第82話 第一回、異世界クグツ合戦ぽこすか②

「待てトーダ。クグツ合戦は認めたが、おまえの言うそのルールは我々に不利なところがある。改善してもらおう」


 お頭が早速クレームを出してきた。

 どうせそんなことだろうと思っていたので、俺は冷たく突き放すことにする。

 

「ルール変更は認めません。第一、これは俺とロー公先輩の、ネクロマンサー同士のクグツ合戦なんですから、部外者が口を挟んでいい問題じゃないですよ。お頭はそこで、親指の爪でも噛み締めながら手下達の冥福とご活躍を応援していてくださいな」

「そうはいくか。一方的に決められた不利な条件下で戦わされる手下が不憫でならない。ロー、おまえ達一族が誇りを賭けて戦うクグツ合戦とやらは著しく不平等で、一方に偏ったルールを強いるのが習わしなのか?」


 どの口がほざくか。


「そんなことないヨー。ボクもトーダのルールには納得しているヨー。デモネ、ボクもルールをひとつだけ追加して欲しいのダー。テシシシシシシッ!」

「ルールの追加、ですか……。もちろんいいですよ。言ってみてください」


 お頭の目元がぴくりと動く。

 俺もロー公からのルール追加に内心眉をひそめたが、まあロー公のことだからそう無茶を言わないと――


「“ルールその5、クグツ合戦をしているときはお頭とトーダは仲良くしていて欲しい”のデス」

「…………」


 お頭がぷっと吹き出した。ゲラゲラとお腹を抱えて笑うお頭がロー公を手招きで呼び寄せると、その背中を張り手でバシンと叩いた。ツボに入ったらしい。

 アーガスは目をそらし、トルキーノはおろおろとしている。ロー公は照れ笑いだ。


 “仲良くする”


 そいつは聞けない相談だ。

 そもそも俺の提案したクグツ合戦はお頭達との代理戦争の簡略化だ。サブンズ、ドルドラ、ボルンゴの始末が付けばハルドライド、トルキーノ、アーガスまで次々と死霊の槍の餌食になる筋書きだからだ。

 もちろん、お頭側も次々と仲間のクグツが斃されていけば途中で撤退を指示するかも知れない。だけど、クグツ合戦にエントリーしているロー公は敗北を認めるか、それとも最後まで抵抗して逃げ出そうとするお頭以外の3人をクグツ化するだろうか。

 敗北を認めた時点で、“ルールその4、敗者は勝者の言うことをひとつ聞かなくてはいけない”が適用される。

 ロー公には自殺でもしてもらい、手下を失ったお頭を拘束し、アンジェリカに進呈する。おそらくぶっ殺してしまうだろうが、それで彼女の溜飲は下がるだろう。

 アンジェリカと別れた後に俺がお頭の死体を頂き、クグツとして甦らせお供に据えるといった感じだ。

 気にくわない女だが、クグツにすれば従順になるだろうし、ツンデ……シンデレラのように働かせられるだろう。そうだな、墓掘りでもさせてやろう。灰かぶりならぬ罪かぶり、墓荒らし番長にでもなってもらうか。

 というかまあ、なによりお頭の持つこの世界の情報が欲しい。

 それに、うまくすればアルカディアを乗っ取ることができるかも知れない。うむ。我が王国ハーレムにふさわしかろう。

 だから、なんとしてでもこのクグツ合戦を開始させ、勝利しなくてはいけない。


 ようやく笑いが収まったお頭は目尻の涙を拭いながら言った。


「はははっ、いや失礼。つい笑ってしまった。……ああ、トーダ、ルール改善は認めないと言うことだったな。ならば、ローのように“ルールの追加”はできるわけだ。それすらできないのなら、おまえの言うルールとは我々を縛るだけのものになる。一見平等に見せかけて、実は一方に有利なルールを主導で作った完全なイカサマ仕様だ」


 回りくどい言い方に俺は次第にイライラしてきた。


「何が言いたいんですか? さっきロー公先輩がそのルールで納得していると言ったばかりでしょう。そうですよね、ロー公先輩」


 俺がロー公に視線を送ると、ロー公は死霊の槍を振って答えた。


「問題ないヨー。早くやろうヨー」

「……ああいいだろう。だが、クグツ合戦の途中で起きるアクシデントやその対策について我々は何も話し合っていない。今後は『我々3人が話し合って、3人が同意したルール』ならわたしも納得してそれに従おう。それでいいな、トーダ?」

