第105話 接戦

 意識が戻ってくる。

 サブンズの過去を飲み込んで、俺の思考に余分な1ページが加算される。

 反射的に何かを言いかけて、俺は口を開いたまま喉の奥を理性で閉じた。

 サブンズの首が役割を終え、どろりと融けていった。

 追いすがって問い詰める気もなかったが、なかなかにでかい爆弾を残していきやがった。


「――ったく。言いたいこと好きなだけ語って、質問なしってのは困るよな」


 煮詰まってくる思考を研ぎほぐすために俺は両手でガリガリと頭を掻いたが、サブンズの残滓が頭皮にすり込まれるだけだった。


「クルルルルルル……」


 ダダジム達が一斉に顔を上げた。

 俺の知らないところで天の声でも聞こえているのか、耳をぴくぴくさせている。


「どうした。なんか聞こえたのか?」


 ダダジム達がぞろぞろと俺の前までやってくると、「クルルルルルル……」と鳴いた。

 どうやら何かを伝えたいようだが、4匹だけの共通言語で伝えようとされても困る。


「きゃぁあああああああああああああ!!!」


 突然、絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。


「むっ。耳をつんざくような若い女の悲鳴! この下半身にズキュゥンとくる声音こわね……これはアンジェリカだな」


 ダダジム達が一足先に察知したのはこのことだろう。

 それでもって自分たちだけで助けに行かず、俺の前にやってきたってことは、俺にアンジェリカを助けに行けってことだろうが――


「おらっ、とっとと逃げないと追いついちまうぜ。ほら、ほら、ほらぁ!」

「やだぁぁぁぁぁ!!」


 ハルドライドの煽り声とアンジェリカの泣きべそ声、そしてバカンと何かが割れる音がする。

 どうやらハルドライドがアンジェリカを見つけて、虐めながら追いかけているところなのだろう。この間はロドルクにちょめちょめされたばかりだというのに、なぜお年頃の婦女子は防犯カメラもないようなところを不用心に彷徨うろつこうとするのだろうか。

 もはや誘っているとしか思えん。

 クイクイ、とダダジムが俺の袖を引っ張った。

 俺がなかなか立ち上がらないことにいらだっているような様子だった。


「ちょっとまって。今考えてる」


 そうだ。慎重にならなければいけない。

 声からして、距離は30メートル以内。

 ダダジム達を救出に向かわせれば――あるいは、アンジェリカを助け出すことが出来ると思う。ただ、犠牲を覚悟する必要があるだろう。

 さっきの破壊音からして、ハルドライドは何か武器を持っているに違いない。

 今いるダダジムは4体。

 ひとひとり、……まあ言ってしまえば『俺』を安全な速度で無理なく快適に運ぶことが出来る最低頭数だ。

 今後を考えても、これ以上減らすことは出来ない。

 

「アンジェリカを捕まえずに悲鳴を上げさせながら追い回しているのは、ひょっとして俺をおびき寄せる罠かもしれない」


 のこのこ助けに行って返り討ちはいくない。

 かといって、ダダジムだけで行かせるのはもっとよくない。ハルドライドの目的が、俺ではなく、ちょろちょろと邪魔をするダダジムである可能性もあるからだ。

 ダダジム個々の運動能力はかなり高いが、それはアラゴグとタッグを組んでのこと。しかも、自由行動を取らせているときに限られるだろう。

 警戒しているハルドライド相手に、アンジェリカの救出をすんなりやってのけられるほど、俺はダダジムを有能とみていない。

 ハルドライドは馬鹿じゃない。むしろ他のヤツよりも底が知れない感じがある。

 追いかけっこしていても、アンジェリカを横から掻っ攫われるような距離をとって行動をしてはいないだろう。むしろ彼女よりも周囲を警戒しているはずだ。


 ほどよくアンジェリカを疲れさせ、抵抗できなくしてから頂くつもりなのだろう。俺が出て行こうが行くまいが、最終目的はそっちに違いない。

 それに何より、お頭の拳銃ハジキだって所持しているのだ。あと何発弾が残っているか知らないが、アンジェリカの足でも撃てば人質に早変わり。……どうにでもなる。


「考えろ。考えろ考えろ考えろ考えろ……」


 時間はない。

 あんまり考えすぎていると、聞き耳を立てていられる距離で野外AVが繰り広げられることになりかねない。では、「げひひっ、3P~3Pはいかがっすか~」などと参加表明してみるのはどうだろうか。

