第104話 弓術士サブンズの追憶⑧
しばらく雨が降っていなかったこととは関係なく、一度立った砂埃がなかなか消えなかった。
ビオラのヤツは俺が導火線を短く切ったダイナマイトを捨てずに隠し持っていたのだろう。それで、俺がトラビスをビオラの近くまで蹴り転がしてしまったものだから、トラビスの咥えていた煙草の火を奪うことが出来たのだ。
「みんな無事か?! 今ので負傷者はいるか?!」
班長が砂埃のなか、果敢にも状況を把握しようと奔走していた。
そんななか、トラビスの間の抜けた悲鳴が聞こえた。
「ひぃぇっ、ひぃえぇやぁぇぇぇ!!??」
「トラビス、負傷したのか。捕まれ、移動するぞ」
「ち、違う。班長、班長、あれあれあれ、あれやべマジやべ、こわぁ……」
砂埃が晴れていく。
そこには、もはやおぞましい肉塊としか思えないほどの怪物がうごめいていた。
爆発によって故意に腹部を吹き飛ばしたのだろうが、下半身の一部以外はすっかり人間の皮膚が剥がれて、内包していたキメラ部分がもこもこと収縮を活発化させていた。
「――来い、トラビス。コイツは槍で動けない。今のうちに離れるんだ」
班長がトラビスの襟首を掴んで引きずって離れる。
顔だった部分も首も区別なく、もこもことビオラの身体は肥大化しつつあるが、さっきまで飛び出していた眼球や右手の触手みたいなモノは引っ込んでいた。
まるで槍が刺さった肉団子だ。
「あんた――リュー・チャンとか言ったな、あの槍は抜けないのか?!」
ボルンゴがリュー・チャンに向かって言った。
「はぁい、リューちゃんがお答えしまーす。大丈夫でーすぅ。ぜ~ったい抜けませ~ん。大地に縫い止めました、であります! びしっ」
「聞いたかみんな。誰か燃焼油を持ってきてくれ。コイツをこのまま丸焼きにしてやろう」
腕を水平に伸ばし、右肘を鋭角30度に曲げたポーズを決めるリュー・チャンには一切目もくれず、班長は仲間達に向かってテキパキと指示を出す。
誰も彼もリュー・チャンの扱いには苦慮しているみたいで、極力目を合わせないようにしている。
「あっ。あっ。それは困りますよぉ! アタシの槍は焼いちゃ駄目なんですぅ。うるうる。もうあのお化けちゃんは斃していいことはわかりましたから、いったんアタシの槍は抜いちゃってもいいですかぁ?」
まるで地面を滑るように班長の前に回り込むと、班長の手を両手で取り、上目遣いですりすりと不必要に指を絡ませようとしてくる。
その光景は、中型の肉食猛獣に気に入られて巣穴に連れ込まれた幼い子供のようだった。べろんべろんと肉削ぎ舌で顔を舐められて気絶寸前の心境なのだろう。
「ぅ。ぁ。――わかった。あんたはこの事態を収拾してくれた恩人で、大旦那様が雇った助っ人だってことは十分理解している。あの槍を傷つけるようなことはしない」
班長は頬を引きつらせながら言った。
「ただ、キメラは肥大化を始めている。あんたの槍で――」
「班長さん。アタシのことはリューちゃんって、気軽に呼んでくぅださい♪ チェキッ♫」
「リュー・チャン。はい。……いいか、みんなも彼女のことはリュー・チャンと呼ぶんだ。俺だけじゃない、みんなもだ。固有名詞として敬称略を頭にたたき込め。彼女は大旦那様の同志だぞ。敬意を払えよ」
「う~い」
仲間達が隣同士ひそひそとやりながら同意する。
リュー・チャンは気にしないのか、わかっていないのか、
「えっとぉ。誰か代わりの槍を貸していただけませんかぁ? あっ、あなた! とってもステキなお髭のお兄さん。アタシにその槍を貸してくぅださい♪」
「あん? やだよ。これは俺の槍だ」
ボルンゴが自分の槍を背後に隠す。子供か。
「ええ~。やだやだ、アタシ槍じゃないと力出せないのよぉ~。班長さん、他に槍ってありますぅ?」
