第103話 弓術士サブンズの追憶⑦

『サブンズ君? 聞こえているなら返事をしておくれ。この子がまた僕の指示を聞かずに部屋を出て行ったものだから、ずっと気になっていたんだよ』


 勝利を喜び合う歓声のなか、俺はただひとり心臓をぎゅっと捕まれた感覚に襲われ、胸元のシャツを握りしめた。


 まだ終わらない。終わってなどいない。それみたことかと己の甘さを再認識する。

 だからお前はいつまで経っても強くなれないのだ。


「……聞こえています。あなたの声は大旦那様のものですよね」


 まだ柔らかいお頭の死体をそっと抱き上げると、小さな声で応えた。

 鼻腔をくすぐり、またじわりと肌着に血がしみこんでくる。


『ああ、そうだよ、サブンズ君。この子の身体はもう死んでしまったけど、まだ少し魔力が残っていてね。こうして君に伝えることが出来る。今は難しく考えなくてもいいからね。通音口を開いていると、ここからでも少しだけ声が聞こえてくるんだ。

 ――敵として暴れているのは、やっぱりビオラなのかい?』

「はい」


 俺は唾を飲み込むと、順を追って話した。


「ビオラは背後から心臓を矢で貫いて殺したあと、立ち上がってきて、人格が入れ替わったみたいになって、お頭が右手でま――魔力爆発で、死んでしまって、ビオラも右手が吹っ飛んで、なんか触手見たいのが出て来て、みんながやってきて……」


 俺が小さく呟いている間、お頭の口の中から『ふむふむ』と相づちが聞こえて、なんだか泣きたくなってくる。


「それでさっき、何とか頭をカチ割って、ビオラを殺しました」

『それはご苦労だったね。でも、ビオラの近くにいるならすぐに離れた方がいいね。ビオラの身体はね、そんな程度じゃ活動を終わらせたりは出来ないんだ。心臓が壊れたら周りの細胞が心臓の代わりをすぐに造ってしまう。脳が傷ついても、しばらく動けないだけですぐに修復してしまうだろうね。ビオラはキメラだから、“何が”ビオラを活かしているかをらないと、ビオラを斃すのは難しいと思うんだ。

 それに、今は脳そのものがビオラに命令を出してを動かしているわけではないからね。ただ、かかっている呪術の関係で今しばらく活動を停止しているかもしれない』


 俺はギリッと奥歯を噛むと、怒りを押し殺すように言った。


「じゃあ、どうすればいいんですかっ……」


 俺たちではもうどうすることもできない。

 あんたはベットの上だ。


『助っ人を呼んでおいたよ。君たちが部屋を出て行った直後にね。28分ほど前かな? 一番近くにいてすぐに来てくれそうな同志を呼んだんだ。もちろん、ビオラをどうにかしてくれそうな人をね。さっき彼女から聞いたおおよその位置情報と、協力を買って出た魔物使いの『大鷲』の最高飛行速度と距離を計算すると、あと約7分ほどで到着する予定なんだ。彼女はここに来たことがあるからね』


「ぎゃぁぁぁぁぁ!! た、助けてくれ!!」

「うわぁぁぁぁぁ!! コイツ、また動き始めたぞ!」


 後ろの方で、悲鳴が上がった。

 話の通り、ビオラが活動を再開し始めたのだろう。

 俺を呼ぶ声が聞こえてくる代わりに、お頭の喉の奥からの声が、次第に小さく聞こえづらくなってきた。


『サブ ズ君。あと約7分だ。こ 以上犠牲を増や ず、かつ、ビオ をその場に留めて置けそ かね。目 地はこ でも、標的がい くなってしま と困るか ね。いたずらに オラの身 を傷つ ない うにね』

「あと7分ですね」


 振り返ると、仲間達が俺の加勢を叫んでいる。


『あ 約6分 秒 ら だ。頼 だよ。終わ たら地下  って、も  度あ 子を迎   ってほ い』


 通信が途絶えた。はもう魔力切れだ。

 俺は死体を手元から離すと、弓を手に仲間のもとへ走った。

 お優しい大旦那は一度も孫娘の死を悼まなかった。


「く、くくくくく。おっもしれぇ……。死体が大旦那の声でしゃべりやがる。助っ人は女。しかも『大鷲』でやってくる。大旦那は窓もない部屋からどうやってそいつと連絡取った? いつの間にこの世界はこうまで狂ってたんだ?」


