第78話 あなたとパスを繋いだら

「タカヒロ」


 俺は『ダダジムの棘針』を道具箱に仕舞うと、囁くように呟く呼び声に応え、ゆっくりと立ち上がった。

 気がつけば、ダダジム達が4体とも無事に俺の元に戻ってきていた。こいつらもまた感情があり、互いを思い合ってんだよなぁ、なんておセンチなことを考えたりもする。

 背中のアラゴグがこそばゆい。

 振り返ると、アンジェリカが警戒心を露わにした視線を広場の方に向けていた。


 広場の中央に誰かが背を向けて立っているのが見えた。その人影はマチルダさんを見下ろしている。 


「ちょ、タカヒロ!?」


 躊躇なく歩き出した俺の足を止めようと制止がかかる。

 俺は後ろ手に手を振って「大丈夫大丈夫、おまえらも付いてくるな」とダダジム1~4号にも待機を命じた。


「声を出すなよ。なるべく隠れててくれ」


 あいつの扱いは慣れているから。だいじょーぶ。


 でも。


 ――槍が。憎し【死霊の槍】が、目の前でレッグから引き抜かれる。

 俺は一瞬足を止めかけたが、そのまま進んだ。


 ロー公は笑っていた。

 腰布だけの全身火傷姿で、新しいクグツの誕生に、肩をふるわせて笑っていた。


「あ~~。トーダ!! どこに行ってたノ? ずっと捜してたんだヨ-」


 歩み来る俺に気がついたのか、ロー公が破顔して槍を振った。飛んだ血が頬に貼り付き、俺はそれを親指で拭った。

 どういうつもりだ。俺よりも先にレッグの元に駆けつけるなんて。


「お頭がネー、トーダを捕まえて来いっテ。今から一緒にお頭のところに行こうヨ-。『立って』」


 三本脚のダダジムグールがロー公の呼び声に応え、赤い目を開き、むくりと起き上がった。


「……そのペット。俺のなんですけど、勝手にクグツにしないでもらえますか……」


 ギリギリと握っていた拳を開き、俺はレッグを指さした。握り込んだときに爪が食い込んでいたのか、夜風に触れて傷口がヒリヒリと痛む。


「もう死んじゃってるヨー。……トーダ、もしかして怒ってるノ? ゴメンネ。デモ、ネクロマンサーの世界じゃ死体は早い者勝ちなんだヨー。お頭がネー、こいつらをもっと見つけてクグツにしろーっテ」

「…………今までに何体こいつらをクグツにしました?」

「これで5体目だヨー。でもさっき一体やられちゃったみたいだヨ-。お頭がネ、『あいつらに乗って移動してる奴らを食い殺せ』って言う命令にしろって言ったんだケド、ボクはちゃんとトーダのペットは襲わないように言っておいたのダー」