「ボルンゴ。彼女に槍を渡せないのか?」
「やだね。……そこの化け物が今動けねぇっつーだけで、俺が槍を手放す理由になんねーよ。俺だってコイツがなきゃ丸腰になるんだぜ」
「あ~、でもそれわかりますぅ。誰だって自分専用の武器って愛着がわきますものね。アタシ達、お互い槍使いですから、話も~~合う合う♪ これから仲良くしましょうね♫」
リュー・チャンが有無を言わさずボルンゴの手を取ると両手で握手した。
「っ……ぐっ。~~~。マジか。コイツ……、わかった。ああ、そうだな」
強く握られでもしたのか、ボルンゴの顔がみるみる赤黒く変わり、目元をぴくぴくさせていたが、最後は観念したように頷いた。
「マスタッド、お前ひとっ走り行って、武器庫から槍を一本持ってきてくれ」
「あいよ」
シーフのマスタッドが班長に言われて駆けだし、ビオラの前を通り過ぎようとした――そのとき、そのマスタッドの身体が何かに殴られたかのように、ガクン、と膝から崩れ落ちた。
ビオラの肉塊は肥大化しつつあるが、それでも8~9メートルほど離れている。
「マスタッド!?」
「あっ、危ないですよぉ」
「な――ぐぇっ?!!」
慌てて駆け寄ろうとする班長の襟首をリュー・チャンがむんずと掴み、その鼻先ギリギリを黒い舌がかすめて行く。
「おねが~い」
リュー・チャンはそのまま班長を肩越しで後ろに放り投げた。どんな腕力なのか、肘から先の――いや、ほとんど手首の返しだけでひとひとりが宙に舞い、仲間達の上にむぎゅっと落ちた。
黒い舌はいつの間にかぽかりと空いた肉塊の穴から伸びていた。
驚くことに、黒い舌は直径20cmほどの太さがあり、それが8~9メートルを一気に伸びただけではなく、そのまま宙にとどまり、ぐねぐねと蛇のようにリュー・チャンの周りに広がっている。
変化はそれだけにとどまらず、もこもこもこもこと肉塊の上に卵状の突起が立ったかと思うと、それが一斉に開き、中から目玉が飛び出してきた。
「うわっ、気持ち悪りぃ!」
トラビスが悪態をつくと、その目玉が一斉にトラビスを睨んだ。トラビスが慌てて口を押さえる。
「ホント~。やだなぁ~。アタシ、ぽつぽつとかイボイボがいっぱいあるの苦手なんだぁ。虫っぽいのも苦手~。とげとげとか足がいっぱいあったりするのも苦手~。う゛う゛、お仕事だから我慢するけど、基本
リュー・チャンは胸に手を寄せると、イヤイヤをするように首をぶんぶんと振る。
その隙を待っていたのか、黒い舌が再度びゅっと伸びた。
「いやん♪ アイドルにお触りは厳禁ですよっ。キメラさんも、握手したかったらCD買ってくださいっ」
両拳を口元に寄せて、きゃーきゃー言いながらもリュー・チャンは余裕で避けた――その足で、マスタッドのところまで滑るように近づくと、「よいしょ」と両手で軽々持ち上げた。
肉塊には背を向けず、とーん、とーんと地を蹴り、後ろ向きで仲間の所まで戻ってくるとマスタッドを地面に寝かせた。
マスタッドは気絶しているようだったが、命に別条はなさそうだ。
「ビィェアアアアアアアアアア!!」
黒い舌がぱかっと割れて、なぜかそこに口が現れた。
仲間達に動揺が走るが、リュー・チャンはにこにこ顔で仲間達に向き直ると、
「じゃあ、みんな! 代わりのスタッフさんが槍を取りに行っている間に、“オタ芸”の練習、しちゃおっか!」
「お、お多芸?」
トラビスが聞き返す。
リュー・チャンは両手の人差し指でバッテンを作ると、「ぶっ、ぶぅ~」と言った。
「“オタ芸”で~す。今からリューちゃんが教えてあげちゃいまぁす♪ ぶぃ! ホントはぁ、ペンライトかケミカルライトがほしいところだけどぉ、今はお日様かんかんの昼間だしぃ、屋外ステージもいいかなぁって♪ みんなはぁ両手の人差し指をピーンって立てて踊ってね♪ あの黒いのはアタシが全部防ぐから、みんなは今から教える振り付けに~全集中だぞぉ♫」
