第84話 四方山インターバル

「よもや可逆再生者リジェネレーターだったとはな。クグツと成り下がった今でも戦鬼ドルドレードは健在というわけか」


 俺の隣でお頭が感嘆の息をついた。


可逆再生者リジェネレーター?」


 思わず聞き返す。


「! マスター。それは後で私が説明――」

「記憶された生体構造を再生の基盤として魂に留め、魔力と自己治癒力をもって“可逆的に再構成する事のできる肉体”のことだ。カンタンにいえば魂に込めた形状記憶合金のようなもの。かみ砕いて言えば、切断されても時間が経てば腕が生えてくる特性だ。例を挙げればトカゲのしっぽ切りからの“再生”だ。骨、神経、血管、筋肉、皮膚、すべてが元通りになる」

「なるほど」

 

 トカゲのしっぽ切りからの再生かぁ、なんて妙に納得したところで、

 ――あ。と失敗したことに気づく。口元を可愛く押さえたところでもう遅い。


「ロー、戻って作戦会議だ。ボルンゴ達には今の戦いをちゃんと見せてたんだろうな」

「ウン! みんな真剣に見てテ、ゼッタイ次に活かせるようになってるヨー」


 お頭とロー公が離れていく。

 あうあうあう。

 マチルダさんがドルドラの首を丁寧に切断していた。


 てれれれってれー。

 レベルが上がったぞ。偉くなったぞ。賢さは変わらないぞ。むしろますます馬鹿に(ry

 いいのだ。失敗を乗り越えてこそ漢は逞しくなるのだ。こんにちは、ネクロマンサーLv5になりましたトーダです。クグツを斃してもレベルって上がるんですね。以上、アムリタの一滴で脳内勃起エクスタシーパラダイスを堪能してテンション高いトーダからでした。


 素早く自身に鑑識をかけ、Lv5になっていることを確認する。

 クグツ作成限度も6体にまで増えていた。小玉もストック1を灯していた。そしてまたいくつかのネクロマンサー専用スキルの存在を確認したところで、マチルダさんが歩み寄ってきていた。


「すみません、マスター。私がもう少し早くお止めするべきでした」


 来て早々頭を下げようとするマチルダさんを俺は慌てて止めた。


「いえいえいえ。いいんですよ。お頭なんて真っ裸で荒縄でふん縛って、生きてるうちに『くっ殺』さえ聞き出せればそれはそれで満足ですから。お疲れ様でした」


 マチルダさんは一瞬「?」な顔をしたが、俺が喜んでいるのを見て安心したみたいだった。

 そしてチラリとお頭達を振り返ると、それを背にするようにして、


「まず、説明と補足をお伝えします。私は可逆再生者リジェネレーターではありますが、自然治癒autotherapy者ではありません」

「……えっと、何がどう違うんですか? 同じような意味に聞こえるんですけど」


 可逆ってのは“元に戻る”って言う意味だ。“巻き戻し”みたいに時間軸をひっくり返す意味にも使われるときがあるけど、後ろに『再生』ってのがつくのでシエルなにがしさんとは違うようだ。

 お頭の説明を加味すると、再生と治癒の違いは腕をちょん切られても元の状態に戻るか、切断面の傷口が塞がるかのどっちかっていう意味に聞こえる。


「私のような前者は、傷を負った場合、魔力と時間を使って“元”の状態に戻ろうとします。後者はあくまで自己治癒力の延長でしかありませんが、【治癒士】のヒーリングの恩恵を受けることができます。ですが、前者である私には効果がありません。もちろん、傷薬や針や糸を使った医療行為なども効果がありません。

 時間が経過しなければ再生は行われませんし、再生速度も一定です。幸い、私の再生速度は群を抜いて高いですが、それでも心臓が破壊されたり、首が半分以上千切れでもすれば活動停止は必至でしょう。可逆再生者リジェネレーターは自身の魔力をもって再生にあたりますので、再生の途中で魔力切れをおこせば、そこで再生は止まります」