 ロー公が槍をぶんぶん振り回し、『俺超機転の利くすごい奴』みたいな顔をした。


「大蜘蛛もクグツに?」

「アイツらはクグツに出来なかったヨー。ボクの死霊の槍も“相性”があるんダ」


 下唇を突き出し、残念そうなロー公。脅威のひとつが排除された。

 まあ、俺も“瀕死体験”で追憶が出来るやつと出来ない奴がいるけどさ。

 そしてたぶん、“身代わり召喚”のやつもクグツに出来なかったのだろう。あいつ、追憶なしの【魄】が0%だったし、……あれは“死体”と呼んでいいのかどうかわからない。


 ダダジムグールの頭半分はマチルダさんの攻撃を受けた状態のまま潰れていたが、活動に支障が出ない程度には修復されていた。

 生前の面影のない、後ろ足の一本欠けたダダジムグールを見下ろしていると、ロー公が気安く俺の腕を掴んだ。


「じゃあ、トーダ。お頭の所に行こうネ!」

「行かない」

「ダメだヨー。連れて行かないとお頭に怒られるヨー」


 ロー公の腕に力がこもった。

 知ったことかと、この手を振り払うことの出来ない弱い自分が恨めしかった。


「ここで待つから、ロー公先輩が連れてきてください。疲れているんです」

「ダメだヨー。お頭がネ、『引っ掴んででも連れてこい』ッテ。またボクがおんぶして運んであげるヨー」


 どうやら俺は無理にでも連れて行かれるらしい。


「わかりました。一緒に行きましょう」

「ウン。じゃあ、トーダ。ボクに乗っテ、乗っテ」


 ロー公が俺に背を向けておんぶの姿勢になる。地獄直行便に乗ってたまるか。

 今の気分なら風のナイフでこいつを殺してやれるのに。


「ロー公先輩、俺の臭いを嗅いでみてください。臭いますか?」


 俺は袖をまくりロー公に腕を差しだした。もちろん消臭スキルはオンになっている。

 ロー公はクンクンフガフガと臭いを嗅いでいたが、最後はぺろぺろとなめてきた。


「っっっ!??」


 怖気おぞけがして俺は腕を振り払った。罰金。ロー公は罰金です。


「不思議だヨー。トーダからは臭いが全然しないヨー」


 不思議そうに首をかしげるロー公。俺はゴシゴシと唾液の付いた腕を服で拭った。


「なぜだか分かりますか? 人族のネクロマンサーは死ぬほど疲れてくると、まず臭いがしなくなるのです。続いて汗から味が消え、最後には死んでしまうのです」

「がーん」


 ロー公が頭を抱え大げさに仰け反った。ショックを受けたらしいことが一目瞭然だった。ガクガクと身体を震わせ、よく見れば白目を剥いている。

 しかし、よもや芸人のコント以外でこのような姿を見ることができるとは。


「トーダ、死んじゃうノ?」


 縋り付くような涙目でロー公が聞いてくる。

 あなたたちが俺を殺そうとしなければ死なないよー。

 俺は薄笑いを浮かべながらこう答える。


「……。俺がこの体調ままお頭のところに連れて行かれてしまうと、疲労困憊で死んじゃうかも知れません。ですが、果蜜酒をキューッと一杯飲めば、ちょっとばかし体力が回復して、ひょっとすると死なずにすむかもしれません」

「わ、わかったヨー。今すぐ果蜜酒を持ってくるヨー」

「待ってください」


 俺は村長さん宅に走り出そうとするロー公を止めた。


「まずはお頭にお伺いを立てた方がいいでしょう。俺が疲れているようなので果蜜酒を呑ませてあげてもいいか、聞いてきてください。もしも呑ませてはダメと言う判断を下されたら、俺は疲労困憊で死んでしまいます。なので、精一杯お願いしてお頭の首を盾に振らせてください」

「ウ、ウン! でも、ボクなら今すぐ果蜜酒を持ってくることが出来るヨ? すぐだヨ?」 


 ロー公は運動会の小学生のように、駆け出す気満々でその場で足踏みを繰り返す。


「大半の果蜜酒は皆さんが呑んでしまいました。残っていた果蜜酒も宿屋の火事でダメになったはずです。村長さんのところにある果蜜酒の壺は、俺たちが呑んでいたものだけで、残りはわずかだったはずです。その残り僅かな果蜜酒を俺のために使っていいかという許可をお頭に取ってきて欲しいのです。ひょっとしたらお頭も同じくらい疲れていて、今すぐ呑みたいと思っているかも知れませんから」