「……それはつまり、ルール1~5まではお頭も了承して従うという意味ですか?」

「今後のルール作りにわたしとローの意見が反映されるのであれば、構わない。

 ――つまり、“ルールその6、今後のルール作りにはわたしとロー、それにトーダの同意がなければルールの追加はされない”というわけだ」


 お頭は不敵に笑う。

 …………何を考えているのかは、その表情から読むことはできない。だけど、クグツ合戦を1対1のタイマン勝負で縛ることができるのなら勝利は時間の問題だ。


「ルールその6を認めろ。そうすれば不本意ながら1~4のルールはローに遵守させてやろう。無論、わたしも私の手下もおまえ達の仲間には手を出さないつもりだ」


 ルール5は守らないのかよ。まあ、俺も守るつもり無いけど。


「つまり、ルール6は俺のダメ出しがあった場合は新しいルールは作られないということですよね?」

「当然だ。公平公正なルール作りは3人の『同意』をもってしか採用されない。たとえクグツ合戦を中断せざるを得ない問題が発生した場合でも、今あるルールで柔軟に対応し、3人の同意無くしては新しいルールを作成することはできない。……これがルールその6の内訳だ。問題が発生した場合、その対策を3人で話し合う。無論、お前がそのルールが気に入らなければ却下すればいい。

 どうだ、トーダ、ロー。ルールその6を二人の同意をもってクグツ合戦のルール策定の核としたい」

「ボクはお頭の意見に賛成だヨー」


 何が嬉しいのかロー公がぴょんぴょん跳ねる。アーガスとトルキーノは沈黙を保っている。


「トーダはどうだ。拒否権のあるルール作りにわたしも参加させろと言っているだけだ。裏を返せば、今後は一方的なルールは作らせないぞと言いたいわけだ。当然、アクシデントが起こらなければわざわざ新ルールなど作ることもない。ルール1~4で十分だ」

「そうですね……。ちなみにそれ、申し出を断ったらどうするつもりですか?」


 お頭の目がスッと細まる。


「おまえ達がわたしたちを無視してクグツ合戦を開始するというのなら、わたしたちもおまえ達を無視してやりたいようにやる。――転生者を舐めるなよ。昨日今日この世界に放り込まれた転移者にキャリアの差というものを思い知らせてやろう」


 そして銃口を再び俺に向けた。

 マチルダさんがまた銃弾を防ぐため俺の目の前にダダジムの死体をぶら下げる。だが、今回はそれはカーテンの役目となった。

 俺はすぐさまマチルダさんに小声で助言を求めた。


「どう思いますか、マチルダさん。お頭達にルール1~4を遵守させるために『新たなルール作りに参加させる』べきか、それともお頭の言い分を無視してこのまま開始してしまうべきか。判断迷います」


 すると、マチルダさんは前を見据えたまま、大剣を自分の口元にやり、口唇の動きを読まれないようにしながら言った。


「……私が知る限り錬金術師という輩は、往々にしてその人格、性格に難があるように思えます。ただ、ほぼすべての錬金術師に共通して言えることは、『彼らは決して自分の利にならないことを口にしたり、行動を起こしたりはしない』ということです。

 つまり、ルール6を求めてきたと言うことは、今後作られる新しいルールに何かしら策のような、自分たちの都合に合わせようとする思惑があるからでしょう。ならば、こちらもその策に対抗する“秘策”が必要になると思われます。具体的に何をとは申し上げられませんが、常に活路と逃路は準備しておくことが良いかと思います」

「つまり、お頭の言い分を呑んでいいと言うことですか?」

「…………」


 一瞬の間が空いたが、マチルダさんは続けた。


「わかりません。……あの頭領を真っ先に殺して良いのでしたら交渉も何も無いでしょうが、それではあの魔族が暴走してしまうでしょう。クグツ戦に関しましては、負ける気はありません。マスターはあの頭領の出してくる策の本質を見誤らないようにお願いします」

