第85話 vsバーサーカー【前編】

「まさかこの歳で盗賊をクビになるとはなぁ……ああ、まったく、テメェのせいだぜ……トーダぁぁああ、アア、アアアアアアアア……■■■■■■■■■■!!!!!!!!!!!」


 勤務態度を上司に注意され、仕事をクビになったばかりの中年親父が天を仰いで絶叫した。

 俺は喉の奥から何かが絞り出されるような錯覚を感じた。

 大気がびりびりと震え、ロドルクの全身から立ち上る魔力の放出が目に見えるかのようだった。

 ここにいてはいけない。

 そう本能が叫んでいるのだが、射竦められたかのように身体が痺れて動けなかった。


「■■■■ーーー!!!」


 ロドルクの身体が爆ぜたかのように、一直線に俺に向かって飛び込んできた。

 速かった。事故に遭う瞬間というのはこういう状況なのだろうか。

 成り行きに身を任せるというのか、迫り来る死を前に備える余裕も無く、ただ、ああ痛いんだろうな――って、

 予定された刹那の瞬間を前に、ロー公が俺を庇うように前に出た。


「ロドルクー。ボクたち今、クグツ合戦しているんだかラ、邪魔しないでヨー。トーダを……」


 バコォンと、目の前でロー公が俺の代わりに殴られた。

 冗談抜きで、殴りつけられたロー公の身体が地面に激突して、土を巻き上げて激しくバウンドした。まるでトラックに轢かれたかのような、そんな衝撃音だった。

 なんだこれ、と笑うしかなかった俺の頬が動くことを拒絶し、細かく痙攣した。 

 

 目の前にいるロドルクの貌は、先ほどまでのニヒルな表情をしていなかった。

 爛々と輝く双眸には狂気が映り込んでいて、ヒトの顔をしていなかった。たとえるなら肉食獣。圧倒的な威圧感。重圧感。圧迫感を混ぜ込んだかのような絶対優位者の風貌だといえた。


 首を刈り取る鎌のように、ロドルクの腕が、ゆらり、伸ばされる。

 自分ではない誰かがその死から俺を遠ざけようと――グン、と背中を引っ張った。目の前のわずか先を、死に神の鎌が呻りを上げて通り過ぎる。

 俺は強制的に地面に転がされた。すぐ近くで生きのいい魚のようにロー公がビクンビクンと危険な痙攣を繰り返していた。


 こりこりと後頭部を掻かれて、アラゴグが助けてくれたのだと気づいた。

 でもそれが何になるだろう。

 ほんの数秒、命を長らえただけで、それが一体何になるのだろうか。

 俺は腰が抜けたかのように動けず、アラゴグの為すがままを受け入れていた。


 ロドルクが俺に向かって再び吼え――

 

「■■■■ーー「■■■■ーーー!!!」」


 その咆吼を打ち消すかのように、マチルダさんがロドルクに躍り掛かっていた。


「■■■■ーーー!!!」

「■■■■■■ーーー!!!」


 二人は縺れるように民家の壁に激突し、当然のようにそれらを紙細工か何かのように吹き飛ばした。そのパワーはダダジムグールの比ではない。

 マチルダさんがロドルクに覆い被さり、力任せに押さえつけると、折れてしまっているハルドライドの剣の柄元で殴りつけた。地響きが鳴った。

 折れた刀身は一体どこに行ったのだろうと、振り向くと、そこには袈裟懸けにされたボルンゴが右手一本で死霊の槍を自分の心臓に突き刺しているところだった。呪言とともに分離しかけていた半身がくっつき、無理矢理修復させていく。

 ケタケタケタ。もうなんでもありだな。めちゃくちゃだ。


 ズシン、ズシン、と一撃に込める力強さが震動と共にお尻から伝わってきていた。

 バーサーカーとしてはマチルダさんの方が格上なのか、マウンティングポジションからの、わずかに残った刃でロドルクを殴りつけている音だ。ロドルクも不利な体勢の中、マチルダさんを殴り返していた。