「それを呑まなかったらトーダ、死んじゃうノ?」


 ロー公が心配そうな顔で聞いてくる。


「それさえ呑めば、少なくともお頭のところに連れて行っても疲労困憊で死んじゃったりはしません。まずはお頭にお伺いを立てに行ってください」

「ウン、すぐに行ってくるネー。トーダ、死んじゃいやだヨー」


 すっかり騙されたロー公が駆け足で広場を出て行こうとする。そのあとを三本足のダダジムグールが追いかける。

 俺は慌ててロー公に言った。


「あ、そうだ。その“クグツ”、ここに残しておいてもらっていいですか? 独りだと寂しくて死んじゃうので」

「アウアウアウ。わかったヨー。『おまえはトーダの近くにいろ』。トーダ、ボクがそばにいなくても死んじゃダメだヨー。すぐに戻ってくるヨー」

「はいはいー」


 俺は手を振ってロー公を見送った。ダダジムグールがトッテ、トッテと近寄ってくる。

 ロー公の姿が視界から消えると、俺は愛想笑いを消し、ダダジムグールに向き合うと、右手をかざし近づいた。

 ダダジムグールは濁った赤い目で俺を見上げていたが、特に抵抗はしないようだった。

 だが、右手が頭部に触れる瞬間、それを避けるようにダダジムグールが急に走り出してしまった。


「あ、こら。どこ行くんだ!」


 俺は慌ててダダジムグールに呼びかけるが、ダダジムグールはお構いなしに走り出す。

 てっきり、ダダジムグールは【魄】を吸い取られるのを嫌って逃げ出したのかと思ったが、そうではなかった。

 ダダジムグールが一直線に向かった先には、ぞろぞろと召喚獣を引き連れてこちらに向かってこようとしているアンジェリカがいたのだ。


「アンジェリカ! そっちに行ったぞ、気をつけろ!!」


 俺はアンジェリカに向け、叫んだ。

 そして大急ぎで俺も参戦しようと走り出すが、なぜだか足が縺れうまく走れない。疲労もピークに達しているのか、もはや足に踏ん張りが利かなくなっていた。

 それでもダダジムグールの猛攻を瞬時に止められるのは俺だけだ。俺は歯を食いしばると転ばないように注意しながらも急いだ。


 だが、それは杞憂に終わった。


「アラゴグ。一斉噴射!!」


 アンジェリカの号令とともに、ずらりと整列したアラゴグが尻からダダジムグールに向け糸を噴出しているところだった。

 ダダジムグールはそれに気づき避けようとはしたものの、機関銃掃射のような14本もの糸は決して避けきれるものではなく、瞬く間に全身を糸に絡め取られ、簀巻き状態で地面に転がった。


「捕縛完了ね。あなたたち、ご苦労様」


 アンジェリカは短くなった髪を掻き上げながら言った。アラゴグたちも労いの言葉に喜んでいるのか、かさかさと脚を動かしている。

 ――と、そのなかに数匹ほど怪我をしているアラゴグがいた。


「タカヒロ、言葉巧みに追い払わなくても、今みたいにすればあのロー公って奴ももう一度捕縛できたんじゃないかしら」

「初対面だったなら、ロー公とダダジムグール、両方同時に相手することもできたかもな。……でも、あいつはすでにアラゴグが粘着性の糸を吐く召喚獣だって分かってるはずだ。あいつへの同じ攻撃が同様の結果を生むとは考えられないな」

「……そんなのやってみないと分からないでしょ?」


 アンジェリカは胸の前で腕を組むと、「ねぇ?」とアラゴグたちに同意を求めた。

 四肢を上げてかさかさとそれに応えるアラゴグたちの姿は、どうみてもモンスター・パニック映画のワンシーンのようです。


「それよりもロッドは見つかったのか? あいつが見つからないと話にならない」

「あの子ね、今私の派遣したダダジム2体に乗ってこっちに向かってきてるわ。どうもロドルクに追っかけ回されてたみたいよ。一応、どこも怪我はしてなさそうだけど……」

「そっか。よかった……」


 俺は安堵の息を吐いた。

 たぶんロッドの奴は、目を覚ましたときにロドルクに見つかって逃げだしたんだろう。子供がてら大人の足から逃げ切れたのは、やはり地の利ってやつだろうか。


 俺はアンジェリカ横を通り過ぎると、怪我をしているアラゴグのところまでやってきた。

 簀巻き状態のダダジムグールが隣でもぞもぞしてるけど、とりあえず後回しだ。


「なあ、アンジェリカ。こいつらの怪我を治してしまっていいだろ? 結構重傷だ」

「いいわよ。でも、急いだ方がいいわ。すぐにでもマチルダさんの遺体を運んでここから離れた方がいいんじゃないかしら。――たぶん、あの女たちの方がロッドより早くここに到着するはずよ」


