第79話 立体軌道戦士ダダジム

「トーダ! 聞こえているか? 聞こえたら今すぐ投降しろ。そうすればふたりとも命だけは助けてやる」


 背後から投降を呼びかけるお頭の声に、全身の血が沸騰するのを感じた。

 『命だけは助けてやる』だと? 命以外をすべて奪われて、人間が生きていけるとでも思っているのか。

 俺は唾を吐くと、そのままダダジムを走らせた。


 おそらくだが、お頭はアイテムボックスで“爆薬”を持ち運んでいたのだろう。

 選出者から奪った物かこの世界で造られたものなのかはわからないが、罠を仕掛けてまで厳重にしていたお頭の寝室にさえ運ばれていなかったのだ、それだけは間違いない。


 4体のダダジムSUV+に対して、俺とアンジェリカ、それにマチルダさんと9匹のアラゴグ。完全に定員オーバーだったが、それを理由に誰かを降ろすことなんて到底出来なかった。

 俺はうつ伏せになっているアンジェリカの負傷箇所を調べた。耳から血が垂れて来ているものの、心臓は止まっていない。呼吸はわからないが、それ以外に目立った外傷は見当たらなかった。

 少なくとも今回“身代わり召喚”が行われた形跡はないようだ。

 俺は左手を頭部に乗せた。


『修復可能な負傷箇所に接続しました。【魄】の“転用”を開始しますか? はい/いいえ』

『再生不可能な負傷箇所が見つかりました。再生を行うなら【転用Lv4】以上が必要です』


 俺は『はい』を選んだ。


『負傷以前の状態まで戻すのに 12% の【魄】が必要です。実行しますか? 112/12

 はい/いいえ』


 12%といったら内臓損傷レベルか、それとも脳内出血レベルだぞ。アンジェリカの“身代わり召喚”ってのは本当に“即死”にしか利かないのか?


 そのまま『はい』を選ぶ。

 俺の左腕を12%分の何かが伝い、アンジェリカの身体へと流れ込んでいった。

 次の瞬間、アンジェリカの身体がビクリと動き、顔の表情が苦痛に歪んだが、そのまま目が開くことはなかった。


「アンジェリカ。おい、アンジェリカってばっ」


 俺はアンジェリカの肩を揺すり、それでも起きないので軽くぺちぺちと頬を叩いたりもした。

 これはもうおっぱいマッサージしかないと思ったが、密告者が大勢な上に「今度やったらダダジム転生!」と釘を刺されているので諦めることにした。

 とりあえず、傷は治ったはずなので、あとは『気絶状態』から回復すれば元通りになるはずだ。


 ――ただ、


「まいったな。ロッドの奴がどこにいるかわからないぞ」


 とりあえず壁の内側にいることはわかっているのだが、詳しい場所までは向こう側に戻ってみないとわからない。ひょっとしてまた行き違いになったりでもしたら、今度こそ終わりだ。


 何度か振り返ってみたものの、背後からの襲撃はないようだった。


「ダダジム、アラゴグ、あいつら追って来てないみたいだから、そろそろ壁を乗り越えるぞ。今回は加速して斜め45度から一気にこう――っと、ちょっと待て。一旦スピード落として、ドゥドゥ」


 ダダジムに急ブレーキをかけて止めてもらう。

 俺はダダジムから降りると、えっちおっちと【探知スキル】に引っかかったモノを取りに向かった。


 それは“魅毒花”だった。20~30本ばかり固まって咲いていた。

 強い毒性のある野草で、葉の先端に着いている水疱に触れれば、皮膚から毒が体内に浸透し、やがて死に至る恐ろしいものだ。


 素手で直接それに触るわけにはいかなかったのでコンドー……もとい、無菌袋で手を覆い、それを採取するとハンカチでくるんで胸ポケットに仕舞った。そして無菌袋にも入るだけ詰めて口を縛って道具箱に入れた。

 ちなみに俺は毒属性を持っているのでこの程度の毒草ならへっちゃらへーなのだ。


 ふっふっふっ。

 これぞネクロマンサー流徒手空拳奥義、一触毒殺『毒手拳』の原料。伊達にイメージカラーが紫じゃねーぜ。

 いざとなったらエキスを両手に塗り塗りして、「仲直りの握手」とか「モーニングサービスに一滴」とか……まあ、一応、武器にはなる……よな?