 マチルダさんはそこまで一息で話すと、ジッと俺の目を見た。


「もうひとつお話しすることがあります。マスターもお気づきでしょうが、先ほどの戦いの中で、私は【狂化バーサク】の力を使いました。それをご理解して頂きたいと思います」

「……【狂化バーサク】。マチルダさんは戦士ですよね? セカンドジョブにバーサーカーのジョブをもっているんですか?」


 マチルダさんの左手を見るが、指輪は見当たらない。ちなみに、バーサーカーの指輪の色は可愛い桜色だ。

 お馬鹿な女学生が制服のデザイン目当てで学校を受験することがあるように、桜色の指輪目当てでバーサーカーのジョブを選んだりしないか、心配している場合ではないですね、はい。


「いいえ。私の【狂化バーサク】と【可逆再生者リジェネレーター】は元々ドワーフの種族特性にはあたりません。……ですから、父方の種族特性から来るものだと思われます。【狂化バーサク】は戦闘に特化した総合強化型スタイルですが、本来の特性通り、自我を無くすほど見境無く無差別攻撃を繰り返すはずでしたが、今回は初めて……クグツになって初めて自分を完全に制御できました。時間が無かったとはいえ、【狂化バーサク】のこと、事後報告になって申し訳ありません」


 再び頭を下げようとするマチルダさんを押しとどめる。

 まあしかし、狂化の制御ができなかった場合、ルール違反でどうなっていたのやら。


「いいんですよ。おかげでロー公の【強化】3掛けのクグツに勝利できたんですから。残りはボルンゴ、サブンズ、トルキーノの3体。ハルドライド、アーガス、そしてロー公とお頭。

 とりあえず、ボルンゴとサブンズを斃せばクグツ合戦は大勝利ですから、とりあえず1体1体確実に斃していきましょう」


 こんなことを言っていると、自分がトレーニングコーチとか丹下段平あしたのジョーの人とかになったような気持ちになる。立てぇ、立つんだマチルダさん~てか。明日はどっちだ。東です。㌧。

 そんなことを考えていた事がバレたのか、マチルダさんの目が少しだけ見開かれた。


「……マスター。今の盗賊の名前の中で、私の勘違いで無ければ、あとひとり、ロドルクという指輪なしの男がいたはずですが」

「――あ。そういえばそういうのもいましたね。ジョブなしだと見切りを付けていたから忘れていました」


 そういえばそんな奴もいたな。中背痩躯のチョビ髭のおっさん。

 しかも指輪なんか無くてもかなり強くて、蹴っ飛ばされて殺されかけたんだった。色々あって忘れてた。絶対に許さないよ。

 というか、ロドルクの奴、お頭達のピンチだってのにこの村の中でナニやってんだ?

 …………まさか俺のあずかり知らぬところでロッドとかアンジェリカとかと戦ってんじゃないだろうな。

 そんなことを思っていると、お頭サイドからこんな声が聞こえてきた。


「そういえば、以前、戦鬼ドルドレードについてこんな話を聞いたんだが。『戦鬼ドルドレードは“ヒト喰い”で、殺した敵を貪り喰ったことがある』とか」


 俺はギョッとしてマチルダさんを見た。

 マチルダさんは振り返らずに、こう返した。


「あらぁ、よくご存じで。ですがちょっと違いますねぇ。私は戦争中、小腹が空いたら敵の腹を掻っ捌いて、胃袋や腸からちゃんと『ヒトの食事』を摂ってましたよぉ」


 ますますギョッとする俺に、マチルダさんがそっと答えた。


「――冗談です。パフォーマンス的にのど笛を噛み千切ったりはしましたが、実はあとでちゃんと吐き出していました。戦争中の食事は主に相手の持っていた携帯口糧レーションでしたね。ひっきりなしで戦ってましたから、干し肉が口の端からはみ出てたところを遠目から見られてたのでしょう」