 アンジェリカが鋭い目つきに変わった。どうやらロー公の説得むなしく全員でこちらに向かっているらしい。まあ、予想通りだな。

 俺は無言でアラゴグを治していく。3匹で合計【魄】12%になりまーす。残り、辛うじて102%か。


「アンジェリカ。ダダジム、アラゴグ、ブロブの他に使い魔はいるのか?」

「いないわ。ニワトリがいた形跡はあったのに、どこにもいなかったから、みんな食べちゃったみたいね。せっかく“ワーム”を召喚しようと思ったのに。馬も山羊もまだ何頭か残しているから数は増やせるけど、今からじゃ無理そうね。」


 赤色野鶏ニワトリから“蠕虫ワーム”か。……それはもはや寄生虫の類いでは。


「そっか、了解」


 俺はそのままダダジムグールの方に向き直った。俺のダダジム達もかつての同胞を囲むように鎮座していた。

 俺は“レッグ”に手を合わせると、「始めるからな」と、同胞4体に目で合図する。

 そして、糸まみれの頭部に触れた。



 レッグの追憶の内容はある意味予想通りだった。


 崩れて溶けて地面に消えていったレッグの跡をぼんやりと眺める。右手に触れていた血のヌメリさえ、もうない。レッグの片脚も今頃一緒に溶けてなくなっているのかも知れない。

 ふと、腕に触れる何かを感じてそちらに目をやった。触れていたのはダダジムの手で、四匹もの黒い瞳が闇から浮き上がるようにジッと俺を見上げていた。

 

 何を伝えたいのか。何を伝えたらいいのか。

 こいつらは“ヒト”から産まれた召喚獣だ。産まれながらにヒトとして完成している。


「レッグがさ、『姉さま、ありがとう。みんな大好き』だって」


 ダダジムの目が一瞬、大きく開かれた。

 俺はやれやれと腰を上げると、うーんと伸びをした。これで今ある死体は全部片付いたはずだ。


「盗賊たちがあと1分ほどで広場に顔を出すわ。タカヒロ、作戦はあるの?」


 アンジェリカの目はヒレイを通して盗賊たちが向かってくる道を睨み付けている。


「……一応な。それでロッドはあとどれくらいで着くんだ?」

「『着く』? 今から迎えに行くんでしょ? その方が早いわ」

「それもそうか。なら、アンジェリカの方にマチルダさんを乗せてもらっていいか? あと、うちのダダジムには2匹ずつアラゴグを装着させたい」

「いいわよ。ダダジム、マチルダさんを乗せて。アラゴグはあっちのダダジムにひと組ずつ乗りなさい。……あ、そうだったわ」


 アンジェリカが懐をごそごそとまさぐる。取りだしたのはヘルゲルさん達の指輪だった。


「はいこれ、指輪。着けてちょうだい」

「? いや、なんで?」


 右手に指輪をふたつ着けてもネクロマンサー以外は受け付けないと思うけど。

 そう思いつつも、手のひら一杯の指輪を受け取る。

 

「違う違う……って、ああ、もうアイツらが来ちゃうわ。とりあえず移動しながらにしましょう。タカヒロも早くダダジムに乗って。行き先はロッドのところでいいのよね?」

「ああ。――っと、その前にロードハイムの剣を回収したい。大丈夫か?」


 マチルダさんを復活させたとして、素手で戦えというのはいささか酷な話だ。


「いいわよ。ロッドの進路もこっち側に舵を切ってるし、じゃあ出発ね」


 お腹と背中にアラゴグを配備したうちのダダジムSUV+に乗り込むと、俺たちはすぐにロードハイムの剣を回収に向かった。

 ダダジムグールが激突した勢いで、窓の桟に深く斬り込んでしまっていたロードハイムの剣をダダジムに2匹がかりで引っこ抜いてもらい、俺のアイテムボックスに仕舞う。


「……まずいわね。私たちがこっち側に移動したことがことがわかってるみたい」


 宙に目を向けていたアンジェリカが眉をしかめ唸るように言った。


「広場に出る前にこっちに進路変更したみたいよ。真っ直ぐ向かって来てるわ。ここはもう壁際だし、このままじゃ鉢合わせになるわ。一旦広場まで戻って反対側の道からロッドに合流したほうがいいんじゃないかしら」

