episode54 信念と書いてプライドと読む

 白髪の混じった髪を後ろに撫でつけながら、宝木は気弱そうな笑顔を見せている。

「なんで君たちが外にいるかなあ、タイラはどうしたの?」


 言葉に詰まりながら、ユメノが「どこにいるかわからないよ……もう電話にも出なくなっちゃったんだもん。お巡りさんは知らない?」と逆に聞いてみた。「知らない知らない」と宝木は両手を振って答える。

「タイラがどこにいるかわからないなら、なおさら家にいたらいいのに。今ねえ、君たちにとって非常によろしくない感じだよお、外」

 それは知ってるっす、とノゾムが言う。「瀬戸麗美さんから聞きましたし、ここに来るまでに体感もしました」と付け加えた。

「警部補、危ないなかここまで来てくれたんですから、お話を聞きましょう」と本橋がすかさずフォローを入れる。

「でもねえ、本橋。俺たちも行かなきゃいけないだろう。もう通報が5件たまってる」

「ですが、困っているようですよ皆さん」

「家にいなさいよぉ、君たちは」

 そうも言っていられないんです、と口を開いたのは都だ。

「ユウキが帰ってこないんです」と訴えれば、宝木より早く本橋が「本当ですか?」と反応する。何か考えているような顔の宝木は、「本橋、私情で肩入れするな」と穏やかに忠告した。

「ですが、警部補」

「わかってる、わかってるよ。もちろんそういうことであれば本官も留意しましょう。保護したらご連絡します。ご連絡先を教えていただいても? 最後に見たのはいつですか。どんな服装を着ていました?」

「昨日の朝、友達の家に行くと言って出て行ったきりです。白のTシャツとチェック柄の半ズボンをはいていたと思いますが……。電話番号、いまお伝えしても?」

「まだ1日半ですか。お友達と少し遠出をしているだけという可能性もありますね。本橋、メモを」

 慌てて、本橋が都の電話番号をメモする。言い終わった後で、都が何ともいえない表情を作った。


 では、と言って宝木は背中を見せようとする。ためらいがちに、「あのう」と都が声をかけた。

「本当に、探してくださるんですか?」

 目を細めた宝木は、どこか愛おしげに都たちを見る。「探しますよ」と腕を組んだ。

「ですが……そうですね、あなたの危惧する通り、優先度はそう高くありません。お話を聞いた限りですと、あまり緊急性を感じられませんので」

 でも、とユメノが声を上げた。

「緊急性はあるよ……ユウキが誰かに捕まったら、もっとひどい状況になるかもしれない」

 腕を組んだままで、宝木は黙る。笑っているものと思っていたが、それは限りなく無表情だった。その雰囲気で、いつも笑っているものとこちらが思い込んでいるだけだったようだ。宝木は、「それは大変に重要な事柄かもしれないが、緊急ではない」と呟いた。

「事件に巻き込まれた少年を探すことと、今実際に事件に巻き込まれている人を助けること。そのどちらも無関係な人間であれば、君たちはどちらを選ぶ? 僕たちはそこに私情を挟むわけにはいかない立場だ。たとえその決断によって運命が大きく分かれたとしても、僕らは役立たずと罵られる覚悟を持っている。

 先ほども言ったけれど、僕らは急いでいるんだ。ユウキくんのことは探す。見つけたら保護する。それだけです」

 そう言って、宝木は出方を伺うような表情をする。ノゾムが何か言おうと一歩踏み出したのを、都はなだめるように制した。それを確認して、宝木は淡々と「僕たちの仕事はいつだって後手なんです。ほとんど手遅れになってからしか動けない。基本的には、警官なんて役に立たないと思ってもらった方がこちらも気が楽です」と言う。だから、と続けた。