「わかりました」


 そう俺が頷くと、マチルダさんの頬が少しだけ緩んだ。


「……頭領は銃を下ろしています。いいですか、マスターは自身の安全を第一に考えてください。あなたが無事であれば活路は必ず私が開きます。……頭を柔軟に、使えるモノすべてを踏みつけて勝者の頂へとたどり着けますように。私をそのための駒と考えて頂いて結構ですから」


 そう言うと、マチルダさんはダダジムカーテンを降ろした。

 待ちかねたかのようにお頭は一歩前に出ると、右手の銃をちらつかせながら言った。


「さあ、どうする? 具体例を挙げなくては決断がつかないか? 実はわたしのアイテムボックスには、あとふたつのTNT爆弾がある。壁を吹き飛ばしたのはその小さい奴だ。もちろん簡易リモコン付きの起爆装置もある。なんならそいつをドルドラに背負わせてクグツ合戦を始めるとしようか。トーダ、先鋒は爆発四散でドローだ。次鋒のあの小さいドワーフを今すぐ呼んでおけ。もしくはアンジェリカをここに呼んでおくんだな」

「て、TNT……!?」


 俺はギョッとして聞き返した。


「マスター、それはどんな爆弾なんでしょうか」

「っと、だな。確か漫画に書いてあったんだけど……」

「……?」


 ――TNTトリニトロトルエン爆弾。

 お頭のアイテムボックスに入っていたのはそれだったのか。しかもまだふたつ。

 感情スキルで動揺は抑えられてはいるものの、俺の内心は穏やかではなかった。

 壁を吹き飛ばしたのは魔力がらみのものではなく、爆薬類であるだろうとは思っていたが、それでもせいぜいこの世界で作られたダイナマイト程度だと思っていた。

 黒色火薬は硝酸カリウム・硫黄・黒炭の“混合物”。TNTは“有機化合物”で、存在が黒色火薬より安定していて、容量が同じなら威力はほぼ倍らしい。

 壁を吹き飛ばしたのが仮にTNT爆弾1個(1塊?)だとすると、それがまだふたつあるのか。


 ドルドラの身体に巻き付けたとして、それはもう自動追尾型の兵器の域だ。しかも死を恐れず、死霊の槍で強化された恐ろしく頑丈で強靱で鈍感な肉体は首を切り落とさなければ決して止まることはないだろう。

 弓術士ならいざ知らず、戦士マチルダが相手をするなら剣の届く場所まで接近しなくてはいけない。

 首を切り落としたところで、リモコン型起爆装置で遠距離爆破。

 人体でそのすさまじい威力を受け止められるわけないだろう。間違いなく粉みじんだ。


 俺が知ってる程度の知識で説明を終えると、マチルダさんは感慨深そうに頷いた。


「……物騒ですね。なら、ルール6を認めた場合はどうするつもりなのでしょうか。その爆弾を引っ込めるんですか?」


 お頭は唇を舐めるようにして笑うと、


「先鋒には背負わせるつもりはないな。ローも一人目ぐらいは楽しませてやってもいいだろう。その結果、まあ……仮にこちらの先鋒が負けた場合、次鋒が爆弾を背負って自爆。ちょうどいい、三人目で始末を付けることにしよう。せっかくロー公が作ったクグツだ。せいぜい有効利用するとしよう。

 たしかルール3は“持てる力をクグツに注ぎ込んで正々堂々と戦いましょう。”だったな。まさか武器は良くて爆薬を使ってはダメと言うことはないだろうな」


 俺はグッと唇を噛んだ。

 お頭が先鋒ではなく、次鋒に爆弾を巻き付けると宣言した理由は、先鋒が戦っている間にお頭達がスタコラとその爆心地から離れるための時間稼ぎだろう。TNTの殺傷有効範囲はどれくらいなんだ? リモコン付きの起爆装置があるというのだから、おそらくそれが機能する距離まで離れるつもりなのだ。

 

 作戦が裏目に出たかも知れない。

 ――それとも今すぐお頭を殺して、ロー公と3体のクグツとを同時に相手するか?

 いや無理だ……。主人を殺されたロー公の怒りの矛先はおそらく俺にも向くだろう。アーガスやトルキーノもまだ生きている。  

 どうする……。今すぐダダジムだけでもを呼んでおくか?


