第68話 アムリタ

 ――連れションを口実に、ロー公がガキを運び込んだ民家に足を踏み入れた。

 ――トーダはロー公がいないとションベンができないとか抜かしてやがったが、俺が睨みを利かすと素直に従った。まあ、従わなきゃその場で殺すつもりだった。ただ、お頭の目の前で殺すとなると言い訳に苦労することになる。俺の雇い主は大旦那様だから、お頭には叱責を受けることがあっても、俺に罰を与えることが出来ない。トーダの存在がお頭にとって害悪だったと言えば済む話だ。だが、そんな独断での殺しが続くと今度から仕事に呼んでもらえなくなるだろう。三度目だしな。まあ、そうなりゃ(お頭の)長兄次兄のところでせこせこやるさ。給金は大旦那様からたんまり頂いてるしな。

 ――ガキの肩に剣をぶっさしてやると、トーダは顔色を変えた。ガキは本当に死んでいるようだったが、トーダの反応が面白かった。……つまり、このガキを使って今からナニカしようと企んでやがったのだろう。

 ――もういいか。後顧の憂いなく、とっとと殺してしまおうと、俺は“一閃”の構えを取った。こいつは俺の得意技で無拍子からの横薙ぎの剣技だ。発動に必要な魔力が少なく、ただ疾く、ほとんど隙を作らないため、色んな技にも組み込める。そして、相手が気づいたときにはもう死んでいる。

 ――当然トーダも、頭蓋を半分切られて死ぬはずだった。だが、驚いたことにトーダはこの剣技スキルに気がつき、皮一枚で避けきった。

 ――驚く俺を前に、トーダは額に手を当て回復した。その後、恐怖に目を濁らせるでもなく、俺と平然と対峙しようとする姿に、俺はある種の感動を覚えたものだが、同時に裏切りへの確信を強めた。何かごちゃごちゃ言ったようだが、今この場できっちりるべきだと俺は思った。



 ――俺は卒業メンバーで組んでいたパーティを一時抜けると、家に戻ることにした。

 ――お袋は、俺が「ただいま」を言う暇も与えずに手を引いて親父の書斎に連れ込んだ。書斎のドアには昔から常に鍵がかかっていて、家にいるときの親父はそのほとんどの時間をこの書斎で過ごしていた。お袋も使用人も入ることを禁じられた、言わば『開かずの間』だった。

 ――勝手に入ったら親父に怒られるぜ、とお袋を窘めるが、お袋は半狂乱になって俺の手を引いた。見せたいモノがあるらしい。平日で親父は仕事中らしく、家にはいないようだった。

 ――久しぶりに踏み入れた書斎は、昔と変わらなかった。積み重なっている本の数も重ねられた形も、なぜか昔のままだった。書斎は昔から親父しか入らず、鍵も親父しか持っていなかった。俺も一度しか入ったことがない。なのに今更どうやって入れたかというと、ドアノブの鍵がすでに錆びて壊れてしまっていて、いくらドアの鍵を施錠したつもりでいてもドアノブを回せば普通に開いてしまうのだった。

 ――お袋が見せたいモノは書斎そのものではないようだった。お袋はそのまま書斎をスルーすると、奥の壁際にやってきた。お袋は壁に掛かっている大きなタペストリーをめくり上げると、そこにはドアノブが現れた。……そういえば、実際の書斎の面積に比べ、ぐるりと見やるこの書斎の広さは、少しばかり狭い気がする。本がたくさん積み重なっているせいかとも思ったが、それでもまだ3分の1ほど広くなければいけないはずだ。

 ――お袋は俺を見つめた。お袋が言うにはつい先日、親父を探していて書斎が開くのを発見し、好奇心に擽られ、つい入ってしまったとのこと。そして、偶然にこのドアを発見してしまったとのこと。

 ――俺はドアノブを握り、ドアを開いた。腐臭が鼻についた。



 ――トーダは俺に“お頭”の名前を聞いてきた。

 ――もちろん俺は答えてやる義理も無かった。そういえば、大旦那様はお頭のことを“エジャ”とか呼んでいたか。……いや、奥様はなんか別の名前で呼んでた気が……。昔過ぎて覚えてねぇよ。“あの子”とか“お嬢”とかお頭でいいじゃねーか。