「ロッドもこっち側に進路を取ってるんだろ。それに広場に戻れば遮蔽物がない以上、どうしてもすぐに距離を詰められる。サブンズ辺りが矢で狙ってくるにちがいない」

「でも、このまま進んだらそれこそ鉢合わせよ?!」


 アンジェリカが自分の肩を抱くように右手を伸ばした。細かに震えている。

 俺はダダジム達に言って壁際まで移動すると、コンコンと壁をノックした。

 

「いや、だからさ。この壁、アラゴグとダダジムがいたら簡単に乗り越えられるだろ? さすがにロッドの方は無理だろうから待機してもらって、俺たちが迎えに行くカタチにしよう」

「――――」


 アンジェリカが口を大きく開けたまま動かなくなったのが面白かった。

 壁があったら乗り越える。回避ばかりしてちゃ困難は乗り越えられないと言うことだ。

 


 まずはダダジムとアラゴグに壁の上まで昇ってもらって、そこで俺たちをクレーンのように吊り上げてもらう。そして同じ要領で地面に降ろしてもらう。マチルダさんをそれでうまく壁の向こう側まで下ろすことができれば次は俺たちの番だ。


「アンジェリカのブロブってやつ、俺にも分けてくれないか? 俺も護身用に指輪に巻き付けておきたいんだ。シーフ避けに」

「いいけど、まずはさっき返した指輪を出してもらえる? 灰色の指輪の方をふたつ」


 灰色の指輪というと、兵士の指輪か。

 俺は道具箱から兵士の指輪ばかりを取り出すと、アンジェリカに見せた。


「これ、セカンドジョブ専用の指輪だぞ? “兵士の指輪”ってやつだけど、これを着けるのか?」

「そうよ。それで私とパスを繋いだ上で、この仔たちとの主従関係を共有するの。タカヒロはそのネクロマンサーの指輪で、すでにダダジム4体とアラゴグ1匹のパスを繋いでいるわ。だから意思疎通できるし、ちゃんと命令を聞くでしょ?

 でも、それでタカヒロの指輪のパスは満員なの。新たにブロブやアラゴグを加えようとしても、あなたのダダジムみたいに思い通りに扱うことは出来ないわ。ただ私の命令で「タカヒロの命令を聞いて」って使い魔に伝えるだけじゃ、不十分なのよ。

 そして、それを補うのがこの兵士の指輪ってわけなの。えっと、私のサイズはこのくらいかしら。タカヒロも自分に合うサイズを選んで左手の指にはめてちょうだい」


 アンジェリカは兵士の指輪のひとつを取ると左手の人差し指にはめた。俺もそれを見習って、たぶんアドニスのだと思う兵士の指輪を左手の人差し指にはめる。

 どうやらマチルダさんの移送が無事終わったようなので、今度は俺たちがクレーンで吊られる荷物のようにスルスルと上がっていく。


 アンジェリカが兵士の指輪を近づけて、俺とパスを繋ごうとするが、俺はそれを止めた。


「待ってくれアンジェリカ。今までに何度かパスを繋いだことはあったんだけど、どれも相手側が全身疲労でグロッキー状態になってしまったんだ。今アンジェリカに倒れられても困る」

「大丈夫よ。それってネクロマンサーの指輪でパスを繋ごうとしたからでしょ? ふふふ、当たり前でしょ? だってタカヒロは私から借りパクしたダダジム5体とずっとパスを繋ぎっぱなしだったんだもの。パスの定員オーバー。そこにさらにパスを繋ごうとしたら、指輪の機能が働いて負荷がかかるに決まってるわ」


 あっけカランとアンジェリアが言う。あと、さらっと“借りパク”って嫌みを言った。


「……つまり、ネクロマンサーの指輪は現在ダダジムとアラゴグで満員御礼って事か。誰か別の人とパスを繋ぐ場合は一旦パスを解除しないといけないワケか」

「ちなみに使い魔とのパス解除は私にしか出来ないわ」

「え、そうなの?」


 驚く俺を横目ににんまりと笑うアンジェリカ。


「だって指輪と指輪でパスを繋いでるわけじゃないもの。タカヒロに貸し出したダダジムだって、あのとき私がわざわざ『他者に使い魔とパスを繋ぐことが出来るスキル』を習得して繋いだんだから。言っておくけど、私は一度指輪を外されたわけだから、そのスキル効果がリセットされていて、ダダジム4体に関しては私も外すことが出来ないわ」


