第81話 第一回、異世界クグツ合戦ぽこすか①

「あなたは戻ってこられないと思いますけどね」


 顔を両手で覆ったまま地面に突っ伏すドルドラの傍らに、悠然と立つマチルダさんが、ゆらりと大剣を持ち上げる。

 俺は慌てて止めようと口を開きかけるが、マチルダさんが俺に向けて目配せをしてきた。


「マスター。首は切り落としておきますか? それともへし折って心臓だけ停めておきましょうか?」


 むむっ、気遣いのできる女、マチルダさん。

 とりあえず殺すことは決定しているらしく、死体の状態をどうしましょうかと尋ねてくる。

 おそらくだが、クグツにしますか? それともクグツにさせませんか? と言う意味なんだと勝手に解釈する。

 ドルドラが情けない悲鳴を上げ逃げだそうとするが、マチルダさんに背中をぶぎゅると踏まれ地面に這いつくばった。

 驚異的な強さと、盗賊たちとはまたひと味違う『人を殺す』ことへの意識。……この人は一体どのような人生を歩んできたのだろう。


「そうだな……、とりあえず尾骨が痺れてしまうくらい全力でおしりを叩いてあげて」


 ともあれロー公の前で『俺たちが殺人を犯す』というのは、ロー公を利用する上で誤解を生じさせてしまうため、この場はお尻ペンペンで許してあげましょう。


「はいな」


 マチルダさんは嫌な顔ひとつせず、ドルドラの尻をぶっ叩いた。

 バシン!! というお尻の肉をバーストさせたかのような快音が響く。ドルドラの巨体が宙に浮き、幼子のような悲鳴を上げて地面に転がると、そのまま尻を押さえてシクシクと泣き出してしまった。 


 周りを見れば、ハルドライドは未だに気絶しているのか仰向けでひっくり返っており、ボルンゴは一応生きているようだが細かく震えている。 

 主力の3名がほぼノックアウト状態で、残りはサブンズとトルキーノ。アーガスとお頭。それにロー公だけだ。


「――さて、お頭。どうやらこっちのほうが有利みたいですね。形勢逆転って奴かな。全裸で『ごめんなさい、何でもするから許してにゃん』って謝るなら今のうちですよ。なーんて」


 俺はへらへら笑いながらお頭に言った。

 言葉通り、許すつもりも謝らせるつもりもない。転生者だろうが選出者だろうが、アンタはこの世界で悪いことをしすぎた。その責任――じゃなくて、ツケを払ってもらうことになる。


 当然のことながらお頭は怒り心頭のようで、こちらを恐ろしい目で睨み付けてきた。


「ロー、今すぐトーダを殺せ。クグツにしても構わん。殺せ!」


 マチルダさんがその言葉に反応しようとするのを目で制しながら、俺はロー公に言った。


「お頭ったら、あんなこと言ってますけど、ロー公先輩的にはどう思いますか?」

「トーダは殺さないヨ。それに同じネクロマンサーなんだモン。ネクロマンド族は仲間を大切にするんだヨー。テシシシシシシッ!」

「ですってー、聞きましたかお頭ー。ロー公先輩と俺は仲良し小好しなんですよ。わかったら、とっとと敗北を認めて素っ裸になったらどうですか? 生えて無くても笑いませんから」


 俺はロー公の陰に隠れながら言った。ロー公の中では俺はまだお頭の“仲間”という認識のようだ。これを利用しない手はない。

 

「……調子に乗るな、トーダ。おい、アンジェリカはどうした。どこにいる」


 お頭が唸る。アーガスも鼻に皺を寄せている。


「他人のことより自分の心配をしたらどうですか? 主力の3人がノックアウトじゃないですか。お次はアーガスさんですか? それともサブンズさんが出てきますか?」


 俺は順にアーガス、そしてサブンズに圧縮ブロブ弾を向ける。そして汚らしく「Booooooo」と下唇を震わせた。それが可笑しかったのか、ロー公だけがケタケタと笑った。

 挑発に次ぐ挑発。さぁて、どう出る?