 そんな俺を察したのか、マチルダさんが口を開いた。


「いけませんねぇ。それはルールその2に抵触します。“お互いの陣営のメンバーには手を出してはいけません。”つまり、クグツ合戦の最中、私のマスターが爆発に巻き込まれて死んでしまうおそれがあります。TNT……でしたか、威力が高い爆弾と言うことはなんとなく分かりますが、クグツだけならまだしもマスターをも巻き込むのはダメでしょう。

 それになにより、ルールを遵守するというのなら、私のマスターと死霊の槍の彼以外の第三者が爆弾を使って無差別攻撃でクグツ合戦に介入することはルール違反に当たるはずです。そのリモコンは死霊の槍の彼に渡すべきではありませんか。それを彼がクグツに持たせて、クグツ自身がマスターに危害を及ぼさない範囲で起爆させるのなら納得できますが、第三者である頭領がクグツ合戦を妨害する理由で操作するというのなら、それは明確なルール違反に当たります」


 ど、道理じゃ……。

 俺はマチルダさんの背からパァァと後光が差しているのが見えた。

 お頭は顔をしかめると、これ見よがしに「チッ」と舌打ちをした。


「モー、お頭は邪魔しないでヨー。爆弾はもう使っちゃダメだヨー。ライター渡しテ」

「ふん。……それでどうするんだ、トーダ。ルール6を認めるか、それとも木っ端みじんか、とっとと選べ」


 お頭はロー公を無視すると、銃を抱えたまま腕を組み、髪を揺らした。

 俺はチラリとマチルダさんを見るが、マチルダさんは前を見据えたまま動かない。伝えたいことはさっき伝えた、後は俺に任せるって事だろう。

 ルール6は『今後は3人でルール作りをする』というものだ。お頭はどうせろくでもないルールを追加してくるつもりなんだろうけど、ただ、その条件さえ呑めば逆にお頭達をこちらのルールで縛れる利点もあって、決して悪いことじゃないと思う。

 ただどんなルール追加をどんな風に強要してくるのかが問題なんだけど……。

 俺はそう思いつつも、お頭に向けて口を開きかけたとき、マチルダさんが言った。


「そのTNT爆弾とやらは本当にあるのですかねぇ。良かったら見せてもらえませんか」

「……今見せるわけにはいけないな。楽しみは吹き飛ぶ直前までとっておけ」

「ふと思い出したんですよぉ。壁を吹き飛ばしたとき嗅いだ臭いは覚えがありましてね、鉱夫がよく使う火薬の臭いと同じでした。

 ――そういえばですねぇ、あなたに銃で撃たれたときも確か爆弾がらみでしたよねぇ」


 微笑みをたたえたままマチルダさんの目がスッと細まり、


「錬金術師という輩は本当に嘘つきが多くて……懲らしめるのにもよりいっそう力が入るというものですかねぇ」


 俺はギョッとしてお頭を見た。

 お頭は動揺した様子もなく涼しい顔をしていたが俺の目を見ようとはしなかった。

 だ、騙されたのか?!

 どうやらアイテムボックスの中身は爆弾ではないらしい。


「……ふん。せっかくの余興と洒落込みたかったが、気が失せたな。どうやらトーダも卑怯なことをしてでも勝ちたいようだし、クグツ合戦というのは所詮この程度のもののようだな」

「お頭ひどいヨー」

「黙れ」


 ぴしゃりとそう言うと、お頭はロー公ではなく、

 唐突に銃口を向けられ、片目を大きく見開いたトルキーノに、お頭は銃をぶっ放した。


 バァン!! 


 銃声が闇の中響き渡り、トルキーノは呻き声も上げられず、ドサリと倒れた。

 お頭は硝煙煙る拳銃をしまうと、ロー公に向けて言った。


「ロー、トルキーノをクグツ化しろ。【聴音スキル】の強化と、わたしの命令を何でも聞くように調整するんだ」

「ウン、わかったヨー」


 すぐさまロー公が反応し、倒れたトルキーノに近づくと、停まったばかりのその心臓に死霊の槍を突き刺した。


「どうして、トルキーノさんを撃ったんですか?」


 何が何だかよく分からなくて、喉の奥からそんな疑問が震えながら這い出てきた。

 トルキーノを撃ち殺す理由が分からない。撃ち殺したお頭を咎めないアーガスも分からない。

 お頭はだるそうな目をこちらに向けると、


「まあ、見ていろ。百聞は一見にしかずと、そういうじゃないか」


 俺はそれ以上何も言えず、ロー公は甦ったトルキーノに再度死霊の槍を突き刺し、何かを口にした。トルキーノの目が赤く光り、ロー公ではなく、お頭に向かって頭を垂れた。

 俺は吐き出して少なくなった分の空気をゆっくり吸い込むしかなかった。

 

