第4話 青いカプセル
渋谷のクラブへ行った日から数日たった。
俺は相変わらずホテルに入った後のことは思い出せなかった。何度か思い出そうと努力はしてみたのだが、頭の中のもやは一向に晴れなかった。しかし、それ以外は特に何もなく普段の日常へと戻っていた。
俺は自分のマンションの一室でとある作業に没頭していた。
俺の住んでいるマンションは部屋が三つある。俺は三つの部屋をリビング、寝室と作業部屋として使っていた。
作業とはもちろんドラッグの生成だ。部屋には机が一つあり、試験管やビーカー、アルコールランプなどドラッグを生成するための道具たちが所狭しとならんでいる。あまり理科の実験室と変わらないかもしれないが、すり鉢などちょっと変わったものも置いてある。俺は薬だけではなく、幻覚作用のある植物なども使用するためだ。
試験管などと一緒に並んでいる、怪しげなビンは合法ドラッグだ。最近は合法ドラッグも混ぜていた。幻覚作用のある植物は入手が難しく、それで代用していた。
基本的にドラッグの原料は、親父の病院から調達している。必要な薬を盗んでくるのだ。親父の病院なら少し薬がなくなっていても問題なく処理する。そういう病院なのだ。
俺は親父が大嫌いだった。親父が医学で人を救うなら、俺は同じ医学で人を陥れようと考えたのだ。親父の病院は金儲けのためで、人を救おうという気持ちはあまりないのかもしれないが。俺は基本的に人間が嫌いなのかもしれない。
俺は今、あの赤いカプセルを作り直していた。
このドラッグを
ある植物から取った成分を多く入れたのが失敗だった。俺は幻覚作用のある成分の分量を減らし、変わりに筋肉増強剤を入れることにした。これである人から頼まれていた物ができるはずだ。
俺は真っ赤なカプセルを十個ほど作り、薬用の密閉できるビニール袋に入れた。
その後、青いカプセルを作り始めた。この青いカプセルは新作じゃない。三ヶ月ほど前から売っているものだ。
最近は、ほとんどこの売り上げで暮らしているようなものだった。中毒性の強い成分を多く入れているので、一度このドラッグをやったらずっと買い続けることになる。
青いカプセル、名前は
このカプセルを百個ほど作り、一つ一つを薬用のビニール袋に入れていった。
もう、原料の薬がなくなってしまった。また、親父の病院から調達してこなくてはならない。
俺はドラッグは錠剤しか作らない。それには理由があった。
第一に生成が簡単だからだ。大量に生産するには大事なことだ。乱暴に言うと好きな物をカプセルにぶち込めば出来上がりだ。実際にはそんなに簡単ではないが。
第二に注射するタイプや、吸引するタイプは使用に余計なものが必要になってくる。
注射するものは注射器を持ち歩かなくてはならないし、吸引するものはパイプを持ち歩かなくてはならない。タバコのように、あらかじめ紙に巻いておいてもいいが作るのがめんどうだ。
それに、注射するものは警察官に職務質問された時などに腕の大量の注射後を見られたら、すぐにドラッグをやっているとばれてしまう。
錠剤は効果が出るまでに少し時間はかかるが、危険も少ないのだ。職務質問をされてドラッグを見られても、サプリメントや普段飲んでいる薬だとごまかしがきく。
まぁ、ドラッグだと分かるぐらいに俺が作ったものが出回ってしまえばそれも無理かもしれないが。俺は常に自分のリスクを回避する
作業が終わると、俺はキッチンへと向かいコーヒーを入れた。今日は武藤が持ってきたコーヒー豆は飲み終わってしまっていたので、インスタントだ。
俺はいつものブラックコーヒーをすすり、リビングのテーブルの上に置くとソファへと身を投げ出した。テーブルの上にある
携帯電話を取り出し、184を付けて番号をプッシュした。GARAMを吸うとバチバチと音がした。煙を吐き出す。
電話は相手を呼び出しているがまだ出ない。
七回目のコール音で相手が出た。
「はい、どちらさん?」
電話先の相手はいかにも不機嫌そうな声を出した。
「俺だ、司馬だ」
「あぁ、司馬さん。いつも非通知で掛けてこないでくださいよ」
とは言っても、俺はこいつには携帯の番号を教えていないので同じことだと思うが。俺は気にせずに要件を話し始めた。
「また、作ったんだが
途端に電話先の声が弾む。
「いいっすよ!どこに行けばいいっすか?」
俺は少し考えてから、
「今日はライブないのか?」
こいつはバンドを組んでいるのだ。
「あるっす!また、ライブハウスに来てもらえるんですか?」
「あぁ。そのほうが安全だからな」
「分かりました、三時にはいますから。ライブが始まる六時までは練習してるんで」