「ご家族の捜索活動を妨げるものではないということだけはお約束しましょう。それが、僕らの精一杯です。幸運を祈ります」


 そう言って、宝木は全員を見渡しながら敬礼をする。「行くぞ、本橋」と言いながら歩いていってしまった。


 残された本橋が、「お気を悪くしないでくださいね……」とうつむきがちに呟く。

「警部補もいつもはあんなこと言わないんですけど」

「ええ、そうでしょうね。それでも最上の理解を示してくださいました。きっと言いたかったのは、『あまり他をあてにするな』ということなのでしょう。身に染みました」

「本橋はその……皆さんが何かを頼らなくなるということは、むしろ良くないと思うのです。だけど誰の手も2本より多くはないということも事実です」

「ありがとう、その言葉も心に留めておきます」

 ポケットを探り始めた本橋が、そっと都の手を取って何かを握らせた。開いてみると、それは銀色に光る鍵だった。

「本橋の車のキーです。裏に停めてありますから使ってください。スミマセン、本橋はバリバリに私情を挟むので、友人が危険にさらされていると言われたらやっぱり何かしたいです。こんなものですが……」

「! ありがとう」

「もし事故を起こすときは……せめてナンバーを外してくださいね」

「わ、わかったわ」

 そこはわかっちゃいけないところでは? とは誰もつっこまない。本橋は敬礼して、慌てた風に宝木を追いかけた。


 急いで、本橋の車を探す。離れている場所でロックを解除できる車だったようで、鍵についているボタンを押すと車から音がした。

 ユメノとノゾムが後部座席に座った時点で都は、『まさか』と思う。


「この中で運転免許を持っているのは……?」

「あたし、マリカーはめちゃくちゃ強いよ。だけど運転はパスね。懲りた」


 まだ乗り込んでいないカツトシと実結を見て、都は肩をすくめた。正直、カツトシには期待できない。実結は論外だ。仕方なく、都が運転席に座る。「カツトシは助手席に」と促した。自然、実結が後ろに乗っているノゾムに抱えられた。


「……私の免許はもう期限切れだけど、大丈夫かしら」


 持ってるだけマシですよ、とノゾムが励ます。ふう、とため息をついて都は車のエンジンをかけた。

「大丈夫なわけないわね、でもそんなことを言っている場合でもないわ。みんな、シートベルトはちゃんとして」

 後ろから「ラジャー」という声と「ミユちゃんのことは任せてください」という声が響く。シートベルトをしめるのに異様に手間取っているカツトシは心配だが、都はアクセルを踏んで車を発進させた。




☮☮☮




 携帯電話を耳にあてながら、麗美は走る。

「そう。平和一が荒木章を殺したの。何よ、信じないわけ? あんたと私の仲だから特別に教えてあげたのに。代わりに一つ教えて。イマダクルヒト、知らない? そう……私忙しいから、じゃあね」

 走りながら、また電話をかけた。


 まだ迷っている。流れは増長していく。どこへ転がっていくのかさっぱり見えない。見届けなければ、という思いだけで走っている。

 まず考えたことは、イマダクルヒトのことだ。あの厄介な旧友と、なんとかして接触しなければならないと思った。しかしあの男も馬鹿ではない。姿をくらませている可能性が高いだろう。であれば、イマダと接点を持っているものを探さなければならない。

 麗美は竹吉の家へ向かっていた。


「瀬戸さん!」


 不意に呼び止められて、振り返る。「百瀬くん……」と呟いて、麗美は立ち止まった。

「やあ、久しぶりだね」

「ええ……そうね」

「随分と騒がしいようだけれど、何か知ってる?」

「知ってるわ。色々あったのよ」

「イチくんが関わってる?」

「まあ、そうね。毎度のごとくね」

 あはは、と百瀬は困ったように笑う。「イチくんを探してるんだ。どこにいるかな」と首をかしげた。「それがわかってれば私もやりやすいんだけどね」と肩をすくめてやれば、頭をかきながら百瀬はため息をつく。

