第83話 第一回、異世界クグツ合戦ぽこすか③
――中学の時から、部活で剣道をやっていた。
本当は小学校の時からなのだけど、ただただ弱く辛かった思い出しかないので割愛する。
中学最後の総体で、個人3位に入ることができたのは、我ながら僥倖だと思っている。運が6割、実力3割、そして俺には“秘策”があった。
引き
鍔迫り合いから引き面をフェイントに繰り出す引き小手。相手との絶妙な
フェイントを入れることで反射的に面を庇わせ、相手がそれと気づき反撃に転ずる一瞬を見極めて引き小手を打つ。コンマ何秒の世界だったが、おおよそフェイントを掛けられた相手の多くは同じ防御の型を取り、繰り出した引き小手が面白いように当たった。
もっとも、いくら巧くても何度も使える技ではなく、負ければ相手も学習してくる。
このタイミングで引き小手を打ってくると警戒されていれば簡単に防がれてしまう。まさに初対面の相手にこそ通じる技だったので、稽古中においそれと使うわけにはいかず、俺は個人的にこっそりと練習を繰り返していた。
日曜日は他校が集まる合同練習日で、練習試合のここぞと言うときに出せば高確率でヒットさせることができて、俺はこれこそ最高の必殺技だと自負していた。
でも結局、総体では準決勝でうちの主将と対戦することになって割とあっさり負けた。
伝家の宝刀を抜くタイミングをつかめなかったことと、うちの主将は自分から打って下がる、俺の苦手なタイプだったからだ。
つまり、何が言いたいかというと、マチルダさんが“秘策”なんて口にしたもんだから、「始め!」の合図とともにそんな昔話を思い出したわけで――
先に動いたのはマチルダさんだった。
戦士特有の魔力色を帯びた大剣は、赤い陽炎を纏ったようで月明かりに映え、仄かに鈍る鉛色であることを忘れさせていた。
合図とともに、その切っ先が翻り、マチルダさんは撃ち出された弾丸のように、ただ真っ直ぐドルドラへと身体ごとぶつかっていった。
勝負は一瞬かと思われた。鮮血が舞い、骨を深く削るような音を俺は確かに聞いた気がしたからだ――次の瞬間、マチルダさんの身体が膝を付き地面を転がった。
心音がただ冷静に跳ね上がる。
マチルダさんはコロンコロンと2度転がると、すぐさま跳ね起き、左拳を地面に着けた。
転がされたのではなく、自ら間を取るために前方に転がったのだろう。膝を付いた場所のすぐあとを頭部を追って地面を深くえぐり返すドルドラの
ひょっとして何かスキルでも発動させるのだろうかと俺は目を見開いたのだが、マチルダさんはわずかに身体を揺らし、バクンと外れた肩を入れた。脱臼していたのだ。
ドルドラの渾身の一撃を、おそらくはハンマーの柄の部分だろうが、左肩で受け止めていたに違いない。
マチルダさんは起き上がるとそのまま再びドルドラへと突進していった。
ドルドラは左手一本でハンマーを操り、下から上へと牽制の一撃を放った。マチルダさんはそれを左足を軸に回転しながら避けると、すれ違いざま相手の後頭部へと大剣を放っていた。おそらくはドルドラの視界の外からの一撃を、しかし、ドルドラは見向きもせず、腰から抜いたハルドライドの剣を左手一本で操り、そして防ぎきった。
がぎぃんと、金属同士を叩き合わせた音が鳴り、そのまま二、三度剣戟の赤い火花が散った。引き手を戻すようにドルドラがぶぅんと振ったハンマーをマチルダさんは後ろに飛んで距離を取った。
時間にして10秒も満たない刹那の攻防だったが、息もつけず目で追うのもやっとで、剣戟に関しては音を頼りに数を数えるばかりだった。
じりじり、と剣先を下げたマチルダさんがドルドラへとにじり寄っていく。常に攻めの姿勢、それがマチルダさんのスタイルのようだった。
