第67話 傀儡転生

「お頭お頭って呼ばれてますけど、お頭の名前って何ですか?」

「……へっ、答えるわけねぇだろ。口を塞いでな、せめて一撃で楽にしてやるよ」


 ロードハイムが鼻を鳴らす前にあった多少のタイムラグを確認すると、俺は両手の平を合わせて、蝿のようにすりあわせた。俺にあと出来るのは時間稼ぎだ。


「あああっと、ならもうひとつだけ! 後生ですからもうひとつだけ、これはロードハイムさんへの質問ですから、どうかお願いします!」

「ああ?! 何だよ。いいか、それが最後だからな」


 あらあら、殺人鬼のくせにお優しいこと。


「ありがとうございます。えーと、ロードハイムさん達は町の襲撃や村の襲撃の前にお頭から薬とか受け取りませんでしたか?」

「……薬だと?」

「殺人を苦に思わなくなる薬です。……同じ人族を殺めていくのはロードハイムさん的には苦痛じゃないのかなって思いまして」


 ソレはもう目を開いていて、しかも闇の中淡く光っていた。ロードハイムが振り向いてしまえばその眼の光に気づくだろう。ゆっくりと身を起こし、痛みに顔をしかめている。肩の傷からは血が溢れ始めていた。

 俺は頭をかきながら、へらへらと媚びた笑いを浮かべた。慎重に言葉を選び、ソレと目を合わせず、事前に取り決めていた簡単な仕草でコンタクトを取る。


「――はっ、何を言うかと思えばそんなことか。どうせ『人殺しで心が痛まないのか』とか『【甘露カンロ】に脳が溶けたんだろう』とでも言うつもりだろうがな、俺はただ純粋に殺しが好きなんだよ。まあ、甘露のためにやってるって言っても否定はしねぇがよ」

「【甘露】……って何ですか?」

「知りてぇのか?」

「ええ是非」


 ロードハイムは苦笑しながらかぶりを振った。もう、付き合ってらんねぇよとでも言いたげに――水平に構えた剣先を腰を沈めながら引く。

 俺はあらかじめ表示しておいたステータス画面から――


「おまえみてえなヘナチン野郎には味わえない――殺しの美酒の味のことだよ!!」


 死突、と仲間から呼ばれていたロードハイム必殺の突き技。

 そしてその剣技も、俺は死者からの【記憶】を辿り、何度も身をもって体験していた。少なくとも、躱せる技でも無ければ、防げる技でも無いと理解していた。


 ただ、アイデア次第ではその技を無効に出来ると、俺は気づいていた。

 『アイテムボックスオープン』


 放たれた“死突”は鎧ごと精確に心臓を貫く不可避の高速突きだ。両手水平に構えてから放たれるその技で、皆心臓を貫かれ死んでいった。

 だから知っていた。狙いは心臓だ。

 俺はタイミングを合わせ、死突が放たれる直前に、左胸の前にアイテムボックスの入り口を開けた。


「なっ――??!!」


 ロードハイムの“死突”――右片手突きは、まっすぐに俺の心臓を捕らえていた。だが、突如開いたアイテムボックスに阻まれ、切っ先が亜空間のなかにすっぽりと収まった。

 空振りと、言ってもこれで終わりでは無い。アイテムボックスは『生体』は収納できない。ロードハイムは剣を手放していない。つまり、亜空間内に生体が留まっている限り閉じることが出来ない。収納出来ても、ひとつだけ、ロードハイムの剣だけだ。

 俺は肘までアイテムボックスにハマったロードハイムの腕に飛びつくと、両手で抱き付いた。だっこちゃん状態である。


「っっ、くそが!! おかしな真似しやがって!! 放しやがれ! この死に損ないが!!」

「絶対放さない!! 絶対放さない!! 絶対放さない!! 絶対放さない!! 絶対放さない!! ぜ~~ったい放さないぞぉぉぉぉ!!!」


 俺は大声で宣言する。公言する。みっともなく騒ぎ叫き散らして意識を俺に集中させる。


「ああそうかよ! ならこうするまでだ! おらよ!!」


 ロードハイムの左拳が俺の左耳を打った。がつんがつんと連続して殴られる。これだけ密着して勢いを殺しているはずなのに、一発一発が脳に届く。


「いい加減諦めろ! おまえは死ぬんだ! トーダ!」

「絶対放さない!! 絶対放さない!! 絶対放さない!! 絶対放さない!! 絶対放さない!! ぜ~~ったい放さないぞぉぉぉぉ!!! ――――いいぞ、ロッド、腰から上を狙え、そのまま体当たりで根元まで突き刺せ!」