「また無茶をしているんだろうね?」

「タイラ、荒木章を殺したわよ」

「……。それはないにしても、盛り上げるだけ盛り上げて出過ぎた杭は全部潰そうって魂胆だ。イチくんの得意な手だね」

「ご名答。さすがよくわかっていらっしゃる」

 苦笑いを深めた百瀬が、「もぐら叩きみたいな感覚なのかなぁ」と呟く。思わず笑ってしまって、「叩かれる側からしたらたまったもんじゃないわね」と麗美は言った。

 ちょっと黙って、百瀬は目を伏せる。それから、控えめに口を開いた。

「叩く側も、無事では済まないよ」

 言葉に詰まった麗美は眉間に皺を寄せる。「探さないと」と百瀬が言った。どうしてそんなにも真っ直ぐものが言えるのか、麗美にはわからない。思わず、「大丈夫よ」と口走っていた。

「大丈夫よ、あの男なら。百瀬くんはちゃんと家族のこと、守ってあげなきゃ」

 一瞬きょとんとした顔をして、百瀬はすぐに吹き出す。そのまま、声をあげて笑いだした。動揺する麗美を見て、「大丈夫? イチくんが?」と繰り返す。

「大丈夫なはずないよ。イチくんは、全然大丈夫な人じゃないよ」

 くすくすと笑って、「ああ、でも瀬戸さんの言うことも一理ある」と百瀬は言った。

「僕の奥さんと子供たちよりかはイチくんの方が頑丈そうだ。一度家に帰るよ」

 軽く目をつむって、百瀬は笑いながら眉根を寄せる。そんな複雑な表情をして、「でも僕の子供たちより無茶だからなぁ」とまたため息をついた。

「瀬戸さん、もしイチくんを見つけたら伝えてくれる?」

「……ええ」

「『我が家は向こう1か月は値下げしてご宿泊をお待ちしております』って」

「泊まるの? タイラが、百瀬くんの家に」

「難儀だろ」

 難儀────なるほど、難儀か。本当に百瀬蓮は平和一のことをよく知っている。学生時代から不思議とタイラは百瀬に懐いていた。妙だ妙だとは思っていたけれど、タイラなりに人を選んでいたのだろう。少し納得した。

「百瀬くん、気をつけて」

「瀬戸さんも」

 そう言って百瀬は走っていく。彼は家族の身の安全を確保したら、またタイラを探しに回るだろう。なんせ百瀬は本当にタイラを“心配”している。ただの友人として、だ。

 なんだか耳に痛い話だわ、と思いながらも麗美は踵を返した。


 竹吉の家はひどく古風で、悪く言えば廃墟のような家だった。金はあるだろうに、あの男は自分のためにそれを使う意識がまるでない。

 壊れかけのインターホンを押すと、たっぷり3分かけて戸が開いた。中から出てきた竹吉は、麗美の顔を見た瞬間に『まずい』という表情になる。

「せ、瀬戸ちゃん……」

「来人、知らない?」

「知らないんだァ、俺も。ずっとさっきから電話してんだけどさ」

 それはどうやら本当のようで、竹吉は携帯を見せて「2分間隔で電話してる」と言った。ため息をついて、麗美は腰に手をあてる。

「あんたたち、2人で結託して美雨の部下に反乱を起こさせたでしょ」

 そう言ってやると、竹吉は「ひぃ」と悲鳴じみた声を出した。「いや、それがその……」と何か言い訳をしようとして、すぐに手を上げる。文字通りお手上げのようだ。

「俺にとってもそれは寝耳に水なんだぜ、瀬戸ちゃん。俺、確かにクルヒトに金は貸したよ。美雨様に挨拶もした。だけどもクルヒトから聞かされてた計画は全然違ってて、俺はこう聞いてたんだ。『美雨様を担いで、若松さんやアラキグループを潰そう』って」

 話を聞いて、麗美は思わず「……はあ?」と竹吉を威圧する。負けそうな空気を出しながら、竹吉は「そ、そそ、そんなに怒るなよ瀬戸ちゃん」と手を合わせた。

「それに賛成したわけ、あんた」

「だって可哀想なんだよ、クルヒトは。ずっと若松さんにもアラキの方にも相手にされなくて、冷遇されて、それなら美雨様に上に立ってもらおうって。俺しか頼れるやつはいないからって……言うからさ」