「ロー。こっちに来い。話がある」

「ウン。今行くヨー――? トーダ?」


 ロー公がお頭に向かって駆け出すが、俺がロー公の【死霊の槍】を持っている右手首を掴んでいたものだから、ロー公の腕がぴんと張られた。ロー公が俺を振り返る。


「いいえ、なんでも。今外します。……マチルダさん、警戒しながらこっちへ」


 俺は代わりにマチルダさんを呼んだ。

 ロー公はお頭の言葉通り即座に動くため、ぼぉ~っとして気を抜いていると、あっという間に孤立してサブンズやお頭の恰好の的になってしまう。

 今回も手首を掴んでいたおかげで次の段階への切り替えタイミングがつかめたわけだ。

 ちなみに、ブロブにはロー公の手首を溶かさないように伝えてあった。ただ、俺がロー公の手首を握っている間、簡単には外れないようにロックしてもらっていたのだ。

 俺は指を鳴らすと、後ろで控えていたアラゴグがカサカサと寄ってきて俺の背中に這い上ってきた。「クルルルルル……」とアラゴグが待機していた辺りからダダジム達の鳴き声が聞こえた。

 俺はそのままサブンズが隠れている屋根の上に指を向けると、アラゴグに小さく呟いた。


「合図は送らない。自分のタイミングで動いてくれ」


 そして、お頭の元へと駆け寄ろうとするロー公と、柔和な笑みを浮かべながらゆったりとこちらに歩いてくるマチルダさんが、視線を全く交わさず、すれ違う。


「ロー、そいつを殺せ」

「ウン!」


 その瞬間を待ちかねていたかのように、お頭が命令を下した。

 二人とも、確実にそうなると分かっていたのだろう。当然俺もそう思い、だからこそ俺はサブンズを警戒してアラゴグに命令を与えていたのだ。二人がぶつかり合う瞬間をお頭やサブンズが見逃すはずがない。そうなる瞬間にあわせて、アラゴグの糸に引かれてもムチウチにならないように身構え、心の準備はしておいたのだ。

 二人がぶつかり合えば俺の身を守ってくれる存在がいなくなる。そうなればすぐさまダダジムSUVに飛び乗らなくちゃいけない。

 だけど、ロー公とマチルダさんがぶつかり合う――ことは無かった。


「っ――あがっ??!!」


 確かにロー公とマチルダさんは同時に動いたのだ。

 だが、互いに向けて……ではない。両方ともサブンズに向けて武器を放ったのだ。

 目も合わそうとしない二人が申し合わせたとは思えないが、マチルダさんはボルンゴの槍を投げつけ、ロー公は死霊の槍を投擲していた。そして両肩にそのふたつを受けて、サブンズは屋根から地上に落下した。


「サブンズ!」


 トルキーノが慌てたようにサブンズに駆け寄っていく。だが、その表情は引きつり、サブンズがもう長くは保たないのだと分かった。


「モー。トーダに矢を向けちゃダメだって言ってるデショー」


 ロー公が腰に手を当ててぷんすか怒り、マチルダさんは泰然と近くに落ちていたダダジムグールの遺体を首を掴んで持ち上げていた。


「ごっ、ごぶぶぶぶぶっ、ごぼごぼ……」


 サブンズが激しく咳き込み、肺に溜まっていた血を吹き出した。トルキーノがお頭に向け、ふるふると頭を振った。サブンズはもうじき死ぬらしい。

 お頭がサブンズの元へと移動し、アーガスもそれに続いた。


 これで、ハルドライド、ボルンゴ、ドルドラにサブンズが戦闘不能に陥ったわけだ。

 残りはトルキーノ、アーガス、それにお頭だけだ。

 