 ――俺はトーダに向けて“死突”の構えを取った。間合いも充分、未だかつてこいつを避けきったやつはいねぇ。俺の一番の得意技だ。

 ――俺の親父も、こいつで殺した。

 ――「【甘露】……って何ですか?」と、トーダが聞いてきた。

 ――ふいに、鼻の奥が痛くなる。俺はそれを振り払うために言葉を発した。

 ――ああ、そうだ。……親父は“殺人鬼”だった。殺しの美酒、【甘露アムリタ】の甘い汁に脳が侵された兇変者ジャンキーだった。

 ――親父の書斎の奥には、今まで自分が死刑判決を出してきた、夥しい数の死刑囚の首が綺麗に並べられていた。

 


 ――夜になって俺が親父の仕事場を訪ねた。

 ――警備係の老兵士に身元を明かすと、親父の元に案内してくれた。老兵士は親父の仕事場に着くまで、歯の抜けた口を動かし、延々と親父のことを褒めちぎっていた。こちらの心情などお構いなしに。

 ――親父は仕事場に個室を与えられているのか、ノックして入ってきた俺たちには空返事をして中に入れた。老兵士は頭を下げて出て行った。俺は一心不乱に書類を書き上げている親父の――近くで見ると小さくなっていた背中に声をかけた。

 ――親父は俺の声を覚えていてくれたのか、初めてぴくりと反応し、振り返った。

 ――ロードハイムか、こっちに帰ってきたのか。久しぶりじゃないか。立派になったな。おまえなんだ、叔父のアーグナーさんにだんだん似てきたな。

 ――親父は俺の帰郷を喜んでくれているようだった。

 ――思えば初めてだったかも知れない。こうやって一対一で顔を見て話をするのは。初めてだったかも知れない……親父にこんな優しい笑顔を向けられたのは。

 ――俺は戸惑いながらも卒業してからのことを話した。手紙では伝えきれなかった話したいことがいっぱいあって、堰を切るように次から次へと言葉が出てきた。まるで、少しでもこの流れが滞れば、あの書斎の話になってしまうんじゃないかと、俺は恐れていた。

 ――やがて、俺の口から言葉が出なくなった。卒業から今までを語り尽くしてしまったからだ。子供の頃……そうだ子供の頃の話をすれば……。だが、言葉に詰まり、親父の目から逃れるように下を向いてしまう。

 ――恐れていた沈黙が、ただ闇の静寂をまとっていた。

 ――親父が言った。「人は『麦藁むぎわら』のようだ」と。刈り取った麦穂はパンになり、麦藁は加工されて人の役に立つ。灼いてもまた灰となり、大地を潤す。俺は意味がわからずに、親父の答えを待った。

 ――私にとっての“人”は、すべて刈り取りを待つ麦だった。親父は目を細めた。

 ――仕事のあとは、これを身につけていた。親父はそう言った。

 ――そう言ってクローゼットから取りだしてきたのは、麦藁で折られた堅い仮面と麻で作られた一式の服だった。一度だけ見たことがある。昔、親父の書斎で。それは――


 ――首切り役人の衣装だった。


 ――そうして親父は告白した。死刑執行の判決のあとには、その執行役の首切り役人に金を握らせて役を代わってもらっていたと。切り落とした首を集めていたと。

 ――「【甘露アムリタ】だ」と、親父は言った。甘露カンロではなく、これはもう甘露アムリタだったと。

 ――俺が産まれ、その生に触れ、自らの判決で人を死に追いやることに恐れを感じ、人が人を裁くその罪に藻掻き苦しんだ。やがて他人に殺人の業を押しつける矛盾に耐えきれず、その罪をすべて被る覚悟で、親父はあえて首切り役人の役までも請け負った。そして死ぬつもりだったと言った。そのとき、親父は死刑囚を決して苦しませまいと【剣士の指輪】を身につけていたという。

 ――親父は資質C+の剣士として入学し、ギリギリの成績で学校を卒業できたものの、一度も剣士として“外”に出ることはなかった。親父は皆が言うような文武両道な生徒ではなかった。お袋に言わせれば、心が優しすぎたのだという。

 ――親父は在学中、すでにその高い学力を買われ、卒業と同時に裁判官を目指すよう専門学校に無理矢理入学させられた。それならと、親父も正義の裁判官を目指すことに決め、知識を習得して、晴れて法廷の前に姿を現したときには、すでに俺は産まれていたという。