ドルドラの貌はマチルダさんに切り裂かれ一変していた――下顎から左耳までばっくりと裂け、赤い血が首から喉元までを真っ赤に染めていた。おそらく首を狙ったマチルダさんの初撃が外れ、顎下から突き砕いたのだろうと俺は推測した。
だが、ドルドラもドルドラで初撃こそ先んじられたものの、相打ちにまで持ち込み、そのあとの攻防は目を見張るものがあった。マチルダさんの両手持ちの剣戟をドルドラは左手一本で受け止め、さらにはハンマーでの一振りを加えようとしたのだから。
マチルダさんの機敏さと斬檄の鋭さは【強化】を受けたドルドラをまだ少し凌駕しているように思えたが、単純な力比べではドルドラの方が上なのかも知れない。
赤い目を滾らせたまま、ドルドラは右手のハンマーを背中に隠すようにして構え、左手の剣をマチルダさんに向け、やや肩より上へと傾けた。そして息を限界まで吸い込んだのだろう、ドルドラの身体は上半身が膨れあがり、体積を増していた。
やがて、ふたりの間合いが3メートルを切った。
ヒュ、っと小息を吸い込んだマチルダさんが、決して長くない距離を一足飛びでドルドラに躍り掛かった。狙いはガードを堅くした首ではなく、右脇腹から対角線上にある心臓だった。
速さだけなら圧倒的にマチルダさんの方が上だっただろう。
実際、ドルドラの剣は出遅れていて、むしろ、
だが――、ロー公が施した“知の強化”はそれらを嘲笑うかのように発現していた。
「ベバァァァッ!!!」
もの凄い大声とともに大量の血が――砕けた歯が骨がドルドラの裂けた口元から限界まで圧縮された空気とともに噴き出された。マチルダさんはその散弾に勝るとも劣らない攻撃を至近距離で食らったのだ。
それでも決して怯まず、マチルダさんの一撃がドルドラの腹部を刺し貫いていたのは、彼女自身の不退転の覚悟かクグツという存在であるからなのか。
マチルダさんの大剣はドルドラの腹部から背中へと貫通していた。本来なら致命傷だが、これはクグツ同士の戦い、首を切り離すか心臓を破壊しなければ終わることはない。
ドルドラの背中から突き出した剣先は心臓とは反対側の右で、しかもまずいことに大剣を
それが致命的な隙となった。
ドルドラは自身を刺し貫く大剣などお構いなしなのか、それとも相手の動きを止め、且つ相手から武器を奪えたことを好機と捉えたのか、その動きに躊躇はなかった。
ドルドラはマチルダさんの足の甲を踏みつぶし、その上にハルドライドの剣をぶっ刺し、さらにはその上からハンマーで打ち抜いたのだ。
ハルドライドの剣はマチルダさんの足を貫通し、地面深くまで打ち込まれた。
これで動きを封じたと、ドルドラはそう考えたに違いなかった。
体格差は歴然で、2メートル近いドルドラに対して160cmのマチルダさんだ。リーチの差も胴回りの差も、腕力の差もあるだろう。
実際、マチルダさんは足を抜こうとして抜けず、至近距離からドルドラのハンマーを左肩に受けていた。
グラリとマチルダさんの身体が傾く。
「マチルダさん!」
「耳元で叫ぶな。うるさいぞ。ヒトの迷惑を考えろ」
つい応援に熱が入ってしまった俺を、冷静に窘める声がすぐそこにあった。
「な――っ?!」
間近にあった不愉快そうなお頭の姿を認めて俺は飛びすさった。
その背にドスンと何かがぶつかった。よろめく俺の両肩がそっと支えられる。
「トーダ、コーフンして暴れると危ないヨー。フラフラしてるシ、ボク、ズット支えていてあげヨウカ?」
ロー公だった。
なぜだか知らないが、いつの間にか二人が俺のすぐそばまで歩み寄ってきていたのだ。
「失礼な奴だな。ヒトの顔を見て飛びすさるとは。対人恐怖症か?」
「いや、なんで、そばまで寄ってきているんですか?! 俺たち敵同士でしょ?! お頭達はあっち側でハンカチ噛みながら応援しててもらわないと!」
「ソーナノ? ボクはトーダと一緒に応援したいヨ-」
どっちをだ? 意味わかんねぇ!