 あ、はい。大変でしたね。


「戦争中以外でも、村々を襲っては老人、女子供を容赦なく殺していたらしいな」


 何のつもりかお頭達はマチルダさんを中傷するようなことを大声で話す。

 俺への嫌がらせのつもりなんだろうか。つもりなんだろうなぁ。


「そうですよぉ。立ちはだかる者には容赦しませんよぉ。老若男女、出るモノも出すモノもすべて同じですからねぇ。ひとりを目の前ではらわた引き裂いて警告して、なお向かってくるというなら、それは仲間には譲れない、私が一番好む獲物ですね」


 あわわわわ……。


「――昔、ある任務で小さな村を調査に行ったことがありました。3週間前からその村との連絡が途絶えていたらしく、私たちはちょうど向かっていた方向が同じだったということもあって行ってみることにしたんです。その村の住人はすべて“魂”を抜かれていました。もはや話し合いにならないので殲滅しました。飛翔文で村で起こった出来事を書いて送ったので、事実をねじ曲げてそういう話ができあがったのだと思います」

「……それはネクロマンサーが村人全員をグールとかクグツにしていたと言う意味ですか?」


 ミサルダの町みたいに。

 マチルダさんは首を振った。


「いいえ。……身体のみが生きている状態でしたね。仲間は『魂を抜かれた状態』――“狂屍鬼”と言っていました。【薬術士】か【呪術師】かはたまた別の何者かによって村全体を……実験場にされた感じでしたね。……天井に張り付いていて、近づくと奇声をあげて襲いかかってきましたから」

「実験場? ……まるでバイオハザードの世界ですね」

「バイオ……?」

「え~と、寄生生物に脳を乗っ取られた状態なのかも知れませんね」


 そんなわけあるかい、とぼけツッコミで終わろうとしたところで、マチルダさんは感心したように頷いた。


「なるほど。寄生生物専門の【魔物使い】であった可能性もありますね。……どちらにしろ、あの頭領のような連中の仕業でしょう。何があっても私はこのクグツ合戦に勝利しますから、安心してください、マスター」


 そう言って、マチルダさんは胸を張って見せた。

 俺もそれに応えて微笑みを返すが、内心複雑だった。


 “あの頭領のような連中の仕業でしょう”


 それってつまり、俺やお頭、アンジェリカのような【選出者】が原因ってことになるんだろうか。

 俺は死者クグツの軍団を。アンジェリカは召喚獣軍団。お頭は指輪で私兵師団。

 ……仮に、無属性持ちの魔物使いが寄生獣を操って狂屍鬼を造り出していてもおかしくはない。そう考えると、お頭たちの方がまともに思えてくるから不思議だ。

 ちなみにネクロマンサーは誰も傷つけないし、殺さない。むしろ遺体の再利用なんだからもっと評価されてもいいと思う。あ、ネクロマンド族を除く。一緒にしないで。


 そろそろ次のヘイトスピーチが来るのかなと構えていたら、代わりにロー公の悲痛な声が聞こえてきた。


「エエ~。そんなのヤダヨォ! いくらお頭の命令だっテ、そんなのヤダヨォ!」


 死霊の槍を掻き抱くようにロー公がフルフルと首を振っている。

 なにやら向こう側で内輪揉めのような意見の対立が起こったらしい。いいぞもっとやれ。


「マスター」


 こちらからも「イジメかっこ悪い」と煽り文句のひとつでも掛けてやろうと首を伸ばしていると、マチルダさんから声がかかった。振り返ると、マチルダさんが民家の隅を見つめていた。