「ああ??!!」


 意識を完全に俺に向けていて、しかも殴打しまくりで周囲の気配りが足らなかったのだろう、俺の新しいスキル――【傀儡転生】によって甦ったロッドが『風のナイフ』を腰だめに構え、ロードハイムを後ろから刺した。


「っ、ぐぅぅぅぅ!!!」


 深々と刺されたロードハイムの身体が仰け反り、こわばり、それでも振り上げた左拳を背後にいるロッドに振り下ろそうとした。


「離れろ!」

 

 言うより前にロッドは風のナイフを引き抜きながら後ろに飛んでいた。だが、そこで限界だったのか、ロッドは脚をふらつかせその場に崩れ落ちてしまう。

 俺はだっこちゃんスタイルのまま、ロードハイムの右腕に噛みついた。ロードハイムは振り下ろす拳を俺に戻し、力強く後頭部を打った。

 ぱたた、となぜか鼻血が吹き出てくるが、俺はよりいっそう顎に力を込めた。ロードハイムは続けざま狂ったように俺を殴り、殴り続け、――ドスン、とロッドの二撃目をくらって目を剥いた。やがて力を失うと膝を折って、前のめりに倒れた。

 その瞬間、俺は胃の中の物を全部吐き出した。ある意味楽しかった夕食の中身を全部ぶちまける。


 暗視が効いているはずの視界はただ暗く、なにより吐き気が強く収まらず、俺はその場に崩れ落ちた。身を捩って転がりながらロードハイムから離れた。

 すると、ずるずるとロードハイムの腕がアイテムボックスから押し出され、しかし、剣を手放したのか、グローブをはめた指先がアイテムボックスから出ると同時にその亜空間は閉じた。


 ロッドが俺を介抱しようと近づくが、俺は嘔吐えずくのに一生懸命でそれどころではなかった。

 それどころではないのに、……身震いが起こり、またあの甘い、なんとも抗いがたい高揚とした感覚に包まれた。気分が高ぶりを覚え、ある種のオーガズムを脳内を駆け巡る。ココロが瞬く間に快楽で満たされ、至極の悦へと誘われた。

 だが、こちとら絶賛嘔吐中であるからして、頭蓋骨骨折、脳内出血大サービスのわんわんパニック状態だった。

 ええと、こういう生と死の合わせ技をなんて言うのか……ああ、そうか、腹上死か。

 このまま死んだら、「幸せそうな死にアヘ顔だぜ」とか言われそう。ロッドに。

 

 俺は四つん這いですらいられなくなり、地面に先に着地していた自分の左手に頭突きするようにして倒れ込み、回復を図った。

 例の案内が起こり、俺は【魄】を10%使って、もう一度非道い目に遭った。


 すべてが収まり、俺はゲロ臭いため息を吐くと、ごろんと床に寝そべった。

 肩を押さえたロッドが心配そうに俺を見下ろしていた。

 俺は口を開く、


「テレレレッテッテー……、トーダはジョブLvが2上がった。トーダはネクロマンサーLv4になった」




 一応答えを言っておくと、ロッドが捕まったのを見たときに俺のジョブLvが上がった。

 おそらく、アンジェリカはロッドが捕らえられたことを知って、だからといって自分は下手に動けず(動かず?)、この方法が妥当だと気がついたのだろう。ロッドの母親を俺のクグツとしたことを場所とともにアンジェリカには伝えてある。ネクロマンサーはクグツを通してでしかジョブLvを上げることが出来ないと。

 だからアンジェリカは、たぶん、あの蜘蛛をマチルダさんにけしかけたのだ。殺させ、経験値まりょくにするために。召喚獣とはいえ殺せばそれなりの経験値が入るわけで、結果マチルダさんはクグツのLvアップに成功した。“親”にあたる俺がそれを関知し、もちろん俺も同時にLvがアップし、Lv2になった。