「はぁー! あんたのそういうところがダメ。全然ダメ。そんなの嘘に決まってるじゃん。オーナーにもアラキグループにも冷遇されてないからあいつは。いや冷遇されていたとしても自業自得だから。そんなに騙されやすくてよく金貸しなんてできたわね?」

「メリットが! メリットがあるって言われたんだ! まず1つが、3すくみの戦争を回避できるってこと。それと、上手くいけば自分たちも周りの人らも美雨様に贔屓してもらえるって。俺だって守りたいもんの1つや2つあらァ。それで安全が約束されるならって思って」

「結果的に街は大騒ぎだし、その矛先が全部タイラにいくわけだけどね」

「それは本当にびっくりした……まさかこうなるとは思わなかった……」

 伏し目がちに、「タイラは?」と竹吉が聞く。麗美は逡巡して、正直に「生き生きとしてるわよ」と答えた。言葉に詰まって、竹吉は眉をひそめる。

「まあとにかく、この騒動はあんたにも多少の責任があるんだから」

「……クルヒトを探すよ、俺。で、ちゃんとタイラじゃなくて俺らがやったって言うよ」

「それは……いいわ、今は。なんかタイラ的にも悪くないシナリオみたいだから」

「タイラ、また何かやってんのか?」

「荒木章を殺したわよ」

「おいおい冗談だろ」

「本当」

「…………美雨様に殺される」

「ついでにあんたたちの泥も一緒に被って死んでくれるんじゃないの? 知らないけど」

「俺……俺、やっぱり」

「いいからイマダクルヒトを探して。ちょっと脅しただけよ、あの男が死ぬわけないでしょ。馬鹿ね」

 ふん、と鼻を鳴らして麗美は竹吉に背中を向けた。「見つけたら連絡する」と竹吉が言うのを聞いて、早足で歩く。


「まったく、馬鹿ばっかり。……百瀬くん以外」


 そう呟いた瞬間、「自分だけ頭いいぶってんじゃねえぞ、ドレミ」と声をかけられた。麗美は驚いて声のした方を見る。先ほどまで探していた男が立っていた。


「来人……」

「よっ、ドレミぃ。お前、俺のこと探してたか? 熱烈アピール可愛いぜ」

「…………。こんなところで何してるわけ?」

「竹吉に会いにきたんだよ。アイツ、今朝から何回電話してきてると思う? 100は堅えな」

 麗美はイマダをまじまじと見て、もう一度「よく堂々と表を歩けたものね?」と言い放つ。

「美雨が怖くないの? いつバレるかわからないのに」

「ああ、女王様にはお許しをもらったようなものだからな」

「何?」

「許してもらったんだよ、バレるとかバレない以前に」

「それは……つまり美雨は、騒動を起こしたのがタイラじゃなくあんただって知ってるってこと?」

「ああ〜そういうこと。美雨だけは知ってるよ。さっき会いに行ったらフツーにバレてたし。まあ、アレの部下どもはみんなタイラがやったと思ってるけど」


 それは麗美にとってかなりの朗報だった。タイラと美雨が喧嘩をする理由が1つ減ったのだ。残りの1つが作り話とはいえ核爆弾級の地雷ではあるが。

「そう、じゃあ」と麗美はその場を去ろうとする。

「おい、俺のこと探してたんだろ? の割にはあっさりしてんじゃねえか」

「もうあんたにはほぼほぼ用ないから。強いていえば、これ以上なにか厄介なことしたら金○潰すってぐらいね」

「うわ、こえ……」


 言葉とは裏腹に、イマダはにやにやして「じゃあせめて情報をやるよ」と言い出した。

「お前、トモサカユウキっていうガキも探してるよな」

「は? それが何よ」

「そいつなら見かけたよ、美雨の屋敷でな」

「なっ……」

「美雨の部下が小脇に抱えて運んでたもんだからさ、思わず声をかけちまった」

 友坂勇気が美雨の元にいた、というだけでもかなりの衝撃だった。それはもう息が出来なくなるほどの。そしてイマダはこう続けた。


「それで俺は、美雨の手下が反乱を起こすよう先導したのは平和一だってことと、そのあんたが抱えてるのは平和一の大切な子供だってこと……そのガキを連れてれば何かしら交渉の余地があるかもしれないってことをだな、親切に、それはもう親切に教えてやったわけだ。それなのに礼も言わず、高級車で走ってったよ」


 血の気が引くというのだろうか、麗美は目眩すら覚えてうつむく。「まだ小学生よ、あの子は」と呟けば、イマダは笑いながら「あのガキも潰しておこうとは思ってたよ、目が気に入らねえ」と言ってのけた。

 この……この男は────!