 そこには、某家政婦のように半分だけ顔を覗かせたロッドがいた。


「ロッド、アンジェリカのやつはまだ気絶しているのか? それともうまく隠せたのか? ロドルクが徘徊してるみたいだけど、遭わなかったか? ダダジム達はどこにいる?」


 怪訝そうなロッドの表情に、俺は嫌な予感に囚われつつも矢継ぎ早に質問を投げかけた。


「…………」


 だが、ロッドは俺の質問には答えずに、視線をマチルダさんの方に向けた。


「ロッド、ちゃんとマスターに報告しなさい」

「…………」


 心なしかロッドの唇がとがっているようにも見えた。

 俺はもしかしてと思い、お頭に目をやった。ロー公の説得の途中なのか、はたまた調教中なのか、お頭は死霊の槍にしがみつくロー公の背中をゲシゲシと蹴っていた。

 そのお頭がこちらを一瞥する。


「……もう少し待て。今ローに次鋒戦を急がせているところだ。なんならトーダ、お前もやるか? 逃げ道を塞げばコイツも観念するだろうさ」


 ごゆるりと。

 俺は公開イジメ現場から目を逸らすと、ロッドに近づいていった。

 ロッドは俺をチラリと見たが、構わずマチルダさんへと視線を向けている。


「ロッド」

「アンジェリカさんならまだ眠っています。……鉱山入り口の草むらに寝かせておきました。たぶん、大丈夫だと思います。ロドルクってヒトは向こうの民家の反対側で独り言を呟きながらたばこを吸っているのを見ました。ダダジム達はトーダさんが言っていたことを実行中で、でももうすぐ戻ると思います」


 ぶっきらぼうに、だけど、しっかりとした報告に俺はとりあえず胸をなで下ろす。

 反抗的な態度の矛先は、どうやら母親であるマチルダさんに注がれているみたいだった。


「母ちゃん。さっきアイツが言ってた事って本当なの?」

「ええ。本当ですよぉ」

「……母ちゃん、昔、冒険者だって言ってた。探索者だって言ってた。王様から勲章をもらったって言った! 何人もヒトを助けたり、救ったりもしたって!」


 ロッドの声はだんだんと大きくなり、ついには癇癪を起こしたかのように大声を出した。


「全部嘘だったの、母ちゃん?!」

「全部本当ですよぉ。ロッドの生まれる前の母ちゃんは冒険者でしたし、探索者にも討伐隊にも傭兵にもなったことがありましたねぇ。若い頃は戦場を渡り歩いてましたし、血が好きで、あっちでオーク掃討作戦と人員を募れば参加してましたし、こっちで内戦が起これば、真っ先に指揮官にレンガ投げつけてました」


 マチルダさんは平然と話し出す。それは子供に話すようなことではなかったはずだ。

 お頭に聞かれてるかなと、あっちを見ると、案の定ニヤリとした笑みを浮かべていた。おそらくは、さっきのでかい独り言も近くまで来ていたロッドに聞かせるためだったのだろう。


「そもそも母ちゃんは、生まれた集落の部族間の諍いで族長を殴り殺して村を追い出されるような、手の付けられないお転婆でしたから」


 それはお転婆ではなく、暴れん坊というのでは。なにそのギザギザハートの子守歌。

 ロッドは何を口にしていいのか分からないと言った複雑な顔で、目に涙をためていた。


「……そんなの、アイツらと一緒じゃないか……」


 消え入りそうな声でロッドが呟く。


「いいえ。盗賊と同じ扱いにしては困りますねぇ。昔の母ちゃんは戦場で毎日毎日星の数ほどヒト殺しをしてきましたけど、盗賊どもと違って、生まれてこの方、どうしても殺せないヒト達がいたんですよぉ」

「…………そうなの?」


 しゃくり上げながらロッドは訊いた。


「ええ。それは『優しいヒト』『気さくなヒト』『気配りの出来るヒト』『挨拶できるヒト』『手を振ってくれるヒト』『冗談を言って笑い合えるヒト』『年下の面倒をちゃんと見ているヒト』『親の手伝いをしてるヒト』『一生懸命働いているヒト』。まだまだたくさんありますけど、そんなヒト達は母ちゃん、ただの一人も殺したこと無いですねぇ」


 ――それは、日常をまじめに幸せに生きているヒト達だ。


「ほんとう?」


 目にためた涙を振り落としてロッドが聞いた。


「ええ。本当ですよぉ。母ちゃんがロッドに嘘ついたことなんてありましたっけ? 母ちゃんはロッドが『赤ちゃんはどこから産まれてくるの?』って質問にも、即座に母ちゃんのおまたからだって答えたぐらいですよぉ」


