第86話 第三勢力

 カラン、ガリガリ、カララララ……。


 剣先シャベルを引きずり、肩を落として灯りも無い夜道を独り歩く中年男ロドルクの寂しさよ。

 なぜか哀愁たっぷりの背に、ハラハラと涙が止まりませぬ――というのは冗談で、遺失物横領犯を追跡中ですオーバー。

 民家の陰から顔だけ出してそう呟くと、「オーバーってなんですか」って聞いてくる純粋無垢なロッド少年。

 その瞳、我が国のクールジャパンとか薄い本とか見せて汚したい衝動に駆られるも、グッと堪える。ロッド少年も9歳。9歳と言えば二次元に興味が出てくるお年頃だろう。

 そうしてコッソリ貸し与えた性教育の参考書は、翌日にはなぜか机の上に置かれているはずなのだ。母親マチルダさんの手で。


 余談だが、妻に内緒で古本屋で買った『あきそら』の5巻と6巻を他の漫画と同じ本棚のスペースに入れておいたら、なぜか翌朝にはPCのキーボードの上にその2冊が置かれていたことがあった。すぐに実家の方に片付け、その後、一度も話題に出したことはなかったのだが、あれは嫉妬だったのか、ただの嫌がらせなのか、知るよしも無い。

 もしもすべてがうまくいき、妻を蘇らせることに成功したのなら――、ふふっ。いや、過ぎたことだ、俺も忘れることにしよう。


 それよりも前を行くロドルクだ。

 マチルダさんの愛用の剣先シャベルを回収に戻ったら、ロドルクが盗賊の本領を発揮してて、盗んだシャベルで歩き出していたのだ。

 きっとこのまま民家のガラスとかを割りに行くに違いない。不良中年め。

 見れば、ぶつぶつと何か独り言を呟いている。中年で独り言が増えてくると狂ってきた証拠だと言うらしいから、つまりなんだ、あれはバーサーカー的なアイドリング状態なのか。


「ロッド。ロドルクのヤツは見つけたから、さっき言った通り、マチルダさんとこの様子を見てきてくれ。ドルドラの首の回収を忘れるなよ」

「わかりましたけど……、トーダさんは今からアイツと戦うんですか? それなら僕もいた方がいいと思うんですけど」


 ロッドがうちの子じゃない方のダダジムに跨がりながら言った。


 まあ、そうなんだけどさ。

 なんかこのまま行くと、お前のこと『大怪我をしても【魄】を使って回復させればいいヤツ』にしてしまいそうだからな。で、そのまま即死系の攻撃もらって、どうすることもできなくて、あとで俺が後悔するのが目に見えるわけだ。使うけど。


「無理無理、やらないって。……それに今から【魄】の回収しないといけないからな。だいたいアイツは戦って勝てる気がしない。【罠設置スキル】でも無理だろ。ダダジムグールのときみたいな戦法でも、首ちょんぱどころか剣でも斧でも構わずへし折られそうだ。スーパーアーマーかよって感じで。

 ……それよりも、ちょっと変なことを聞くけどちゃんと答えてくれ。いいか?」

「あ、はい。なんですか?」


 俺は後ろで発掘作業中のダダジムたちをチラリと振り返り、


「お頭とか、いや今回のこととは関係なく、ロッド、お前の母ちゃんが例えば事故とかで亡くなったら……お前は、母ちゃんからどんな形見をもらう?」


 そう訊くと、ロッドの顔に動揺が走るのがわかった。

 脈絡なく唐突すぎたせいか、あまりのショックに一瞬で真っ青になり、目眩でも起こしたのか、乗ってるダダジムに両手をついて身体を支えた。


「トーダさん、そ、その、意味がよく……」


 貌を歪ませながらロッドが聞き返してくる。今にも泣き出しそうだった。

 俺は慌てて手を振って否定した。


「違う違う。悪い。ぶしつけな質問で悪かった。誤解しないで聞いてくれ。実はミサルダの町で一件の浄化葬を務めたとき、喪主のおじいさんが亡くなった息子さんから指輪を遺品として受け取っていたんだ。身内が指輪を形見として受け取る風習ってのは、こっちじゃ一般的なのかどうなのかなって思ってさ」