 ちなみに、ジョブLvがアップすると脳から全身をある種の快感が駆け巡る。

 ロードハイム達もこれは共通のようで、ロードハイムはこの状態を【甘露カンロ】と呼んだ。むず痒く、切なく、思わずヨダレが零れ出す、いやいや、脳内射精と呼ばせて頂いてもいいかもしれない。ああん、もう、脳内麻薬でも溢れ出てるんじゃないかと思う程の快感が気持ちよかった。しかも倍率ドン、先ほどは2レベルも一気に上がったのだ。『あばよ』直前だったにも関わらず、快楽の波に押し流され、もうこのまま余韻に浸りきりたいとさえ思った。

 そして、たぶんこの状態になることで、生物の命を奪った“殺傷行為”への後悔や罪悪感を相殺させるのだろう。それともあの【甘露】が起こることで肉体強化されるのだろうか……? ネクロマンサーの場合はレベルが上がっても基本HPとMPしか増えないが、なんでもいい、あの快楽はたしかに癖になる感じだ。

 下手をすればLvアップ症候群シンドロームとか中毒とかになるぞこれ。気持ちよすぎる。はぁはぁ。


 さておき、Lv2になった俺は大急ぎで目の前に羅列する文章を読み砕いた。


 ――Lvアップおめでとう、これであなたもこの世界の一員ですね。この先も頑張っていきましょう。それでは始めにこの(略)


 とか、


 ――ジョブLvが上がったため、あなたには【鑑識】の更新の権利が与えられました。一般的なステータス表示とネクロマンサー専用表示(略)


 とか、


 ――一般スキルとジョブスキルについてのご説明を開始します、準備はよろしいですか? そもそもスキルとは(略)


 とか、etcetc……。

 ロッドが目の前でぼこすかやられているのに、悠長に挨拶文、説明文、賛辞、読んでられないよね。ヘヴン状態の頭の中フル回転で処理して、先に進んだわけだ。

 それで、この状況を打破する方法は無いかと、12個ぐらいある習得可能なジョブスキル一覧を斜め読みしつつ探した。ちなみに、一般スキルはずらら~と多すぎて諦めた。後で時間が出来たらじっくり読もうと思う。


 そこで俺は、傀儡転生、と言うスキルに俺は目を留めた。


 必要な小玉はひとつ。

 書いてあったスキル内容は、“対象者の死と、術者の血と痛みを共有する必要がある条件付きスキルで、相手をクグツとして甦らせることができます。【魄】をあらかじめ使用し、健康体として甦生させるため、相手は自分が死んだことも気づかずに甦ることでしょう。そして、死んだときの苦痛や痛みの多くは記憶から除外されるため、あなたが恨みを買うことはないでしょう。

 甦った対象者はクグツ状態となり、戦闘のたび、対象者はあなたに獲得した魔力の半分を届けてくれることでしょう。

 ただし、死者を正式なクグツとして甦らせたわけではないので、従順というわけにはいきません。あなたには生前と同じ態度を取ることでしょう。

 200メートルほど離れると繋がりが切れて、対象者はクグツ状態から解放されてしまうので注意しましょう。

 スキル使用後、対象者は一時的に死亡状態となり、死後300秒の『涅槃寂静』ののち、甦ります。”


 他にもいくつか使えそうなネクロ専スキルがあったのだが、とりあえずロッドがこれ以上傷つけられるのを止めるのが先決だと考えた。

 『死んでしまえば仕置きはそこでお仕舞い』と某所で言われているので、とりあえず、お頭の目――【鑑識】で死亡確認ワン・ターレンのお墨付きをして欲しかった。

 案の定、お頭は死人になったロッドには興味を示さなくなり、300秒以内にロッドを人気の無い民家に運び込ませることが出来た。300秒経てばロッドは甦る。回復に必要な【魄】はスキル発動と同時に消費されていた。つまり、コミコミ前払いだ。三千円ぽっきりというやつだ。


 ただ、ロードハイムだけは想定外のことだった。

 よもや連れションと見せかけて暗殺行動に出られるとは。場所がロッドの運び込まれたこの民家でなければ打つ手なしだったのだが、実のところロードハイムはロッドが運ばれたのを不審に思い、今回の行動に移したのかも知れない。