 うむ。人としてそれはない。だがちょっと待ってほしい、ネクロマンサーとしてはアリなんじゃないだろうか。暗視スキルもあることだし。

 銃殺されますね。はい。ちょっと言ってみただけだから、ダダジムさん服の上から肉を噛まないで。そのお肉、贅肉だけど別に余ってるわけじゃないから。痛いから。

 とにかく、アンジェリカが組み伏せられたら終わりだ。今度こそアンジェリカがコワれる。

 だから少しでも距離があるうちに――ん?


「クルルルルルル……」


 ダダジムが、思考巡らす俺のそばになにかをずりずりと引きずってきた。 

 ……そういえばここってそうだった。

 盗賊達の土耕栽培――もとい、即席墓場だ。アドニスに殺された奴らが埋められていた所で、少し前ジェイルを収穫したばかりだ。残りは俺の肥やし。


 ダダジムが運んできたのは、アドニスに殺された盗賊で、俺が予備として残しておいた比較的五体満足の死体だった。


 …………。

 確かまだ使いあぐねていた小玉が一個残っていたはずだ。

 ダダジムがぞろぞろと死体の前に集まって、アンジェリカの悲鳴が上がるたび、死体の頭を押したり、腹の上に乗ったり、俺を囓ってみたり、すれ違いざま俺の頬をしっぽで叩いてみたりとよくわからない行動を取り始めている。やめようね。


 人としてはしてはいけないことでも、ネクロマンサーとしてなら……?


「試してみるか。――やるか、アンジェリカ救出大作戦ミッション・インポッシブル

「クルルルルルル……」 


 俺は新スキル――『屍体操術』に小玉をはめ込むと、説明文を改めて読み返した。


 @グールとして甦らせた屍体に意識を乗り移らせ、MPを消費することで、簡易操作することが出来ます(注:クグツ不可)。


 はい、さっぱりですね。

 結局これも使って覚えろ系か。まったく、管理職ネクロマンサーも楽じゃないよな。

 俺は……なんかさっきどこかで見たような顔の死体の頭に左手を置いた。




「いい加減大人しくしな。いい子にしていりゃすぐ終わるって、身をもって知っているだろ?」

「~~~~っ……。絶対やだぁ! タカヒロ! 助けてぇ!!」

「ははは。来ねぇ来ねぇって。まあ、のこのこ現れるのをこうやって待ってるわけなんだけどな。でもよ、追いかけっこも飽きたことだし、そろそろヤるかな」


 ハルドライドは手斧はそのままに、民家から失敬したまきをアンジェリカの足下に投げた。

 アンジェリカは見事にそれに足を取られてしまい、前のめりに転んだ。


「きゃぁ!!」

「おー、いい悲鳴だな。そそられるぜ」


 ハルドライドが立ち上がれないでいるアンジェリカを前に舌なめずりをした。


「やだぁぁぁぁぁ!!」

「へっへっへっ、覚悟するんだな!」


 ハルドライドがアンジェリカに覆い被さる――まさにそのとき、


「ひと~~つ、人の世の生き血をすすり……」


 俺は暗がりに身を隠したまま、くぐもった声を精一杯大きく出した。最初つかみが肝心。


「あん? トーダか?!」

「タカヒロ、助けて!!」


「ふた~つ、不埒な悪行三昧」


 二人の意識はどうやら俺に向いたようだ。

 アンジェリカの表情がぱぁっと明るくなり、ハルドライドが手斧で肩をとんとんしながらにやにや笑っている。

 右手の指輪は――【戦士の指輪】だ。【砲撃士の指輪】から取り替えたらしい。戦士万能だからな。


「みぃぃっつ、醜い浮き世の鬼――」

「どうした。声はすれども姿は見えないぜ。それじゃ格好つかねぇよな。出てこいよ!」

「タカヒロ! 助けて!!」


 二人が俺の決めゼリフにかぶせてくる。えっと、ちょっと待って、次はなんだっけ……?