 ――その日の死刑囚は、極悪人で素手で23人の村人を殺した罪に問われ、親父自らが死刑を言い渡した男だった。余罪も多くあったようだが、死刑以上の罰は無いと判断した。

 ――地下処刑所に降りた親父は、麦藁で編んだ仮面を被り、麻の衣装に身を包んだまま、男の前に立った。金貨を握らせた見届け役人には出て行ってもらった。親父にとって、それは初めての殺人だった。いや、血を見るのも苦手だったため、生き物を殺すことですらほぼ初めてだったという。剣士としての資質は無いわけではなかった。学生時代には剣も振るい稽古にも励んだ。ただ、どうしても生死の一線を越えられなかったのだ。親父は卒業試験落第の危機を高い学力と裁判官育成学校編入というカタチで取り繕ったのだという。

 ――男は両腕両足を鎖に繋がれ、目隠しと口には荒縄がきつく巻かれて暴れていた。その姿は生に溢れていた。荒縄の奥から生を求めていた。だが、こうなる前は他者の生を蹂躙してきたのだ。

 ――そして、死刑は執行された。懊悩の果てに6時間かけて剣を振り下ろしたのだという。

 ――だが、その瞬間。まさに男の首の骨を断ったその瞬間に感じたあまりの快楽に、親父は射精まで至ってしまったという。

 ――【甘露】自体はおそらく数秒程度だったが、余韻は長く続いた。ふと、我に返ると、親父は転がっていた男の首を拾い、目隠しを外した。髭の小汚い初老男だった。だが、【甘露】の悦びを与えてくれたこの男に感謝しなければと思った。殻から這い出たヒヨコが初めて外の世界で見る生き物を親と思うように、親父もまたこの快楽を与えてくれたこの首を宝石かナニカのように思ったのだ。布で首を包むと持ち帰ることにした。帰り道、妙にふわふわとして、頭の中とココロと身体が軽かった。家に帰り、お袋に見つからないように首を書斎の奥の保管庫に仕舞うことにした。そこには先祖代々伝わる大切な物が保管されていたが、その日のうちに全部片した。そして、その広くなった空間に首一つだけを置いた。

 ――そのとき、親父は喉の奥から迫り上がるモノを感じた。それは罪悪感などではなく、昔から心の裡にあった仄暗いなにかだった。それが喉の奥を叩いた。


 ――くっ、くっ、くっ。くっくっくっくっ。ククククククククッ……。

 ――あーっはっはっはっはっ。


 ――あとは、その殺しの美酒に酔い、【甘露カンロ】を貪り、酔いつぶれ、【甘露アムリタ】に溺れた。

 ――きわどい裁判ばかり受け持つようになり、すべて死刑にした。そして、地下に降り、その日のうちにすべて自らの手で殺した。親父は特に【甘露】を受けやすい体質なのだと後の検査で知ったという。


 ――親父は告白のあと、首切り役人の仮面を被った。指にはいつのまにか剣士の指輪が着けられていた。

 ――親父は、俺とお袋を見るのが辛かったんだろうなと、ぼんやりと思った。目を合わせたくなかったんだろうな。どの面下げてって感じだもんな。会わないようにしてたのに、毎日毎日裁判所まで追いかけてって悪かったな。手紙に色々書いて悪かったな。


 ――そんな親父が今、俺とこうして向き合っている。


 ――そして、それは反射的だった。親父が俺に向けて、剣を振りかぶったりしたから……。俺は身を守るため、いつものように、学校で習ったように……動いた。

 ――親父は、「すまない」とひと言洩らして、俺に殺された。その瞬間、俺の悲しみを、憎しみを、怒りを、絶望を、【甘露アムリタ】が包み込んだ。

 ――そして、すべてが去ったあと、やるせなさだけが残った。

 ――帰り際、案内をしてくれた老兵士を殺して、俺は俺の故郷かえるところを捨てた。



 ――死突が、暗い穴に吸い込まれた。

 ――右手に感じるはずだった心臓を貫く手応えが、恐ろしいほどの勢いで空振った。右肩の奥でガコンと骨が外れる音を聞いた。

 ――思わず身を引こうとしたとき、トーダが、よりにもよってその腕に抱きついてきた。「絶対放さない!! 絶対放さない!! 絶対放さない!! 絶対放さない!! 絶対放さない!! ぜ~~ったい放さないぞぉぉぉぉ!!!」

