。最近はバンドや歌手をアーティストと呼ぶが、Lunatic D Noirはそういう意味では純粋にアーティストだった。
普通CDシングルの初回生産分が、アルバムの初回生産分と同じ数ということはありえない。当然ながらシングルの方がアルバムよりも安価なため、売れるからだ。
シングルで気に入ってもらってアルバムも、というのが普通だろう。しかし、Lunatic D Noirはシングルの初回生産分とアルバムの初回生産分が同じ数なのだ。この数がファンに向けてしか活動していないことを物語っていた。
俺はCDの曲に合わせて歌を口ずさみながら、F40を走らせた。まずはアクセサリーショップ
しばらく走るとSilver Masterが見えてきた。俺はSilver Masterの前にF40を停めた。F40を降り、鍵を掛けると俺はSilver Masterの店内へと入っていった。
「いらっしゃいませ~!」
店員の声が聞こえた。店長が俺と確認すると側へとやってきた。
「お待ちしていました。」
「頼んでいた物の出来はどうですか?」
俺が聞くと、店長はにこやかに答えた。
「ご注文通りのものに仕上がっていますよ。少々お待ちください」
店長は俺にそう言って、店の奥へと引っ込んだ。俺は店長が来る間、店に陳列してあるアクセサリーを眺めていた。
この店は基本的に男性用のアクセが多いので、ごついものが多かった。
「お待たせいたしました。こちらです」
店長はその店の紙袋を持ってやってきた。俺は袋の中を覗き込み、品物を軽く確認した。確かに注文通りで問題ないようだ。ここのアクセ職人は腕がいい。
「問題ないですね」
「ありがとうございます」
店長の言い値よりも若干多く支払い、俺は店を出た。店長にはまた何かあったらよろしくと声を掛けておいた。
F40に乗り込むと四郎のいるライブハウスに向かった。ここからならかなり近いだろう。予想よりも早くつきそうだ。
俺はしばらく車を走らせ、とあるライブハウスの前で車を停めた。ライブハウス『
F40のエンジンを止め、さっきのアクセショップの袋を開ける。中には二つのある物が入っていた。俺はそのうちの一つを袋から取り出すと、ズボンの腰に差し込んだ。
アクセショップの袋とは別の紙袋を手に取ると、F40を出てライブハウスへと向かう。中へと入ると、もうMolotov cocktailが練習をしていた。俺は適当な場所をに腰掛け、曲を聴いていた。
すると、店長のような人物が俺のところへとやってきた。
「お客さん、まだ開店してないんで困ります」
「四郎の知り合いで……、あいつに用事があるんです」
俺は練習中のボーカルを指差しながら答えた。店長は不満そうな顔をしながら元いた位置へと戻っていった。しばらく曲を聴いていると、
「よーし、休憩にしようぜ!」
四郎がメンバーに促した。そして、俺の側へとやってきた。
「すいません、待たせちゃいましたよね?」
「いや、大丈夫だ」
「じゃ、こっちへ」
四郎は俺をライブハウスの裏手へと連れて行った。
ライブハウスの裏は人通りがなかった。俺は抱えていた紙袋を四郎へと渡す。四郎は紙袋を受け取ると、早速袋の中を覗き込む。
袋には青いカプセルのドラッグ
「百錠入ってる、十錠はお前にやるよ」
「マジっすか?」
四郎は顔を上げ、目を輝かせた。
「あぁ、よくやってくれてるからな」
俺は煙を吐き出しながら答える。四郎はもう、俺のドラッグの中毒になっていた。
「いつも通り一錠、一万で
「分かりました!」
俺は四郎にいつもこの値段でドラッグを売らせていた。ちょっと高いがこっちもリスクを負っているから仕方ない。
後で、金を回収する。裏で四郎が一錠二万で売っていようが俺には関係ない。それは奴の商才だからだ。俺は言った値段で回収するだけだ。
「じゃあ、よろしく頼むぜ」
俺は四郎にそういうとその場を立ち去ろうとした。
「もう帰っちゃうんですか?」
四郎が慌てて引き止める。
「あぁ」
「ライブ観ていってくださいよ!新曲ができたんですよ!」
「新曲?」
「えぇ、ベレッタって曲なんですけど……」
ベレッタは銃の名前だ。こいつらのバンドは、本当に物騒だ。そういえば、初めて聴いたときもM-16ってライフルの名前と同じ名前の曲を歌っていたっけ。
「また来るよ」
俺は四郎にそう言って笑顔を見せた。
ライブハウスを出てF40の所へ戻ろうとして、俺は異変に気付いた。F40の周りに人が数人群がっている。
よく見るとベタベタとF40に触っている。俺は深いため息を吐いた。F40に乗っていて絡まれることはそう珍しいことではない。しかし、今時フェラーリが珍しいってどこの田舎もんだ?
「おいっ!俺の車に触るんじゃねぇ!」
俺が怒鳴ると、車に群がっていた男たちが一斉に振り向いた。
「どんな奴が乗ってるのかと思ったらこんな若い奴かよ。どこのボンボンだ?」
頭の悪そうな奴らが五人。中でも一番頭の悪そうな金髪が俺に向かってそう言った。しゃべる内容も程度が低い。年は俺よりも上に見えた。大方、自分たちより若い奴がいい車に乗っているのが気に入らないのだろう。
男たちは俺の周りを取り囲んだ。俺を中心に円を描くような形になった。
「少し痛い目に合わせてやる」
さっきの金髪が言うと、男たちがジリジリと距離を詰めてくる。俺は男たちを見回した。
俺の正面には金髪。金髪が一番ケンカ慣れしていてめんどくさそうだ。右には俺よりも背が高い男が指を鳴らしながら立っている。右後ろには五人の中で一番背の低い男がもうファイティングポーズを取っているが、心なし震えているように見える。こいつはケンカ慣れしてなさそうだ。
左には坊主頭の男。顔は怖いがそれだけだ。左後ろにはデブ。立っているだけで汗をかいている。こいつは気にしなくて問題なさそうだ。
五人を見て金髪がリーダー格だろうと予想ができた。金髪以外は金髪の合図を待っている感じがするからだ。
「やっちまえ!」
金髪が叫ぶと同時に俺を取り囲んでいた男たちが襲い掛かる。俺はそれよりも早く金髪へ向かって駆け出していた。
腰からある物を取り出し、金髪の首筋に突きつけた。時間が止まったかのように男たちの動きが止まる。俺の手にはナイフが握られていた。
さっきアクセショップから取ってきたばかりの物だ。
俺がデザインして作らせたナイフは金髪の首筋で停止している。右手を少し引くだけで金髪の首から血が噴き出すことになる。
「こんなくだらないことで死にたくねぇだろ?……消えろ」
俺はそう言いながら金髪を睨みつけた。
「わ、分かった……。止めてくれ……」
金髪は両手を上げ、答えた。俺がナイフを下ろすと男たちは恐る恐る去っていった。
俺はため息をつきながらナイフをしまうと、F40へと乗り込んだ。エンジンをかけ、F40を発進させると帰路に着いた。
天使中毒 今井雄大 @indoorphoenix
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