お頭はそんな俺に一歩近づくと、人差し指を銃の形にして俺の額に突きつけた。
俺はそれから逃れるように首を捻った。
お頭は薄ら笑い、
「
「ぱぁん」と、俺に向かって躊躇なく引き金を引きやがった。
弱い奴を虐めて、親とか先生には“遊んでやってた”とか宣うタイプだこいつ!
俺は支えてくれたロー公に礼を言い、自由になる。俺はすぐさまロー公を挟んでお頭から距離を取った。
こいつらスポーツ観戦とかしたことないのか?! ……したことないんだろうなぁ。
いいか、贔屓の応援チーム側以外のベンチとかには近づいちゃいけないんだぞ! 客席で乱闘が起こったりするから!
……俺も剣道以外のスポーツはテレビとラジオ以外じゃ応援したこと無いけど。
「ははは。どうした、押されているぞ、お前のところのクグツは。そろそろ次のクグツを呼んできたらどうだ」
カラカラ笑うお頭の声を無視して、俺はマチルダさんを見た。
確かに、マチルダさんは危機的状況だった。
マチルダさんの右手はドルドラのハンマーの柄を放すまいと掴んでいるものの、左腕はそのハンマーの一撃で砕けたのか力なくだらりとしていた。
そして、ドルドラは空いてる左手でマチルダさんの喉を締め上げていたのだ。――いや、締め上げるなんてものじゃない。握りつぶす勢いだ。
みるみるうちにマチルダさんの顔が赤黒くなっていく。……よく見れば、閉じた左目から出血していた。おそらく、ドルドラのあの散弾のような吐き散らしの一部を受けたのだろうか。
「これは勝負あったかな」
「…………」
お頭の軽口を俺は奥歯を噛んで受け流した。
「――ところで、トーダ。お前、なぜあの女をクグツに選んだ。答えろ」
「…………」
むしむし。
「お前はあの女がドルドレード……いや、戦士だと分かっててクグツにしたのか?」
「マチルダさん、頑張れー!!」
俺は両手でメガホンを作ると声援を送った。
「ロー、聞いてくれ。トーダがわたしを無視するんだ。わたしは悲しい、非道く傷ついた。これはルール5に違反するんじゃないのか? ルール違反だろう。罰則は日本人らしく割腹自殺をさせてやりたいと思うんだが」
「はぁ??!」
「トーダ、クグツ合戦中はお頭と仲良くしててヨー」
ちょ、おまえ、こいつさっき……っ!!
「お頭はトーダとお話したくてここに来たんだヨー。意地悪しちゃダメだヨー」
うわぁぁぁぁぁ!! こいつあれだ、子供のイジメ社会を理解しようとしない裕福な子供時代を過ごしたトンチキな女親だ。もしくは眼鏡をかけたショタ好き女教師。きぃぃぃぃっ。
いじめっ子世に憚るか。
ふんがー! けちょんけちょんにしてやりてぇ!
「……マチルダさんの息子さんから『母ちゃんは昔強い戦士だった』って聞いたんですよ」
ラマーズ法を駆使してアタマに昇った血を鎮める。ひっひっふー。
平常心スキルはもはや効いてるのかわからない状態だが、【追憶】を見て知ったなどと口走ってしまわない程度には落ち着いていた。
「はん。あの小僧か。……結局あのあとクグツとして甦らせたわけだな」
「おっと、次はこっちの質問する番ですよ。ちゃんと答えてください。ロー公先輩、お頭が質問の順番を守ろうとしないんですよ。ルール5違反で服毒自殺確定ですよね」
ちょうど今、胸ポケットに魅毒花もってるんですよ。逝っときます?