 ――くそがっ! 俺は左拳を固め、側頭部を殴った。だが、右肩の脱臼が引きつれ、力がうまく出せない。それに右手の支えもない。剣を手放してトーダを掴もうにも空を掴むばかりだ。それでも何度も殴りつけていると、トーダが潰れた目を見開いて薄く嗤った。俺はよりいっそう力を込め、左拳を振りかぶった。


 ――ドン、と。背中に何かが通った気がした。

 ――遅れて痛みと、喉元まで血が迫り上がってきた。振り向けば死んでいたはずのガキが、右腕一本で俺の背中にナイフを突き立てていた。「離れろ!」トーダが叫ぶ。殴りつけた。だんだんと抜け落ちていく気力に、血に、精一杯の力を込めて目の前の“敵”を殴った。

 ――再び、背中に衝撃を受けた。

 ――ああ、これまでかと俺は膝を付いた。

 ――見上げれば、青白く光るナイフを手に、獣人のように目玉を光らせるガキが、奥歯を鳴らしながら俺を見つめていた。


 ――安心しろよ、ガキ。

 ――俺が死んだあと、そんな感情なんて吹き飛ぶくらいの快楽が襲うからよ。

 ――ちっ。ミイラ取りがミイラになってりゃ、世話無いぜ。剣士がネクロマンサー相手に殺されるなんてな。

 ――ああ、そういや俺は何で剣士になんてなりたかったんだったっけか。親父の後を継いで裁判官にあこがれてなかったか? 頭は悪くなかったはずだぜ。

 ――確か町が平和になれば……親父の仕事を減らして、たまにゃ俺と親父とお袋の三人で……。

 ――いや、いいや。忘れちまった。……へっ。どうせつまらないこ――




 ロードハイムの遺体が崩れ落ちた。

 その光景に腰を抜かしたロッドの短い悲鳴で、俺は我に返った。


「ロッド、ロードハイムを殺したとき、なにか感じなかったか?」


 俺の質問にロッドはビクリと身を震わせると、縋るような眼で俺を見返してきた。


「ああ、勘違いするなよ。別に責めてるわけじゃない。ロッドに風のナイフを握らせたのは俺だ。殺させたのも俺だ。そうしなければ生きられなかったのも確かだ。責任はすべて俺にある。……ロッド、質問を変える。【甘露カンロ】って聞いたことないか? 【甘露アムリタ】でもいい」

「……あります。カンロは指輪を持つ者の生理現象で、精神安定効果があるって聞いたことがあります。アムリタはカンロが連続して起こることによって引き起こされる過重駢症状で、ひどくなると精神障害にまで至ってしまうらしいです」


 なるほど。たぶんレベルが一気に2以上上がると、その分甘露が濃くなるってコトだろうな。確かにLv1から2よりも、さっきの2から4の方が濃密な感じでエクスタシーだった。ん~カンロカンロ。

 ただ、コーヒーに入れる砂糖の数と一緒で、1,2個までなら普通。でも、5個も6個も一気に入れたら甘ったるくなって美味しくなくなる。でも、姦淫……完飲するまでがレベルアップです、みたいな。

 たぶん、ロードハイムの親父さんはLv1の剣士で、それがたぶんLv30くらいの魔闘士を殺したもんだからLvが7から8くらい一気に上がったんだろう。いやもっとか。血糖値爆上がりでキレちまったってところだろう。

 …………とすると、これは想像だけど、『学校』ってところは基本的に指輪をもらってから卒業までにLv6~7くらいまで実践を踏まえて段階的にLvを上げていっているんだろうか。そのくらいになると、一気に2レベル以上なんて上がらなくなるだろうし。快感レベルも脳みそ融けるくらいにはならないだろう。


「そうか。でも、その様子だと、ロッドは甘露を感じなかったみたいだな。指輪してなかったのか? 戦士のやつ」


 というか、ロッドのジョブ覧は『クグツ』にはなってはいるが、“Lv-”となっていて、レベルが上がっていないことがわかった。やっぱりアレか、正式な死体からじゃないからか。


「あ、ポケットに入ってます。はい。アンジェリカさんが言うには『みだりに他人の指輪を身につけない方がいい。適合していないからMPの消費は無いけど、指輪のサイズが合ってないから落とすかも』って言っていたので身につけていなかったんです」