 ともあれ、コトはうまくいった。

 ロードハイムがロッドの肩を切り付けたときは血の気が引いた。もしも首とか腹とかを深々と刺されていたら甦生した瞬間、死亡することになる。ぽっきりどころかぽっくりだ。

 ――と、忘れてた。


「ロッド。肩の傷は大丈夫か? 治療するからこっちに来てくれ」

「あ、はい」


 横たわるロードハイムの死体をぼんやりと見下ろしていたロッドが、俺の声に生気を取り戻すとそばにやってきた。……ションベン臭い。まあ、俺もゲロ臭いわけだけど。

 俺はロッドの肩の傷に手を置くと、


「荒治療になるから痛いけど、間違っても大声を上げるなよ」

「はい。お願いします」


 治療中、ロッドはくぐもった呻き声を少し上げたが、口を押さえて堪えた。

 肩の傷も、ロードハイムの剣は骨などは傷つけなかったのか、【魄】7%と比較的少ない感じだった。……残り57%。だんだんと減ってきた。

 でも、ここに上質な死体野郎がいるのでこれで補給するとしようか。

 俺はロードハイムの頭に手を伸ばそうとして、廊下を歩いてくる足音に気がついた。俺はロッドと顔を見合わせた。ロッドは青ざめていた。たぶん俺もそうだろう。


「ロードハイム。トーダ。いるのか? 返事をしろ」


 しかもアーガスだ。下手な小細工は通用しない。

 まだ足音は少し遠いが、だからといって死体を引きずって隠れられるほどこの部屋は広くなく、なによりロードハイムの血がせ返るほど流れ出していた。


 考えろ、考えろ考えろ考えろ……。


「どこだ、ロードハイム。返事しろ」だんだんとこの部屋に近づいてくる。


 ――返事。そうだ、返事だ。声、ロードハイムの声だ。

 今朝マーサを騙くらかした件で思い出した。たしか、スキルリストの中で、“死者の声を再現する”ジョブスキルがあったはずだ。

 俺は視界にジョブスキル覧を出した。Lv4になったことで会得可能なスキルがいくつか増えていたが、それを検証している暇は無かった。Lv2の時点で使えるかもと思っていた、“言霊ことだま返し”というスキルだ。俺は小玉のひとつを使ってそのスキルを会得すると、すぐさま使用可能状態にした。

 簡単な説明文を斜め読みし、理解する。……使えそうだ。


 俺はロードハイムをひっくり返し、仰向けにした。その際、右拳が床を叩き、ゴトンと音を立てた。ロッドがあたふたと風のナイフを拾い上げる。どうやらロッドには風属性の適性があるようで、辺りが青白く灯った。

 俺は構わず、ロードハイムの喉に左手を、心臓に右手を添えた。

 不安げに俺に指示を仰ぐロッドに、合図をしたら自分の太ももをリズムよくぺちぺち叩いて音を出せと小声で言いつける。ロッドは困惑しながらも頷いた。

 よーし、作戦開始だ。


「そこにいるのか? なぜ返事をしない。ロードハイム、トーダ、入るぞ」

『やめときな! アーガス。俺たちのお楽しみの邪魔をしてくれるなよ。それともアーガス、おまえも混ざりてぇってのか?』


 俺はロードハイムの声色を操り、ホモネタを口にした。一か八かの賭けだったが、アーガスはホモには寛容らしいので、部屋には入ってこなかった。

 短い沈黙の後、アーガスが言った。


「トーダ、いるな? 返事をしろ」

『だってよ。トーダ、おまえの喘ぎ声が聞きてぇんだとよ』


 俺はロードハイムの喉から左手を離す。ロッドに合図を送る。

 ぺちぺちと肉と肉がぶつかり合うような卑猥な(?)音がロッドの叩く脚から響き始める。


「えーと、俺は、一応、無事です。でも、入って、こないでください」


 えずくように句読点を駆使しながら、俺は役者モードに入った。


「……無事ならいい。ロードハイム、お頭が呼んでいる。……すぐにこれそうか?」


 左手をロードハイムの喉に当てる。


『馬鹿野郎、俺をパビックみてぇな早漏野郎と一緒にするんじゃねぇよ。あと10分は愉しませろよ。俺たち今盛り上がってんだよ』

「……いや、おまえがトーダを殺してしまうんじゃないかと思ってな。いや、忘れてくれ。ただの杞憂だった。……お頭には俺から伝えておく。……ただ、その、今がどういう状況かよく理解するんだ。ロードハイム、作戦にはおまえの力も必要になる」