 だが、その状況も長くは続かなかった。

 マチルダさんの肩にサブンズの矢が突き刺さり、その威力に押され、マチルダさんは、ぎゅるん、とつんのめるように半回転した。

 その隙を突いたのだろう、飛び起きたロドルクが「■■■■ーーー!!!」マチルダさんの脇腹に右拳を打ち込んだ。

 マチルダさんの身体が伸び上がり、口から大量の血を吐くのが見えた。肋骨を砕かれ、肺が裂けたのだ。

 よろめくマチルダさんの脚に、容赦なく矢が突き刺さり、キリキリ舞う。


「クルルルルル……」


 耳の奥でゴウゴウとなっていた音が、ダダジムたちの鳴き声を吸い付ける。

 月を背に、4体のヒーロー達が純粋可憐なヒロインを救うべく死地に飛び込んできた。


 ヤツらはいつも駆けつける。

 ピンチの時こそ駆けつける。

 そんなイカしたヤツらの名は、立体軌道戦隊新型SUV、ヒトクッタンジャー!! 満を持して登場。

 お代は死体でお支払い! 今だと頭部と左脚のお釣りがあるよ。そこんとこよろしく!


 ロドルクもそれに気づいたのか、それとも標的は初めから俺ひとりなのか、ボルンゴの折れ曲がった槍を手に立ち上がるマチルダさんには見向きもせず、俺に向かって突っ込んできた。


「■■■■ーーー!!!」

 

 身体の芯がびりびりと震えた。

 恐ろしっこを洩らしそうになるが、そこは現代の中二病。

 身の安全が保証されているときこそ出せる鯔背いなせなセリフがある!! いや、ここでこそ、今だからこそ言わねばならぬ漢のセリフがある!

 まさに、一生に一度、あるかないかの土壇場ビックチャンスで、俺は決して逃げたりはしない!!

 俺は抜けかけた腰を持ち上げ、両手でもって右の人差し指――圧縮ブロブ弾を構えると、突っ込んでくる100%な戸愚弟ロドルクに向かって、


「うぉぉぉぉぉ!! れいがーーーん!!!」


 漢心の引き金を引いた。

 指先からロケットペンシルの如く、圧縮ブロブ弾が1ぷにょ射出される。

 とりあえず目を狙って撃ったブロブ弾は、しかし、イカレるロドルクの顔面にヒットするもそのまま弾き飛ばされてしまった。


 しまったっ!! やはり「バルス!!」にしておくべきだったか!!

 そうすれば「目がぁ、目がぁっ!!」ってなって、プププ、やっぱりバーサーカーはバーカーサーって伝説のセリフに繋げられたのに!!

 チョイスを間違えちまったぜ!! くそっ、演出に凝りすぎたか!! ……でも、なんかすっきりしたぜ、へへっ。


 迫り来るロドルク。

 やり遂げた感のある俺はすっきりしてもう満足に動けないので、現代っ子らしく口先だけで勝負することにした。


「皆の者、おーえす、だ」


 背中にはそれぞれが放った4本の糸の感触があった。

 合図を送ると綱引きの如く、為すがまま俺は後方へと引っ張られた。アラゴグの糸はやや斜め上へと持ち上がるように調整されていたのか、ふわりと、3秒ほどのわずかな滞空時間。

 そこを、春風の如くダダジム達が俺を掠うと颯爽と駆け抜けた。そのままぴょん、ぴょんとんでねて屋根の上。わはははっ、さらばだ明智君! また会おう。

 ――なんて言わない! 