 まあ、なんにせよ、『答え』は勝利の先にある。

 弓を強く握りしめ、俺は大きく息を吸い込んだ。一度は捨てたすべての感情を取り戻すため、肺の機能を総動員させる。

 終わったあとに、俺だって馬鹿みたいにみんなと怒ったり喜んだりしたいのだ。


「全員、聞けぇ! あと7分で強力無比なすっげぇ助っ人がやってくる。本当だ! 持ちこたえろ! ビオラとは距離をとれ! ただし、この場所からぜってー逃がすんじゃねーぞ!!」

「助っ人ぉ? マジか、いかれてるぜ、そいつはよ!」

「嘘だったら、お前のウチのトイレ掃除を一週間やってやるよ! 誰でもいい、なんか投げられるもん持ってこい! 魔闘士は待機! 近接武器は使うな!」


 周囲を周りながら指示を出し、突っ込もうと剣気を込めていた剣士を引かせた。


「ひゃははっ、そう言って俺んちでクソしてぇだけだろ!」

「当ったり前だろ。初日で詰まらせてやるよ!」

「馬鹿言ってねぇで、そいつが来るまでに終わらせちまおうぜ!」


 ボルンゴがビオラを槍で横殴りに吹っ飛ばしていた。見れば、かち割ったはずの頭が元通りにくっついていた。地面にそのでかい頭から落ちたとき、卵みたいにもう一度割れないかと期待したが、ビオラは何事もなくむくりと立ち上がる。


「誰がやられた? 班長! いるか?!」

「アッセドだ。手斧を投げてたヤツだ。首を落とそうとして右手の触手を食らった。それより助っ人の話は本当か?! 一体誰が来る?!」

「誰かまでは聞いていないが、必ず来る! さっき新人の弓術士ミハイルに大旦那からことづてをもらってきた! すでにこっちに向かってきている」

「今から呼んで間に合うわけねぇだろ! 町の大門からだって、ここまで7分くらいかかるんだぜ?! 馬鹿にしてんのか?!」


 班長は怒りのぶつけどころをこじらせてか、俺にくってかかった。

 そんなこと知るかと言ってやりたかったが、


「来ったら来る。全員、触手には捕まるな! 距離をとれ! 剣士は盾もってこい。なかったらそこらのドアでも引っぺがして使え! 戦士は武器が届くまで適当な石でも拾って、あのでかい頭に投げろ! 首から下は傷つけるな! ビオラの中身はキモイ触手だらけだ。斬り付ければ皮膚が破れて右手の触手があふれ出てくるぞ!」

「サブンズ、俺を見ろ! 今が転換点だ。お前が言う戦法でこのままその『助っ人』とやらを待つのか、それともさっきみたいに総力戦でビオラを斃すのか」

「何度も言わすな! 助っ人は――」

「俺はだまされないぞ、サブンズ! ミハイルに大旦那からの言づてを聞いただと?! 俺は班長として指揮するためお前達の行動を把握している。そこでひっくり返っているミハイルは、お前から何か指示されて女の子を背負わされていたようだが、それでも俺の視界から離れたことはなかったぞ。

 お前はいつ、誰から大旦那様の指示を聞いたんだ? 答えろ!」


 班長の言い分は正しい。俺も同じ立場だったら同じことを言う。

 ただ、場を混乱させるつもりはないのか、声は押し殺したように小さい。

 じっと俺を見る。


「来ったら来る! あと7分でなにも起こらなかったら俺が責任取ってやるよ!! ――話は矢を射ながらでいいか、班長!」


 俺は十分に弦を引き絞って矢を放った。でかい顔の鼻の穴を狙ったが、さっきと同じく躱されてしまう。


「責任取るのは班長である俺の役目だ! 俺が言いたいのは、その助っ人がどうやって来るって話だ! メアリー殺しの件でこの町の奴らは調べ直した。戦える奴らは全員ここにいる。どこにその助っ人がいる?! 今日の客の中にでもいるのか? 俺を納得させろ! 俺はお前達の命を預かっているんだぞ!」