 そう訂正すると、ロッドは少し落ち着いたのか、


「そう……ですね。どこもってわけじゃないと思いますけど、指輪を受け取るのが通例的だと思います。たまに亡くなった人が指輪をしていなくて、家族が遺髪とか欲しがる場合があるみたいなんですけど、やっぱりそれも亡くなった人の体の一部なんだからって同じお墓に戻すみたいなんです」

「……わかった。変なこと聞いて悪かったな。じゃあ頼むな。俺たちが行動に移すとしたらロッドが戻ってきてからだ」

「わかりました」


 ロッドを乗せたダダジムが走り出そうとする、その背にもうひと言だけ付け加えた。


「ロッド。ただ、ここに戻ってきても俺たちがいない場合がある。その時は無理に探そうとせずにもう一度マチルダさんのところに戻るか、アンジェリカを連れて村を出ろよ」

「……。わかりました。急いで行ってきます」


 ロッドを見送って、俺は軽いため息をひとつついた。

 これでまあ、次の作戦が決まった。

 俺はダダジムに声をかけた。


「ダダジム1号。……っと、手前のお前でいいや。今からロドルクの尾行の任についてくれ」

「クルルルルル……」


 手前にいたダダジムが死体を掘り出す手を止めると、全身の毛を振るわせて身体についた砂を払った。


 ここは数時間前にアーガスと一緒に訪れた盗賊達の即席の墓場だ。アドニスに殺された盗賊達が埋められている。

 その時の俺は、浄化葬のためになんちゃって神父様に扮して偉そうなことを宣っていたものだが、ロドルクの捜索途中に偶然ここに立ち寄ったのでダダジム達に墓荒らしをさせてみたのだ。即席墓地になる前は畑だったこともあって、ただいまネクロマンサー的に死体の収穫中というわけだ。


 ダダジムさんてば墓荒らしの本職みたいで、だいたいここら辺と俺が指示すると、俺とロッドがロドルクを嵌める作戦を話し合っている間に手分けして8体の死体を次々と掘り出していったのだ。


「いいか。あくまで尾行が目的だ。でも、定期連絡は入れてもらう。ブロ笛を1ぷにょ渡しておくから、1号は定期的に吹いて報告してくれ。短く1回吹いたら『無問題、継続する』。2回連続で吹いたら『見つかったため、逃走中』。ここに戻ってこい。あと何があるかな……『緊急事態、すぐに来て欲しい』。これは連続で何回も吹いてみてくれ。そんでもって、俺の指に留まっているブロブはそれと連動して震動してくれれば、俺にも伝わるってわけだ。わかったな」

「クルルルルル……」


 ダダジム1号が右手を挙げ、寄ってきたアラゴグ2匹を腹と背に装着する。立体軌道戦士ダダジムの正装である。

 俺は軟膏でも塗るように1ぷにょをダダジムの顎の下に移した。

 立体軌道戦士ダダジムSEの誕生である。


「よし、じゃあ頼むな。ブロブは手放しでも吹けるように顎の下にでもくっつけとくからな。ちょっと試しに吹いてみろ」

「――~~」


 ブロブが変形し、顎に固定されたまま不格好なブロ笛に変わると、ダダジムはそれを咥え息を吹いた。すると、それと連動するように俺の人差し指のブロブたちが、ブブ……と震動した。