「マスター。どうやらあの頭領のアイテムボックスの中にはTNT爆弾というものは入っていないようですね。入っていてもせいぜい導火線の着いたダイナマイト程度のものでしょう。

 ――さて、マスター。あの頭領の首を今すぐ刎ねるのが、私としてはお勧めではありますけれど、いかがでしょうか」


 マチルダさんが何かを期待するような、ねだるような目で俺を見る。

 ……。だけど、それじゃ……。

 その時、なにかさざ波のような震えが足裏をくすぐった。慌ててお頭の方を見ると、クグツとなったトルキーノが地面に耳をつけ【聴音スキル】を発動しているところだった。

 おそらく今の足裏に感じた微かな震えはトルキーノが放った魔力波かなにかなのだろう。

 

 むくりと立ち上がったトルキーノが包帯ぐるぐる巻きの右手をある方向に向けた。

 そしてロー公がトルキーノのクグツ語を翻訳し、お頭にこう伝えた。


「アンジェリカはネー、ここからあっちの方角に22メートル行ったところにある民家の軒下に寝かされているっテ」

「ははぁ。昨夜は夜通しだったと聞いたからな、夜更かしはできないというわけか。ふん、割と近かったな、早速行ってみるか」


 お頭はふふんと鼻で笑うと、俺に視線を向けながら続けた。


「おまえ達ネクロマンサーはここで不毛なクグツ合戦でもやっているんだな。わたしたちは邪魔をしないように向こうに行っておこう。……ロー、間違っても負けるなよ」


 お頭は握った拳をロー公の腹に軽く打ち付けた。ロー公はくすぐったそうに笑い、


「ウン! ボク、クグツ合戦ってまだしたことないんダ! 初めてだヨー。ワクワク、ワクワク。死霊の槍も同じクグツに向けてまだ2回以上【強化】させたことなかったから楽しみだヨー」

「そうかそうか。ハルドライドが目を覚ましたらわたしのところに来るように言っておけ。クグツにはするな。お前が使っていいのはそこの3体だけだ。わかったな。アーガス、行くぞ」

「わかったヨー。ガンバルヨー」


 ロー公がブンブンと死霊の槍を振りながらお頭達を送り出す。

 無意識にそのあとを追おうとする俺をマチルダさんは止めた。


「マスター、落ち着いて。頭領の目がこれでしばらくなくなります。今のうちにすべて片付けてしまいましょう。頭領はそのあとでも充分間に合います。さぁ、マスターはお猿ちゃん達に乗って離れていてください」


 マチルダさんが心配そうな顔で俺を覗き込む。

 ――俺は、


「ああそうだ、トーダ」


 アーガスに向け何か話していたお頭が、ふと思い出したかのように俺に視線を向けた。


「アンジェリカの首を楽しみに待ってろ」


 今さっきまで有利な立場じゃなかったのか――?

 一体いつから立場が逆転したんだ?


「わかりました。ふてくされるのはそのくらいにして、クグツ合戦を見学していってください。ルールその6にお頭も混ぜれば、俺の仲間であるアンジェリカには手を出せない。そういうルールでしたよね」


 掠れ気味の俺の声に、お頭の歩みは止まり、ゆっくりと振り向いた。

 俺が観念してそう言い出すのを待っていたのか、唇は薄く開き、目が嗤っていた。

 いつの間にかマチルダさんの手は俺の肩から離れていた。


「何だ、気が変わったのかトーダ。その通りだ、ルール1~4を遵守し、わたしたちはおまえ達に危害を加えたりはしない。わたしたちの手下……仲間でもなんでもいい――こうなったトルキーノも含め、おまえ達には手を出さないと約束しよう。当然、おまえ達の仲間もわたしたちに危害を加えないと誓えるか?」