 どこまで知識があるのか、ロッドは口の端をぴくりとさせたが、顔からは先ほどの険が消えているように思えた。もう大丈夫なんだろうか。むしろマチルダさんにこそケアが必要だ。

 俺はそっとフォローを入れた。


「ロッド、お前の母ちゃんはお頭達のような残忍で残虐で残念な人でなしとは違うみたいだぞ」

「…………うん」

「どちらかというと、ああいうのを専門に狩り殺してましたね、晩年は」


 マチルダさんはそう言うと、親指を仏頂面のお頭達へと向けた。


「さぁ、わかったらウチに行って、母ちゃんの狩りの道具を持ってきてくださいな。母ちゃん、実は剣は苦手なんですよぉ。力を入れると根元から折れてしまいそうで」


 マチルダさんはそう言いながら、ハルドライドの剣をフルフルと振った。


「わかった。母ちゃん、今すぐ持ってくるから」

「重いから気をつけるんだよ」

「うん」


 ロッドは元気よくそう言うと、元ゼゼロか元パビックかのダダジムに乗って走っていった。

 ロッドが見えなくなるのを確認して、俺は深いため息を吐いた。


「はぁぁ~。危なかったですね。危うく非行少年を誕生させてしまうところでした」

「ええ。あんな嘘が通じるのも、あと2,3年くらいでしょうか」


 俺は思わずマチルダさんの憂いを秘めた顔を見た。


「ちょ、今の嘘だったんですか?」


 マチルダさんはハルドライドの剣の血のりをスカートで丁寧に拭うと、「お猿ちゃん達、遅いですねぇ……」と呟いた。


「皆が皆、嘘、と言うわけじゃありませんけど、ええと、たとえばある町で起こった人質事件なんですけど。まあ、偶然その場に居合わせた私が、足下にあった大きな石を犯人にぶつけて事件はスピード解決したのですけど、人質の女の子が“飛び散った”それを間近で見てしまってですね、恐慌状態に陥って自分の舌で窒息死させてしまったことがありましたね」

「あ、えっと。それは……」

「なぜか私の周りに兵士が集まってくる事態に陥りまして。……そういうことがよくあったんですよ」


 はあ、と応える。一体何人の死者が出たのやら。


「他にもですね、魔物の討伐隊に属していた頃、20人くらいの小隊で、キャンプ中に死者が出ましてね、なぜか私が犯人に仕立て上げられました。仲間から裏切り者扱いされて襲いかかられたので返り討ちにしたんですよ。そうしたら首謀者連中が『こんなの話が違う』とか言い出しましてね、面倒くさくなったので武器を捨てた数人だけ残して殺したら、いつの間にか討伐隊ギルドから賞金首にされてたりして誤解を解くのに大変でした。あと、善人そうなフリで毒を盛ろうとしてきた老夫婦を壁に叩き付けて殺したりと、様々です」

「はぁ、そうですか」

 

 思考が追いつかず、曖昧に頷く。

 マチルダさんは淡々と語って聞かせる。


「……終わってみれば、死体と私。いつもそうでした。それが町の中でのことであれば、第三者はコト顛末てんまつを推測に頼るしかなくなるわけです。ですから、私はあまり町の中での生活を好まないで、人生の大半を戦場いくさばでばかり過ごしていました。

 一人死なせて石をぶつけられるよりも、千人殺して英雄扱いされる方がマシでしたから」


 遠い目が、ロッドの姿を追うように路地裏を向く。


「ですがまあ、ロッドが生まれてからは時折ストレス解消に森で暴れたりはしてましたが、それ以外は穏やかな日々を過ごしていました」

「それはどうしてですか? えと、自分を抑え込んでまでこの村に住み続けた理由は?」


 どうやらお頭の方もロー公への調教が完了したのか、お頭にケツを蹴られながらも、しぶしぶ頷く姿があった。そろそろ次鋒戦が始まる。


「……そうですねぇ。生まれたロッドの顔に――血なまぐさい何かを感じ取ることができなかったからかも知れませんねぇ。こんな母親から生まれたのにねぇ。今までコッソリと色んな指輪を試したんですけど、どれも合わなくて、それにあの子は父親似のようでして、私から受け継いだ特性は何一つありませんでした。……ドワーフ、であるということ以外は」