 俺は身体のどこにも魅毒花のエキスが付着していないことを鑑識でチェックすると、改めてダダジム達にゴーサインを出した。

 おおよその角度を決め、ダダジムとアラゴグに指示を伝える。

 ダダジム・アラゴグの土台の上にマチルダさん、アンジェリカ、そして俺が覆い被さって(役得)ダダジムのしっぽで固定したあと、その上に残りのアラゴグたちが5匹が陣取るカタチだ。

 壁伝いを走り、可能な限りの最高速度になったところで、上のアラゴグたちが壁の上部に向かって糸をそれぞれの角度で噴出した。

 ダダジムSUV+が垂直8メートルの壁を大容量の荷物を抱えながら一気に駆け上がろうとする。糸をウインチの要領で巻き上げさせ、そしてダダジムの腹に巻き付いているアラゴグには、ダダジムが重力に負けて壁からずり落ちないように、こちらも糸を使って張力でサポートしてもらった。

 途中何度かダダジムの指がガリガリと壁を滑ったが、なんとか踏ん張り、壁を乗り越えた。あとはアラゴグに糸で重力中和してもらって――俺たちは再び、この逃げ場のない箱庭へと戻ってきた。


 着地と同時にダダジムベルトが外され、俺は地面に転がり降りながら、大きく息を吸い込んだ。


「ロッド!! 俺たちはここにいるぞ!! 出てきてくれ!!」


 盗賊たちにこちらの位置がバレようが何しようが関係ない。幾つもあった選択肢も削り削られ、たどり着いた境地がここだ。

 もはやマチルダさん復活に賭けるしか俺たちの未来はない。


「ロッド!! 返事をしろ!! ロッド!!」


 だが、ロッドからの応答はなかった。行き違ったのだ。

 俺は唇を噛むと、地面を殴った。マチルダさんを近くの草むらに、アンジェリカを民家の床下に隠すようにダダジムに言った。

 いざとなればもう一度蚯蚓になって村から逃げ出すという方法もある。

 ……だけどおそらく、それが成功するとは考えにくい。なぜならお頭たちがこれでダダジムグールを9体手に入れたことになる。1匹でも地下道を見つけたら、たとえ臭いを遮断できてたとしても、あとは時間の問題だろう。


 俺はロッドからの応答のない焦りに、額の汗を拭った。

 と、右手のブロブが『ブブブブ……』とバイブレーションした。おまえこんな性遊戯的な特技も持っているんだなと感心しながらブロブを見ると、ブロブは自らの形を変え、『犬笛』のように変形した。

 俺はすぐにその意図に気づくと、ブロブ笛――略して、ブロ笛を思いっきり吹いた。


 ぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!!!!


 甲高いような、そうでもないような、とにかくよく通る不思議な音が辺りに木霊したような気がした。

 ブロブはそれで満足したのか、ブロ笛の形を元の液体に戻すと人差し指を覆った。

 おそらくだが、あの笛の音はブロブの“呼び声”なのだろう。遠く離れていても使い魔ダダジムにはしっかり聞こえているはずだ。

 