「なんでオレたちがそんなこと――」
「ビィェアアアアアアアアアア!!」
肉塊が少し膨らんだかと思うと、中央の穴の中からもう一本の黒い舌が射出されてきた。臨戦態勢だった口の開いた黒い舌(?)も同時にリュー・チャンに襲いかかる。
「やん♪」
リュー・チャンは落ち着いた感じで、二本の黒い舌をそれ以上の
「……いいぜ、やってやるよ。その“オタ芸”ってやつ。その化け物をぶっ殺すのに必要なことなんだろ?」
「ボルンゴ?!」
意外な人物が名乗りを上げ、周囲に動揺が走る。
「はぁい、ありがとうございまぁす♪ みんなぁ、ボルンゴさんに続っづけ~」
リュー・チャンが片手と片膝と元気よく上げた。
肉塊は距離もありこれでは敵わないと悟ったのか、今度は身体を槍から引きはがし始めた。
「グギギギッギイギギィィ!!」
みちみちみち、ぶちぶちブチブチ、絶対抜けないと豪語した槍から、肉塊が自らを引き千切りながら、その縛りから抜けだそうと暴れ始めた。
『絶対抜けない』のなら、その周囲の肉を自ら犠牲にすることで対処しようというのだろう。突き刺さっている箇所が脳だろうが心臓だろうがまるでかまわない。使えなくなったとしても、周辺の肉が代理修復するのだ。
抜け出すはもう時間の問題だろう。
「じゃあ、みんな! まずは人差し指ぴーんからの~~」
それから約2分とちょっと、リュー・チャンの指導は続いた。
本当に何やってんだろ、と思うほど
指を立てながら両腕を回し、腰を振り、呼吸を合わせ、大地を踏み鳴らす。
もともと仲間達はほとんどが俺と同じ底上げAランクの連中で、それ以下のヤツも運動神経だけはいい。それに彼女が教えた振り付けってやつは4~5パターンを繰り返すだけの単調な繰り返しだ。
――だけど、彼女の教え方がうまいのか、それは熱を帯びるにつれ、ただの踊りではなく、洗練された一糸乱れぬ “舞い” のように昇華していった。
その間ずっと俺は仲間達が見える位置に陣取り、矢を射まくっていた。
的は大きく、槍で本体が動けないため、矢は打ち込み放題だったが、射ても射てもどれだけ魔力をつぎ込もうとも全力を出そうとも、まるで梨の
効いていないことはないだろうが、それでも槍から肉体を引きはがそうとする行動のささやかな嫌がらせにすぎないのだろう。
さっきの爆発からずっと、俺の矢を肉塊は防いだりしなかったのだ。
幸い、仲間達が持ってきた飛び道具一覧の中には満タンの矢筒が3つもあり、まるまる2つ消費するころには全身汗だくで、膝をつきたいほどの疲労感があったが、懐かしく、なんとも心地よかった。
「槍だ。持ってきたぞ」
最近入った見習いとシーフがそれぞれ1本ずつ槍を手に戻ってきた。
リュー・チャンはそれを受け取ると、ぴょんぴょん跳ねて喜びを表現し、腰の道具箱に手をやると、カチッとスイッチを入れた。
またさっきの音楽が鳴り始める。
「じゃあ、みんな! 準備はいい? 腰を、ふりふりふりふり、行っくよ~!!」
「うぇ~い!!」
ボルンゴを始め、みんなが一心不乱、統制の取れた振り付けで“オタ芸”を開始する。
「~~~~、~~♪ ~~~~、~~、~~~~♪」
「ハイ、ハイ、ハイハイハイハイ!! ハイ、ハイ、ハイハイハイハイ!!」
リュー・チャンの歌声に合わせて、ボルンゴ達は身体を揺らし合いの手を入れる。
肉塊はカラダの半分以上を槍から引きはがしかけていた。
サビに近づく頃、リュー・チャンは槍の矛先のすぐ下を握ると、矛先に美声を叩き付けるようにしながら、槍に魔力を込め始めた。
「~~、~~! ~~、~~~!! ~~~~!!」
バチッ、ババババババババババババババババババババ!!!!!!