 怒りに任せて散々詰ってやろうと思った。実際に口を開け、あともう少しで言葉が出てくるというところで麗美はグッと声を押し殺す。イマダが嬉しそうに笑っていたからだ。

 冷静に考えれば、イマダがこんなことを麗美に教える必要はまったくない。そうだ、自分のしでかしたことをアピールするかのように美雨に会いに行く必要だってなかっただろう。むしろそんな危険なことはするべきでない。

 そういえば、そうだった。学生時代から何も変わりはしない。彼は昔から、弱者の上に立ちたがり、強者には異常なほどの反骨精神を見せた。

 イマダクルヒトは、承認欲求を上手く処理できない男だった。


 かつて、まだ少年の域を出なかった頃の彼が言っていた。『いいことなんかしたって誰も見やしねえんだ。俺はよえーし頭もよくねえ。だけど人を殴ればそいつは俺を見るし、馬鹿どもが俺を指さして怒鳴るんだよ。そっちの方がずっと生きてるって感じがするだろ』と。


 ここで怒鳴れば、イマダの思う壷だ。


 すっと息を吸い込んで、麗美は笑う。上手に笑えていたはずだ。こういう駆け引きは慣れている。「馬鹿にしないでくれる?」と言ってやった。イマダが警戒の表情を浮かべる。


「情報戦なんかやってるつもりみたいでかぁーわいー。こっちは本職なんですけど? あんたの流したデマはね、根拠も動機も足りない。“噂”の域を出ないわけ。上書きしようと思えばいくらでもできる。それをしないのは、タイラがあんたを見逃してやってるからだってこと忘れないでよね」

「……随分強気じゃんか」

「はあ? 何? なんで弱気になる必要があるわけ? ああ、あの男子小学生のことを気にしてるわけね。あんた結構優しいじゃないの。……せっかく頂いた情報ですから、役立たせるわよ」

「見つけるわ、今」と言いながら麗美はその場で膝をついて、鞄から折りたたまれたタブレットを出して広げる。と同時に携帯電話を耳にあて、数秒黙っていた。それからぽつりと、「瀬戸よ」と呟く。

「そう、車を探してるの。今……この時間で引っかけて、すぐ。ナンバーを一覧で送るから……15台分ぐらい、お願い。ナンバーが見えない車も全部送ってきていい。……金なら払うわよ、うるさいわね。急いでるから、その話はあと」

 電話を切った麗美は素早く、タブレットに文字を打ち込み始めた。数分休む間もなく打ち込み続けて、麗美はまた携帯電話を取り出す。相手はすぐに出て、「私よ」と麗美は話を切り出した。

「タイラと電話できる? ……あれから繋がらなくなったの? ほんとダメね、あの男。何やってるか知らないけど。まあいいわ、連絡できるようなら伝えて。ちょっと厄介なことになったって。

 …………ユウキくん、美雨の部下にさらわれた可能性が高いわ。ああそんなにパニックにならないで、ユメノちゃん。今探してる。切り札だと思われてるみたいだから、そんなに手荒にはされないはず。大丈夫、大丈夫だって。

 都幸枝はそこにいないの? 運転中? じゃあ、言っといて。任せたわよ、って。見つけたらまた連絡する」

 携帯電話を置いて、麗美はタブレットに目を移す。大量の画像を、流れるように確認していった。時折画面をこつこつと叩きながら「違う、これも違う……くそ、大赤字だわ」とぶつぶつ呟きながら。