「有り難くって、涙がでらぁ! 班長大好き! キスしてやっからあとたった6分くらい待ってろ!」 

「サブンズ!」


 俺は矢を番え、ただビオラを見つめながら言った。


「俺はあと6分で助っ人が来ると信じている。理由はその6分後の世界が見てみてぇからだ。信じられるか、そいつは『大鷲』に乗ってのご登場だ。空から来るんだってよ。逆によ、なぁんにもなかったとしても『よくもだましたな、くたばりやがれ』って言ってやれるヤツが現れたってのもおもしれぇ。

 だから、このまま仲間達を突っ込ませてその喜びを半分にしたくねぇ!」


 同時に二本矢を放つ。

 一本はさっき同じ飛び出た鼻の中心を狙い、もう一本はそれを避けようとする方向へと曲げた。

 結果どっちも避けられはしたが、ビオラが鞭のように伸ばした右手の触手を振るった瞬間を狙ったこともあって、ビオラの動きを一瞬止められた。

 その隙を見逃さず、大剣の剣士タッドが再びボルンゴの背を踏み台に跳んだ。

 剣気が十分に漲った大剣の一撃を今一度叩き付けようと振りかざした――まさにそのとき、ビオラの口がぱかっと開き、ぱぁん、という破裂音がしたかと思うと、タッドの身体が空中で何かにぶん殴られたかのように跳ね飛ばされた。


「ぐぁぁぁぁ!!?? 痛っぐいてぇ……っ!」


 地面に激突したタッドは大剣を放り出し、顔を押さえて転げ回った。

 ビオラは追撃しようと右手の触手を振り上げるが、ボルンゴがビオラの足を後ろから槍で払った。

 ビオラが仰向けですっころぶ。

 そのでかい口元から真っ黒く長い――生きた蛇のように長い舌が伸びていた。

 その舌がまたしゅるんとビオラの口の中に吸い込まれる。


「気をつけろ、ボルンゴ! カエルみたいに舌を伸ばしたぞそいつ!」


 隣にいたはずの班長がいつの間にかタッドのそばにいて、服を掴み退避しようとしていた。韋駄天かよと、その適応力の速さに舌を巻く。

 この班長の声に、ボルンゴがビオラの口から射出された舌をかろうじて避けた。


「うわぉっ……あぶねぇ……。なんなんだコイツはよぉ」


 ボルンゴはたたらを踏んで後ろへ下がるが、また再び槍を構えた。

 もうこれで俺たちの中にビオラに致命傷を与えるような強力な攻撃が出来るやつがいなくなった。

 

 ビオラの攻撃範囲は、カエル舌を含めておおよそ3~4メートルほどだろうが、触手を振り回せばその間合いに入るのは難しい。

 ただ、攻撃能力というか、戦闘技術自体は素人そのもので、歩きながらぶんぶんと触手を振るっているにすぎない。 

 ――が、別に近づく必要も斃す必要はないのだ。時間を稼げばいい。

 俺は矢筒から矢を2本ずつ抜くと、緩急付けて放ち続けた。


「投石よりいいもの運んで来たぜ! 受け取りな!」


 仲間のシーフや見習いたちが槍やら手斧やら投げナイフやらを大量に抱えてやってきた。

 戦士達が奪い合うように投擲武器を手にすると、ビオラに向かって思いっきりぶん投げ始めた。正確さや命中力、それに速さを度外視すれば威力だけならなかなかのものだ。

 実際、ビオラは右手を振るい、触手で手斧やら投げナイフやらを弾いてはいるものの、多勢に無勢か、半数以上を弾き損ない自分の身体に受けている。

 服が破れ、肌が剥き出しになり、皮膚に短剣が刺さり、手斧が肉をそぎ、そこから触手がうにょうにょ顔を出してくる。


 今さら仲間達に攻撃をやめろとは言えなかった。

 ビオラがまともに躱したり防いだりしているのは、鼻の穴を狙う俺の矢だけだった。それ以外はあえて身に受けて、苦しんだふりをしていた。 


 あと何分必要だろう。

 大旦那は空から来ると言っていた。『大鷲』で。

 そいつでもって助っ人を空輸させるつもりなんだろうか。イデア系の『大鷲』なら成人男性を運べないこともないだろう。実際、山岳越境の作戦中に仲間が『大鷲』に捕まって連れ去られたことがあったらしい。

