第66話 その鼓動を止めて

「こいつが! ゼゼロとパビックを殺した犯人なんだな! 俺がぶっ殺してやるっ!」


 怒りで我を忘れたドルドラが、涙を滲ませながらでかいハンマーを振りかぶった。


「待て」


 俺ではない。一拍早くお頭のひと言がドルドラを止めた。もっとも、すでに力任せに振り下ろされていたハンマーがその瞬間に止まるはずもなく、だが、ガギンと音を立てて、ハンマーとの間に入った【死霊の槍】が辛うじてロッドの命を繋ぎ止めていた。

 俺はロッドの救世主であるロー公を見た。これまたこんがりと焼けていた。


「どうして止めるんだ、お頭!」


 ドルドラがロー公ではなく、お頭に訴える。アンタ止まってないやん、内心ツッコミを入れる。


「そいつにはまだ聞きたいことがある。殺すのはそれからでもいいだろう。もうしばらく我慢しろ、ドルドラ。もうしばらくだ」お頭がなだめるように言う。

「ううっ、うぅぅっ……」


 ドルドラは口からあぶくを吹きながら顔を真っ赤に紅潮させた。幾層にも歯垢が重なった乱杭歯をギリギリと軋ませる。ロードハイムが近寄り、ドルドラの肩を叩いて歩かせた。

 ハンマーを引きずりながら下がるその顔を見るまでは、俺はドルドラを盗賊どもの中でもおとなしめの人格だと思っていたが、それは間違いだと気づいた。

 ぶっ殺してやる。ぶっ殺してやる。ぶっ殺してやる……。

 呪いのように呟かれる言葉が、口元から溢れ出すあぶくに混じり、幾度も繰り返される。


「どうした、ロー」


 お頭がロー公に声をかける。その声に反応してドルドラはギロリとロー公を睨んだが、ロー公は意に介さず、焼け爛れた顔でニコニコとしてお頭に話しかけていた。


「お頭ー。あのネ、3枚だけベットの下に落ちてて燃えてなかったヨー」


 燃えていないだけの煤けて黒ずんだ書類をお頭に渡す。お頭は受け取った書類を確認すると、うち一枚に目を留め、少しだけ唇を開いた。


「……ふん。ご苦労だったな。トーダ、ローの治療をしてやれ」

「治療します、こっちへ」


 俺はロー公に近づくと、手を引いてドルドラ達とは反対側に下がらせた。お頭もロー公にねぎらいの言葉をかけるくらいだから、あの書類は結構重要なものだったのだろうか。お頭は書類をクルクルと巻き取ると胸ポケットに入れた。

 ロー公が「あれってトーダの知り合いのペットだよネ」と耳元でささやいてきた。ええ、まあ、と俺は曖昧に返す。


「ボク、途中で気がついて追うのをやめたんだけど、サブンズが矢で射ったんだヨ」

「うろちょろしないで大人しくしてなさいって言っておいたんですけどね。どうやら放火犯と間違われたみたいです。……でも、お頭にこのことがバレたら大変なので出来るだけ秘密にしておいてください」

「ウン! イイヨー」

「あと、やっぱり出来るだけ逃がしてやりたいんですけど、できますか?」


 ロー公はちょっと困った顔をすると、「ムズカシイヨー」と言った。

 俺はそれ以上無理は言わず、左手でロー公に触れた。【魄】を13%使って治療を終える。


「……ああ、そうだ。ロー公先輩は何か服を着た方がいいですよ。エチケット違反で、お頭に怒られます。自分の背丈にぴったりの服を見つけてくるまで出てきちゃ駄目です。ほらほら」