 うむ。これを応用すれば、お外での男女の性遊戯プレイの幅が広がるというものだ。はぁはぁ。


「よし。じゃあ行ってこい。ロッドが戻り次第、こちらからも同じ要領で連絡を入れるからな」

「クルルルルル……」


 立体軌道戦士ダダジムSE1号諜報員はひょいひょいと民家の屋根に上ると、音も無くロドルクの尾行を開始した。


「――さてと、お前らもういいぞ。頭部だけ見えてればそれでいいからな。っと、悪い。そいつだけは全身掘り出しといてくれ。その奥から3番目のヤツ。名前はたしか――」


 そう言って俺はお目当ての死体に近づく。

 俺は合掌すると、腕まくりした左手で黒髪短髪男――ジェイルの頭部に触れた。



 ――視界が戻ってきて、俺は軽く頭を振った。

 目の前には袈裟懸けに斬られた男の死体があった。首からの血が止まらなくて、さっきまで地面を転げ回ってた気がする。


「……ああ、そうか。【魄】回収中だったな。なんか疲れすぎて、だんだん夢と追憶と現実との境が分からなくなってきた……。おまえら、1号からの定期連絡は今まで何回あったかわかるか? 追憶中にバイブっても全然気づかなかった」


 俺は隣で固まって陳列していたダダジムに聞いてみた。

 すると、3体中2体の手が上がった。まあ、今回はわりとあっさり流し見気味だったからそんなに時間かかっていないだろう。

 ちなみに今回の内容は、真っ先にアドニスに喧嘩売って速攻で斬り殺された盗賊連中のひとりだ。追憶の半分以上は斬られてから出血多量で死ぬまでだったという最悪の経験だった。

 ジョブは剣士で、あとジェイルの子分だったことが分かった。

 ぶくぶくぶくと死体は溶けて地に吸い込まれていく。


「おーし、次々行くからな。1号からのエマージェンシーとかこちらの緊急事態の時とかの対応は任せたぞ。とりあえず死体から右手を引っぺがして逃げてくれ。ロッドが戻ってきたら待たせとけよ。俺は【魄】の吸い取りが終わるまで意識無いからな」

「クルルルルル……」


 砂まみれの死体の清掃の手を止めてダダジム達が返事をする。

 俺は某念使いの会長のように弧を描く動きで手を合わせると、次の死体へと収穫感謝のデコびったんを繰り出した。


 そうして、続けざま2体の死体から【魄】を回収し終えたとほぼ同時に、ロッドが戻って来るのが見えた。小脇にはドルドラの頭部を抱えている。


「無事戻ってこられたみたいだな。マチルダさんの様子はどうだったんだ?」

「あんまり優性には見えませんでした。母ちゃんとは目は合ったんですけど、余裕無いみたいだったので、すぐに……」


 ロッドはしょんぼりと目を伏せると、ドルドラの頭部を持ち直した。服がドルドラの血でぐっしょり濡れている。嫌じゃないんだろうか。若い子は順応が速いな。

 俺は手招きしながらロッドをそばに呼んだ。


「そうか。……でも、マチルダさんは強いからな。今俺たちがやらなきゃならないのはロドルクを止めることだ。アイツまで死霊の槍でクグツにされたらそれこそ目も当てられない」


 お頭がロドルクを使い切りのクグツにしてしまうかは別として、仮に4対1にでもなると、さすがのマチルダさんも押しつぶされてしまうだろう。

 ここで俺たちがロドルクを引きつけておかないと、俺たちを殺せないと業を煮やしたロドルクがボルンゴ達の加勢に回ってしまいかねない。


「あと、お頭達ですけど、なにか光る液体のようなモノをひとりずつ仲間達に呑ませていました」

「光る液体……? ボルンゴ達にか?」


 ロッドが頷く。

 なんだろ、果蜜酒とかじゃないだろうけど。まさか蛍光液とか放射性物質とかか?