「……わかりました。ルール6はお頭も参加しての新ルール作りになる、そういうものにします」

「いいや、新ルールのみならず、ルール1~4の改善・変更・解釈もすべてわたしたち3人で決める。それでいいな、ロー」

「もちろんイイヨー。ワー、お頭が戻ってきたヨー。ヨーシ、ボク、張りきっていいとこ見せちゃうゾー」


 俺は知らず胸元を掴んでいた。

 どういうわけか呼吸が荒くなっていて、酸素がうまく肺や脳に取り込めない。

 今の俺はまるで陸に打ち上げられ、のたうち回る魚のようだった。


「マスター」


 気がつけばマチルダさんが真正面に立っていた。「落ち着いて」と静かに言い、胸元を掴む俺の手に手を重ねてきた。


「マスターの後ろにお猿ちゃん達が集まっています」

「あ、ああ……」


 振り返ると、ダダジム達がそこに陳列していた。

 俺はマチルダさんに触れられたことで落ち着きを取り戻したのか、深呼吸を何度も繰り返した。

 そしてダダジムに簡潔に事態を伝え、ロッドとの情報共有とアンジェリカをどこか安全なところに移動させるように命令をした。

 駆けていくダダジムを見送りながら俺は自身に【鑑識】をかけた。もしかしてと思ったが、やはり平常心スキルは切れていた。

 おかしい。まだ1時間も経っていないはずだ……。使用期間がだんだんと短くなっているような気がする。なぜそう思うかというと、その他の一般スキルはまだオンのままなのだ。

 持続効果に波があるのか、それとも連続使用や精神負荷のたびに短くなっていくのか。

 だけど、それを検証している時間も余裕も無かった。


 マチルダさんは俺に背を向けていた。いや、むしろ俺を背に守るようにしてお頭達と向かい合っていた。 

 ……。おそらくマチルダさんは安全確保のためにも俺がダダジムの背に乗っていて欲しかったのだろう。ダダジム達がアンジェリカやロッドのために費やしている時間は、お頭やアーガスが見つめるなか、俺はひとりなのだ。  

 俺は平常心スキルをオンにすると、もう一度大きく深呼吸し気持ちを切り替えた。


 今からロー公たちと“クグツ合戦”をする。


 ネクロマンサー同士が力比べのため、お互いの力量を測るため、クグツを戦い合わせるものだ。

 これはアドニスの追憶から得た他所のネクロマンサーの情報だった。

 クグツ合戦を挑まれれば“断れない”――魔族系ネクロマンサーの習性というか、慣習なのだそうだ。

 酒を勧められたら呑むみたいな。据え膳食わぬは男の恥みたいな。


「…………」


 それにしても、お頭から『新しいルール追加』の強要が行われない。

 お頭達はドルドラを1番手に決めたらしく、ハルドライドの剣とボルンゴの槍、それにトルキーノの投げナイフなどを装備させていた。戦士であるドルドラはどれも扱えるようにとのことだろう。

 それもやがて無事終わった。

 …………。

 あとはよーいドンの合図をすればいいだけだ。お頭は結局俺には何も言ってこず、アーガスと何か話している。

 新ルールで俺たちを不利にするのが目的じゃないのか?

 何を考えているのか、分からない。


『彼らは決して自分の利にならないことを口にしたり、行動を起こしたりはしない』

 マチルダさんの言葉が甦る。


 ――いい。とにかくも、クグツ合戦が始まってしまえば、こちらのものだ。

 ルール1~4をお頭に遵守させる言質は取った。言質がある以上、ロー公がルール違反を見逃さず、また許しもしないだろう。

 少なくともアンジェリカも俺もクグツ合戦中はお頭連中から攻撃を受ける心配はなくなるはずだ。

 トルキーノも死に、クグツの数は増えたが、ロー公を除き自発的に行動を起こせる人数はたった三人で、しかもうち一人はまだ気絶している状態だ。

 残り4人……。

 すでに村からの撤退を実行してもおかしくない人数にまでなってきている。


 お頭側がロー公の死霊の槍の力を認めているからなのか、それとも俺がマチルダさんの力量を過信しすぎてしまっているのか、どちらにしろもう後戻りはできない。


「っと、なんだこれ、すごい汗だ……」


 思わず独りごちる。

 平常心スキルのおかげか不安と胸の閉塞感は解消されたのだが、両手のひらには汗がぐっしょりと滲んでいた。

 俺は乱暴に手のひらを服で擦ると、マチルダさんの横に並んだ。


「準備はいいですか、マチルダさん」


 平静を装いそう声を掛けてみるが、マチルダさんは両眉を上げておどけた風に驚いてみせた。


「はい。準備万端ですよぉ。ほらほら、マスター、端正なお顔が強張っていますよ。クグツ合戦の指揮が初めてだからってそんなに気負う事なんてないんですよぉ。なんたって私には“秘策”がありますからねぇ」