 返事を待たず、俺はロー公を民家に押し込めた。


「おまえはこの村の住人か? 隣にいた者は誰だ」


 振り返ると、お頭が顔面蒼白になっているロッドの顎を掴み、尋問を開始していた。だが、ロッドは答えようとはせず、虚ろな目を漂わせていた。

 業を煮やしたのか、「答えろ」お頭がロッドの後頭部を地面に叩き付けた。

 俺も、ただロッドが傷つけられるのを離れたところから他人面で見ているわけではない。現状を打破するため、俺には俺のやることがあった。アーガスの視線が俺の左頬にヒリヒリと感じる。

 ロッドが拷問を受けようが、殺されようが我関せずで、このままやり過ごせばいいと考えているわけではない。


 とにかく今は時間が無い。俺だけが見える視界の中で、色々シミュレーションした3通りの選択肢が現れる。

 ひとつは、そもそも【魄】が足らず、もうひとつはアンジェリカとの打ち合わせ外だ。結局、これしかない。 


 ハルドライドが「トーダっち、もっと近くで見ようぜ」と言い、俺の肩に手を回すと、お頭とロッドの前に押し出された。

 ゼゼロの死と、パビックの死を目の当たりにして、疑心暗鬼が『盗賊の指輪を身につけていない俺』に注がれているのを感じている。そもそも数時間前までは敵側だった俺だ。俺が原因ですでに二人殺されている。……ロー公に。

 彼らとて獅子身中の虫は見つけ次第潰しておくべきだと考えているのだろう。ただ、確信は持てない。殺してしまえば貴重な回復役がいなくなる。重要な取引の素材が消える。


 俺はロッドを見つめた。ロッドの目が俺を認める。――そこで、ロッドの表情に何かしらの変化でも現れれば、俺は有無を言わさず殺されていただろう。だが、ロッドは浅い呼吸を繰り返すまま、視線をハルドライドに向けた。


「……こいつを知っているだろう。ちゃんと見ろ」


 お頭がじれたようにロッドの顔を俺に向けさせる。どうあっても俺を裏切り者に仕立て上げたいらしい。

 だが、ロッドは時折痛みに顔を歪ませるばかりで主だった変化を見せなかった。

 俺がそうするように教えたからだ。


「こんな小僧とは面識無いですよ。……それにしても、ドワーフですね。初めて見ましたけど、子供の頃から髭生えているってコトないんですね」

「髭が生えるのは二次成長期からだ。こいつは広場にいたドワーフ女の子供だろう」

「じゃあ、もうひとりの覆面はこの小僧の父親ってことですか?」

「それを今訊いている」


 苛立たしげにそう言うと、お頭はロッドに刺さっていた矢を無造作に引き抜いた。ロッドのくぐもった悲鳴が周囲に轟くがお頭は表情一つ変えない。

 お頭は鏃の先を持ち替えると、逆手に構えた。

 俺が慌てて声かかける。


「ちょ、ちょっとお頭。相手はまだ子供ですよ。あまり無茶をすると死んじゃいます」

「こいつはドワーフだ。ドワーフの生命力はゴキブリ並だと聞く。この程度で死ぬわけないだろう。素直な子供なら、じきにしゃべり出す。しゃべれば殺しはしない。――わかるな? おい。わたしを見ろ。…………。