「お頭ー、順番守ってヨー」
「ああん? なんでわたしが――」
硬直状態だった二人が動いた。
ドルドラはマチルダさんの首を絞めていた左手を外すと、両手でもってハンマーを握り直し、柄の中央を握るマチルダさんの右手を無視し、力任せにマチルダさんのアタマを殴りつけたのだ。
ゴヅンとコンクリートにボウリングの球でも落としたような鈍い音が響く。
マチルダさんの身体が一瞬伸び上がったように見えたが、剣で縫い付けられているため二人の距離は開かない――いや、開いた。いつの間にか足下の剣が抜けていた。
マチルダさんはすぐさまドルドラの身体を蹴ると、自らも飛んで距離を取った。だが、着地はできず背中から落ちた。そしてそのままゴロリと後ろに転がると片脚で立ち上がった。
左腕は変わらずだらりと下がっていたが、マチルダさんの右手にはハルドライドの剣が握られていた。
推測するに、マチルダさんがドルドラのハンマーの柄を離したのは
ハルドライドの剣を握ったのはその直後だろう。
ドルドラは一旦ハンマーを地面に置くと、胸に刺さっている大剣を両手で掴んで抜き始めた。ズ……ズ……ズズッ……と、最後は柄から手を離し、刃の部分を手のひらで挟んで抜いた。血が一滴も出ていない。刃もまるで拭われたようになっていた。
その間、マチルダさんは二、三度ハルドライドの剣を試し振りすると、軽く首を回していた。
そして、片腕を揺らし、傷ついた足を引きずるようにしながらもドルドラへと距離を詰めていく。
俺の喉元からおかしな笑い声が漏れそうになり、俺はゴクリと飲み込んだ。
「マチルダ・サガンス・ドルドレード。……ふん。【戦鬼ドルドレード】の名に恥じぬ素晴らしい戦いぶりだったな。よもや【強化】を3回がけのローのクグツにここまで食い下がるとは思わなかったな」
もう勝った気でいるのか、お頭が腕組みをしながら言った。
それよりも……。
俺は聞き返した。
「戦鬼ドルドレード……?」
「なんだ、あの小僧から聞いていたんじゃなかったのか?」
いやまったく。
「一昔前の戦争で派手に暴れた戦士の異名だ。なんでも100日不眠不休で戦い続け、重要な砦を守り通したとか……まあ、20年以上、わたしの転生してくる前の話だ。よもや生きた伝説が――くくくっ。いや、死んでいるのか……。いや、面白い」
お頭はクククッと笑い、スッと目を細めた。
「伝説とは尾ひれが付くものだな。まあ、こんな
「まだ終わったわけじゃないですよ。彼女には“秘策”があるんですから」
ムッとしたので言い返してみる。
「ほう。……くくくっ。それは楽しみだな。まさかその“秘策”とやらを出す前にやられてくれるなよ」
「そっちこそ、ドルドラの活動時間が差し迫ってて焦ってるんじゃないですか?」
「モー。ふたりともお尻ペンペンするヨー」
冗談か本気か、ロー公がブンブンと素振りを始めた。お頭が舌打ちをして顔を背けた。
「ロー、わたしたちは楽しんでこの会話をしているんだ。無粋な真似はするな。……さて、次はトーダの番だったな」
「……なにがですか?」
お尻ペンペン?