 アドリブは苦手なんだよな。


「よぉぉっつ、ヨコシマ淫行教師」


 俺は死体から引っぺがしたボロボロも布をグルグルと顔に巻いていて、その顔を木々の隙間からひょっこりはんさせた。

 うふん、ちょっとだけよ。


「…………」

「タ――?」

「いつぅぅつ、いつもの変態行為」


 視界は狭いが、まあ見えなくもない。死後硬直が長かったのか、首がいまいち動きが良くない……。

 距離はざっと20メートル弱。アンジェリカとハルドライドの距離は5メートルと言ったところか。

 やっぱりだが、ロッドの姿はない。………………ひょっとして、どこかで200メートル以上離れたから、改めて死んだのか? 説明書にはそんな風に書いてなかったんだけどな……。反応がどこにもない。


「むぅっつ、無垢なJKジェイケイ隠し撮り」


 現在地は村の裏手にあたるため、道は開けていない。木々の林をあと少し抜ければ俺たちが盗賊を収穫した菜園に出ることができる。そこに身を隠すことのできる穴を即席で掘らせてある。

 アンジェリカを助け出せたら朝までその穴に首だけ出して埋めておこう。

 

「…………」

「…………」

「ななぁつ、難儀な性癖、親泣かせ」


 よし、そろそろダダジム達も配置についた頃だろう。

 合図と同時に行動を開始してもらおうか――――って、アンジェリカが半眼で俺をさげすんでいるような気もするけど、ごめんね、直接助けるつもりは毛頭ないんだ。


「おい、いつまで続けるつもりだよ、トーダ。出てこいよ、お話でもしようぜ」

「……タカヒロ? あの……」

「やぁぁっつ、やら三十路みそこじらせて(童貞のまま三十路)」


 ――さて、あとはふたりの行動次第なんだが。

 アンジェリカを置いてさっさと俺を捕まえに来ようとすれば、全く問題なくスムーズにダダジムハイヤーでアンジェリカをさらえる。

 ただ、こじれにこじれるとダダジムにはつらい決断をしてもらうことになる。


「ここのおぉっつ――」


 バァン!!


 銃声が鳴り、「ぎゃぁぁ!」とアンジェリカが太ももを押さえて倒れ伏した。


「もういいって言ってるだろ、トーダ! 俺はしつけぇのは一番嫌いなんだよ」


 硝煙煙る銃を手に、ハルドライドが言った。


「とっとと、出てこい」

「……オチ言ってないんだけど」

「もう一発、撃ち込んどくか?」


 アンジェリカの髪を掴み、無理矢理立たせると、ハルドライドは拳銃を真っ青な顔で泣き出したアンジェリカの頬に押しつけた。

 ……どうもよくない。

 もう少しスマートに事を進めるつもりだったが、ハルドライドのヤツは予想以上に短気で暴力的だった。顔がいい+短気で暴力的+精力絶倫=DQNではない。

 真のDQNとはジェイルのような『非常識で短慮で軽率な行動をする自己中心的でわがままで決められたルールも守れない猿でありetcetc……』であって、おまえのような――あれ、9割がた合ってたらもうそれで良くない?!


 タイミングはダダジムに決めさせ、俺はこのままピエロに準ずるとしよう。


「まあ、落ち着こうか。まずはアンジェリカの治療をしたいんだけど、それは可能なのか――」


 バアン!