 ……いや、『ブロ笛』も確かにすごいけど、それ以上に“こっち”の方がすごいだろう。

 俺はゴクリと喉を鳴らした。


 ――ローションのようなにゅるにゅる感の人差し指が変幻自在でバイブレーション……。

 これはアンジェリカには教えられん、教えられんわい……。


 ダダジムが戻ってきたので俺は口元の卑猥な笑みを消した。

 いつの日にかブロブ君と心を通わせた暁には、後腐れのないめんこい娘とですね(ry


 さておき、鬼が出るか蛇が出るか。

 藪をつついたのだ。すべてがここに集まってくるだろう。

 俺は整列したダダジムSUV+に向かって腕を組むとふんぞり返り、こう告げた。


「貴様らダダジムは、今日こんにちこの夜この時をもって『ダダジムSUV+』を卒業する。わかったな貴様ら!!」

「クルルルルル……」


「貴様らの腹と背中にあるモノは何だ! それは戦友ともであり、武器であり、道具でもある! 敬意を持って利用しろ!! わかったか貴様ら!!」

「クルルルルル……」


「いい返事だ。では、俺が眠いのに寝ずに考えた『対・ダダジムグール攻略術』を教授する。よく聞かないと死にます。上手に動かないと死にます。いいかおまえら――」


(中略:トーダが身振り手振り早口で戦略を説明してます)


「――貴様らダダジムは決してひとりではない、三位一体さんみいったいのチームなのだ! ダダジム戦隊、ヒトクッタンジャーはこれにて解散とし、『愛と正義の立体軌道戦士ダダジム』と名乗るがいい! わかったか貴様ら!!」

「クルルルルル……」


「ふっ……。ならば行くがよい。誰ひとり欠けることなく、再び貴様らの前に立てることを願うばかりだ。敬礼――……散開!!」

「クルルルルル……」


 立体軌道戦士ダダジム達が駆けだしていく。死ぬなよ、おまえら……っ。

 俺は身を翻すと、マチルダさんが草むらにきちんと隠されているのを確認し、落ちてた板きれを2枚拾うとアンジェリカの元――民家の床下へと潜っていった。


 床下に潜って3メートルほどのところにアンジェリカが仰向けで寝かされていた。

 俺は腹にしがみついているアラゴグに、


「アラゴグ、この民家の床下に地下へと通じる坑道がないか調べてきてくれ。ひょっとすると蓋かなんか被せてあるかも知れないから丁寧に探してくれ」


 アラゴグが了解とばかりに脚を一本上げると、かさかさと奥へと向かって行った。

 さて、あとはロッドを待つばかり。俺はアンジェリカの隣にうつ伏せになると、2枚の板きれを、1枚はアンジェリカの頭が隠れるように置いて、もう1枚は道具箱から取りだしたトルキーノの投げナイフで覗き穴を空けた。

 俺は額の前に板を立てかけると、覗き穴から先を見た。ダダジム達が向かっていった道の先を。

 あいつらなら、あの身体能力ならアラゴグを使いこなせるはずだ。理論上、他者の追随を許さない動きができる……はず。巨人と戦う漫画にはそう書いてあった。

 力と速さで勝るダダジムグールにも、あるいは――


 と、アラゴグ調査隊員が戻ってきたのか、俺のそばまでやってきた。


「どうだ、地下坑道への入り口はあったのか?」


 アラゴグが脚を一本上げた。あったらしい。


「そうか。どこだ、案内してくれ」


 俺はアンジェリカの両足を持つと、ずりずり引きずりながらアラゴグの後に続いた。

 穴は他の民家と同じように、だいたい中央の真下にあった。やはり木の蓋がしてあったので、それを外してみると、やはりこれまでと同じようなドワーフの掘った穴が空いていた。


「……さすがに糸で吊して、アンジェリカを穴の中に入れとくのは難しいよな。途中で引っかかるかも知れないし、目が覚めたとき『土葬か!?』ってパニクるに決まってる。やったらあとで必ず殴られそう」