 俺の加入する前の話で、上空へと連れ去られたそいつは一度地面に落とされ墜落死させたあと改めて連れ去ったそうだ。


「ぉ、いいモンがあったぜ。2本もある。コイツで吹っ飛ばしてやる」


 お馬鹿のトラビスが木箱の奥からダイナマイトを2本取り出し、片方に咥えていた煙草から導火線に火を付けた。


「――ば、馬鹿野郎か、テメェ!!!? 消せ! 今すぐ導火線の火を消せ! 言ったろうが、ビオラの皮膚の下はあの触手みたいなのでいっぱいだ。爆薬で吹っ飛ばしたら中身が出てくるだろうが!」

「な、何だよサブンズ、消すよ。消せばいいんだろ。そんな怒るなよ……。オレだってちゃんとわかって――フーッ、フーッ、あれ、消えねぇな。……アチチッ」


 トラビスは導火線に着いた火を口で吹き消そうとし、失敗して下に落とした。


「何やってんだ、馬鹿!」

「アチッ、やべっ、あちっ、やべっ!」


 トラビスはダイナマイトを拾おうとして、導火線の火花にびびってうまく拾えない。

 みるみるうちに導火線が短くなっていく。


「もういい。俺が消す、こっちに蹴飛ばせ」

「え、や、なんで? もうすぐ爆発するよ?!」

「ピギュェェェェェェ!!!」


 ビオラが突然触手を振り回し、トラビスに向かって突進してきた。


「ちょ、ちょっ、やだやだ、なに、なになになに??」


 トラビスは火の付いたダイナマイトをほっぽり出したまま、おたおたとその場から逃げ出した。

 ダイナマイトの爆発威力は屋外の場合は爆風による衝撃波がメインだ。離れれば離れるほど被害は軽くすむ。

 ただ、密閉空間であればその威力範囲は飛躍的に増大する。爆轟を起こし、すべてを吹っ飛ばす。

 俺はダイナマイトに覆い被さろうとするビオラよりも早く、導火線を矢で射貫いた。


「――おまえ、心臓貫かれても、頭かっさばかれても、知性あんのな。馬鹿だけど」


 火の付いたダイナマイトを見つけて、逃げるどころか覆い被さろうとするなんて、並大抵のではない。ちまちまと攻撃されてもすぐに傷がふさがるのだ。一気に脱皮できるがほしかったに違いない。

 ビオラがほんの数センチしか残っていない導火線の先から火が消えていることに気づき、飛び出した目玉と、耳まで裂けた口元から除く牙を見せながら威嚇してくる。

 俺は全員に見せるように『指文字』を掲げると、トラビスに向かって言った。


「トラビス。もう1本持ってるだろ。そのダイナマイトの導火線に火ィつけて俺に向けて投げろ。

「……サブンズ、おまえ、火を消せって言ったり、付けろって言ったり、さてはオレのこと馬鹿にしてるだろ!?」

「いや、お前は馬鹿だろ? いいから早くしろよ」


 俺はトラビスにもわかるように指文字を掲げたまま振って見せた。

 ビオラは低くうなり声を鳴らしながらもじっとしている。


「いーや、さっきオレが投げようとしたときお前は止めたね。ビオラを裸にしちゃいけないとかなんとか言って。サブンズ、お前、オレが活躍するのが妬ましいんじゃ――あ痛っ?!」