 木の陰から両手を挙げながらよたよたと出て来た俺をハルドライドは容赦なく撃ってきた。


「ぐぉぉう?!」


 当たったのは脇腹だったようで、ズドーンといった衝撃が脳内を駆け巡る。

 バランスを崩し、思わず両腕でもって樹にしがみついた。

 だが、次の瞬間、ドスッっという音と共に、俺の左肩に手斧ががっちりと食い込んでいた。

 ……コイツ、マジで容赦ないな。ダダジムだけで行かせなくてホントよかったぜ。


 ほらみなさい、無計画にのこのこ女の子を助けに来るような勇気だけが友達の主人公は本来こうなるんだからねっ!


「はっは~~。うまく食い込んだようだな。……トーダぁ、テメェにはいろいろ煮え湯を飲まされるような不快な思いさせられたよなあ。もちろん、ただじゃ殺さねぇよ」

「タ、タカヒロォ……、ごめん、せっかく来てくれたのに……っ」

「そぉだ、せっかくだから、トーダが生きてるうちに二人の仲がいいところをコイツに見せつけてやろうぜ! 来いよ! ハニー」

「あ゛ぐぅ……っ」


 ハルドライドは意気揚々として、脚を撃たれたアンジェリカの髪を引っ掴んで引きずり出した。


「ハルドライドぉ!」


 顔に巻いたぼろ布が解けると困るので口の開き方を調節しながら俺は叫んでいた。

 撃たれた脇腹はともかく、手斧がなかなかに樹に食い込んでいて動けない。

 ぎゅっさぎゅっさ、と体重を込めて手斧を揺らすと、何とか取れた。手斧は左肩の骨に深々食い込んだままだったが。

 それを樹に体重を預けたまま、ごりごりと肩からなんとか引っこ抜――ちょっ、腕ごと取れちゃった。

 ハルドライドは一瞬ぎょっとした顔をしたが、「死ね」と拳銃を撃ってきた。


 バァン! バァン! カチ、カチ……。


 1発目は見事に心臓に命中し、うっ、となったが何とか持ちこたえるも、2発目の銃弾で眉間を寸部狂いなく撃ち抜かれた。さすがは戦士、【砲撃士の指輪】がなくても十分使いこなせてやがる。