 まあ、とりあえず穴の近くまで運んでこられたのでこれで良しとするか。

 俺は四つん這いのまま回れ右すると、先ほどの位置まで戻ろうと、何気なくアンジェリカの顔を見てギョッとなった。

 顔というか、正確に言えば髪だが……両足を持って穴のところまで引きずってきたため、アンジェリカはバンザイの格好のまま、髪が砂を巻き込んですごいことになっていた。

 俺はすでに泥だらけなのでこれ以上汚れようが構わないのだが、うら若き女性の場合、髪が砂まみれになるってのは耐えられないだろうなって思う。……思うが、反省以外何してやれるわけじゃないので、とりあえず無菌袋の新しいやつを取りだして、ぷぅっと息を吹いて膨らませて口を縛ると、アンジェリカの頭の下に敷いてやった。


 ブブブブ……と右手のブロブがバイブレーションする。おまえはマナーモードか。

 俺は右手を見るが、どうも用があるのはアンジェリカの両手のブロブたちのようだった。うにょうにょと動き、どうやら両手を元の位置に戻して欲しいらしい。

 俺はアンジェリカのバンザイ状態の両手を腰元の位置に戻していると、わぁわぁと道の先で騒ぎが起こり始めた。ダダジム達と盗賊どもが接触したのだろう。

 俺はアンジェリカの両手に手を重ねながら言った。


「おまえら、俺がいないときにアンジェリカが目を覚ましたら、ここに運ばれた経緯とか、状況とかちゃんと言って聞かせろよ。そこの穴はな、この村に居たドワーフが数十年前に掘った穴で、村中をモグラの穴ように通っている。もしも――俺が無理っぽかったら、おまえらだけでこの村から脱出しろ。この穴の終着場所は広場の井戸だ。水面から数メートルのところに村の外の空井戸に通じているクソ長い横穴がある。そこから森の中に出ることができる」


 俺はしばし黙考すると、続けた。


「さっきお頭連中が爆破した横穴には近づくな。たぶん見張りが付いてるはずだ。……それか罠が仕掛けられているかも知れない。もちろん、村の入り口にもな。唯一、お頭たちが気づいていないのが今言った地下坑道のルートだ。うまく外に出られたらクレイに救助要請よろしくな」