 ところで、なぜ俺がハルドライドたちをマチルダさんに殺させずに生かしておいているのかというと、ちゃんと俺なりの理由があるからだ。

 無論、彼らを蹂躙させ、浴びるようにアムリタを貪りたい衝動に駆られたりはするものの、そこは平常心スキル、きっちりと抑制してくれている。

 理由は、ロー公がネクロマンサーで、【死霊の槍】でクグツを量産できるからだ。

 こちらが一人でも盗賊側を殺せば、お頭は大義名分を得ることになり、ロー公はその死体をすぐさまクグツにするだろう。俺は【死霊の槍】の性能をほとんど理解できていない。生前よりもパワーアップさせられるということぐらいだ。首を切り落としておけばクグツに出来ないという確証もない。

 死体が出ていない状態でマチルダさんとロー公が直接ぶつかり合えば、その隙を突いてお頭やサブンズが銃や弓で俺に直接攻撃を仕掛けてくるに違いない。

 俺がいくらウチのダダジムはペットだから殺すなと言っていても、お頭が命令すればロー公は殺すだろう。だから事が起こる前には近くには置いておけない。

 事が起こってしまえば、俺にはアラゴグやダダジムの力を借りることでしか身を守ることができないのだ。

 

 向こう側ではお頭がロー公をぶん殴り、それでもケロッとしているロー公がサブンズの肩から容赦なく死霊の槍を引き抜いたところだった。

 マチルダさんがそんな彼らの様子を横目に見ながらやってきた。右手には大剣を。左手にはなぜかダダジムグールの首を掴んで引きずっている。


「マチルダさん、それは……?」


 俺が聞くと、マチルダさんはダダジムグールの屍体を掲げて見せた。


「ええ、これはですねぇ、あの頭領の弾よけに盾代わりにでも使おうかと思いまして。この大剣でも弾くことはできますけど、それだと音がうるさいでしょうし、跳弾も気をつけないといけませんから。その点、このワンちゃんの獣皮はいいですねぇ。衝撃を分散できるようで、弾丸も貫通を防げそうです。時間があればですねぇ、マスターをこのワンちゃんで囲ってしまいたいくらいなんですが――」


 スッと、マチルダさんが顔を寄せてくる。小声に替わり、


「どうも“殺さない”という方針のようでしたので、私も敢えてあの弓術士は急所を避けたつもりだったのですが、結果として屋根から落ち、首の骨を折りました。あと数分で死亡するものと思われます」

「マチルダさん、例えばあの弓術士が【死霊の槍】の力を借りて、生前の3倍の力量で“クグツ”として甦った場合、勝てますか?」

「勝てます。マスター」


 即答だった。

 口元がほころびかけた俺に、マチルダさんが「ただし」と付け加えた。


「そこに倒れている全員が3倍の力量でもって同時にかかってきた場合、苦戦を強いられることは必至でしょう。私が負けることはあり得ませんが、ただし、マスターの身を案じるまでに心を残せるかと問われますと、それは難しいでしょう」


 マチルダさんが真剣な目で俺を見上げてくる。

 つまり、クグツにされた盗賊たちが一気に“俺”を襲うように命令されたとしたら、庇いきれないと言うことなのだろうか。


「1対1なら勝てますか?」

「あの程度の連中でタイマンなら、力量の5倍までなら相手できますよぉ」


 冗談とも本気ともとれない笑みを浮かべると、マチルダさんは盗賊たちの方に振り返った。

 向こう側では、まるで俺たちがこの場にはいないかのように、トルキーノがお頭とアーガスを相手に、瀕死のサブンズを囲んでなにか言い争っている。

 ロー公はその輪には加わっておらず、しゃがみ込み、死霊の槍を手に無機質な目でサブンズを見下ろしていた。


「私の懸念は、マスター、あなたが私の手や目の届かないところで危険な目に遭うことなのです。マスターは【戦士】の短所をご存じですか?」

「えっと……わからない。なんですか?」


 イザベラのところで小玉を使い、いくつかジョブ関係のステータスを覗いていたけれど、戦士のジョブは世間的にもメジャーな上、割とシンプルっぽかったので情報開示を割愛していたのだ。 

 マチルダさんは、申し訳なさそうにぽつりと言った。


「【戦士】の短所としましては、戦闘に特化したジョブ故に、その集中力が戦闘中にふんだんに発揮されることなのです」

「それって……別にいいことなんじゃないですか?」


 戦闘中に集中力が増すって、それはもう長所なのでは?