 すごい衝撃でもって首を持って行かれそうになったが、残念でした――


「はぁぁぁ??? なんだ、こいつは?! ば、馬鹿な?! おまえ……」


 おやおや、顔に巻いていた布が撃たれた衝撃で解けたようだ。

 きゃっ、やだ、ご開帳~。


「トラビス……?! おまえ、死んだはずじゃ」 


 ハルドライドの驚愕の表情と動揺の声音。

 プププ、それが聞きたかった。俺は最後の力を振り絞ってダダジムに強制行動スイッチを入れることにする。

 ったく、自分たちのタイミングでやれって言ったのに、渋りやがって。

 俺は手斧をどこか他の方向に投げ飛ばした。木々にぶつからず結構飛んだみたいなので、これで容易に探せまい。

 そこでようやく、俺は指を鳴らした。

 目的はみっつ、拳銃を使えなくすること。武器を使えなくすること。意識を俺にガン向けさせること。

 これでダダジム達が命令を実行しなければ、あとはもう知らん。


 ――屍体操術。


 俺の意識は、この『ヘルケド・トラビス』の死体からトーダの肉体まで戻ってくるだろう。

 意図的に戻すことも出来るらしいが、もう少し頑張って奴らの覚悟を見守りたい。

 さすがに脳をやられて、ぼやっとなる。脳が弱点はグールの宿命か。

 痛み自体はカラダが死体グールなため、全然ないものの、脳みそにくる衝撃っぽいのがけっこうある。

 頭に手を当てて、その手を自分で殴ってみると、痛くはないものの頭骨全体に衝撃が響く、だいたいそれと似たような感じだ。


 だんだんと薄暗くなっていく視界の中、微かに木々が揺れ――ごしゃ、とスイカが派手につぶれるような音がした。

 木に登っていたダダジム2匹が、でかい岩をかかえ、アンジェリカの頭めがけて落としたのだろう。


「んなぁ??!」


 ハルドライドが素っ頓狂な声を上げた。

 脳みそのブッつぶれたアンジェリカがそこに横たわっていることだろう。


 ふふふ、と俺はほくそ笑む。

 よしよし、アンジェリカはこれでまただ。これで俺が【魄】を使って怪我を治さなくても、完全復活できるだろう。


「クルルルルルル……!」


 草むらをかき分け去って行くダダジム達の勝ちどきの声を聞きながら俺は満足げに笑って意識を手放した。

 今のハルドライドにアンジェリカを運ぶダダジム達を追撃するすべがないからね。


 元あるじの殺害を作戦に組み込んだのには理由がある。

 ハルドライドにはおそらくダダジムどもの攻撃は通用しないだろうと言う確信があったこと。実際パビックの追憶でそうだったからだ。

 投岩でも何でもおそらくは戦士の勘とやらで避けてしまうに違いない。殺意感知とか防衛本能とか言うのも働いてそうだからな。


 その点、アンジェリカは優秀だ。受け一辺倒で、すでに数回即死んでいる。そのうち『何度目だアンジェリカ』とかユパ様に言われそう。

 即死であるなら、なぜか数瞬後、アンジェリカの即死体とどこからやってきたのかダダジムに似た屍体――とのが起こり、アンジェリカ自身は、その1メートルほど横で完全復活した状態で現れる。記憶はちょっと飛ぶみたいだが。

 簡単に言えば、アンジェリカは“即死”しても、すぐ復活できる“スキル持ち”らしい。即死以外はどうにもならないらしいけど。

 召喚士ってわかんねー。

 ハルドライドには頭のブッつぶれたアンジェリカの光景が目に焼き付いて、偽ダダジムとの入れ替わりにしばらく気がつかないだろう。 



「――まあ、ネクロマンサーだって大概だけどな」


 意識が本体トーダに戻り、俺は目を開けて安堵すると、首をこきこきと鳴らした。

 なんせ俺だけノーガードで放置だしな。おっと、そんなこと言っちゃブロブ達には申し訳がない。本当のノーガードは『トラビス』の方だったか。


 使った感じ『屍体操術』というスキルは、意識が屍体に乗り移るタイプのスキルのようだった。

 スキル使用にあたって、MP以外に【魄】が前払いで13%ほど必要だった。

 およそ生き返らせるために必要な【魄】の10分の1のようだ。もしくは屍体の損傷部分を直す分だけがかかるのかもしれないが。まだ1回目なので検証できない。

 ちなみに、32%+26%(サブンズ)-13%=45%でござい。


 屍体はグールのように魔力でもって動くため、スキルで動かしている間中、MPを消費し続けるらしいが、今のところそこまで消耗しているという感じはない。

 まあ、ぼこぼこにされただけで、実際何もしてないしな。

 攻撃されても痛みを感じないのはいいことだが、同時にまるで人型重機に乗って作業しているみたいなおかしな違和感がずっと続いていた。

 ふと、サブンズの追憶で見たビオラを乗っ取った『呪術師』のスキルに似たところがあるのかもしれないと思う。あっちも今回みたいな感じだったのかな。

 あと、今回俺の意識だけを死体に乗り移らせ、死体が壊れたらまた元の身体に意識を戻すことが出来た。

 ――それってつまり、サブンズの追憶で見たお頭の身体と同じことが起きたということになるのだろうか。


 ………………。


 まあでも本当に、手榴弾とかダイナマイトとか持ってスキップしながら敵陣に突入するのにこんなにも適したスキルはないだろう。ドリフ大爆葬ってな感じで。ちなみに鎮魂歌レクイエムが『盆回し』的な感じか。