 ――それこそ、ダダジムが死なないかぎりね。アンジェリカが指を一本立てながら言う。

 ああ、なるほど。だから“空き”を埋めるようにアラゴグを1匹追加で貸してもらえたのか。

 

「背中のアラゴグに関してはあとでパスを外すことが出来るわ。今後は兵士の指輪で私とパスを繋ぐことで、新たに5体の使い魔を使役できるようになるわ」

「5体か、どうす――って、やべっ!? 見つかった!!」


 俺たちふたりが壁の上まで吊り上げられたところで標的を確認できたのだろう、サブンズが屋根の上に飛び乗り、こちらに矢を番えたのが見えた。

 盗賊側から見れば『首吊り死体が見せしめのために吊り上げられてるところ』って感じか。格好の的じゃないか。

 俺はアンジェリカの服を引っ掴むと、そこから森側へとダイブした。


「きゃぁぁぁぁっ!?」

「~~~~っっっ!!?」


 俺もアンジェリカも背中のアラゴグが、落下中、糸で重力を中和してくれたおかげで首の骨を折ることはなかったが、肝を冷やした。


「全力前進、壁伝いを突っ走れ!」


 それぞれのダダジムSUV+に乗り込むと出発進行の命令を下した。ダダジム達は元気よく走り出す。

 壁際は日が当たらなくて草が生えにくいのか、ところどころ土が剥き出しの部分があり、周辺の木々も株だけのものが目立った。ひょっとすると、町の兵士たちが総出人夫そうでにんぶとやらで村の周辺環境を整えているんじゃないだろうか。


「タカヒロ、パスを繋ぐから左手を出して」

「あいよっ」


 アンジェリカが突き出した左手の兵士の指輪に、俺も兵士の指輪をくっつけた。


「******」


 アンジェリカが何事か呟く。兵士の指輪が灰色に光り、何かが繋がったような感覚があった。


「それで、使い魔の内訳はどうするの? ブロブを5体? それともアラゴグを5体?」


 そう聞いてくるアンジェリカに、クレイやアドニスのような辛そうな症状が出ていない。

 胸中ヒヤヒヤしたが、どうやらネクロマンサーは、決して『友達を作っちゃいけない子』ではなかったわけだ。


「アラゴグを4匹とブロブを1ぷにょ頼む。ただ、アラゴグはうちのダダジム1体につき2匹のアラゴグを使いたい。ペア同士だって言うんだから、これだけくっついてたらすぐに連絡を取り合ったり出来るんだろ」

「問題ないと思うわ。アラゴグは聞いたとおりよ、タカヒロの命に従いなさい。ブロブは右手の人差し指でいいのよね。1体だけだけど、指一本を守るだけなら充分ね」

「ちなみに、ブロブは全部で何ぷにょいるんだ?」


 アンジェリカからET的な指渡しでブロブがもぞもぞと移動してくる。

 1ぷにょの容量は50~60ccってところだろうか。人差し指にまんべんなく広がったせいでぷにょぷにょ遊びが出来そうにない。ぬぅ。やはり5ぷにょもらえばよかったか。


「山羊が全部で7頭いたけど、生け贄召喚に使ったのは5頭だけよ。それぞれブロブが4体ずつ産まれたわ。まだ数体回収できてなかったり、あいつらに潰されちゃったりして、今私の元に残っているのは12体ぐらいよ」

「わかった、12ぷにょだな。それでこのブロブだけど、さっきアンジェリカがやってたみたいに『ブロブッ!』ってな感じで射出できるのか?」


 俺は右手を拳銃のような感じでかまえた。

 出来れば『霊丸』みたいでカッコイイ。銃声も反動もなさそうだし、護身武器としては最高なんだけど。


「……。1体だけだと射出は出来ないわ。2体以上合わさって、互いの力を利用して飛び出すっていう感じだもの。必ず一体は手元に残るの。でも、どうしてもって言うのなら“投擲とうてき”って言う方法があるけど」

「まあそれはいいや。1ぷにょでもあればシーフよけには十分だしな。ところで――」


 人差し指のブロブをさすさすしながら、真剣な顔でアンジェリカに迫った。


「提案なんだけど、ブロブの助数詞を『ぷにょ』に統一してみてはいかがだろうか」

「却下」


 答えをすでに用意していた速度で棄却される。審議が尽くされないばかりか、端から不採用として門前払いだ。

 おかしい……。女性と言ふ生き物は総じて“可愛いー”ければよいのではなかったか?