 とりあえず、伝えることは伝えたので俺は四つん這いで先ほどの位置に戻ることにした。

 途中、穴の方を一度だけ振り返ってみたが、やっぱり、独りだけで逃げる気にはなれなかった。


 元の位置に戻り、木の板の覗き穴から道の先を見つめる。 

 ロッドが見つかるのが先か、ダダジム達が全滅するのが先か。俺はぎゅっと拳を握りしめる。アンジェリカが目を覚ますのが先か、……それとも、それとも。

 俺は深いため息を吐いた。

 ついさっき、ロッドと同じ姿勢のまま声を潜めていたのが遠い昔のように感じた。


 喧噪は少しずつ近くなってきているような気がする。まだ姿は見えない。ここから見える道は約50メートル程先から右にカーブしている。

 ただ、あの喧噪が止まない限りはダダジム達の奮闘が続いているのだ。


 ――頑張れ。


 心の中でそう叫ぶ。


 頑張れ、頑張れ、頑張れ、頑張れ。

 何度も繰り返し呟き、願いをこめて唱え続ける。

 胸が苦しくて、辛くて、泣きたくなってくる。


 ヘルゲルさん達の事がどうしても思い出される。あの時の状況が甦る。


 もしも、とっくにロッドは死んでいて、ダダジム達の時間稼ぎがまったくの無駄だとしたら。

 俺は何のためにあいつらを送り出したというのか。


 ふと、俺の背に乗っていたアラゴグの脚が俺の頭をこりこり掻くのを感じた。

 ブブブ、ブブブ、ブブブ、と顎の下で重ねていた右手からブロブが騒ぐ。

 何か気配のようなモノを感じて隣を見ると、そこには某RPGゲームのような溶解性スライム(Dカップ程度・推定11ぷにょ)がぷるんぷるんしていた。


「おまえら……?」


 俺はアンジェリカの方を振り返るが、アンジェリカは奥の方で未だ気絶したままだった。こいつらは自らの意思でここまで来たのだろうか。

 ブロブたちは、もにょもにょくにょくにょしながら俺の顔の近くまで来ると、右手のブロブと合流した。 

 そういえばアンジェリカが言っていた。ブロブは1ぷにょは必ず手元に残さないといけない。そうしないと圧縮ブロブ弾を射出できないと。

 そして俺のアラゴグに関する問いに対し、こう言っていた。「問題ない」と。

 つまり、使い魔同士が近くにいれば、連携がとれるということだ。


「……でもな、おまえら。肝心のロッドが見つからなきゃ、出て行っても仕方な――」


 何かが聞こえた気がした。

 ブブブ、ブブブ、ブブブ……。カリカリコリコリ。

 ……俺はもしかしてと思い、目の前の板きれを前に倒した。


「――ダさぁぁぁぁん!! トーダさぁぁぁぁぁん!!」


 ――――。生きてやがった。

 俺の中で何かがぼっと火をつける。


「行くぞおまえら。後悔とションベンはこの場で済ませとけ! 涙と反省はやり遂げたあとだ!」


 俺は一気に床下から這い出すと、両手でメガホンを作った。大きく息を吸い込んでいるうちに、両手を覆っていたブロブが形を変え、それを拡声器並みに大きく広げた。

 俺は内心ニヤリと笑い、大声を張り上げた。


「ロッド! ここだ!! ここまでだ!! 全力でここまで来い!!」

「トーダざぁぁぁぁぁん!!! トォォダざぁぁぁぁぁん!!!」


 やや右にカーブする道の先から、ロッドの乗ったダダジムが姿を見せた。

 ロッドは俺の姿を見つけると、涙で顔をくちゃくちゃにさせながら叫んでいた。


「遅れて、ごめんんなざぃぃぃぃーー!! 勝手にいなくなって、ごめんなさいぃぃぃ。トーダざぁぁぁぁぁん!!」


 距離は残りわずか40メートルほど。

 迎えには行けない。俺はマチルダさんを草むらから足を掴んで引っ張りだした。すぐそばに立つと、両手を広げた。

  

 よく見ればロッドは肩に矢傷を受けていた。サブンズに接触したのだろう。

 そんなロッドの後ろを、空中ブランコの如く弧を描くシルエットがあった。ダダジム達だ。


 立体軌道装置アラゴグを駆使し、ダダジムが宙を流れるように移動している。飛びかかるダダジムグールを次々と躱し、華麗に舞っている。アラゴグが紡ぎ出す2本の糸によって翻弄しているのだ。

 何体ものダダジムグールが我先にと飛びかかろうが、相手は宙にいる。宙を舞っている。

 背中とお腹のアラゴグがそれぞれ連携して糸を吐き、1匹では為し得ない、空中での縦の移動と横の移動を同時に行っているのだ。

 絶妙なタイミングでの跳躍。糸を使っての旋回、収縮、そしてダダジム同士の息の合った連係プレイ。


 1体……2体……3体……4体!! 全員そろっている! 

 ダダジム4体でダダジムグールどもの猛追撃からロッドを守り切ったのだ。


 俺は胸にグッとくるものを感じた。


「あと少しだ!! みんな、頑張れ!!」


 駅伝の選手がラストスパートの仲間に発破を掛けるように、俺は声を張った。

 だが、ロッドが残り25メートルのところまで来たときに、盗賊たちも角を曲がり姿を見せた。

 サブンズが転がるように道の中央まで躍り出ると、膝立ちになり矢を番えた。


「ロッ――」


 弓術士の矢が放たれる。

 サブンズが狙ったのはロッドではなかった。ロッドを乗せているダダジムのうちの1体を狙ったのだ。

 射貫かれたダダジムは即死したのか、石に躓いたかのように動きを停止させ、勢いそのまま地を転がっていく。一方、ダダジムから投げ出されたロッドが宙を飛び、派手な音を立てて近くの大八車にぶつかった。