『わかってるよ。こいつはただのションベンだ。ちょっとばかし長いションベンだ。お頭には腹壊して二人仲良く糞してるって言えば、10分くらい大目に見てくれるだろうよ。そう急かすなって』

「わかった。10分だな。……トーダ。おまえも参加しろ」


 左手を離す。ぺちぺちと言う音に合わせて、リズムよく読点を使用する。


「俺なら、大丈夫です……。10分、。外で会い、ましょう」

「……わかった」


 足音が遠ざかっていく。

 右手も離す。ロッドも脚を叩くのをやめた。赤く腫れていた。すまぬ。

 二人顔を見合わせて、はぁぁぁぁ~~と安堵の息を吐いた。

 ちなみに、そのあとでロッドになぜ脚を叩かなきゃいけなかったのか聞かれたが、大人の情事……事情だとごまかしておいた。

 ロッド、おまえにもわかる日が来る……。



「その人も治療するんですか?」


 あらためて【魄】を頂こうとした俺にロッドが声をかけた。


「いや? 治療も何もこの人はもう死んでいる」

「でも、さっき声が……」

「あれはこの人の声帯をちょっと借りただけだ。今の俺なら、死んだ人間の喉と心臓が残っていたら、その人の記憶を通して俺が死者の声を“再現”できる」

「そ、そうなんですか……」


 ロッドは驚いたような、ホッとしたような顔を見せた。


「俺の方こそ悪かったな。心臓刺して“気絶”させたり、この人を殺させたり。でも、おかげで命拾いした。ありがとう」

「あ、いえ……礼なんて。あのとき本当に死んだかと思いましたけど、こうして生きてましたし、でも、僕が刺されたのって心臓でした。なのに、目が覚めたら肩がすごく痛くって……」


 さりげに事実をねじ曲げてみたが、世の中知らなくてもいいことばかりだ。


「肩を刺したのは、こいつ、ロードハイムだ。ロッドが気を失っているのを訝しんで、確認のために刺したんだ。悪かったな、いろいろ」


 ロッドが頷く。


「でも、まだ終わりじゃないからな。今後はもうダダジムに乗って動き回れなくなる。一度とっ捕まったんだからな。今回は俺が出張ってなんとかなったけど、次同じコトして矢で射られたら、その場で即殺される。ついでに俺も殺される」

「あ、じゃあ……僕は何をすれば……」


 あんな目に遭ってまだ役に立とうとするのか。てっきりもう嫌だと泣き出すと思ってたのだが、なかなかに根性がある。


「そうだな……でも、とりあえず、この死体を片付けてからにしよう。何かヒントがあるかも知れないからな」

「……?」


 不思議そうに俺を見るロッドを尻目に、俺はロードハイムに手を合わせると、頭部に右手を置いた。




 ――人の人生など麦藁むぎわらと同じだと、あのとき親父は確かに言った。


 ――自分の父親はどういう男だったかと、今晩の話題に上がった。

 ――俺たちは全員が全員、いつも同じメンバーでお頭とともに行動しているわけじゃなかった。今回の作戦では、顔の知らない奴が2人いて、たまに一緒になるやつが7人ほどいた。昔からの俺の知り合いは今日全員死んだ。

 ――まずボルンゴは「最低な酒呑み男だった」と吐き捨てるように言い、笑いを誘った。サブンズが「戦争で死んじまった」と言って皆が拍手した。親父さんは英雄だ、と。続いてトルキーノが「親父を見たことがない」と言った。トルキーノの母親が娼婦だと皆知っていたため、ハルドライドが「俺が親父さ」と冗談を言ってトルキーノを困らせていた。

 ――ハルドライドは豪商の一人息子だと自慢した。八つで女を覚え、数え切れないほどの女を抱いてきたと自慢した。皆が「親父の話をしているんだ」「おめぇの話はいいんだよ」と口々に言った。ハルドライドは、「さあな。知りたいことは全部女に教わったしよ、俺が今こうしているってーのが答えだろうよ」だと。ハルドライドらしいことを言って笑いを誘ったが、「まあ、学生時代に同級生の妊娠がバレて退学したときはさすがに殴られたけどな」だからおまえは病気だって言われんだよ。