「質問だ。そうだな、この際、先鋒戦の間、交互に質問をして情報を聞き出すというのはどうだ。もちろんこれはクグツ合戦とは何も関係ない。ただの遊びだ」
「……俺の知りたいことの答えをお頭が知ってるとも限らないし、嘘をつくかも知れないじゃないですか」
「だから遊びだと言っている。ただまあ嘘云々はこの際ナシだ。ロー、お前がウソ発見器の役をやれ」
「ウーン? うん、イイヨー!」
ちょっと考えた風に小首をかしげたロー公だったが、結局笑顔になって了承した。
目が離せないはずのマチルダさんはと言うと、ドルドラはロードハイムの大剣を地面に刺すと、代わりにボルンゴの槍を引き抜いていた。
ドルドラはマチルダさんの足の怪我の具合をみて、長物武器に替えたのだろう。
そしてそのまま端の方を持ち、頭上高く掲げた。全長4メートル強もの槍だ。矛先はもう民家の屋根に届いている。
マチルダさんは槍の間合いの一歩手前で、引きずり気味の歩みを止めた。
ほんの一瞬だったが、マチルダさんがチラリとこちらを見て――ウインクをしてみせた。
何を伝えようとしているのか、俺には分からなかったが、それには気付けた。
今はマチルダさんを信じるしかない。
「おい。何か聞きたいことはないのか? 冥途の土産に教えてやる」
「……そうですね。聞きたいこと、聞きたいこと……。初体験がいつとか、お頭がこの村を襲った本当の理由なんて聞いても仕方ありませんからね」
「ああん?」
今後役に立つような情報がいい。……とくに転生者にしか聞けないようなこと……。
仮に、マチルダさんがクグツ合戦で負けたら俺はすべての情報を吐かされるし、逆にお頭が負けたらクグツにして話させる。
結局、今聞く必要は無いのだが、俺が負けた時用に聞いておいても損は無いか。
「……ああ、そうだ。イザベラから聞いたんですけど、【転生者】は【転移者】とは別になんか特別にふたつのスキルを与えられるというじゃないですか。【必須スキル】の【語学】と【解読】の代わりにもらえるスキル。そのふたつのスキルが何か教えてください」
ドルドラの槍が真天から振り下ろされた。
マチルダさんはそれを受け止めず、下から打ち払うようにして軌道を反らした。ビィィィン!とドルドラの槍が地面に叩き付けられ、だがしかし、勢いそのまま跳ね返るようにして再びマチルダさんに襲いかかった。
「いきなりふたつとは欲張りだな。答えるのはひとつずつだ。
わたしはあの女にこの世界の説明を聞き、【錬金術師】のジョブを選んだときから、おおよそ今のような暮らしができる事を予想していた。――なにせ、生前でも同じようなことをしていたのだからな」
ビィィン! 微かに身を揺らし、すんでの所で槍を弾く。
だが、ドルドラは攻撃の手を緩めることなく、なぜかよく
そして、槍が地面に打ち落とされる度、土埃が舞い、バチバチと小石が跳ねてこちらにも降りかかってくる。その何倍もの小石がマチルダさんのもう片方の目を閉ざそうと雨飛沫のように降りかかっている。
「……同じようなこと?」
「それが知りたければ、次のわたしの質問の後にしろ。わたしがイザベラから得たふたつのスキルのうちのひとつは、【語学】だ」
「【語学】……ですか? いや、だからそれ俺も持ってるし。【転生者】は、
【語学】スキルを残したのか? 意外、と言うか……。なぜだろうという気がしなくもない。
なんで言葉を話せる状態で転生しているのに、わざわざ【語学】スキルが必要なのか。
転生者とは、とどのつまり、この世界での生まれ変わりを意味するため、
イザベラ――この異世界の管理者は逆説的なシステムを利用して転生者を送り込んでいる、と思われる。それに気づいたのはお頭のところに夕食を運んでいった時の会話からだ。