青白い雷を思わせる凄まじい光の本流が槍から滝飛沫のように発せられた。未だかつてこれほど激しく純粋な魔力の放出を間近で感じたことはなかった。
肉塊が身を縮め、一瞬にして萎縮したのが見て取れた。
さっきまで『すべてを喰らい尽くす』勢いでこちら側に向かって槍から引きはがそうとしていたのに、魔力の注入が始まるやいなや、まるで逆方向に方向転換しようととあたふた足掻いている。
俺だって目を見開いたまま射をヤめて、息を呑んだくらいだ。
格が違う。
バチッ、ババババババ、バギン!! バ、ババ、ババ…………ぷすん。
だが、歌い始めて20秒もしないうちに槍から光が消えた。
「わわっ、この槍、魔力重過で魔石が壊れちゃった!? ええっ??! まだもっと、あとせめてワンコーラスは魔力を込めないといけないのに!」
「あれ以上まだ魔力を込めるつもりだったのかよ?! 槍がかわいそうだぜ?!」
「見てくれ、俺の腕の毛逆立ってるぜ……」
「アタシのジョブは超必殺専門だもん! 一投入魂だもん! 元国体やり投げ選手だもん。急げ急げ~、慌てるな~、アタシはプロだもの。こんなアクシデントなんて」
「リュー・チャン。こいつを使ってくれ!」
ボルンゴが自分の槍を投げて渡した。
「え……。よかったんですか? ボルンゴさん」
「俺のは特別製で包魔石もかっこつけででかいのを使っている。今の槍よりだいぶ保つはずだ」
「あ、はい! ありがとうございますっ。大事に使わせてもらいますね!」
「おうよ」
「わぁ~。ファンからいいものもらっちゃったぁ♪ すっご~い。うれしっ♡」
「いや返せよ?!」
「じゃあ、サビの少し前から行くね~。みんなぁ、準備はいい? ぽちぽち、ぽっちぽちっと!」
再び音楽が始まり、ボルンゴも班長に背中を叩かれオタ芸を再開する。
バチッ、ババババババババババババババババババババ!!!!!!
青白い光の奔流が再び槍自体を覆い尽くしていく。
リュー・チャンの歌声は魔力放波の勢いと重なり合い、熱を帯び、ますます大きく、そして激しく、巨大で危険なモノへと変化していく。
ボルンゴ達もトランス状態に陥ったのか、シンクロ率が半端ない。彼女が拳を突き上げるたび、「ハイ! ハイ! ハイ! ハイ!」と声をからさんばかりに
肉塊はもはや声ならぬ声を上げ、身を切り落とし逃げだそうと、まだ人間の皮膚を持つか弱い足で、必死で地面を掻き藻掻いていた。
曲が最高潮に達し、リュー・チャンの歌声と共に槍が、まるで槍の本分を思い出したかのように肉塊に向いた。
「みんなぁっっっ!!! 応援、ありがとうっ!! みんなの想いを乗せて、行くよぉ、せーの!!
――君 に 届 け ♡ 『
目映い光の中、リュー・チャンが光を纏った槍を投げた――。
バグゥヴォォオオオオオオオーーーーーーン!!!