「馬鹿な上に空気読まないヤツだなお前は。この場で煙草吸っているのってお前だけなんだよ。さっさと火を付けてサブンズにダイナマイトを投げろよ」


 班長がトラビスの後頭部をはたいた。

 その間に、俺は矢筒から先が二股のやじりの矢と腰の道具箱から短い針金を取り出した。


「わ、わかったよ、やるよ……。なんだよ、みんなしてあいつの味方して」


 ぶつぶつ言いながらもトラビスが口にくわえた煙草の火から直接ダイナマイトの導火線に火を付けた。


「ほらよ、火がつい――あち゛っ!? やべっ!」


 馬鹿なことをするから火花が顔に跳んだのだろう、今度はダイナマイトと一緒に煙草まで落としてしまう。

 周囲のみんなはとっくに予想済みだったようで、班長は落ち着いてダイナマイトを拾うと、手早く下投げで俺に投げてよこした。


「みんな~、いいか~、よく見てろよ~、今からビオラの口の中にコイツを突っ込んで内蔵から脳みそまで全部吹き飛ばしてやるからな~」


 俺はわざとぼやけた口調でこれからの行動を口にした。

 受け取ったダイナマイトの導火線が絡まないように慎重に整えると、二股の鏃部分に本体を引っかけ、クルクルと針金で巻いて固定した。

 弓に爆矢を番えて息を整える。

 ダイナマイトを受け取って矢に取り付けるまでに6秒ほどかかったが、ビオラは大人しく待っていてくれたようだ。

 導火線の火がみるみるうちに短くなっていく。

 使ったことはないが、聞いた話だと火を付けて20秒くらいで爆発するらしい。

 ビオラは飛び出した目玉を半眼のようにしながら、ガチガチと歯を鳴らして見せた。


 “射てこい、ほぉら、ここだよ。ここ”


 ビオラの口がぱかぁと開く。


「げぇぷっ……」


 挑発のつもりか、ビオラが下品なゲップをした。

 少なくとも、コイツの中身は以前のクソ生意気なビオラではないことは確かだ。

 あの女は、俺たちを卑下することはしても自らを辱めるような行動をわざわざとったりはしない。

 仲間達からもブーイングが起こる。


 導火線が短くなる。ほら、……3、……2、……1。

 俺は爆矢を上に向けると、青空に向け放った。


 吸い込まれるように矢が見えなくなって、1~2秒後、どぉん、と思ったよりかなり上空で爆発が起こった。黒々とした黒煙がこんもりと青空を汚す。

 タイミングばっちりだったらしい。

 いい目印が出来た。


 一瞬の間を置いて、ビオラと目が合う。俺はべぇっと舌を出してやった。


「ピギュェェェェェェ!!!」


 ビオラが怒って突っ込んできた。

 俺は予想通りの行動に鼻息を噴きつつ、ビオラの足の甲に向けて矢を放った。矢はビオラの足を貫通こそしなかったものの、靴と地面を縫い合わせる効果はあったようで、ビオラはバランスを崩した。 

 やはり、反応よく避けることが出来るのは剥き出しの頭部だけのようで、人間の皮膚で覆われている足までは反応が遅いようだ。

 なら、あえて頭部を狙うとしよう。


 俺は続けざま矢を番えると、頭部に向けまっすぐ矢を放った。

 ビオラが舐めるなとばかりに触手で矢を振り払った――ところを、タイミングよくボルンゴが槍で突き、ビオラを吹っ飛ばした。


「相変わらず、コイツの腹堅ってぇな。矛先2センチも刺さってねぇんじゃねぇか?!」

「なんか、コイツの扱いがだんだんわかってきたところなんだよな……」


 ぽつり、東の空を見上げ、俺は独りごちる。


「サブンズ! 時間だ!」

「でもまあ、せっかく……来てくれたみたいだし……いや、時間ぴったりとか、アタマおかしいだろ」

「ピギュェェェェェェ!!!」


 もう復活したのか、元気いっぱいでビオラが立ち上がると吠えた。


「サブンズ!」

「班長。東の空、東の空。俺が言ったとおり、助っ人が来たみたいだぜ、たぶん――よっと」


 突進してくるビオラから距離をとるため、俺は屋敷の屋根に跳んだ。ビオラが触手を振り回し、バキバキどかどかと軒先を壊しまくるが、ここまで来て怪我もしたくないのでひょいひょいと屋根を走って躱す。


 東の空の黒い点がだんだんと大きくなってきた。

 仲間達にも見えたのか、ビオラそっちのけでみんな東の空を見上げている。


「マジかよ、あんなでけぇ鳥見たことねぇ……。なにが『大鷲』だ。あんなん、怪鳥だろ」


 まだ遙か先の東の上空なのだろうが、鳥が羽ばたいているようなのが見えた。

 学校で習ったぱっとした目測で計算しても全長10メートル……13メートルくらいはあるだろう。俺が知る中でいちばんでかい生き物だった。

 子牛どころか、親牛を両足で掴んで飛び上がれる大きさだった。

 その怪鳥が瞬く間に俺たちの上空を通り過ぎ、その背から何かを落としていった。


「おいおいおい、まさかだけどよ。アレって、人じゃねーよな」


 ビオラに集中していて、本当は空を見上げている余裕なんてなかったのだが、仲間達があほづらしながら口にしているのを聞いて、俺も見上げてみた。


 どう見ても人だった。

 両手を広げ、全身で風を感じながら超上空からの必滅の墜落死の途中のようだった。てっきり助っ人が来たのかと思ったが、ひょっとして野良の怪鳥がさらった昼飯を落っことしただけなのかもしれない。 