「追ってこい! 中年で無職なる憐れな狂人よ、お前の相手はこのネクロマンサーが直々に相手してやろう!」


 ロドルクは俺を見上げて「ぐるるる……」と喉を鳴らした。

 お頭が俺を見上げて言った。


「トーダ! わたしたちとは全く関係の無い人物の乱入により場は混乱を極めているが、ふたりのネクロマンサーが不在となると、クグツ合戦はどうするつもりだ! 継続か中断か、不利な方を選べ!」


 おっと、そいつは聞けない相談だ。


「マチルダさん、ネクロマンサートーダが厳命する! クグツ合戦の勝者となるまで俺の身は案ずるな! 目の前の馬鹿たれどもに正義のげんこつを喰らわせてやりなさい!」

「…………」


 息をするのもしんどいのか、マチルダさんはそれでも固めた拳を俺に向けて応えてくれた。

 とりあえず、ロドルクは俺が引きつけておかないと、心配性のマチルダさんが自分の戦闘に集中できないだろう。

  

「実は薄目開けてるロー公先輩! ちょっとロドルクと連れションしてきます。俺がいないからってお頭が悪辣不正行為を働かないかどうかちゃんと見張っていてください」


 返事は無い。呼吸をしていないようだ。んまー、お頭の教育不行き届き。

 ……あれ? っていうか、ロドルクどこ行った? さっきまで見下ろせる位置にいたよな? 

 きょろきょろとダダジムから身を乗り出しつつ、周囲を警戒する。ちなみに、3つ向こうの民家の屋根の上にはサブンズがいて、ガンガン矢を放っている。

 あいつ、矢が無くなったらやっぱ拾いに行くのかな?

 

 あー、そういやロー公にはサブンズの弓矢を破壊しとけって言っておいたはずなのに。有言不実行も甚だしい――そう思った瞬間、「ぐへ」、Gがかかり、ダダジムたちが一斉に跳んだ。

 ふぉぉ。ダダジムの背に打ち付けた鼻が痛い。色んな意味で涙が出そう。

 そのすぐあとをロドルクの右手が屋根を破壊して飛び出してきた。右手は俺たちを捕まえるつもりで宙を引っ掻くようにして動き、続いて、木片飛び散らせながらロドルク本体も現れた。


 ダダジム達は細かな振動で反応して動けたのだろうけど、俺は全く気づくことができなかった。俺単体じゃ、この先を生き抜くことは不可能そうだと、今更ながら実感する。

 一瞬、お頭と目が合う。お頭はいつものように腕組みをしながら、こちらを見上げていた。

 中指でも立ててやろうかとも思ったが、やめておいてやることにした。


「どうした、こっちだ!」


 ロドルクは俺の声に反応し、咆吼すると、屋根を蹴り、追いかけてきた。

 

 俺を乗せたダダジム達は民家の屋根が密集している村の広場に向かって走り出していた。

 四脚走行だったダダジムグールに比べると、ロドルクの追撃速度は若干劣るため、補助ウインチ機能が搭載されたウチの新型SUVが追いつかれるという感じではないが、ただ――


 ダダジム達が急に左に舵を切った。

 とっさに身を伏せる俺の耳元を掠め、でかい柱や瓦なんかが時折風切り音とともに飛んでいく。

 ロドルクのヤツが跳躍が足りず屋根から降りる度、家々を破壊してその残骸を投げつけてくるのだ。俺のいる搭乗スペースはダダジム4体分と狭いうえに、さらにアラゴグを4匹オプションとして乗せている(本当は全部で9匹だ。4匹は背中の空いたスペース、1匹は俺の背中に陣取り、残り4匹は腹部の格納スペースにいる)。

 一応、その9匹のアラゴグの“目”による警戒態勢のおかげか、ダダジム達も自分たちの走りに集中できているようだ。

 ただ、身体をしっぽで固定された状態で、こうジグザグとオフロードな走りをされると、反芻orリヴァース事案も浮上してくるってものだ。出すものあんまり無いけど。


 ……このまま15分間、マチルダさんがクグツ戦を凌ぎきり、俺もダダジムに乗って逃げ回れば、3度の【強化】を施されたクグツ達はタイムリミットで自滅する……はずなのだ。