槍は逃げようとする肉塊を消し飛ばし、大旦那の屋敷を軒並み吹き飛ばし、町を覆っている石壁を派手にぶっ壊し、すべてを吹き飛ばし……気がつけば、目の前にはリュー・チャンの槍だけが整然と地面に突き刺さっていた。
「やったぁ!! えいえいおぅおぅ、じゃーんぷ、ぶいぶい! やっつけたー!!」
「…………」
「ぎぶみーふぁぁーいぶ♪ いぇーい!」
「……」
きゃいきゃいと、ただ独り手を叩いてリュー・チャンは喜んでいる。
その姿を見て、きっと誰もが俺と同じ感想を思ったことだろう。
そして、誰かが彼女にそれを伝えなければいけないのだろう。
目配せの結果、その役目を与えられたのは俺たちの班長だった。
「あの~。リュー・チャン。……。た、た、たしかにあの化け物は斃せたと思うんですけど……」
「? どうかしたの? みんな、笑顔が堅いよ?」
班長は震える指先を彼女の後ろに向けた。
大きな大きな穴が町の石壁に空いている。その先の森もずっとずっと先まで……本来その光景は見えてはいけないものだった。
「……。ついでに、大旦那様の屋敷も、たぶん……大旦那様ごと……。ふ、吹き飛んで……」
「へっ?!」
リュー・チャンが振り返る。
何もなくなった場所には数十秒前には確かに大旦那の大豪邸が建っていたのだ。
しかも、大旦那の部屋があったまさにその部分を高出力の槍は貫いていった。地下へ避難するか、外に逃げだしていなければ確実に死んでいる。
「あっ、ない!!?」
今さら気がついたのか、トラビスが叫んだ。
全員の視線がリュー・チャンに注がれる。
「…………。は、張り切り過ぎちゃった♪ てへぺろ♡」
可愛く小さく舌をだしたリュー・チャンだったが、誰もなにも言わなかった。
ただ、屋敷ごと貫き破壊した石壁の間から心地よい風が彼女の髪をさらい駆け抜けていくが、それとは逆に、だらだらと冷や汗らしき大量の汗が彼女から噴き出し始めていた。
「ひょっとして、大旦那…………死……(ひそひそ」
「俺の槍……」
「これってよ、誰のせいになるんだ? (ひそひそ」
「ぇ。ひょっとして次は大旦那のカタキのためにリュー・チャンと戦、えるのか? 俺たち」
「どうするんだよ。俺たちあれだろ、大旦那の護衛任務だろ(ひそひそ」
「あいつこそ、実はよく訓練された刺客だったんじゃ……」
「俺の槍は……?」
「ぁ、あ~~~~~~、思い出しちゃったぁ。次のお仕事が入っているんだった~。ろ、ロケバスも待たせているし、その……ゴ、ゴメンナサイ!!!!!!」
リュー・チャンは思いっきり頭を下げると、彼女の足下に魔法陣が浮かび上がった。
「――でも、アタシはみんなの希望の光! アイドル辞めないから!!」
「ちょ、――」
班長がヒトとして大切な何かを彼女に言いかけたようだったが、魔法陣が発動したのか、リュー・チャンは自分の槍を引っ掴むと、遙か上空に射出されていった。
今朝と変わらない晴天の空に怪鳥が羽ばたき、豆粒以下になった彼女をその『ロケバス』が回収していった。
こんなに心地よい風を感じるのはいつぶりだろう。
俺は班長やみんなに「大旦那の屋敷には地下室があるから避難しててたぶん無事だろう」と伝えると、ようやく歓声が上がった。
めちゃめちゃぎゃいぎゃい騒ぎ立てて、全員大声で吠えていた。
俺も騒いでもよかったのだけれど、大旦那に関してはなんの確証もないし、さすがに疲れすぎていて気を抜けば寝てしまいそうになっていた。
「サブンズ」
肩を叩かれて振り返ると、ボルンゴがいた。
槍をなくしたのはショックだったが、どちらにしろあんな高出力の魔力をぶち込まれた槍が、今さら俺の手になじむわけがねぇとか何とか言って笑っていた。