俺は部屋の壁にかかっている時計を見る。まだ、昼前だ。
「分かった。いつもの渋谷のライブハウスだよな?」
「そうっす!じゃ、待ってますね」
俺は電話を切るとため息を吐いた。また、GARAMを咥える。GARAMは普通のタバコよりも長持ちする。
電話の男は
それに、携帯番号も教えていない。いつも俺から一方的に連絡して売らせるのだ。もし、四郎が捕まっても俺までは足が付かないというわけだ。
俺が四郎に初めてあったのは、ブラッと渋谷のライブハウスに入ったときだった。そこで『
バンド名のMolotov cocktailは火炎瓶という意味らしい。物騒なバンド名だ。
Molotov cocktailは人気があるらしく、ライブハウスは結構な人でにぎわっていた。俺はそのまま、何曲か聴いていた。結構上手く、人気があるのも頷けた。
途端に俺の頭にある考えが浮かんだ。人気のあるバンドの連中にドラッグを売らせれば、ライブに来てる客はすぐにドラッグに手を出すだろう。
俺は後日、また同じライブハウスを訪れた。今日はMolotov cocktailとは違うバンドがライブをしていて、客の入りもいまいちだった。
俺は店員に封筒を渡し、Molotov cocktailのボーカルに渡して欲しいと頼んだ。店員は怪訝な顔をしたが、駄賃として金を渡すと了承してくれた。
ついでに、Molotov cocktailのことを詳しく聞きだした。どうやらこのライブハウスがメインらしく頻繁にここでライブをしてるらしい。店員は次のライブがいつかも教えてくれた。
数日後、俺はまたライブハウスを訪れた。
ライブは六時からだったが、俺は五時過ぎにはライブハウスの中にいた。この前の店員に聞くと連中は楽屋にいると教えてくれた。俺はまた店員にお礼を渡し、ボーカルを呼び出してもらった。
ライブハウスの裏で待っているとMolotov cocktailのボーカルが現れた。
「あんたが、この前の封筒を俺にくれたのか?」
この前の封筒には少しの金と仕事を頼みたいという手紙、そして当時の新作ドラッグBLUE IMPACTを三錠入れた。
「あぁ、気に入ってもらえたかな?」
「気に入ったよ。あれをやると耳がよくなる気がするんだ」
俺は内心、ニヤッと笑みを作った。音楽をやっている人間はドラッグに手を出しやすい。
耳がよくなったなどは他のドラッグでもよく聞く話だし、曲を作るのに煮詰まって……ということもあるだろう。トリップすると神に出会えることもあるからだ。
「俺の仕事を引き受けてくれるかな?」
俺がそう言うと、ボーカルの男は掌を俺に突き出した。
「それは仕事の内容にもよるぜ」
「この前のドラッグを売ってもらいたいんだ」
俺が答えると、男はあごに手をやり考え始めた。
「あんたらぐらいの人気のバンドならみんな憧れてるから、簡単に売れるだろ?」
「俺の客を食い物にしろってのか?」
男は俺を睨みつけ怒鳴った。
「あんただってやってるんだから、みんな自然と興味を持つと思うけどな。俺が手を出すよりも自分で売って金が入ったほうがいいんじゃないのか?」
「……分かった。」
「よし、よろしく頼む!俺は司馬瞬だ」
俺が握手を求めると、男も手を差し伸べてきた。
「坂上、坂上四郎だ」
こうして、四郎は俺のドラッグを売る手伝いをすることになった。
俺は外へと昼飯を食べに行き、部屋に戻ってきた。
俺はいつも外食だ。一人暮らしだが、自炊する気は全くない。めんどうだからだ。
ソファでGARAMを吸っていると携帯が鳴った。
「はい、もしもし」
「もしもし、司馬様でしょうか?」
「……ええ。」
「
「分かりました。じゃ、今日にでも取りに行きます」
「かしこまりました。お待ちしています」
電話を切り、時計を見ると一時過ぎだった。
Silver Masterというのは渋谷にあるアクセサリーショップだ。ここは昔、オーダーメイドでアクセを作らせたことがある。
それは今もしているネックレスだ。純銀製のチェーンにカプセル状のペンダントトップがついている。
そのカプセルの正面には十字架がついてる。俺はそれを常につけていた。また、そのショップである品を作らせたのだ。今回はアクセではないが。ショップ専属の職人がいるのである程度のものは作らせることができた。
四郎のいるライブハウスも渋谷だ。ついでに取りに行ってこれる。俺は今日の予定を頭の中で組み立てた。
そして、二時まで部屋でダラダラと時間を潰した。
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