どのジョブにおいても【指輪】をはめないとそのジョブとしての機能は果たされることはない。お頭は生まれて初めて指輪をはめたとき、“生前の記憶を取り戻した”。
つまり、
イザベラは、適当な赤ん坊を選んで転生させてるわけじゃない。条件に合った者の精神を
「まあな。わたしは幼い頃から英才教育を受けてきた。8才の時、初めて指輪をはめたときにはすでに4カ国語を話せていたし、おおよそ言葉にできることはその国の文字で書くことができた。だが、言葉にできることと、【語学】スキルは大きな隔たりがある」
「それはなんですか?」
「発音だ。人族の耳には聞き取れない蠹族を始め、煩雑とした言葉も【語学】スキルのレベル次第では多種多様な種族との会話が可能となる。わたしのような国を跨ぎ種族を越えて盗賊を生業とする者には必須とも言えるスキルだ」
…………。こいつ。
「なるほど。つまりお頭は本当に初めから
「ああ、そうだ。小玉のほとんどはあの女との打ち合わせに使った。わたしの生き方は生前から変わらず、この通りだ」
お頭はそう言うと、両手を軽く挙げて見せた。
お手上げのような、これがわたしだとでも言うような。「あいにくと、わたしはこの生き方しか知らない」なんて言ってのける。
「なら、次はわたしの番だな。よもや嘘や答えないという選択肢はないぞ」
「話す内容にも寄りますね」
竹のように
ギィィン、ギィィンと剣戟が音楽のように鳴り響き、火花が連続してその空間を灯し続けている。
お頭は俺への質問を口にした。
「あのマチルダとか言うクグツ、ローのクグツと違って、まるで自分の意思を持って行動しているようにみえるな。まるで本当に“生き返ったかのようだ”。
――トーダ、答えろ。お前の持つ『怪我を治療するスキル』の上位スキルが、あのマチルダの死体を生き返らせたのか?」
ロー公も俺の答えに興味があるのか、耳をピクピクさせている。
俺は質問の内容を脳内で何回か反芻すると、使える言葉を組み合わせて答えた。
「この世界には死者を生き返らせることはできない、とイザベラは言っていたので、マチルダさんは生き返ったわけじゃないです。“クグツ”として蘇ったと言うことで理解してください。
あと、怪我を治療するスキルと死者をクグツ化するスキルは……おそらく別物だと思います。(中略)つまり、右手で吸い取った【魄】が俺の中でストックされて、治療やクグツ作成に使われる仕組みです。ただ、治療スキルの延長は汎用性を広げるばかりで、蘇らせるとはまた別の力が働いていると思います。……こんなところですね」
慎重に言葉を選んだ俺のネクロマンサー語りに、お頭は唇に指を沿わせると、聞き捨てならないことをぽそりと言った。
「…………なるほど。“蘇らせる”はアビリティのほうか。なら取り出すのはやっかいだな……」
「え……?」
いまなんつった? 一瞬で頭の中がパニクりそうになったんだが。
「いや、なんでもない。忘れてくれ。まあ知りたいことはこれでいい。……次はお前の番だったな。だが、わたしが質問を受け付けるのはこの先鋒戦のみだ。それももうすぐ仕舞いのようだがな。決着が付き次第、遊びも終わりだ」
失言をごまかす仕草でもないが、お頭は腕組みの間から人差し指をぴんと立て、軽く振り、俺に言葉を紡がせない。
結局のところ、お頭が知りたかったことと言うのは、つまり、殺して持ち帰るか生かして持ち帰るかの違いだったわけで。
「ロー、そろそろ終わらせろ。ドルドラにこれ以上の年寄りイジメをさせるな。せいぜい優しく心臓を停めて眠らせてやれ。ただちゃんと頭は潰しておけよ」
「ウン! ドルドラー、もうイイヨー、ゴーゴーゴー!! 本気でヤッチャエー!」
ドルドラの槍がそれに呼応し、呻りを上げて地面を叩くと、ドルドラはマチルダさんめがけて高く跳躍した。
狙いは、頭上からの両腕で渾身の力を込めた槍の打ち落とし。