 マチルダさんがかぶりを振る。


「戦闘に集中しすぎるため、周囲の声が聞こえません。つまり、戦士にとって最高のコンディションとは、戦闘の真っ最中であり、高揚し、集中しすぎて周囲に目もくれない状態のことを言うのです」


 …………。

 あー、そういえば、ハルドライドがパビックの追憶の時になんかそういうことを言ってたな、『戦士は戦ってると、ハイテンションで周囲に気が回らなくなる』とかなんとか。


「……つまり、戦いに没頭しすぎて、俺の安否にまで気が回らなくなるって言うことになるのかな?」

「はい。申し訳ありませんが、そういうことになります。あの程度の連中なら、マスターに気を分散させつつ戦い続けることは造作も無いのですが、あの魔族クラスや、3倍以上の力量のクグツともなると、私も戦闘に集中せざるを得なくなるでしょう」


 そして、マチルダさんはゆっくりと視線をお頭たちに向けた。


「弓術士の方は以前から何度も倒してきたこともあって、感覚で避けられたのですが――」


 先ほどまでお頭に食って掛かっていたトルキーノが暗い顔で肩を落としていて、お頭に何か告げられたロー公がニコニコ顔でサブンズに刺さっていたドルドラの槍を無造作に引き抜いた。

 俺たちの視線を感じたのか、お頭がこちらに一瞥をくれるが、何も言わず瀕死のサブンズに目を落とした。


「とくに、あの頭領が持っている銃はやっかいですねぇ。私の知っている銃とは違うようです。どういう仕掛けか魔力の凝集、波散が起きていないのに銃弾を撃ち出すことができます。前兆を窺えないのが脅威ですね。そのため銃口と引き金にかかった指に気を留める必要があり、集中力の半分くらいはそこに使っていました」


 あの乱戦で3人を圧倒しただけでもすごいのに、しかもそれがお頭の銃を警戒してのことだったとは。

 ……だが、今の話を聞いてようやく踏ん切りが付いた気がする。


「ですから、マスターはあのお猿ちゃんに乗って、どうか安全なところまで離れていてください」

「いや、ダダジム達は近くに配備させては置くけど、今はまだ乗って逃げることはしない」

「マスター」


 マチルダさんが初めて心配そうな表情を見せた。


「逃げない代わりにロー公に『ルール』を遵守させることにする。誰ひとり逃がさない代わりに、ネクロマンサー主催の出場者とうぞくが死に絶える“クグツ合戦”を開催する。マチルダさん、順番を間違えないでください。お頭は“一番最後”です。ロー公ジョーカーが最後から2番目。この順番を違えると俺の作戦が根底から崩壊してしまうので、よろしくお願いします」  

「わかりました。マスター」


 マチルダさんが頷く。

 あちらではちょうどサブンズが死んだところなのか、それとも生きたまま【死霊の槍】で心臓を突かれたのか、ロー公が槍を手に呪言を発していた。


『【死霊の槍】に貫かれし心臓よ。死霊の宿りし心臓よ。我が呼び声に応え、立ち上がれ!』


 槍が抜かれた瞬間、ごぉぉぉぉっ! とクグツ化したサブンズが咆吼し、甦る。トルキーノが目を覆っていた。

 その光景を見ていたマチルダさんが何事か唇を動かしたが、俺の耳には届かなかった。


「では、“クグツ合戦”を始めます。マチルダさん、俺のことはロー公が守ってくれます。どうか目の前の敵に集中しててください」


 マチルダさんが「はい」と応えた。


「大丈夫ですよ。作戦が破綻しそうになったらすぐにダダジムを呼んで逃げますから」

「……わかりました」


 ロー公は、立ち上がったサブンズをよそに、続いてドルドラの方に足を向けていた。そうはいくか。

 俺は一歩前に出ると、大きく息を吸い込んだ。


 さぁ。幕を開けよう。

 ネクロマンサー主催の死と殺戮の裏切りショーを。



「レディィィィィィィス・アーンド・ジェントルメンッ! さぁ、お待たせいたしましたッ! 今宵の月のように華々しく散った魂の赫きを剣戟の火花の如く、もう一度甦らせることはできるのでしょうか?!」