「はい。ただ、僕がそれを見てることに気づいて、お頭はものすごく怒っているみたいでした。すぐにこの頭を拾ってここに戻ってきたんですけど」


 ロッドは仄かに光る目を不安そうに俺に向けながら言った。


「いや、それで十分だ。こっちは浄化葬をちょうど4体、それにロドルクをダダジムに尾行させてる。そのドルドラの首も今から回収するぞ、そのまま持っててくれ」

「あ、はい」


 俺は手を合わせると、その重そうなドルドラの頭部に触れた。


  

 ――ドルドラの一生は、ひと言で言えばボタンの掛け違いのような、そんな人生だったのだと思う。

 他の子よりも大きな身体に気弱な性格。大人顔負けの腕力に注意力の無さ。そして、ひとつのことに固執してしまう性質に問題があった。

 幼い頃、近所の友達と遊んでいるとき、身を振るったその肘が、たまたまそばにいた子供の目に当たり失明させたことに始まり、償いきれない罪を抱えたままドルドラは幼年期を孤独に過ごすこととなった。

 12歳とき【戦士の】ジョブ適性が見つかり、親元を離れ学校に通い始めてるが、内気な性格のまま成長したドルドラは、学生同士の寮生活がなじめず、やがて同級生からのイジメを受けて暴発。

 同級生を絞め殺してしまって――

 結局、流れ流れてお頭の元へとたどり着き、必要とされることに安心を覚え、悪事に手を染めていった。

 そして、マチルダさんとの戦闘に敗れ、お頭に殺され、その亡骸さえも利用された。


 俺はロッドの手のひらの上、ぶくぶくと崩れるドルドラに手を合わせ冥福を祈った。服を汚されたロッドが今更ながら悲鳴を上げた。

  


「この人はいいんですか?」


 埋まってた8体の死体のうち、6体を無事回収し終えた俺に、ロッドが聞いてきた。埋められていた死体の順番を飛ばして浄化葬を行っていったのを不思議に思ったのだろう。

 手のひらの中でぶくぶく崩れていったドルドラショックから抜けきっていないのか、ロッドは時折両手をクンクンと嗅いでいる。


「そいつの名前はジェイル。そいつを今から蘇らせようと思う。【魄】もようやく167%まで貯まって、そいつの蘇生に必要な139%をクリアしてるしな」


 先ほど調べて必要な%をチェックしておいたのだ。ただ、蘇生に【魄】を使うと、28%しか残らなくなる。


「……でもその人って、お頭達の仲間だった人なんですよね? そんな人を蘇らせても大丈夫なんですか?」


 眉をしかめたロッドがジェイルの死体を見下ろした。唇が細かく震えているような気がする。

 当然ジェイルも村人に対してヒャッハーしまくったひとりでもあり、盗賊のなかでも2,3を争う悪辣外道だ。ちなみに1位はぶっちぎりでお頭。


「……どうかな、俺の眷属になるわけだから逆らったり暴れたりはしないと思うけど、元が元なだけにマチルダさんみたいに初めから俺に協力的になってるかは、まだ未知数だな……」

「じゃあどうして、こんなやつを蘇らせたりするんですか?」


 半分怒ったような口調で指を差すロッドからは嫌悪感がにじみ出していた。

 ――その時だった。

 剣戟が、しばらく止んでいた剣戟が2度、3度と続けて聞こえてきたのだ。

 俺たちはすぐさま音の聞こえてきた方に耳をそば立たせるが、剣戟の音はそれっきり聞こえなくなった。


「理由はもちろん……俺たちの役に立ちそうなやつだからだ」


 俺はロッドに向き直ると、なだめるように言った。

 言って、どこかで聞いたセリフだと思ったが深く考えないようにする。 


「ジェイルは【シーフ】だ。この8人の死体のなかでリーダー的な存在だったし、実際、戦闘では剣士のアドニスとも渡り合っていた。結局は殺されたわけだけど、正面からぶつかり合うことが無かったならもっとうまくやれた気がするんだ。そして、フリーになっているロドルクにぶつける」