「そういえば旦那さんは?」


 自分のことを棚に上げ、うっかり聞いてしまい、しまったと――


「うふふふっ、あの子は主人とのひと夏の思い出でできた子ですので」

「えっと。はい、そうでしたか……」


 嬉しそうに頬を染めるマチルダさん。

 行きずりで一夜を過ごした相手でしたか、そうですか。本人が満足なら(ry

 シングルマザーですもんね、もう聞きません、なんかすみません。


「ええ、そろそろあちらも動きがあるみたいですよ。ちょっと長話になってしまいましたね。マスター、初めてのクグツ合戦、私が必ずあなたを勝利に導いて差し上げますから」


 マチルダさんが真っ直ぐな瞳で俺を見上げる。俺もそれに応え、拳を握った。


「はい。期待しています。まあ、ドルドラを斃せた時点であと何体出てきたところでたかが知れてるって感じですよね」


 戦士であるドルドラに苦戦を強いられたとは言え、見事勝利したマチルダさんだ。

 残りは槍術士ボルンゴ弓術士サブンズシーフトルキーノくらいなものだろう。ルール上、タイマンである限りマチルダさんの勝利は揺るがないはずだ。

 あとは、ヤケになって“ネクロマンサー”を直に狙ってこようとするお頭達に気をつければいいだけだ。それもロー公シールドがあるので無問題。


 ぐへへへ。再び有利な状況下に戻ってきましたよ。ふぁ~、なんか眠くなってきちゃった。

 今が何時か分からないが、月が真天に煌々と輝いている。あと長くとも、1時間以内。日付が変わることにはすべて解決していることだろう。


 ――そう、シンデレラの帰る頃には12時を回るまでには


 なんちゃって。

 ちょっと余裕ぶって惨劇を装ってみちゃったぜ。


「トーダ、待たせたな。ローの説得が今ようやく終わったところだ。実は次が大将戦になるが、構わないか?」

「大将戦? ……誰が出るんですか? 少なくともロー公先輩の造り出したクグツはまだ3体残っているはずでしょう。トルキーノを抜いたとしてもボルンゴとサブンズの2体は残ってるはずです」

「大将戦のクグツはボルンゴを出すつもりだ。夜ももう遅い、次で終わりにしたい。ローには了承を取った。トーダもそれでいいか?」


 お頭はルール6に則って、俺に次が最終戦だと告げてきた。

 俺はマチルダさんに目配せをする。マチルダさんもそれで納得したのか、コクンと頷いた。

 しめしめ、ボルンゴの鉄の槍は先ほどの先鋒戦で使いものにならなくなったわけだし、こりゃ楽勝だぞ。

 俺は内心ホクホクしながら言った。


「わかりました。確認ですが、次がクグツ合戦の大将戦で、その死合いに敗北したネクロマンサーが勝利したネクロマンサーの言うことを何かひとつだけ聞く、そういうことでいいですよね?」

「結構だ」


 お頭がなぜか自信満々に言った。


「ロー。トーダがいいと言ったぞ。ぶつくさ文句を言わず、さっさと始めろ」

「ウウ~。死霊の槍はボクのなのニ~。ボク以外使っちゃダメなの二~」

「……?」


 何のことか分からなかったが、ロー公は死霊の槍を振るうと、クグツであるボルンゴの心臓に突き刺し、呪言を唱え、ドルドラの時と同じように肉体を修復した。

 ボルンゴの鈍い光を灯す赤い目がふたつ、こちらを向いた。


 ロー公がさらに続けた。ここからが本番だ。


『槍よ。死霊の槍よ。ひとつの命に我が血を捧げ魔力の儀として魄に換えよ。それを用いて滅び行く肉体の力となれ――』


 ボルンゴの身体が小刻みに震え、目の赤い光が増す。

 さて、次がふたつめだが、やっぱり次も肉体強化にするのかな?