 俺は拳をマイクにして、底抜けの天然プラネタリウムを見上げながら叫ぶ。

 お頭たちが何事かと振り返る。


「ここに『第一回、異世界クグツ合戦ぽこすか』を開催したいと思います!!! なお、登場アナウンスはタカヒロ・トーダが勤めさせて頂きます」

 

 俺は高らかにそう宣言した。 

 そして、マチルダさんに向け、片手を伸ばすと、


「赤ぁコーナー、アルドの村の薔薇一輪、ワイルドな瞳の肝っ玉母さん、戦士マチルダ・サガンス・ドルドレードぉぉぉぉぉ!!! そして、ネクロマンサー、トーダ・タカヒロぉぉぉ!!」


 どんどんぱふぱふひゅーひゅー!!

 

 しーん、となった。

 だが、次の瞬間、マチルダさんがボビュン! ボビュン! と恐ろしいスピードで大剣を振り回し、見事なパフォーマンスで場を盛り上げようとしてくれた。

 ロー公がパチパチと手を叩く。口を開けたままで固まっていたお頭の口が、「マチルダ……サガンス・ドルドレード……だと?」と呟く。

 俺は今度は挑戦者側の青コーナーに手を伸ばした。ロー公が槍を振り回して喜んでいる。


「対しまして、青ぉコーナー、残虐非道な殺戮集団、盗賊随一の弓術士、サブンズ・ボルカぁぁぁぁ!!! そして、ネクロマンサー、ロー・ランタンんんん!!!!!」


 声を絞り出すようにして、俺はロー公とサブンズを紹介した。

 誰に?

 そんなの、決まっているじゃないですかぁ。お頭ですよ。彼女が唯一の“観客”なんだから。

 残りは?

 そんなの、決まっているじゃないですかぁ。


「ルールの説明を致します。ルールその1:死合い方式は、ロー・ランタン氏と話し合った結果、“一対一の勝ち残り戦”と致します。勝ち残り方式で、クグツが負けた方のネクロマンサーは、直ちに次のクグツを作成し戦わせなければいけません。

 ルールその2:何度も死体ストックがある限りクグツを作り続けることは可能ですが、お互いの陣営のメンバーには手を出してはいけません。いいですか? クグツは自分のチームから随時作成し続けてください!

 ルールその3:死合いはタイマンが原則です。わたしが一体、あなたが一体、持てる力をクグツに注ぎ込んで正々堂々と戦いましょう。陣営でクグツ可能な生体死体がなくなり次第、敗北決定となりますのでご了承ください。

 ルールその4:――」


「やめろ!! トーダ! その口を閉じろ!!」


 お頭が大声を上げてルール説明を遮ってきた。


「ロー! 聞く耳を持つな! とっととドルドラをクグツにしろ!」

「……ウ、ウン」


 ルール説明を聞いて、ようやく不利と悟ったのだろう。お頭は早速妨害に出たようだった。


「お頭ぁ、嘘だろ?! お頭ぁ!!」


 ドルドラの悲鳴にも似た甲高い声が上がるが、誰もがそれを無視した。

 ロー公は何か言いたそうな目をこちらに向けてきた。

 俺はすかさず言った。


「ネクロマンサー、ロー・ランタン!! 俺は先輩に“クグツ合戦”を申し込んだんだ! ロー・ランタン! これを受けずしてネクロマンド族のネクロマンサーとよく名乗れたものですね!! それでも誇り高きネクロマンド族のルルドミ・ランタンの子か!! 恥を知れぃ!」