 ロドルクとの距離は20メートル程か。俺はちゃんと追って来ているか、ロドルクを目視して確認する。

 ダダジム達もアラゴグをフル活用して本気を出せば、引き離すことができるだろうが、今は逆にロドルクを見失うのが一番恐い。


 俺はダダジムの自動操縦に任せ、痛む鼻先を撫でながら少しばかり思考する。

 現在、クグツ合戦は少々おかしなことになっている。ロー公のクグツであるボルンゴが死霊の槍の【強化】を受けて槍術士兼ネクロマンサーとなり、トルキーノとサブンズを率いてマチルダさんと戦闘に。

 それだけでも驚いたのに、それまで姿を現さなかったロドルクが急に現れ、しかもバーサーカージョブを持っていたのだ。

 俺はロー公とのクグツ合戦を急ぐあまり、ルールの“穴”を見落としていた。


 ルール2:お互いの陣営のメンバーには手を出してはいけません。


 つまり、クグツ合戦中はロー公が睨みを利かせ、俺はもちろん、ロッドやアンジェリカに危害を及ぼさないようになるはずの配慮ルールだった。


 それなのに、お頭がよもや自分の手下を『クビ』にするとは思わなかった。

 これでロドルクはフリーランスとなった。作戦だろうからお頭側は襲わないだろうし(そういえばロー公は殴られたな)、マチルダさんがあのまま殺してもルール上、問題は無かったはずだ。実際、バーサーカー以外のジョブであったなら、マチルダさんの攻撃を受けてあの場で死んでいたはずだ。


 狙いは俺だろう。俺を仕留めることができれば、クグツ合戦は終了、すべて終わりなのだ。

 本来はそうならないように、ロー公をガードマンとしてそばに置いておくはずだったのに、死霊の槍をお頭の命令で、“クグツ合戦”上の仕様としてボルンゴに貸し与えてしまった。

 結果、槍を持たないロー公はイージスの盾どころか藁の楯に替わり、一回こっきりの使い捨て状態だ。


「だけど、このまま逃げ続けてれば――」


 タイムオーバーで、勝てる……………………、よな?

 確信が持てず、不安が増量される。奥歯が鳴るため、噛み合わせを解けず息を吸うのもままならない。


 脳裏に再び、マチルダさんの言葉が蘇る。

 “『彼らは決して自分の利にならないことを口にしたり、行動を起こしたりはしない』”


「――――」


 言葉には裏があり、伴う行動は常に相手を絡め取る策を巡らせている。『食えない詐欺師』。錬金術師とはそういったジョブなのだ。

 だとすると、お頭の作戦の本質は、俺とマチルダさんの分断にあったのかも知れない。

 ……でも、それはなぜだ? お頭の企みとは何だ?

 考えろ、考えろ考えろ。

 お頭を思考で上回らなければ、そのまま策に絡め取られてしまう。


 こりこりと背中のアラゴグが俺の頭を掻いた。

 俺はハッと我に返ると、後ろを振り返り、ロドルクがちゃんと追いかけてきているかの確認をした――が、狂気に駆られ俺を追いかけ続けるのロドルクの姿が無かった。

 ロバの眼前にぶら下げたニンジンのようにバーカーサーは俺を追ってくるはずなのに。

 遠くからマチルダさん達の剣戟の音が聞こえるのみだ。


「――ッ。ダダジム、アラゴグ聞け。ロドルクの姿が見えない。速度を落として付近を巡回。警戒態勢に入れ。末期の夫婦喧嘩とか黒ひげ危機一発みたいに、急に家から飛び出してくる可能性に細心の注意をしていろ」


 これか……? お頭の作戦はこれが本筋か……?

 見失ったロドルクを捜す俺たちの虚を突いて、バイオハザード的などっきり☆サプライズで攻めてくるつもりなのか?