 殺し合わせる。


「だけど、負けて殺された人なんですよね。そんな人がロドルク相手に太刀打ちできるんですか?」


 ロッドの言うことは当然だ。たとえアドニスが相棒だったとしてもロドルクと正面切ってやり合えるとは思えない。

 俺が頷くと同時に、ブブ……と、ダダジム1号からの定期連絡が入った。

 時間が決して留まってはいないことに気づかされる。こちらもブロ笛を一度返した。

 急がないといけない。終わるにしても、終わらせるにしても。 

 俺は震える足を叱咤して立ち上がると、ロッドの肩を借りてジェイルの死体のそばへと歩いた。 

 ロッドは俺から視線を外していて、ジェイルを見下ろしていた。


「シーフの【盗む】スキルでバーサーカーの指輪を外すことができればいいと思っている。それこそ相打ちにでもできればいいかなってところなんだ。ジェイルは盗賊の中で唯一、お頭に反目していたやつだった。そして、お頭の後ろに立ってたアーガスって厳つい男がいただろ、ジェイルはそいつの義理の弟だ。……ジェイルはアーガス兄貴にべったりなんだが、逆に兄貴以外には敵意を振りまいているようなやつだ。雇い主であるはずのお頭にさえそんな態度だったんだ」


 ジェイルの顔を見下ろす。痩せ型で、短い黒髪の整った顔つきは、目を閉じているからだろうか、村長の追憶でみた時よりもずっと幼く見えた。

 ジェイルの死因はアドニスから受けた袈裟懸けの一撃。

 喉元を深く抉られていて、おそらくは即死だったのだろう。


「……なんだか見てきたみたいなこと言うんですね。ネクロマンサーって、そんなことまで分かるんですか?」


 ロッドは信じられないという顔をしたあと、訝るような目で俺を見た。


「ああ、わかる。ちょっと前にも言ったろ、死者の声が聞けるって。俺が浄化葬するときには“その人の死の直前の記憶を共有できる”。ジェイルの仲間達の記憶から性格を、そしてこの村の村長さんが体験した記憶からアーガスとジェイルの関係を知った」

「え、アルフレッド村長が?!」


 俺は頷いた。


「そのアルフレッド村長の浄化葬も俺が務めた。だからロッド、アルフレッド村長がお前を助けようとして民家を飛び出していったことも知っている。

 ――わかるか? 今俺たちがこの場で話していられるのも、誰かの犠牲や必死の努力で働いてくれている人がいるからだ。嫌いだの憎いだの言っている場合じゃない」

「…………」


 言い聞かせても、納得できないのかロッドは複雑そうな表情のまま眉根をしかめている。

 それもそうだろう。隣人知人、家族とも呼べる村人達を惨殺した男を、俺の眷属として蘇らせてしまうわけなのだから。生前同様の姿、性格で。

 そうなれば同じクグツ――仲間として胸中穏やかではいられないはずだ。

 だけど、もう時間は無い。

 すでに死霊の槍で刺されたクグツ達の活動限界である“15分間”はとっくに過ぎてしまっているのだから。

 それなのに戦闘はおそらく今も継続している。つまり、お頭達がクグツ達に呑ませたという光る液体というのは、結局、魔力系の栄養ドリンクとかそういうモノなのだろう。


 俺はロッドに向け、左手で3本の指を立てて見せた。


「ジェイルを蘇らせる理由は3つだ。ひとつはさっき言った通り、シーフとしての実力を買ってのことだ。ロドルクに勝てないまでも、せめてシャベルを取り返すくらいはできるかもしれない。これは俺たちにはできないことだ。

 ふたつめは、情報を得ることだ。ロドルクやお頭の情報を知らなくてはいけない。目的と理由、弱点、それさえ分かれば決着以外の解決方法があるかも知れない。

 そしてみっつめ、……正直言うと、このままじゃお頭たちには決して勝つことはできない。俺たちの考え、作戦、戦略がすべてお頭に見透かされているような気がするからだ。放火、攪乱、そしてマチルダさんにクグツ合戦。