 にんまりと笑って見せた。


「……秘策、ですか」

「ええ、ええ。ですからもっと肩の力を抜いてくださいな。リラックスして深呼吸してくださいな」


 マチルダさんが俺の胸の辺りをぽんぽんとあやすように叩いた。

 一瞬、お頭の視線がこちらを向いたような気もするが、またすぐにアーガスと何かを話し合っていた。

 ロー公はドルドラの心臓に再び槍を差し入れると、呪言を唱え、ドルドラの目を修復した。鈍い光を灯す赤い目がふたつ、こちらを向いた。

 ロー公がさらに続けた。


『槍よ。死霊の槍よ。ひとつの命に我が血を捧げ魔力の儀として魄に換えよ。それを用いて滅び行く肉体の力となれ――』


 ドルドラの身体が小刻みに震え、目の赤い光が増す。


『槍よ。死霊の槍よ。ふたつの命に我が血を捧げ、魔力の儀として魄に換えよ。それを用いて滅び行く肉体の力となれ――』


 メキメキメキと筋肉のおこりが活烈となり、ドルドラの肉体が一瞬膨れあがり、やがてもの凄い力で絞り上げられるようにまた元のサイズに戻った。

 だが、以前よりも強化されているのは誰の目にも明白だった。

 そしてロー公は最後の呪言に入った。


『槍よ。死霊の槍よ。みっつの命に我が血を――』

「ロー。肉体強化はもういい。それよりもドルドラには戦闘技術が必要だ。ハンマー振り回すだけじゃ前と変わらない。もう少しアタマを賢くしてやれ」


 お頭の余計なアドバイスがロー公に伝えられる。

 ロー公はうれしそうに頷くと、


『槍よ。死霊の槍よ。みっつの命に我が血を捧げ、魔力の儀として魄に換えよ。それを用いて滅び行く精神の知に宿れ――」


 ドルドラの身体がビクリと震え、槍が抜かれると小刻みに震えていた身体もだんだんと落ち着きを取り戻してきたようだった。

 ゆっくりとドルドラの顔が上がる。その顔はドルドラであってドルドラではなかった。憤怒も苦悶も何も無い、その魔ともヒトとも言えないような貌からは、ただ静かな赤い光が灯り、ジッと俺を見つめていた。


 俺はその視線から逃げるようにマチルダさんを見た。


「その秘策って言うのは、なんですか」

「それはですねぇ……」


 うふふふ、とまるでいたずらを隠しきれないような軽い調子で口元を押さえながら、マチルダさんは内緒話でもするように俺の耳元で言った。


「……お猿ちゃん達が戻ってくるまで決して気を抜かないでください。あのクグツではなく頭領に。私はこういうのに慣れていますから心配はしないでください。今のアレでも勝てます。戦闘中、私は意識を戦いに集中させていますから、呼びかける場合は【ネクロマンサーの指輪】に魔力を送り、名前を呼んでみてください。どんなに小さくても私には届きますから」