 ――パビックは「俺んちは大工です」と言った。「俺、父ちゃんがいい歳こいたとき出来た子だから、結構可愛がられたっす」パビックは苦笑して空を見上げた。「腕のいい大工で、俺のおもちゃなんて全部父ちゃんの手作りでした。だから、俺、父ちゃんみたいな大工になりたかったんすよね」

 ――つい、何でまた盗賊なんてやってんだ? と聞くと、パビックは顔を曇らせ、「あー、俺もトーダ先輩と一緒で“引き抜き組”なんすよね。でも俺、指輪の資質が無いんで、まあ、小間使いなんすけど。なんつーか、殺されるよりましって感じで。……あ、親父は生きてますよ、今も。たまに手紙を出してるっす。その中で俺は冒険者で世界を駆け巡ってることになってるんす」 

 ――ゼゼロは「俺んちもハルドライドみたいな金持ち一家だったぜ。まー、親父はアニキにぞっこんで次男の俺なんざ、アニキの予備にしか思ってなかったんだろうけどさ。冒険者になるっつったときも特に反対もしなかったしな」そう言って、ふぁ~っと欠伸をした。「俺が捕まったときも、金だけ出してさっさと縁を切りやがったくらいだしよ。まあ、そんなもんさ」普段呑まない酒をあおってゼゼロがまた欠伸をした。

 ――ロドルクは「俺は孤児だったからな。親父もお袋も顔を見たことは無いな」そう言ったロドルクの肩をボルンゴとハルドライドが叩く。軽くむせたロドルクが「でもまあ、町のみんなが面倒見てくれたぜ。土産持ってたまに帰ると、ガキ共が喜ぶんだ」そう言って、またボルンゴに背中を叩かれた。

 ――ドルドラについては聞きたくもなかったが、平然と話し出した。「父さんと母さんが喧嘩しててさ、俺が止めようとして、気がついたらどっちも殺していた。俺、怖くなって逃げ出して――」話を遮るため、今度は俺がドルドラの肩を叩いた。ドルドラは涙を流していたが、たぶんこいつは一生このままだろうなと思った。

 ――今度は俺が話す番だった。俺の親父は“殺人鬼”だったと言ってやった。



 ――始めに感じたのは違和感だった。

 ――俺の勘はたまに良く働くことがあった。たいがい仲間だった男が裏切りを働こうとしていたときだ。そういう奴は暗がりで問い詰めると、まるで自分の行為が正しいみたいなことを言い出して、こっちを罵り出す。俺がお頭と仕事するようになって、そういう奴をすでに3人ほど殺してきた。俺は直接お頭に金で雇われた“仲間”ではなく、大旦那様から“お頭の命を守る”目的で一緒に行動するボディガード兼掃除屋みたいなものだった。俺以外じゃアーガスも似たようなものだし、昨日死んじまった奴もそうだ。

 ――トーダが怪しいと、俺の勘はそう告げていた。


 ――仲間を殺されてへらへら笑っていられる奴は信用ならない。

 ――そう言っちまえば、身も蓋もない、それまでの話だったんだがな。まあ、お頭は二つほど前の仕事のときパビックを仲間に引き込んだらしい。俺はそのときいなかったからこれは聞いた話だ。「何でもしますから命だけはお助けください」と地面に頭をこすりつけたのをお頭が使えると判断した。指輪の資質のある、ないは検査をしてみないとわからない。昨日死んだ奴らの中にも二人ほど資質のないやつがいた。それでも『盗賊の指輪』を付けさえすれば見張りやメシ当番ぐらいは使えた。実際、そいつらのメシはうまかった。

 ――トーダのメシもうまかった。

 ――お互いの事情でお互いの仲間が殺し殺されたのが、たった数時間前。……なのに、うまいメシを笑顔で作れるような奴を俺は嫌いだった。



 ――“殺人鬼”ってのはなんだよ、と皆が聞いた。

 ――俺の親父は【最高裁判官】だったと答えた。そして親父の名前を挙げた。ハルドライドから口笛が聞こえた。親父は有名な法の番人だったからだ。

 ――それで殺人鬼ってのは何だよ、とボルンゴが聞いた。俺はチラリと同郷らしいハルドライドを見た。にやにや笑っている。たぶん同じくらい事情を知っているゼゼロはこっくりこっくりと居眠りを始めていた。