 ずびしぃ! と指を突きつけてやると、ロー公の目が見開かれた。

 おーし、あと少し。


「クグツ合戦とは、ネクロマンサーとしての実力と力量と成果を推し量る、まさに試練の場。しかも他種族である人族おれとのクグツ合戦なら、これはもう種族を越えた実に清浄純粋な、愉悦と矜持とを抱いて、余念もな――」


 途中から自分でも何言ってんのかわかんなくなってきたところで、


「やるヨー。ボクはトーダとクグツ合戦するヨー」


 ロー公から参加の申し込みがあった。


「はい、今更ながらエントリー完了。なお、ロー公選手には自分の陣営のクグツ候補が相手側のクグツ候補達に迷惑をかけないように見張る義務が生じます。そして、自分のクグツが暴走して直接相手のネクロマンサーを攻撃しないように制御する義務が生じます。故意にその行為を行ったネクロマンサーは即失格となり、敗者となりますのでご理解の程よろしくお願いしま――」


 そこまで言ったとき、目の前にダダジムグールの哀れな姿が飛び込んできて、俺の説明が中断される。

 次の瞬間、バァン!! と銃声が聞こえ、肉の盾となったダダジムグールが銃弾の衝撃でビクリと震えた。


「続きをどうぞ。マスター」


 視界を遮っていたダダジムグールが降ろされ、その先には硝煙を燻らせているお頭の銃口と、その銃口をわずかに逸らさせている死霊の槍があった。

 どうやら、ロー公が槍先で弾道をわずかに逸らさせていたけれど、マチルダさんはそれを認めず自らダダジムグールで防いだと言うことなのだろう。

 ……マチルダさんがダダジムグールを本当に盾に使ったことに、胸のざわつきを覚えたが、感謝こそすれ文句を言える立場ではないだろう。

 俺は軽く頭を振って気を取り戻すと、


「邪魔をしないで頂けますか、お頭。この場にクグツを携えたネクロマンサーが二人いるんです。雌雄を決するのは至極当然のことじゃないですか」

「黙れトーダ。ロー! わたしはお前に『聞く耳を持つな』と言ったはずだ。お前は私の命に従い、ドルドラとボルンゴをクグツにして、とっととあの死に損ないを叩き潰せ!」


 お頭がマチルダさんを指さしがなり立てる。

 あーあ、言っちゃった。

 俺は、はいっと元気よく手を上げた。


「あ~。お頭。怪我をしたぐらいで、まだ脳みそのしゃっきりしているヒトにそういうこと言っちゃダメだと思います。怪我をしたからと言って仲間を切り捨てるんですか?

 お頭が“クグツ合戦”を認め、全裸土下座で町人村人の虐殺を認め謝罪をするというのなら、三人とも俺が怪我を治してあげることもできますよ。ドルドラさんの目を見えるようにして、ボルンゴさんの肩を治して、ハルドライドさんの折れた鼻を治します。サブンズさんは……まあ、自業自得と言うことで」


 ようするに勝てばいいのだよ、勝てば。

 こちらとしては“クグツ合戦”を始めさせてしまえば、ルールに従って1対1で盗賊をひとりずつ確実に潰していける。さらに死合い中の俺の身の安全はロー公によって守られ、あとでごっそりと【魄】を回収できる。

 あと、クグツ相手でも【経験値】とやらは手に入るかを知っておきたい。ダダジムグールをあれだけ斃してもレベルは上がらなかったのだし望みは薄いが、単純にLv.5までの経験値が足りないという考え方もできる。元弓術士であるサブンズを斃してもレベルが上がらなければ諦めるしかない。


 俺は、お頭が決して自分のくだした決断を覆らせたりはしない人物だということを理解しているつもりだった。だから、俺が「謝罪すれば治してあげよっかな~」と餌をちらつかせれば、ボルンゴやドルドラが保身に走り、お頭に非難の文句のひとつも垂れるだろうと思っていた。