 真剣な声だった。

 マチルダさんは身を離すとにっこりと笑ったあと、俺の背にしがみついているアラゴクを撫でた。


「――ほら、“秘策”でしょう?」


 俺は何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。

 “はったり”だった。


「おい、そろそろ始めないか。こっちの準備はだいたい整ったぞ。……で、どうするんだ? 合図でも号令でも掛けるのか?」


 苛ついたようなお頭の声がかかった。


「あ、はい。……わかりました。ロー公先輩、始めてもいいですよね?」

「イイヨ-、バッチコイだヨー! テシシシシシシッ!」


 俺はマチルダさんに視線を送ると、マチルダさんは俺にウインクをして中央に歩み出て行った。


「さあ、ドルドラ。わたしのために残りの“命”すべてを使い切ってこい」

「ゴーゴーゴー!」


 ドルドラがハンマーを手にゆっくりとした足取りでマチルダさんに近づいていく。

 その途中で、


「すみません、ちょっといいですか」


 マチルダさんがお頭達に声を掛けた。

 何の打ち合わせもないことだったので俺はギョッとした。お頭はそんな俺を一瞥すると、視線をマチルダさんに向けた。


「……なんだ」

「ええ。さっき私が蹴飛ばして転がしたそこのヒトなんですけど、邪魔なので視界の隅の方にでもどけておいてもらえませんか? 死合い中に急に起き出して飛びかかられましても困りますので」


 うっかり踏みつぶしてしまいますよ、とマチルダさん。


「…………」

「ボクがどかすよー」

「いえいえ。私がどかしますよぉ。私の方が近いですからねぇ。相手側とはいえ、今から戦うクグツのマスターにそんなご足労させてしまうのも申し訳ありませんからねぇ」


 気を利かせてハルドライドに近づいていくロー公をマチルダさんは笑顔で止めた。

 そしてうつ伏せに倒れているハルドライドの前に立つと、


「さぁ、避けないと首を切り落としてしまいますよぉ」


 大剣を両手で振りかぶり、「ハッ――!!」と、左足を踏み出すとともに“左手”を振り下ろした。

 途端、それまでピクリとも動かなかったハルドライドがまるで自動車にでも刎ねられたかのように後方に吹き飛んだ。そして草むらの中に背中から落ちゴロゴロと転がった。


「ま、マチルダさん!!?」


 俺は思わず叫んでいた。


「いえいえ、私は何も相手を傷つけるようなことはしてませんよぉ。どうも狸寝入りをしているようだったので自発的にどいて頂いただけです」


 マチルダさんは頭上から振り下ろした『ピースサイン』の左手を俺に振って見せた。

 大剣はいまだに頭上の上にあって、右手に握りしめられていた。片手だけ振り下ろしたのだ。

 たとえ寸止めであっても大剣を振るう行為自体はルールに抵触するかも知れないが、マチルダさんの振り下ろしたのは左手の『ピースサイン』だった。

 ルールには何も抵触していないのか、お頭は眉間に皺を寄せていた。

 つまり、斬り殺すフリをしてハルドライドの狸寝入りを見破ったのだ。


「うぉ~、ビビったぜー。マジ殺されるかと思った」


 飛びすさった草むらから鼻血の痕を拭きながらハルドライドが現れた。


「うふふふふっ。あなた、私が本気でしたら今頃あちらに並んでますよぉ」


 マチルダさんは快活に笑うと右手首を返し、大剣をブンと振った。その剣先にはボルンゴたちがゆらゆらウロウロと出待ちをしていた。

 ハルドライドは「うげぇ」と言う顔をしながら、お頭達から少し離れた樹に背を預けた。

 

「おい。早く始めるんだ」


 お頭が苛立った声を上げた。


「そうだヨー。クグツにみっつの【強化】を加えたから、あとたった15分しか保たないヨー」

「……っの、馬鹿が!!」


 お頭はロー公の失言に腹を立てたのか、ロー公を引っぱたいた。


「あらあら、マスター。これはいいことを聞きましたねぇ」と満面のマチルダさん。


 そうか、死霊の槍でみっつの【強化】を施した場合、20~15分くらいしか保たないのか。

 ……もう少しくらい時間稼ぎしようかとも思ったが、お頭が銃を抜いていたので先に進めることにした。


 そうしてわずか3メートルの距離を空けてマチルダさんとドルドラは立ち止まった。

 マチルダさんは深く腰を下ろすと大剣を腰だめに構えた。堂に入っていて、落ち着いた様子だった。

 ドルドラは両手でハンマーを握ると、まるで足下の杭を全力で打ち込むかのように、馬鹿みたいに大きく振りかぶった。――まるで成長していない……。


 あんまり賢くなっていないのかも。そう期待しつつ俺は右手を掲げると、


「第一回、異世界クグツ合戦ぽこすか。ネクロマンサー、トーダの名において、ここに開戦を宣言する!! 先鋒戦、いざ尋常に――始め!!」


 ふたりの間を切り裂くように、勢いよく腕を振り降ろした。

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