 ただ、墜落者はなにか黒っぽいモノを持っているような気がした。

 ビオラに追いかけられて、集中して見てられないので、屋根から降りると、


「ビオラ、上だ! 上空、何かヒトっぽいやつが落っこちてくるぞ。お前も見ろよ」


 わざわざ上空を指さして教えてやった。

 だが、ビオラはそんなのお構いなしで、少しは知恵が付いてきたのか、触手でもって破壊した屋根の残骸を俺に投げつけてきた。


「ぐぁっ、痛っ~~」


 とっさに頭だけは防いだものの、大小数十発の瓦礫を全身に受けた。足やら腰やらにデカめな塊を被弾してしまう。

 じ~~ん、と足の先がしびれ、動かすと痛みが走った。

 まだ大丈夫だが、もう一回受けたら今後逃げ回れるかは怪しくなってくる。


「槍だ、上のヤツ、槍を持ってるぞ?! 何する気だ?!」


 ボルンゴが大声で叫ぶ。

 ビオラは今の一投が気に入ったのか、もう一度やってやろうと屋根に触手を伸ばし――


 ――瞬間、青天の霹靂へきれきが、彼女に突き刺さった。 

 快晴の空に不意に轟いた雷の音、まさにそのものだった。

 

 ズドォン、というとんでもなく重厚な音がして地がぐらぐらと震えた。

 もわもわとした砂埃が風にさらわれると、そこには黒光りする長槍に頭から胴体まで串刺しになったビオラの姿があった。

 飛び出た目玉がふたつとも異常な痙攣をしているものの、それ以外は槍に自由を奪われたせいかピクリとも動かなかった。


「落っこちてくるぞ――」


 誰かが叫んだ。

 そうだ。あの怪鳥から飛び降り、遙か上空からこの槍を撃ち込んできたヤツがいるのだ。

 どう考えても墜落死は免れ――


「ひゃっほ~~ぃ。急ブレーキっ! ほぃ!」


 場に似つかわしくないほどの明るい女の声が振ってきたかと思うと、ふぉん、という聞き慣れない音がして耳の奥が痒くなった。


 気がつけば、女が一人そこに立っていた。

 まだ若い……目元におかしな化粧メイクをした女だった。髪を後ろでひとつに束ね、助っ人にしては軽装で、ショートパンツから健康的な足が伸びている。その健脚のおかげであの高さから落ちて無事だったのだろうか。

 

「とうちゃ~~く。あーんど、みっしょんこんぷりーーーとぉ!」


 俺たちが唖然呆然とするなか、女は片目を閉じ、Vサインの謎の勝利のポーズを腰を捻って決めた。


「だ、誰だ、お前……? よく、無事……? だったな?」

「はぁい♪ アタシは竜騎士のリューちゃんでぇす♪ びしっ。みんなぁ、リューちゃん、って呼んでね~♡」


 リュー・チャンとか言う女は、両手をばたばたと横に振り、愛嬌を振りまきながらにこにこと笑った。


「あ、あんた……一体」

「あ、は~い。あなたがマネージャーさんですかぁ? アタシ、ここのプロデューサーさんに会いたいんですけどぉ、案内、してもらえませんかぁ?」


 リュー・チャンは弾むようにピョコピョコ班長に近づくと、少しだけ腰をかがめ、両手を胸に、下から上目遣いでうるうると見上げる。 


「ぷ、プロデューサー……?」

「えっとぉ、ここで一番偉いヒトですぅ」

「班長。それってたぶん、大旦那のことだと思うぜ」


 リュー・チャンが俺をみとめると、トコトコとやってきた。

 ビオラ並みに変な女だが、恐ろしく強いことは俺にもわかる。近づくだけで肌が粟立った。


「あ~。その弓。あなただったんですねぇ。どっかーんって目印を打ち上げたのって。ありがとうございますぅ。一度来たことはあったんですけどぉ、本当にヤっちゃっていいのか迷ってたんですよぉ」