 ロッドはポケットから戦士の指輪を取りだしてみせた。

 なるほど、よく見れば結構サイズがでかい。俺の親指くらいでぴったりだ。たしかにロッドの指じゃスカスカだろう。そりゃ、落っことすわけだ。


「身につけてたらあいつらに取り上げられてたろうから、それで良かったんだな。……今からロッドの母ちゃんの所に行って、その指輪を装着させる」

「え……?」


 ロッドが俺を見る。俺はロッドに指輪を返しながら言った。


「すでにマチルダさんは俺の“クグツ”として甦った。でも、動こうとして動けないのか、指輪が無いと動けないのか、彼女は前と同じ広場の真ん中に横たわっている」

「母ちゃんが……生き返った……?」


 ロッドの眼が大きく見開かれた。だが、ここで期待させて舞い上がらせて、高いところから全身脱力で落っことすのは危険だ。


「違う。俺がクグツとして“甦らせた”、だ。うまくいったと思うがロー公がそばにいたせいで彼女とのコンタクトがうまくとれなかった。でも、アドニスが本来のクグツ状態だとすると、彼女はもう少し生前に近い感じで甦った気がするんだ」


 まあ、言ってみればロッドも現在俺のクグツ状態なんだけどね。


「とにかく、最初の作戦に変更はない。……いいな、ロッド。俺はネクロマンサーで、ロッドの母ちゃんはすでに死んでしまっている。ロッドは母ちゃんのカタキを取りたい。そして俺は“クグツ”を操ってアンジェリカのサポートに回るつもりだ。ロッドの母ちゃん――マチルダさんは、俺たちが生き残るために“利用する”。いいな?」


 ロッドは何かを言おうと口を動かそうとしたが、結局言わず、目を伏せたまま、「はい」と呟いた。


「……よし。当面の目的はマチルダさんに指輪を装着させることだな。ただ、もう自由に外を動き回れなくなった。サブンズって弓術士が屋根から弓を構えている。ロー公も鼻が利くし、それ以上にやっかいだしな。……それに、ロードハイムが死んだ以上、もうあいつらと一緒に行動も出来ないだろう」

「どうするんですか? まずはこの家から出ないといけないんですよね。窓は……危険ですよね。床板を剥がせば隙を見て隣の家に隠れることが出来るかも知れません」


 ロッドがなかなか賢いことを言ってくれる。


「ああ、それだけど、この家はちゃんと隠し通路があるんだ。ここの住人に“教えてもらった”」

「隠し通路?! なんでそんなこと知って?? いえ、教えてもらったって、どういうことなんですか?」

「あんまり大きな声出すな。時間が無いし、説明は動きながらだ……こっちだ」


 俺は部屋の隅にある大きめのクローゼットを開けると、服を掻き分け、その下部分の板を外した。そこには、ひと一人通れるようなぽっかりと空いた穴が開いていた。床下に繋がっている。ご丁寧にさらに下まで降りるためのハシゴが付いていた。


「こんな……とこに……」

「いいから。ロッド、先に降りてくれ。俺は後始末したらすぐに追いかけるから。ほら、行った行った」


 俺は驚くばかりのロッドに梯子を掴ませると、半ば押し込むように降りさせた。俺はロードハイムの服やら一式をベットの下に押し込んだ。そして部屋を見渡しながら、ため息を一つ吐いた。俺もロッドを追って内側からクローゼットを閉じ、上蓋を閉じると梯子を下り始めた。

 部屋はロードハイムの血が至る所に飛び散っている。……お頭達はこれをどうみるか。ただ、ロー公がいればすぐに気づくだろう。この通路までたどり着くには時間がかかると思うけど。

 さあ、もう後戻りは出来ないぞ。これでロー公のお里で悶絶ハーレム性活という選択肢は消えた。この家の外で俺が発見されれば、今度こそ殺される対象になる。

 保険としてロー公がいるが、ロードハイムのことを聞かれるだろうし、どうなることやら。


 そんなことを考えていたら下に着いた。たぶん4メートルほどだろうか。

 縦穴はかなり狭かったため、下に降りると同時にロッドにぶつかった。


「っと、悪い。怪我しなかったか?」

「大丈夫です。一応横穴があるみたいなんですけど、これはいったいどこに続いているんですか?」

「さあな。ひょっとすると行き止まりかも知れない」

「ええ??!」


 光る瞳が俺を見上げる。ぱちくりと瞬きするのが、なんだか可笑しかった。


「あの家って、セロイアって人とマローンって人が住んでただろ?」

「あ、はい。以前にこの村に来たことがあるんですか? それともセロイアおじいさん達とご親戚の方だったとか?」

「いや。ただ、その二人が盗賊に襲われたとき、この隠し通路に身を隠そうとしたんだ。でも、マローンさんがその途中、逃げ遅れて殺されたんだ。這々の体でやってきたセロイアさんはクローゼットの蓋を開けたところで、思い直し、包丁を手に逆襲を試みて返り討ちにされたのさ」