『槍よ。死霊の槍よ。ふたつの命に我が血を捧げ魔力の儀として魄に換えよ。それを用いて滅び行く肉体の力となれ――』


 ボルンゴの肉体が隆起し、絞り上げられ、精錬される。

 そして三つ目だ。


「どうした。お前が造り出したクグツだろう。最後までお前が責任をもってやるんだ」

「……ウ、ウン」


 ロー公はお頭から何かを受け取り、それを俺に隠すようにしてボルンゴの指に装着させた。

 それでもやはり気が進まないのか、ロー公は動こうとはせず、結局業を煮やしたお頭にケツを蹴られ、そしてロー公は最後の呪言に入った。


『……槍よ。死霊の槍よ。みっつの命に我が血を捧げ、魔力の儀として魄に換えよ。それを用いて滅び行くジョブの業に宿れ――、その業とは“ネクロマンサー”」


「――……」


 ボルンゴの肉体から死霊の槍が抜かれる。

 小刻みに震えていたボルンゴが赤い目を伏せると、恭しくロー公に跪いた。

 動かないロー公にお頭が再度ケツを蹴った。ロー公が渋々、


『我が傀儡ボルンゴにネクロマンサーの証である“死霊の槍”を貸し与える』


 ロー公が嫌々ながらもボルンゴに死霊の槍を手渡した。ボルンゴの右手の指には槍術士の指輪ではなく、紫色のネクロマンサーの指輪があった。

 ボルンゴは恭しく死霊の槍を受け取ると、流れるような動きで、「**********」、ドスンと、サブンズの心臓に死霊の槍を打ち込み、『**********』、『**********』、『**********』と三度の【強化】を施した。

 サブンズが赤い目を滾らせて、一足飛びで屋根に飛び移った。左手に弓を携え、肩には矢筒が装着されている。


 しょんぼりとそれを見送るロー公と、興味深そうに見つめるお頭。

 唖然呆然とする俺。


 ボルンゴは死霊の槍をクルリと回転させ、今度はトルキーノの心臓に打ち込んだ。


『**********』、『**********』。


 ボルンゴが呪言を2度呟くと、トルキーノが赤い目を揺らし、倒れているドルドラから投げナイフの束を手に入れていた。


「――お頭。ル、ルールではタイマンが原則で――」

「ネクロマンサー、ボルンゴの誕生だ。。ボルンゴにはランクDのネクロマンサー適性があった。それをわたしの指輪と死霊の槍でローと同じCランクまで1ランク上げてやったまでだ。ネクロマンサーの武器は何だ、言ってみろ。ああん、何か文句でもあるのか? ネクロマンサー、トーダ?」

 