 捜すべきか? こちらも裏を掻いてマチルダさんの元へ戻るべきか? どうする――


「クルルルルル……」


 逡巡する俺の耳に、足下からではないダダジムの鳴き声が聞こえてきた。

 声のする方へと目を向けると、路地を抜ける細い小道をダダジムに乗ったロッドが手を振りながらこっちに向かって来るところだった。

 何も知らず、無警戒のまま、屋根に駆け上る――


 ぞわり、と得体の知れない悪い予感が走った。

 と、同時に『これかっ』という確信があった。


 「来るな」と言う言葉を発する前に、ロッドが飛び乗った民家の屋根がドカンと突き破られた。

 瓦や板きれなどあらゆる物を吹き飛ばしながら泰然と現れたロドルクは、驚愕の表情のまま凍り付いてしまったロッドをダダジムごと捕らえた。

 そのままブンと、右手を振るうと、邪魔な物を削ぎ落とすかのようにダダジムとなにか棒のような物が屋根に叩き付けられ、そのままゴロゴロと下に落ちていった。


「ぐるるる……」


 ロッドの右足首を掴み、逆さづりにしながらロドルクは唸り声を上げた。

 まるで「助けたければ、こっちに取りに来い」とでも言いたげな感じだった。


「トーダさ――ぎゃぁ!!?」


 ロドルクは躊躇なく掴んだロッドの足首を振り回し、そのまま屋根の上に叩き付けた。

 頭を押さえ、悲鳴を上げまくるロッド。ロドルクは「この少年を助けたくば~~」も「ダダジムを降りて近づいてこい~~」もお約束ごとは何も言わない。

 ただただ、俺の目の前でじわじわとロッドをなぶり殺そうとしていた。


 頭を抱えて必死に衝撃に耐えようとするロッドを、ロドルクは足下の屋根に叩き付け続けた。

 ブン――どごん! ぶぅん――バシン! ブン――バキバキバキ!!


 俺はただその光景を見つめ続けていた。

 俺のクグツが、ただただ傷ついていくのを。

 そして気づく。


 ロドルクは待っているのだ。ロッドを救いに俺が行動を起こすのを。

 見てて、分かった。冷静に、ジッと。『平常心』で。………ロドルクは、実は、。すこぶる冷静で、猜疑的で、なお狡猾だ。


 見た目の先入観が俺を駄目にしていたようだ。

 俺の思っている『狂化』の概念とは違っている。たぶん俺は勘違いしていたのだろう。


 小さくダダジムが鳴き、頭のてっぺんをアラゴグが掻く。そして、右の人差し指をブロブがマッサージしてくる。

 どいつらも俺の指示を待っている。

 なら応えてやるさ。ネクロマンサー流のやり方で。つまるところ、こいつらを出し抜くには、斜め上の思考に切り替えなければいけない。

 俺は口元を右手で押さえて、怯えた表情をして見せると、小さな声で


「**のち、***しろ。しくじるな」


 もうひと言、付け加える。


「結果、死んだら死んだで構わない。【魄】はまだある、もう一度俺が。――行け」


 ロドルクが調子こいてロッドを振り上げるのと同時に、俺たちは特攻を試みた。


「うわぁぁぁぁぁぁ!!!! ロッドを放せぇぇぇぇ!!!」


 距離は13メートルほど。

 感情の爆発を装い、破れかぶれ風で近づく俺たちを、ロドルクは「待ってました」とばかりに、屋根に叩き付けたばかりのロッドを再度大きく振りかぶった。

 俺たちにぶつけるつもりなのだ。もしくは、俺たちの足下に全力で。

 今度こそ殺すつもりで、死んだ仲間を見て動揺する俺たちを全力全開で攻撃するつもりなのだろう。


 狂ってないヤツの思考ならだいたい読める。

 特に、俺から弱さを嗅ぎ取り、嗜虐心から悪意を向けてくるヤツの思考は。


「ブロブバースト!!」


 俺は先んじて圧縮ブロブ弾を3ぷにょ連射で放った。

 ロドルク本体に効果は無いのは先の通りだ。全身からの魔力の放出で、弱い魔力体であるブロブが弾かれるのだろう。ゼゼロがアンジェリカとの対戦のときに見せたようなものだ。