「……。……?? え?」


 まあ、そうなるわな。


「いいさ。わからなくても。ただ、この隠し通路は空井戸を掘った人と――いや、ドワーフと同じ亜人だ。セロイア夫妻が越してくるずっと前に、この家に住んでいたんだろうな。ロッドもマチルダさんも、その、ドワーフみたいだけど、その人のツテでこの村で暮らしてたんじゃないのか?」

「いえ。そんなの初耳です。……母からは、僕が産まれたからこの静かな村で暮らし始めたって聞いています」

「そっか。……じゃあ、今夜中にあいつら全員ぶっ飛ばして、みんなの村を取り戻してやろうな」

「はい!」


 ロッドが元気よく応える。

 まあ、ロードハイムを倒した要領でロッドにも今後積極的に働いてもらおうかな。

 アンジェリカの手助けになればとマチルダさんを捨て身で使うつもりだったが、気が変わった。ひーふーみー……、あと9人か。全員俺たちで片をつける。やっぱり村人の仇は村人が討たないとね。ほら、俺が直接手を下すとレベル上がんないし。

 ――勝利の美酒アムリタは俺の物だ。



 四つん這いになり、移動を開始する。

 穴の大きさは直径1メートルほど。空井戸の時よりも結構狭い。手ぇ抜いてる感じがするけど、何十年も崩落せずに使えるんだから、やっぱすごいのか?

 一応、空気があるようなのでどこかの空洞と繋がっているんだろうか。


「とりあえず、この横穴がどこに繋がっているかだな……。えーと、あのクローゼットって東西南北どの方角にあった?」

「え、っと。…………たぶん、北です。窓が左側にありましたから」


 うむむ。答えが返ってくるとは思わなかったけど、こいつ普通に頭いいな。


「北か。……えーと、ここからだと食料庫の方角だな」

「食料貯蔵庫ですか?! ここからだと結構距離がありますよ?!」

「空井戸から村まで80メートルくらい掘り進んだくらいだ、案外そのドワーフも穴掘りが趣味だったりしてな……っと、行き止まりだ。梯子がある。上にあがるのか。むむ? 北に……たぶんまだ20メートルくらいだし、なにかあったっけ?」

「あの家から20メートルですか? 食料貯蔵庫はもっともっと先だし、たぶんどこかの民家の床下だと思いますけど」

「まあ、どこかに繋がっているとありがたいんだけど」


 俺は梯子に手をかけた。手触りからして鉄ではない。石とか岩とかそんな感覚だ。

 3メートルほど上がると、すぐに木の蓋が手に触れた。重かったらどうしようかと思ったが、案外片手で持ち上がる重さだった。

 蓋を開けたらお頭一同が手ぐすね引いて待っていた……てなことがないように耳を澄まし、注意しながら開けた。あちらにはトルキーノもいるのでそういうことも考えられる。

 蓋をずらして顔を覗かせると、そこは本当に民家の床下のようだった。

 てっきり村の外か、食料庫の真下辺りだと思ったんだけどな。


「一応、脱出は出来たけど、あんまり離れてないから安心できないな……」


 さっきの家みたいにクローゼットを経由して家の中に入ることが出来なかったので、俺とロッドは民家の軒下で腹ばいになりながら作戦を練った。

 お頭達はたぶん俺たちがいた民家の、さらに入口側にいたから30メートルは離れている。声も聞こえないが、このままのそのそと外に出るのは危険だろう。

 床下を移動するにしても限界がある。せいぜい隣り合った民家までだ。それ以上はパビックが死んでるあの道を挟むことになる。


 ……。

 ……。

 パビックの声、利用できないか?

 ……。

 ……。

 それで、アンジェリカに合図を送って、ダダジムを呼ぶことが出来ないか?

 だが、同時にお頭にも知られるが……、混乱させることも出来なくもない。


 ふむ。

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