 抗議の声を上げかけるが、アンジェリカが半眼でこちらを見つめていた。


「馬鹿なこと言ってないで、周りに集中したらどうなの? あの女が今、ちょうど壁の反対側にいるのよ。乗ってたダダジムグールがいつ壁を飛び越えてくるのかヒヤヒヤしてるのに」

「集中はしてるさ。ただ、アイツらは壁の内側にいるんだ。この壁を乗り越えられるのはダダジムグールとロー公ぐらいだ。ロー公が出てくれば俺がおとりになる。ダダジムグールだけなら、こっちのダダジムに乗り換えれば襲ってこないはずだ」

「ロー公なら村長――」


 その時だった。

 バゴォォォン!!! と、もの凄い爆発が起きて、巻き込まれた俺たちは爆風で横薙ぎに倒された。

 あまりの出来事に混乱をきたすが、地面を転がり木に激突したことで、それがかえって気づけにもなった。

 辺りは木片が散乱し、煙と何かの薬品が混ざったような臭いが立ちこめていた。

 どうやら、俺たちと盗賊どもを隔てていた壁が爆破されたようだった。

 目に浸みる煙にゴホゴホと咳き込みつつも、身体の負傷箇所を探す。アラゴグが背中からお腹の方に移動していた。こいつ、宿主を守ろうとかそういう気遣いはないのか。

 一応、頭のたんこぶ以外は大きな怪我はしていないようだった。

 

「クルルルルル……」


 駆け寄ってきたダダジムたちがすぐに俺を起こし、その背に俺を乗せた。


「アンジェリカ、無事か?!」


 口元を袖で覆い、呼びかけるも返事がない。

 俺はゾッとして周囲を見渡した。アンジェリカは俺の左側――つまり、より壁際を走っていたのだ。俺よりもさらに近い位置であの爆風を受けたに違いない。

 ダダジムが駆け出す。俺にはまだ煙で周りがよく見えていなかったが、視点が低い分、ダダジム達の方が発見が早かったようだ。


 アンジェリカは俺のいた位置より、やや後ろの方にまで吹き飛ばされていた。

 意識がないのか、ぐったりと地面に横たわっていて、3匹のダダジムがアンジェリカを介抱しようと躍起になっている様子だった。


「おまえらは無事みたいだな。残り3体はどうした? とにかくアンジェリカをこっちへ。おまえらは残りの――」

「ギャグルルルルルッッ!!!」


 喉を潰したような咆吼とともに、何かがもの凄い勢いで飛んできた。それは俺の目の前を通過すると、木にぶつかって地面に落ちた。

 一瞬、ダダジムグールが勢い余って木に激突したんじゃないかと思ったが、そうではなかった。


「ギャグルルルルルッッ!!!」「ゴグゴギャゴルルルルッ……」


 ダダジムグールの咆吼は、木に激突して動かなくなったダダジムとは、全く別の方から聞こえてきていたからだ。

 アンジェリカのダダジム達が、それぞれ俺をしっぽで叩き、飛び出していく。


 ――そこでようやく状況が飲み込めたと同時に、戦慄が身体を駆け抜けた。

 

 俺はぐったりしているアンジェリカとマチルダさんの身体を引きずるようにしてダダジムSUV+に乗せると、振り返らず「走れ」と命令を下した。

 背後で聞こえてくる骨の噛み砕かれるような音を無視し、ダダジムたちの、そしてアラゴグたちの懸命に抗おうとする姿を、俺は時間稼ぎのために利用する。


 爆破された壁から飛び出してきた3体のダダジムグールたちが、同胞であるダダジム達を一方的に蹂躙し、“捕食”していたのだ。

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