 なら、当てる部位を変えてやればいい。

 脆くて未熟で、融けやすいものに標的を変えてしまえばいい。


 ――例えば、死にかけている少年の千切れかけている膝関節とか。


 圧縮ブロブ弾は3ぷにょともロッドの掴まれている膝に着弾し、瞬く間にその部位を溶かしきった。

 果たしてロドルクは途中で気づいただろうか。振り上げた瞬間、投げつけようとしたロッドの膝から上が無くなっていることに。

 圧縮ブロブ弾を放って、俺たちはすぐに進路を左に変えた。勢いに任せて突っ込んでいたらぶつけられていただろうロッドの右脚が屋根の端にぶつかり、背中のアラゴグが回収のため糸を飛ばすのを確認した。


 俺たちはロドルクを放置したまま、その背後に飛んでいったロッド本体の回収に向かった。

   

 

 ロッドは民家の屋根から落ちた衝撃も相まってぐったりとしていた。

 手を伸ばし、アラゴグと協力して走行中にかっさらうように回収した。素早く左手で――っと、アラゴグが回収してきたロッドの右脚を俺の前に落とす。おっと、コイツを忘れてた。切断面が溶けちゃってるけど、うまくいけば元通りくっつけることができるだろう。

 無理だったらダダジムのおやつだ。

 狭いスペースで、はみ出し気味になりながらもロッドを寝かせ、千切れた右脚を定位置に接触させ2ぷにょのブロブで動かないように固定してもらう。

 俺はその患部に左手を伸ばそうとしたが、どうも意識が無いようなので、とりあえず深刻そうな頭部に触れてみた。

 脳内アナウンスが鳴った。


『クグツに接触。修復可能な負傷箇所に接続しました。【魄】の“転用”を開始しますか? はい/いいえ』


 新しい一文追加に興味を示しつつも、俺は“はい”を選択する。


『負傷以前の状態まで戻すのに 28% の【魄】が必要です。実行しますか? 100/28 はい/いいえ』


 『再生不可能な負傷箇所が見つかりました――』の文言は表示されない。

 ホッとしつつも、修復にかかる【魄】として、28%とか言う数字はやはり膨大だ。やはり右脚の接着に使われるんだろうか。

 俺は『法外な医療費に頬を引きつらせる父親役』のように、ぶつくさ言いながらも“はい”を選択した。


 左手を伝って熱いモノがロッドのナカに注ぎ込まれるっ、と表現すると腐りそうなのだが、この際どうでもいい。

 “痛みの再現”はやはりデフォなのか、ロッドは苦痛で眉をしかめているが、問題はそこでは無かった。 

 

 ロッドのビザ関節から下が、にょきにょきと


「……ぅわぉぅ。何これ、絵的にものすごく気持ち悪い……。生えてる生えてる」


 肉が盛り上がり、皮膚の下、青や赤の血管がまとわりつく菌糸のように伸び、骨がせり出してくる。皮膚が張り直され、足首が関節が再構成され、爪が伸びると最後に産毛が少しだけ伸びた。

 わずか20秒ほどでの出来事だ。

 それに比べたら、俺の奥歯やアンジェリカの歯が再生して生えてこないのが、なんだかえこひいきにみえる。なんだよ、歯なんてカルシウムの塊じゃん。


「う……う、う。トーダさん……。アイツは……」


 気がついたのか、ロッドが顔をしかめながらも目を開いた。


「ロッド、大丈夫か? ああ。ロドルクのヤツ、バーサーカーのジョブを持ってやがったんだ。とりあえずアイツは、ここで俺たちで止めるしかないな。ロッド、“風のナイフ”は持ってるな」