 ――だが、そうはならなかった。


 何よりも疾く、マズルフラッシュが焚かれ、バァン! という銃声とともに俺の目がくらんだ。

 今度は横を向いたお頭の銃口からバァン! と。


 お頭が銃のシリンダーを空け、空になった薬莢を排出すると、6個の空薬莢がすべて地面に落ちて小さな金属音を立てた。

 お頭はポケットの中から取りだした実弾を再びシリンダーの薬室へと詰め始めた。


「ロー。ネクロマンサーにとって、死体は早い者勝ちだったはずだろう。トーダに取られないうちにソレをさっさとクグツにしてしまえ」


 お頭が足下のソレを指さす。


「ウン! お頭、ボク、クグツ合戦がんばるヨー」

「ロー。わたしがこれだけ言っても言うことを聞かないつもりか」


 苛立ちの籠もった声。

 俺の目が、頭部を撃たれて死んだドルドラとボルンゴからギギギ……とロー公の方に向いた。

  

「ウン! ダッテ、ボクにとってネクロマンド族の誇りはとってもとーっても大切なんだヨー。ネクロマンド族がネクロマンサーにクグツでの戦闘を挑まれて、もしも断ったり逃げたりでもしたらボクはお父ちゃんにすっごーく怒られてしまうのデス。ボクは殺されるだけだけど、トーダはこの先ズットズ~ット、ネクロマンド族に“クグツ合戦”を挑まれることになるのデス」


 ロー公がお頭から視線を外し、俺を見た。

 テシシシシシシッ! と笑う。

 え、そんなの聞いてないんだけど。挑まれたら断れないってだけなんじゃ。


「ダカラ、トーダが挑んできた“クグツ合戦”には、ネクロマンサーの先輩としてちゃんとボクが受けて立つノダー。大丈夫だヨ-。ボクがクグツの勝負に勝ってもトーダを殺したり傷つけたりはしないヨー。テシシシシシシッ!」


 ロー公はやる気満々、勝つ気満々といった感じで、クルリと死霊の槍を回すと、ドルドラの心臓に突き立てた。

 ロー公が再び呪言を唱え、ドルドラをクグツに変えた。


「……お頭。今更なんですが、ドルドラさんとボルンゴさん、助けようとする気はなかったんですか? 大事な仲間だったんですよね? テキトーに謝罪して俺に治させた後、『こ、こんな奴ら知らねーや』とか言って村から撤退することだってできたはずですよね? なぜしなかったんですか?」


 アーガスと何か会話していたお頭が、だるそうな目をこちらに向け、


「『助ける』だと? 彼らは私の優秀な手下だ。ローというネクロマンサーがこちらにいる以上、彼らには死してなお私の役に立ってもらう。撤退などあり得ない。まさに“今”が彼らの活躍の場にこそふさわしい」


 お頭はトーンを上げると声高に宣言した。


「いいだろう。クグツ合戦大いに結構。ローが部族だの誇りだの口にし出した以上、わたしもそのくだらない部族の誇りとやらに共感して全力でサポートするつもりだ」

「ワーー!! お頭アリガトー!! ボクがんばるヨー!!」


 ロー公が諸手を挙げて喜び、飛び上がった。クグツに変えられたドルドラがむくりと起き上がる。そしてサブンズと同様、ふらふらウロウロしながらロー公の指示を待っている。


 ……反対していたクグツ合戦なのに、急に態度が変わったな。もっとも、そうせざるを得ない状況にこちらが追い込んだのだから当たり前なのだが。

 一応、言質げんちは取ったのでいいとするべきかも知れない。

 マチルダさんを見ると、マチルダさんはコクンと頷いた。


「……それじゃ、“ルールその4、敗者は勝者の言うことをひとつ聞かなくてはいけない”。ロー公先輩、お頭の許可も出たところで、早速クグツ合戦を始めても構いませんか?」

「待てトーダ。クグツ合戦は認めたが、おまえの言うそのルールは、我々に不利なところがある。改善してもらおう」


 お頭が早速クレームを出してきた。

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