 ロッドを乗せていたもう一体のダダジムが急旋回し、ロッドの元へ駆け寄っていく。

 サブンズは再びロッドに向けて矢を放とうとするが、立体軌道のダダジムが屋根の上から飛ばした瓦板を頭部に受けて蹲った。


 ダァンダァンと、二発の銃声が響いた。

 まだ姿は見えてこないが、お頭も道の角のところで迎撃しているようだった。一刻の猶予もならない。


 俺はロッドの元へ駆け寄りたい衝動に駆られるが、俺自身、今は立ってるのもやっとな状態だ。

 足にもう力が入らない。ひょこひょこ走って行ったところで、戻ってくる前に盗賊どもが押し寄せてくるだろう。


「ここまで来いロッド!! 母ちゃんを甦らせたいんだろ!! 母ちゃんの戦うところを見たいんだろ!! 母ちゃんに、もう一度会いたいんだろ!! 俺にはそれができる! ここまで来い、ロッド!!」


 大八車の陰からロッドが身を起こすのが見えた。顔面を強打したのか、目元を押さえ、大量の鼻血を流していた。

 それでも寄ってきたダダジムに片腕で飛びつくと、俺に向かって駆けてきた。


「トーダ!! それ以上動くな!! 大人しく投降しろ!!」


 お頭が道の端に姿を見せた。銃をかまえていた。


「おまえ達は負けたんだ! 投降すればよし――」

「うるせぇぇぇぇぇぇぇ!!!!! 邪魔すんじゃねぇぇぇぇ!!!」俺は吼えていた。

「ならば、死ね!!」


 叫ぶのと同時に、ダァンダァン! と2発の発砲音が聞こえた。

 まず間違いなく俺に向かって撃ってきているんだろうが、拳銃で50メートルの距離で当てられたらサブマシンガンとかゴルゴとか機関銃なんていらねぇんだよ。


「トーダさん……遅れてすみませんでしたぁ」


 俺はダダジムごと俺の胸に飛び込んできたロッドを全力で受け止めた。

 そのまま全力でマチルダさんのところまでよたよた歩く。


「ヒーローってのは遅れてやってくるもんだ。ロッド、指輪はどこだ」

「ここです……。確かに渡しましたよ……」

「よし!! 最後のお仕事だ、ロッドが母ちゃんに指輪を付けてやれ。おまえが届けるんだ」


 ロッドは閉じかけた目を大きく開き、「はい!」と返事をした。


 俺はロッドを地面に降ろすと、すぐに道の方に戻った。

 立体軌道のダダジム達は4体全員確認できたが、同時に、ダダジムグールの大群が一斉に俺たちに向かって突進してきていた。

 その中心に、ロー・ランタンが槍を掲げ威勢を発していた。


「トーダ! 果蜜酒持ってきたヨー。これでお頭のところに連れて行っても大丈夫だよネー」

「是非に及ばず!! かかってこいやぁぁぁぁ!!!」


 もうとっくに『平常心スキル』が切れていることは知っていた。

 結局、アンジェリカの言うとおり、そんなもの要らなかった。極限状態で、みんなみんな死を覚悟して戦っているのに、俺だけがどうして平常心でいられようか。


「わぁぁぁぁぁぁん!!! わぁぁぁぁぁぁぁん!!! わぁぁぁぁぁぁぁん!!!」


 ロッドの泣き声が俺の耳に届いた。

 俺は振り返らずジッと待った。ただ先を見て、あとわずか数秒で押し寄せてくるダダジムグールたちの第一波を睨み、こちらに向かってくるお頭たちと対峙する。


 草を踏み敷く力強い足音が聞こえ、俺は胸を張った。覚悟はできていた。


「マスター。……うちの息子がご迷惑掛けなかったでしょうか」


 この場に似つかわしくないような、優しそうな声がかかる。

 途端、俺の目元から涙がぶわっと溢れ出した。声だ。俺のクグツは会話ができる……。