 リュー・チャンがぱっと開いた手を口の前に持ってくるときゃたきゃたと笑ってみせた。

 それらは天然ではなく、造られたような仕草ではあったが、それに対してなにか口出しできるほど俺は空気が読めなくはない。


「ビオラは……いや、今あんたが串刺しにしたキメラなんだけど」 

「リューちゃん♪ て呼んでください。大丈夫ですよ。あの槍は絶対抜けませんから」


 呼称に譲れないところでもあるのか、リュー・チャンは強めにそう言うと、ビオラを一瞥しウンウンと頷いた。


「それでぇ、さっそく今から、プロデューサーさんのところ、行っちゃいますぅ?」

「いや、大旦那様には誰も会わせるなって言われているんで……」

「そぉなんですかぁ。じゃあ……ディレクターさんとお話ししたいんですけどぉ」

「ディレクター?」

「ん~。ここでぇ、2番目に偉いヒトのことですよぉ」


 身体を傾けながら、無邪気そうに俺の顔を見上げるが――目の奥は笑っていない。

 俺は言葉に詰まっていると、トラビスが口を挟んできた。


「それって、お頭のことじゃねーか、サブンズ」

「そぉそぉ、『お頭』さん。アタシ前にお頭さんとお仕事で会ったことあるんですよぉ。その人と、ちょっとお話ししたいんですけど」

「お頭はしばらく前に仕事に行ったっきり、まだ帰ってきてねぇよ」


 どんな度胸なのか、トラビスはリュー・チャンの前で煙草に火を付けた。

 俺が「おい」とたしなめるも、トラビスは気にしない様子だ。


「ええ~、そうなんですかぁ。ん~、でもでもぉ、直接お話を頂いたのはやっぱりプロデューサーさんなんでぇ、お仕事終わっても、挨拶もナシでこのまま帰っちゃうのもやっぱり失礼だと思うんですよぉ、うるうる」


 リュー・チャンは今度はトラビスに急接近すると、手を握り瞳を潤ませてきた。


「ぅおっし。じゃあ、オレが案内してやるよ、大旦那のところ。入ったことねぇけど、まあ、いっか」


 いくらなんでも馬鹿すぎるので、俺はトラビスを後ろから蹴り転がすと、


「よくねぇよ。リュー・チャンさん、俺が今から大旦那様の所へ行って話を通してくるから、少し待っててくれないか」

「あ、は~い。でもアタシに『さん』はいりませんよぉ。リューちゃんって呼んでくださ~い。みなさんもぉ、アタシのことは気軽にリューちゃんでいいですからねぇ」


 リュー・チャンが振り返って仲間達にパタパタと手を振ってアピールをした。仲間達は曖昧に笑っている。

 俺はその間にボルンゴに視線を送り、班長に目配せをすると、班長もどうしていいかわからない様子だがとりあえず反対はしない様子だった。


「じゃあ、サブンズさんが戻ってくるまでの間、みんなにはアタシの歌を聴いてもらっちゃおうかな♪ アタシは前の世界トコじゃアイドルやってたんだぁ。……うふっ、地下だけどね♪」


 そう言うと、リュー・チャンは腰の道具箱から『剣の柄』のようなモノを取り出し、カチッと操作した。

 すると急にアップテンポな音楽が鳴り出して、みんなぎょっとする。


「よ~し。みんなぁ、手拍子お願いよぉ! 『異世界でも恋したい♪』」


 リュー・チャンが身体を揺らしながら歌い出した。

 俺は小走りで大旦那の屋敷に向かう途中、お頭の死体と目が合ったが、見ないようにした。 


「おい、こいつ――!!??」


 歌を遮るように、ざわっと大きな声が上がる。

 嫌な予感がして慌てて振り返ると、ビオラの方からだった。そのすぐ近くにトラビスがへたり込んでいる。 


「こ、コイツ俺から煙草を奪いやがった!」

「ダイナマイトを持ってるぞ。火を付け――みんな離れろ!!」


 瞬間、ばあんと、でかい爆音が轟き、迫り来るその圧風に俺は思わず身をよじった。

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