「おい」と後ろからイマダが苛立ちの声を出す。それ以上に不機嫌な声で、麗美は「うるっさいわよ、マジで潰す。金○潰す」と言い放った。

「何してんだよ、ドレミ」

「美雨のことは前から調べてた。所有してる車ぐらいは知ってる。ありがとね、素人さん。あんたのおかげで方向が定まった。タダでそんな情報をくれるなんてほんと優しいわ、さすが同級生」

「……」

「ばーか、デマのバーゲンセール野郎は知らないだろうけどね。情報っていうのは売り買いして初めて価値が生まれるのよ。マジでバカ。そこで指くわえて見てろ」


 そう威嚇しつつ、麗美はタブレットから目を離さない。忙しなく指を動かし続ける。「まさか車以外の移動手段? 子供を連れてじゃ限られる……どこからどう見ても誘拐だろうし。やっぱり車には違いないか」とひとりごちた。それからしばらく画像を飛ばし続け、不意に麗美は声をあげる。


「乗ってる……乗ってる、これだ。この車だ」


 1つの画像を拡大して、いろめきたった。急いでナンバーを控え、その車が走っている道を確認する。

「……本通り? 海に向かっている……港? まさか、」

 慌てた様子で麗美は携帯電話を握った。電話をかけた先はユメノだ。あの少女はすぐに出た。

「友坂勇気がどこにいるかわかった。本通りを海の方に走っている。

 いい? 車のナンバーを伝えるわね。色は黒。あと車種を言っとく。え、車種なんか言われてもわからない? 検索しなさい。

 で、その車はちょうど5分前に百菊肉店の横を通った。たぶん、すぐ街を出る。聞いて。憶測だけど、港まで行くと美雨の所有の船かなんかがあるんだと思う。ユウキくんを連れて国にでも帰るつもりかもしれない。そうなると追いかけるのも一苦労……っていうか不可能と考えたほうがいい。無茶しろとは言わないけど、その前に捕まえないと厄介よ。

 ああ、だからパニックにならないでって。わかった、スズキくんに代わってくれる?

 ……もしもし、スズキくん? あのね、もう1回ユウキくんが乗ってる車のナンバーを教えるから。色は黒。そう。乗ってるのはユウキくんと、美雨の部下が1人。そう1人よ。楽勝ね、楽勝でしょ? ふふ。ほんと、あんたぐらいしか冷静なやついないわね。タイラとは連絡取れた? ああ、そう。私もあいつのこと探して追いかけるから。じゃあね、暴走だけはすんなよ。特に褐色オネェのことはちゃんと見てなさいよ」

 電話を切って、麗美は振り向く。さぞ悔しそうな顔をしているのだろうと思って見たが、イマダは何とも言えない複雑な表情でこちらをじっと見ていた。「どいてよ、忙しいの」と言って通ろうとする。


「なんでそこまでするんだよ。タイラのことがそんなに好きか?」

「違うわよ」

 あっさりそう言って、麗美は笑ってやった。

「プライドよ。何もできなかったあの時から、7年経った。その7年が、私のプライド」

 すれ違いざま、険しい顔のイマダを見る。この男だってこの男なりに、7年間やってきたことを知っていた。今回ここまでやったことも、恐らく今までの積み重ねだったのだ。そう、この男なりに何かを守ろうと思い立ったのだろう。

 だから、あえて言ってやる。


「もしも平和一を陥れることができたとして、それでもあんたのその膨れ上がった承認欲求が満たされるとは思わない。あんたのそこだけは、評価できない」


 それ以外は概ね評価する、という意を暗に込めたものだったが、イマダは顔を赤くして麗美を睨んだ。

「ぶっ殺すぞ、クソアマ……」

 軽やかに回りながら、麗美は「べーっ」と言って舌を出す。そのまま、振り返ることなく走った。


 電話で話した時、タイラは『隣に章がいる』と言った。現時点で手掛かりはそれしかない。つまりタイラは、章の家にいる可能性が高い。真っ直ぐに走っていく。

 シナリオの修正ぐらいはしてやる。今回こそ絶対に、ハッピーエンドだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る