 いや~、よかったよかった。

 アンジェリカも無事助けられたことだし、今後は俺に身体ムフフを差し出すくらい感謝してくれること間違いなしだろう。


「何がよかったよかったなんだ、トーダ」

「ふぉぁ!??」


 突然後ろから声をかけられ、俺は危うく心臓を喉から発射させるところだった。

 俺はごろんごろん転がって間合いを取ろうとして、樹に顔面をぶつけて鼻血を出したものの、なんとか立ち上がった。


「おかふぇらぁ!」

「イントネーションが聞き取りにくいが、なんだ……本当に気がついていなかったのか。殺せばよかった」


 お頭は腰に手をやり、ふんと鼻息を噴いた。

 ただ、顔の周りには季節外れのマフラーが巻かれていた。おそらくは頬に着いた黒い淵の召喚口を隠すためのものだろう。

 だが、残念だったな。そういう情報はマチルダさんからのご一報で承知済みなのさ。


「ッてて、というか、あんたマチルダさんに追いかけられていたはずだろ。なんでここにいるんだよ?!」

「あん? わたしがどこにいようとお前には関係ないだろう。ああ、ちなみにドルドレードは指輪の力で喧嘩はめっぽう強くなったようだが、おつむの弱さは相変わらずで助かった」


 お頭はそう言って、拳銃のカタチを模した手型で額をトントンと叩いた。


「なに言ってんだ? マチルダさんが負けるわけないだろ」

「ならなぜドルドレードはここにいない。あのドワーフはわたしが始末してやったぞ」

「嘘つけぇ!」


 思わず大声で反論してしまう。

 まずい、ハルドライドがまだ近くにいるかもしれない。

 慌てて口を押さえると、先ず何より、『平常心スキル』をオンにした。『屍体操術』で無茶したせいか、また外れている。

 正気じゃこの女と同じ場所に立っていられないからだ。


 俺はふぅと息を吐くと、ブロブの指を構えて見せた。


「……それで、俺に何のようだ? 非礼の数々を謝りにでも来たのか?」

「謝る? なぜだ? ドルドレードのことなら降りかかる火の粉を払ったまでだ」


 俺は“連信”の糸を引っ掴むと、マチルダさんではなく、ジェイルと繋いだ。

 少しでもお頭の裏をかくためだ。


『ジェイル、聞こえるか。お頭と遭遇した。護衛のダダジムたちが実は今出払っていて――』

『今忙しい。かけてくんな』


 ぷつん、ツー、ツー……。

 勝手に切られた。


 もしもしもしもしもしもしもしもし?? あれ、リダイヤルできないぞ?! まさかの着信拒否ゲラウェイ!????!!

 あるぇぇ? アラゴグ2匹も無償で貸し出して、頑張れって声かけて、結構な【魄】使って身体回復させたよな?

 これって、アレですか?

 地方から都会の3流私立大学に行きたいって言うから、バカで奨学金も使えないのに借金してまでアパート借りて、無理して通わせていたドラ息子に親から電話かけたときの対応そのものですか?


 それとも、ナンパされたイケメン彼氏にカラダも金も貢ぐだけ貢いだのに、連絡は彼氏側からしかしちゃ駄目って言われてて、さみしくて仕方なくて、彼女が震える手で連絡した時の対応そのものですか?


「ふ、ふふふふふ。やっぱり真のDQNはこうでなくっちゃな……」


 俺は手のひらで顔を覆い、月を仰いで、たっはっはと笑ってみる。

 お頭の目がすぅっと細まる。


「…………。どうやらドルドレードと連絡を取れるようだな。隠しても無駄だ、魔力の変動があったからな。それもネクロマンサーのスキルのひとつか?」


 いつの間にか【鑑識】を使って俺のMPをのぞき見てたらしい。イヤラシい子!