 俺の判断も甘かったんだろうが、お頭はそのすべてに冷静に対応してきている。

 合理的な戦法、力押し、俺程度の思いつく作戦じゃ、お頭の上を行くことなんてできない。むしろ、徐々にこっちの考えを読まれてきている気さえするんだ」


 お頭がクグツ合戦の“ルール”に口出しを強行したのは、一体、どこまで先を読んでのことだったのだろうか。ロドルクとはどうやって連絡を取っていたのか。

 それすら俺は分からないでいる。

 ロドルクをマチルダさんから引き離すためにこの場にいるのか、それともそうなるように誘導されているのか。

 ぐるぐると混ざり合わない疑問が脳内で蠢くのだ。


 俺はジェイルの死体を見下ろす。


「……ジェイルは俺とお頭、どっちの“策”もぶち壊す起爆剤になる、第三勢力だ。たぶん、こいつは俺たちに与しないし、おそらく盗賊側にも与しない」


 勝利の鍵は――狂気だ。

 盤上の駒にはルールに従うという必然がある。それが盤上で駒でいられるための“常識”だ。

 お頭の力――錬金術師としての能力は、おそらく、“最適手”だ。あらゆる状況に置いて、最も有効と思われる方法、手段、戦略を閃くことができるのだろう。


 それを崩すためには、何のことはない。

 対局中の盤上を常識人としてひっくり返せないのなら、『狂人』に介入してもらうほかない。

 お頭はロドルクをクビにしてフリーランスとした。俺もジェイルを蘇らせて同じ立場に置こうってわけだ。

 ジェイルの子分の追憶を介して彼を理解したつもりだが、たぶん、ジェイル自身を追憶を体感しない限り、心の奥底までは知ることができないだろうと思う。

 そんな彼だからこそ、この場に必要なのだ。


 未理解の解。

 知のジョブである錬金術師に対抗できうる、うってつけの人物なのだ、ジェイルは。


「それとも、俺たちだけで逃げ出すか? アンジェリカをダダジムに乗せなけりゃダダジムの負担も少なくて済むし、ロー公が復活するまでにこの場から遠く離れることができる」

「嫌です」


 ロッドがきっぱりと言った。「戦ってる母ちゃんを置いて逃げ出したくない」 

 

「なら残りは徹底抗戦しかないだろ。作戦内容はこうだ。ジェイルを蘇らせて、ロドルクにぶつける。俺たちが剣先シャベルを手に入れた時点で、ジェイルが有利だろうが不利だろうが構わずマチルダさんのサポートにまわる。臨機応変で行こう」

「はい。わかりました」


 ロッドがぐいっと目元を拭った。


「……ロッド、一応、風のナイフをいつでも素早く抜けるようにしておけよ」


 理由を伝えず、俺は左手をジェイルの頭部に乗せた。

 ロッドが腰に装着した風のナイフの位置を微調整して、わずかに鞘から抜いて見せた。淡い魔光に目を細め、軽く頷く。

 まさか、蘇って早々、「兄ちゃんの敵は俺の敵」って感じで裏切らないとは思うけど。ただ、それも検証してみる必要がある。将棋で取った駒がちゃんと使えるのか、ネクロマンサーの真価が問われる。


 芝生のように堅い毛の感触と熱を吸い取るヒンヤリとした死の感覚に、俺は命を吹き込む。

 視界に現れる選択画面を操作して、俺は139%もの【魄】をジェイルに投入する。


「鬼が憑くか、蛇が憑くか。それでもお前の力が必要だ、ジェイル! 蘇らせてやるから、俺たちに加勢しろぃ!」


 毒をもって毒を制す。悪をもって悪を制す。

 ジェイル、お前を蘇らせてやる。お前の命を使うためにな! 