「はい。あります」


 ロッドは身を起こすと、ベルトに巻き付けた鞘を見せてきた。

 俺は現状を簡単にロッドに言って聞かせていると、一体のダダジムが腰が砕けたようなひょこひょこ走りでこっちに向かって来ていた。


「トーダさん。僕の乗っていたダダジムです」

「ああ、わかってる。アラゴグ周囲を警戒。ダダジム、今の距離を維持しつつ、前のヤツと交信して報告を求めろ。おとりかも知れないため、回収が不可能なら見捨てるつもりでいろ」

「クルルルルル……」


 ダダジムが鳴き、腰砕けのダダジムも同じように鳴き返す。

 タイミング的に考えて、ロドルクがドッカーンと現れて色々非道いことをするはず……。


「近づかせすぎるな。乱暴でもあのダダジムはアラゴグで強制回収しろ。引っ掴んだら撤収だ」

「クルルルルル……」


 アラゴグが糸を吐き、ダダジムの一本釣りで無事回収する。ロドルクの襲来は無かった。

 さて。さらに狭くなった搭乗スペースだが、隅の方で体育座りするロッドにアラゴグが3匹群がり、空いた猫の額にダダジムを寝かせた。

 ダダジム新型SUVは徐行のような速度になってしまったが、かといって立ち止まるわけにも行かず、比較的視界の開けた村の壁際を走らせることにした。

 ロドルクの姿は見えないし、追ってくる様子もない。マチルダさん達の剣戟は遠くで続いている。


 左手をダダジムの患部に当てると、どうやら腰椎椎間板ヘルニアのようで【魄】を8%要求してきた。腰痛は俺も経験があり、かわいそうなので支払ってやる。……残り、64%だ。

 その後、ロッドには回復したソロダダジムさんに再度乗ってもらうことにした。


「――というわけで、ロッドが落っことしたマチルダさんの武器を回収しに行くわけだが」

「すみません」


 ロッドが申し訳なさそうに謝る。


「いや、別に責めてるわけじゃないから。むしろ落っことしたのが武器でよかった。命を落っことしてたら――」


 そこまで言って、俺はハッと気づいた。

 そういえば、ロッドのヤツ、よく考えたら俺が手を痛めてこさえた俺のじゃないか……。曲がりなりにも俺の眷属で、一度は死を経験した通常の状態じゃないってことになるわけか。

 だとすると、つまり、クグツ状態なら【魄】さえ積めばどんな傷も元通りになることになる。しかも可逆再生者リジェネレーター顔負けの再生速度でだ。

 ……これでまたネクロマンサー専用スキルである【傀儡転生】の新たな利用方法が生まれたな。


「トーダさん?」

「いや、なんでもない。それよりもマチルダさんの言ってた、狩りのとき持ち歩いてた武器ってなんだったんだ?」


 剣は苦手って言ってたので、ドワーフ的な偏見で言うと“戦斧”ってところだろうか。それとか“戦槌”とかカッコイイ。

 武器を選ばないマチルダさんのことだ、きっとすごい武器なんだろう。


「大っきめのシャベルです。いつもウチの納屋の入り戸に引っかけてあるんです。剣先シャベルと角シャベルとあるんですけど、いつも母ちゃんが持っていくのは剣先シャベルの方です」

「ほぅ。シャベルですか……」


 たいしたものですね、とは続けない。

 “シャベル”とは――そこそこ柄が長く、さじ部が金属製で盾としても使え、剣先シャベルであるなら両刃である。片手でも両手でも扱えるため、各国の軍隊は有事の白兵戦においてシャベルをも武器として扱えるように教練していることが多いという。

 第一次世界大戦の塹壕戦では、シャベルを手にした白兵戦が各地の戦場で発生しているのは有名な話だ。悪阻おそロシアではシャベル戦闘術が。近代中国では軍用シャベルの開発が急がされていると言うが定かではない。 


「剣先シャベルねぇ……」


 俺は腕組みをすると、天を仰ぎ見た。

 

 少々【魄】の足りないネクロマンサーと従者、剣先シャベルの組み合わせって言ったら、アレしかないでしょ?

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