 以前俺がアンジェリカを【鑑識】でのぞいても魔力の変化はわからなかったことから、鑑識Lv自体も相当上げているのだろう。

 ただ、なんのスキルを使ったとか、誰に使ったとかはわかっていないようだ。


「さてね。あんたこそ、女の夜の一人歩きは不用心じゃないのかい。感心しないな。さっき性欲旺盛な殺人鬼を見かけたぜ。あっちの大きなキャンプファイヤーの前に行って、おじいさまが迎えに来るまで、その冷え切った冷たいココロを暖めてきたらどうだ? 解凍したら揮発するから無理か?」

「ない頭を使って無理に挑発する必要はない。ドルドレードを失って、お前はどうやってこのさき抵抗をするつもりだ?」


 お頭はそう言うと、懐から包丁をぬらりと出した。

 あまりに自然な感じで出したので、驚くにも反応が遅れた――が、お頭はかまわずもう片方の手で小瓶を取りだし、出刃包丁にパシャパシャとなにやら液体のようなモノをかけた。


 俺はブロブで先制攻撃をかけることはせず、周囲をよく観察し、注意深く距離をとった。

 当然マチルダさんにも連絡を試みる。

 お頭が自らの猟奇行動を顧みず、じっとこちらを観察しているようだが、知ったこっちゃない。


「はぁぁぁーーーーっ!」


 俺はアニメ版『聖戦士星矢』の白鳥星座キグナスの氷河、そのダイヤモンドダストを繰り出す前の白鳥を模した動きをして対抗する。ばっさばっさ。



『マチルダさん、今どこですか?! 大丈夫ですか?』


 一拍の後、


『マスター、申し訳ありません。気をつけていたのですが、頭領を取り逃がした上、先ほど報告した“黒い淵”に誘い込まれ、落ちてしまいました。ええ、なんとか脱出を試みてはいますが、この淵は底があるようで、ありません』


 俺は喉まで出かかった感情をぐっと押し戻される。

 それが恐怖であったのか、焦りであったのか。


 俺は白鳥のように舞い、拳を天に左右打ち出して今の感情を表現する。

 詳しく知りたい方はyoutubeをどうぞ。

 お頭はこっちを見据えたまま、出刃包丁の刃をピッピと振るい、飛沫を飛ばした。


『強化したボルンゴが何度もあの“黒い淵”に浮き沈みを繰り返していたときと同じですか?』

『はい。私が全力で脱出をはかっても、足が立たないため、踏ん張りがききません。――ただ、』

『ただ……?』


「俺のダイヤモンドダストはすべてを凍り付かせ、粉砕する」

「……それは日本式の冗談というヤツか? あまり笑えないな。たしか『サムイ』とか言うそうだな」


 ネクロマンサーの真の冷気、とくと味わっているようだな。ばっさばっさ。


『やはりあのときと同じで、ボルンゴが黒い手に捉えられ完全に沈み込んでも、直ぐまた浮かんできました。あれと同じです。私も全身を捉えられて“黒い淵”に髪の毛の先まで沈み込んでしまっても、その瞬間、拘束が完全に解かれ足下に固い地面も現れますが、少しでも顔を出すと足下の地面は消え、また淵の中に引きずり込まれるのです』

『バーサーカーモードで脱出は出来ないのですか?』

『すでに何度か試しましたが、淵面に出ようとした瞬間、その何倍ものチカラで引きずり込まれるのです……申し訳ありません』


「お前は【毒属性】に強い抵抗があるらしいからな。この村にあったあり合わせで【神経属性】の劇薬を作ってみた」

「ふざけんな」

「ふざけてなどいない。【神経属性】は身体に作用する薬剤のような反応を言う。主に、“麻痺”や“緊縛”、がそれにあたる。“麻痺”なら、たとえば目に受ければ、盲目。口にすれば味覚障害。耳に入れば聴覚障害。鼻から吸い込めば嗅覚障害。それぞれの感覚を自由な尺度で弱めることができる。

 “緊縛”もそうだ。動きを鈍くすることができる。全く動かせない状態から通常の半分の運動速度まで自由自在だ。

 【毒属性】よりも致死性こそ低いが、汎用性は十分だ。なにせ手に入りやすく、調合がしやすい。よもや【神経属性】まで持っていないだろう? トーダ」


 お頭の手元にある濡れた出刃包丁が、月を反射し、腰だめに構えられた。

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