まともに受ければ身が剣ごと斬り砕かれる。仮に払い落とされても、地面を介してからの跳撃によるなぎ払いは、おそらく片腕では受けきれず、あの足では避けきれもしないだろう。
マチルダさんは、左肩をハンマーで打ち砕かれ、左足の甲を切り裂かれ、さらには左目が見えていない――
――ハズだ、と。そうドルドラは考えていたのだろう。
それはきっと間違ってはいない。
だけど、俺はさっき確かにマチルダさんがウインクをするのを見た。
ちなみに、片目が塞がっているのにウインクしたら両目が塞がってしまうので、それはウインクとは言わない。
あの時、マチルダさんは、俺が勝手に潰れされたと思い込んでいた目を開いて、ウインクしてみせたのだ。
“私、実は目を怪我したフリをしてるんですよー”
俺はそう勝手に解釈した。
まあ結果的に言えば、その推測は間違っていたのだが。
マチルダさんはハルドライドの剣を投擲した。再び腹部を貫通するそれを、ドルドラは意に介さず、槍を振り下ろす。
「*******」
マチルダさんの唇が小さく蠢く。
知らない言葉だった。
マチルダさんの砕かれたはずの左腕が持ち上がり、加速と遠心力や重力など、すべての攻撃力を加味したドルドラの一撃を、両手で持って受け止めていた。
信じられない光景だった。
二人の力場の間に入り、拮抗からいち早く鉄の槍が負けを認め、ぐにゃりと降参の意を表したとき、ドルドラが地面を蹴って、後ろに跳躍した。背後にはロードハイムの大剣があり、そしてご自慢のハンマーもある。
だが、腹部に刺さったハルドライドの剣だけはその場で抜こうとは考えなかったらしい。もしかすると腹部の筋肉を締め上げているのかも知れない。
「■■■■ーー!!」
ゴォォッ! とマチルダさんが喉の奥で吼えた。
俺は目を見開いた。見れば目の前のお頭も同じような顔をしていた。
それは決してマチルダさんの喉から出せるような声ではなかった。
マチルダさんは使いものにならなくなった槍を捨てると、ドルドラを追った。だん、と力強い加速は左足の怪我など無かったかのようだ。
ドルドラは腰からトルキーノの投げナイフを放った。マチルダさんの頬、肩、胸に突き刺さるがまるで怯まない。
そして、ドルドラがロードハイムの大剣の柄に手を伸ばすのと同時に、マチルダさんはぶつかるようにしてドルドラの腹部に刺さった剣の柄を掴むと、再び吼え、力任せに横に薙いだ。
びじゅり、と。聞き慣れない音とともにドルドラの身体から血に灼けた赤い刃が顔を覗かせた。
ドルドラはその斬撃に身体を『く』の字に曲げ、血と内蔵をまき散らしながらクルクルと宙を舞った。背骨と腹部の4分の3を断たれ、その両側の中身をマチルダさんに向け噴き出したのだ。
そして、頭と足先が同じ方向を向きながら、派手な音を立てて地面に転がった。
マチルダさんはまだ動くドルドラの上半身に近づくと、ズシン、と容赦なくその頭部を踏みつけ、ロードハイムの大剣を握る右腕を肩から斬り落とした。バランスは大事とばかりに左腕も同じく切り落とす。
そこでようやくマチルダさんは、やれやれとばかりに小さく吐息を漏らすと、ドルドラを踏みつけながらうーんと腰を伸ばした。
前髪から血が滴っていて、全身ドルドラの血と臓物とにまみれている。
「懐かしいですねー。ああ、この臭い。この高揚感……。やっぱり森の魔獣とはひと味違いますねぇ」
嫌悪するどころか、ヌルリとする血で貌を拭うと、そのまま髪を掻き上げ撫でた。
真天の月の下、光を浴びてなお朱く、目尻の皺に血を貯めて、
「マスター。頭領に最後の質問をどうぞ。終わり次第、切り落としますから」
戦の鬼は白い歯を向けて笑いかけてくるのだ。
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