 ――「死刑判決が多いことで有名だったんだ」俺が答えた。皆が納得した様子で笑った。ハルドライドが苦笑しながら腰を上げた。「アンジェリカの所に行ってくるわ」

 ――皆にビョーキだと連呼されつつ去って行くハルドライドを見送る。たぶん、あいつは親父のその先の事実を知っていたんだろう。



 ――トーダの裏切りを確信したのは、【射撃ゲーム】でロー公に向けて矢を射ったときだ。サブンズは気に入っていたようだったが、俺はあいつの目つきの変化を見逃さなかった。そしてトーダはまんまとお頭を出し抜いた。仲間の死体クグツを傷つけずに処理したのも、情が残っていた証拠と思えば納得できた。

 ――火事が起きて、アンジェリカがベットの上で焼け死んでいたとロー公から聞いたとき、違和感を覚えた。トーダがパビックになにやら吹き込んでいるのも気に掛かった。

 ――そして、屋根の上に現れた二人組。気になったのはその二人よりも、あのアンジェリカと一緒にいた“召喚獣”だった。俺が昨日斬り殺したからわかる。そのことをハルドライドに話してみた。ハルドライドは「俺も同じことを考えていた」と同意してくれた。今すぐトーダを殺そうと提案すると、ハルドライドは首を横に振り、「俺なら最後まで泳がすね」とよくわからないことを言った。たまに一緒に仕事をするが、こいつの考えていることはいつもよくわからない。

 ――そしてパビックが死に、ゼゼロも死んだことを聞いた。

 ――俺は無言でハルドライドを睨んだ。ハルドライドは肩をすくめると、お好きにどうぞと言った風に右手の平をさしだした。

 ――クグツだ何だと叫ぶトーダを睨み、俺はお頭の元に足を向けた。



 ――昔、俺は親父を尊敬していた。

 ――裁判を仕切る親父には尊厳があって、場における親父の判決は絶対だった。生き死にを巡る言葉の応酬を、親父は小さな木槌ひとつでまとめていた。その瞬間が、俺はたまらなく好きだった。

 ――裁判で被告人が死刑判決を受けると、翌日、裁判所の地下で首切り役人の手によって処刑が行われた。親父の扱う裁判の内容は重罪犯が多く、死刑判決が続いた。いや、むしろ死刑判決しかなかったように思う。思えば、そればかり取り扱わされていたのだろう。あとで知ったことだが、親父は【死神】という不名誉なあだ名をもらっていた。

 ――親父は俺が物心ついた頃にはすでに忙しく動き回っていて、ほとんど家にも帰ってこなかったが、日に二度開かれる裁判所に赴けば、傍聴席からいつでも親父の凛とした姿を見ることが出来て、俺はそれで満足していた。今思えば、俺は外での親父しか見ずに育ってきたのだろう。厳格な面持ちの父の姿。あれが俺の親父なのだ、どうだすごいだろう、傍聴席を埋める人々に、鎖に繋がれた被告人に、父親に肩車をしてもらったことのある友達に、誰かに自慢したくて堪らなかったが、お袋にはきつく止められていた。お父さんに迷惑がかかると。

 ――やがて俺は適性検査を受ける歳になり、剣士育成の特級クラスに入ることになった。親父は喜んでくれ、入学式にも顔を出さなかったが、届いた手紙には俺への賛辞でいっぱいだった。手紙のやりとりは卒業まで続き、休日には友人の誘いを断ってまで裁判所に赴いた。親父も剣士の適性があって、剣士を目指していたが、文武両道だった親父はその才能を買われ、裁判官になったのだとお袋から聞かされた。親父は俺の誇りだった。

 ――やがて時は経ち、無事剣士のジョブを得て卒業した俺が、冒険者として一人前に活動を始めていたとき、お袋から手紙が届いた。


 ――手紙にはこう書いてあった。“お父さんががおかしくなった”と。

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