あのとき、手を強く握られたのかと聞くと、ボルンゴは頭を横に振り、
「振り払おうとしたけど、ビクともしなかったんだぜ。山に埋まった岩みたいにな。それに――手のひらの皮が俺よりもずっと分厚かったからな。まいったぜ」
ボルンゴは俺の肩をぽんと叩くと、
「お前がウィリアムに憧れてるってのが、よくわかった」
そう言って、シーフが持ってきたもう一本の槍を拾い上げると、肩に担ぎ、どこかに歩いて行ってしまった。
班長は数名の部下と町の労働者を連れて、さっそく石壁の修復に取りかかっていた。
本来は大旦那の安否を全員で確かめるのが先決だろうが、屋敷自体が綺麗に消滅しているのだ。避難していなければ間違いなく死んでいて、肉片すら発見されないだろうから、俺がひとり大旦那の捜索を買って出たわけだ。
大旦那の屋敷跡の地下への階段を見つけようとしたが、階段部分は完全に押しつぶされていて瓦礫が詰まっていた。
大旦那がリュー・チャンが到着した槍の一撃から避難を開始したとして、どこまで進むことが出来ただろう。ざっと計算して大旦那の部屋から地下通路まで40mほど。大タンクに至っては120mはあるだろう。
考えていてもしょうがないので、ビオラから教えてもらった方法であの回転扉から中に入ることにした。あの大タンクの屋敷は大旦那の屋敷とは反対側に建っているため目立った被害はなかった。
鍵束があれば中のフックを利用して明かりを付けることが出来ただろうが、鍵束は一階の廊下の収納ボックスに戻したため、この世から消えた。
俺は魔光灯ランプを調達すると、大タンクの建物の周囲に人がいないことを確かめ、回転扉を操作して中に入った。
驚いたことに、建物の中は魔光灯がついていた。
まあ、ここに入ったのが小一時間ほど前の話だったし、お頭もすぐには魔光灯は消えないと言っていたか。
俺はふと、螺旋階段の手すりから下をのぞき見る前に大声で問いかけてみることにした。
「サブンズです。お頭か、大旦那様はいますか?!」
――あんた達は、果たしてこの先も俺達を扱うに値する人物かどうか。
答えはすぐに返ってきた。
「サブンズか。ずいぶん遅かったな。わたしの計算ではあと6分は早く来られたはずだ。今度は着替えを持ってきたんだろうな。お前の汗まみれの肌着を着るわたしの姿をおじいさまに見せるつもりはないぞ」
「サブンズ君、お疲れ様だったね。僕のことはみんなに無事を伝えてもかまわないけれど、この子のことはアーガス君が戻るまでは知らせない方がいいだろうね。僕たちはこのまま客用の屋敷に住居を移すことにするよ。少し落ち着いたら“雷鳴鳥”を4羽ほど借りてきてもらえないかい? 医者の補充や医薬品、研究室の再建と工事資材の搬送を都合付けないといけないようだからね。ああ、りゅうちゃんには僕から無事とお礼を伝えておいたからサブンズ君は――」
ああ、この人達はきっと俺たちを使い潰すまで使うだろう。
適材適所で、俺の能力を最大限に引き出しながら、動けなくなる最期まで。
「――くっ、くっくっくっ……」
なにか腹の底の
止めようと思ってもそれは止められるものではなく、大旦那とお頭の小言が終わるまで俺の内蔵を揺らし続けていた。
――ああ、そうだ。ひょっとすると、死んだ後まで利用されるかもしれない。骨までしゃぶられるというか……もちろん冗談だが。
――さぁて、本来は解決編を語るのにもう少し続く予定だったけどな、ここら辺ぐらいでいいだろ、長々と俺の話なんて。
俺としてはもう十分だ。すっきりしたぜ。
あとは誰かに聞いてくれ。じゃあな。
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