 どんな意味の涙なのか俺にも意味がわからない。意味がわからないから止めようもなかった。


「グルルガギャガァァァァァ!!!」


 濁った赤い眼のダダジムグールが、俺の後ろの人影に向かって咆吼し、加速する。


「マチルダさん。あなたにひとつ謝らなければいけないことがあるんです、息子さんのことで」

「あらま、なんでしょうか?」


 俺は痙攣する頬を叱咤すると、口角を上げてこう言った。

 目前にはダダジムグールが迫っていた。

 それでも俺はマチルダさんに顔を向けた。それが彼女を甦らせた者の努めだと思ったからだ。


「息子さんを、盗賊退治のレジスタンスに加盟させてもらっています。親御さんであるあなたの了解も得ずに」


 一瞬キョトンとなったマチルダさんは、柔和な笑みを浮かべ、人なつっこそうな笑顔で俺を見つめ返す。


「いえいえ、いいんですよぉ、マスター。うちの息子には常々こう言い聞かせてますから――」


「グルルゴガァァァァァ!!!!」

「【アイテムボックスオープン】! マチルダさん、この中に剣が――」


「男の子なんだから、胸を張って自分が正しいと思うことをやりなさいって――ねっ!!」


 マチルダさんはそう言うと、飛びかかってきたダダジムグールを素手で殴りつけた。

 ピッチャーみたいに大きく振りかぶって、こう、上から、バッゴォォンと。

 

 マチルダさんの拳はダダジムグールの頭骨を砕き、脳を押しつぶし、最後は地面に叩き付けてめり込ませた。【魄】を得るための頭部がものの見事に四散した。


 俺の涙は止まっていた。

 代わりに鼻水が垂れてきた。

 前言撤回、やっぱり平常心スキルはオンにしておこう。「鑑識オン、俺」ぽちっとな。ふいー。


 頭の欠損したダダジムグールはもうピクリとも動かなかった。

 マチルダさんが地面からゆっくりと拳を引き抜いた。その拳には識別色【赤】の戦士の指輪が付けられていた。

 赤色の指輪はダダジムグールの血の色で、より鮮やかに光っているような気がした。


 気がつけば、ロー公が10メートル先で立ち止まっていた。果蜜酒の入った水差しとカップを携えて呆としている。そのそばにダダジムグールが4体待機していた。


 俺はブロブまみれの腕で涙と鼻水を拭った。

 ああそうだ。泣いてちゃ、クグツにちゃんとした指示は出せないだろうし、


「わぁぁぁぁぁぁん!!! わぁぁぁぁぁぁぁん!!! わぁぁぁぁぁぁぁん!!!」


 ここには俺の代わりに泣いてくれてる子供がいるのだ。

 ここはひとつ、超カッコイイ言葉セリフで反撃の狼煙と行こうじゃないか。昔流行ったアレだ。

 折檻まーず反省まーきゅりー後悔じゅぴたー天罰う゛ぃーなす、どの合い言葉も盗賊おまえたちには似合わない。


 俺は輝く月暈つきがさを指さし、そのまま流れるように両腕をクロスさせた。

 指先は堅く、鉛色の銃口のように、ただただ圧縮ブロブ弾を目の前の敵に向ける。


 マチルダさんが俺のアイテムボックスから、手慣れた風にロードハイムの大剣を取り出した。そして、俺には重くて振ることができなかった大剣を片手でブンブンと振った。


「はぁ~。マスターはいい剣をお持ちですねぇ」


 そして俺たちは声をそろえて言い放つ、


「月に代わって――」

「お仕置きですかねぇ」


 涙は要らない。

 ネクロマンサーは泣かない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る