 マチルダさんの時と同様、心臓から左腕を熱い命の塊が駆け抜けていく。肩を通り、肘を通り、手のひら――そして、ジェイルの肉体へと吸い込まれた。




 以下、三人称視点。


 目を覚まして始めに感じたのは草の臭いだった。 

 千切られた青草が顔中、体中にかけられていたため、むくりと身体を起こすと、それらが頭から零れ落ちるのが、月夜の闇のなか、うっすらと見えた。

 幼い頃、修道院に預けられたとき、手入れのしやすさを理由に髪を短く切られたことを思い出す。

 雑念を振り払うように、彼女は髪に残っている青草を払った。

 身体に痛いところは、ない。


「鑑識オン、私」


 そして一般スキルのほぼすべてをオンにした。

 視界が『暗視スキル』の効果で開かれる。

 ここは外で、雑木林の根元のようだった。鬱蒼と茂った草むらのなか、そして身体を隠すように千切られた草がかけられている。

 徐々に記憶が蘇ってきた。

 たしか、私はダダジムに乗っていて、タカヒロと高い壁沿いを走っていたはずだ。そして突然爆発がして――そこからの記憶が無い。

 

「私……死んでいたのかな」


 そうでなければ顔中草まみれで埋葬なんてされていない。

 タカヒロのことだ、穴を掘るのが面倒くさかっただけだろう。でも、彼は今どこに?


 どごーん。

 離れたところで何かがぶつかるような大きな音がした。

 そこで、ああ、と気がつく。 

 まだ夜は終わっていないのだ。まだこの戦いは続いているのだ。おそらく、タカヒロ独りだけで。

 よし、そうしっかりと呟くと彼女は立ち上がった。体中にかけられた青草がばらばらと落ち、いっそう匂い立った。彼女は十指を使って『手櫛スキル』を活用し、急いで髪を整えながら言った。


「アイテムボックスオープン」


 そして空いた亜空間に彼女はおもむろに手を入れた。それを掴み、腕を引き寄せる。それは目覚まし時計だった。現実世界から持ち込んだ物で、あのときイザベラに文句を言ってアイテムボックス内での時間凍結を解除してもらった物だ。

 その時計が、11時55分を指している。


「12時5分前……よく目覚めたものね。私の体内時計も正確だわ」


 まだ間に合いそうね、そう彼女は微笑んだ。

 ふと、深夜12時になると魔法が解けるお話は何だったかしらと独りごちる。

 確か夢のような魔法が解ける話だったはず。

 ネズミを馬に変え、カボチャを馬車に変え、ぼろぼろの服をドレスに変える。ネズミから馬に変えるところなんて、まるで私の召喚術だ。

 たしか、そのお話も12時になる前に夢から現実に引き戻される内容だった。


 12時までには戻らないといけないよ。そうしないとお前にかかっている魔法が解けてしまうからね。


 ――ええ、そうね。早く戻らないと。12時になると始まってしまうもの。

 その時、一番近くにいるのがあの女であることが好ましい。

 せっかく苦労して、3度もに遭ってまでストックを貯めたのだ。それをそこいらの魔物や動物ですまさせるのはもったいない。


「とにかく、タカヒロと連絡を取らなくちゃ。私のダダジムたちも呼び寄せないと」


 彼女は夜空に向かって使い魔であるヒレイを飛ばした。

 さあ、行かないと。

 ヒレイに指示を与えていると、肩の襟の間に挟まっていた青草がぱらぱらと落ちた。そこで彼女はそのお話の主人公の名前を思い出す。

 シンデレラ灰かぶりだ。確か虐められていた少女が12時までの制限時間までに夢のような世界で踊るのだ。

 だけど、12時からの世界は違う。魔法が解けるのだ。


 同じ同じ。

 彼女は薄く笑うと、音のする方へと駆け出していった。


 ――シンデレラの帰る頃12時を回るころには、惨劇が始まるのだから。

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