 絡むような口調でお頭は続けた。


「大将戦はネクロマンサー、ボルンゴが相手をする。クグツ2体を連れてな」


 先ほど言っていた、クグツ3体で圧殺とはこのことだったのか。


「マスター。お下がりください。ちょうど今、ゲス野郎ども相手に大暴れしたい気分なんです」


 マチルダさんが、ずいと前に出た。

 目元には喜悦が滲み、笑い皺ができており、うすく開いた口元からは朱い舌が鮮血を求めるように蠢いていた。


「問題は無いようだな。ロー! 今度はお前が開始を宣言しろ!」

「ウ、ウン。……トーダ、準備はイイ? ゴメンネ? ゴメンネ?」

「いえ、いいんですよ。悪いのは厚顔無恥な女頭領なんですから」


 ローはおどおどとした態度で困ったようにお頭をチラ見すると、片手を上げた。

 そして、その手が勢いよく振り下ろされる。


「ハジメ――!」


 その瞬間、マチルダさんが横に飛んだ。足下が爆ぜ、サブンズの矢が突き刺さる。ボルンゴが死霊の槍を振るう。マチルダさんが迎え撃つ――


 その凄まじい戦闘を横目にしながら、平然とロドルクが姿を現した。

 ロドルクは近くにいたハルドライドに手を上げながら、ゆっくりとお頭の方へと歩み寄っていく。

 剣戟が鳴っている。唸り、踊り、小石が舞い、火花が散っている。


 だけど、俺はそれらには一切目をやることができずにいた。

 今更ながら、ここに来て、ロドルクが現れたことが気に掛かったからだ。ロドルクは3対1のクグツ合戦を見てもなんとも思っていないようだった。

 俺の心臓がまたどきどきと鳴り始めていた。堪らずロー公を呼んだ。ロー公はうれしそうな顔で俺に駆け寄ってきた。

 それでも俺の嫌な予感は収まらない。


「そこで止まれ。ロドルク、貴様今までどこで何をしていた」


 お頭がそう尋ねた。


「あー、すみません。道を間違ってまして、どうしてもここに来るのが遅くなってしまいました」


 ロドルクがポリポリと頭を掻きながら答えた。

 それは嘘だ。ロッドがそこの民家の裏でたばこを吸っていたと言っていた。

 ハルドライドは目を細めながらクグツ合戦を観戦していて、アーガスは目を閉じ不介入を決め込んでいる。お頭は髪を掻き上げながら「そうか」と言った。

 何か空気がおかしかった。


「今はトーダとローのクグツ合戦とやらにボルンゴ、トルキーノ、ドルドラ、サブンズが巻き込まれドルドラが命を落とした。お前は仲間が命を落とす危険な状況にあったというのに駆けつけようともせず、道に迷っていたというのか?」


 責める口調ではなく、淡々と渡された資料を読み続けているようなそんな印象。

 というか、その4人殺したのアンタやん。


 ああ、そういえば、クグツ化に成功したマチルダさんに情報を聞かせようとしたとき、ロー公はロドルクのことをなんて言ってたっけ。


「そんなに責めないでくださいよ。お頭。俺が方向音痴だって言うのは、今に始まったことではないでしょうに。もう許してください」

「いいや。許しはしない。――お前はクビだ。仲間の大事なときにそばにいなかったお前は、わたしたちには必要ない」

「そりゃつまりどういうことですか?」


 芝居がかったフリで、ロドルクは口髭に触れる。まるで、零れる笑みを隠すみたいに。


 『ハルドライドは剣士じゃなくて戦士だヨー。パビックはジョブを持ってないけど、ロドルクは――』


 ロドルクは――、なんて言った?


「ろ、ロー公先輩。ロドルクさんて、なにもジョブを持ってないですよね? 指輪してないし」


 俺はロー公に聞いた。

 喉の奥が震え、掠れた声で聞き取りにくかったかも知れない。


「ロドルク、お前は現時点をもって、。作戦上、今まで預かっていたが、餞別だ。これをもって、どこへでも消えろ」


 お頭はそう言ってロドルクに向けてなにかを投げた。

 ロドルクは突然の解雇に嫌な顔ひとつせずにそれを受け取った。「どうも」


「ロドルクはネー。普段は指輪をしていないんダ。【バーサーカー】ダカラ。指輪をしてるとネー、盗賊の指輪をしていないヒトを殺しちゃうカラ。

 デモ、ロドルク、お頭に嫌われちゃってなんだかカワイソウダヨー」


 ロドルクは受け取った桜色の指輪を、躊躇なく右手の人差し指にはめた。

 微かにニヤリと笑みをこぼす。

 そして、そこでようやく視線を俺に向けた。


「まさかこの歳で盗賊をクビになるとはなぁ……ああ、まったく、テメェのせいだぜ……トーダぁぁああ、アア、アアアアアアアア……■■■■■■■■■■!!!!!!!!!!!」

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