 サブンズ、屋根に上って辺りを見張れ。トルキーノ、周囲に動く者がいないか探れ。悲鳴を聞いてこいつを取り戻しに来るかも知れない」 


 お頭の命令にサブンズが壁を蹴って屋根に上る。トルキーノが地面に腹ばいになり耳を着けた。

 俺はトルキーノのスキル発動を横目で確認しつつ、お頭にこう申し出た。


「なら、俺が代わりに尋問してもいいですか?」


 お頭の目が丸くなる。


「トーダっち、なになに何気に尋問の経験とかあんの?」


 ハルドライドが聞いてくる。


「ありませんけど、もっと効率のいいやり方があります。俺に任せてくれればこの小僧の知ってることを吐かせることが出来ると思いますよ」

「……口裏を合わせようとしたってそうはいかないからな」

「ソレを判断するのはお頭ですから。ただ、俺もこういうのは初めてなんでうまくいくかわかりませんけど、やっていいですか?」


 お頭の怪訝そうな瞳が俺を見つめる。


「ふん……いいだろう。こいつから隣にいた奴のことを聞き出せ」

「わかりました。ただ、聞き出せるのはあくまで小僧の知っていることだけになると思います。聞き出すまで、決して邪魔はしないでください」

「真偽はどうでもいい。わたしはそうまで言うおまえの手口に興味が湧いた。やってみせろ」


 ……。こういうのって性格なのかね。

 お頭が折れた矢の半分を渡してくる。「使え」


「……あ、『風のナイフ』使いますので、ソレは結構です」


 丁重に断って、俺はゆっくり『風のナイフ』に手を伸ばす。お頭は身を起こすと、立ち上がって腕を組んだ。

 風のナイフを抜く。刀身が仄青く光り、俺は目を細めた。


 ――ああ、痛いんだろうな。そんなことを思う。


「トーダっち、まずは爪剥がしからがお勧め」ハルドライド。

「耳削ぎ落としだろ」ロードハイム。

「脚ぶっ潰す」ドルドラ。

「じゃあ、やりますね」


 全員が見つめるなか、俺はロッドの胸に左手を置くと、心臓の鼓動を確かめた。治すか治さないかの選択肢が現れる。

 一度ソレをキャンセルし、そしてその左手の甲に真上から垂直に風のナイフを突き立てた。

 風のナイフはさして抵抗もなくスルッと左手を貫通し、ロッドの心臓を正確に貫いた。一瞬、ロッドの目が俺を見た。なんで、と言いたげな目だった。 


「――っっっ!」


 覚悟を決めていたとはいえ、想像以上の大激痛が脳みそをリンチする。

 パニックに陥らないのは平常心スキルのおかげか。……とすると、実はこれがネクロマンサーにおける平常心スキルの正しい使い方というものかも知れない。

 息を止めているせいで赤黒く視界が歪むなか、新しく現れた俺にだけに見える文字を読み込み操作する。

 カチチチチチ、と痛みに根負けして奥歯が勝手に笑い出す。左手の甲からは俺の血がどぱどぱと溢れてくる。そして、手のひらからはロッドの暖かな血の噴水が異物を押し出すように噴き上がり、何度か噴き上がり、やがて力尽きた。

 目の前のロッドが死んでいるのを【鑑識】で確認して、俺はニヤリと笑った。


 それを、こちらの思惑通りに勘違いしてくれたのだろう、目の前のお頭がブーツの裏で俺を蹴り飛ばした。風のナイフの柄が手の甲に引っかかり、一緒に抜けた。


「ぐぁぁぁぁ~~ぁっっっ!!!」


 そこでようやく俺が本心からの悲鳴を上げた。やはりやせ我慢は良くない。我慢していた涙がぽろぽろと零れてくる――気がしたが、まったくそんなことなかったぜ。


「トーダ! おまえっ!! 尋問すると言っておきながら、こいつを口封じに殺したな!! この裏切り者め!」


 顔を上げると、お頭が目を吊り上げて憤慨していた。

 さあ、ここは踏ん張りどころだぞ。痛くても啼きながらでも、ネクロマンサーを貫き通せ。


「ちょっ、何言っているんですか! せっかくうまくいっていたのに! 聞き出すまで、邪魔をするなって言ったでしょうが! 儀式を途中でやめたから、この子本当に死んじゃったでしょうが!!」

「何だと! 殺しておいて、何が尋問だ! ドルドラ! トーダを殺せ!」


 そう言って、自らもホルスターから銃を抜き放った。

 反撃、開始。


「ふざけんな! 勘違いも大概にしろ! 俺のジョブを忘れたのか! 俺はネクロマンサーだぞ! だろうが!! 相手をいたぶって無理矢理聞き出した情報と、殺して死体にして俺の【クグツ】にして聞き出した情報と、どっちが正しいか検証する気も起きないのか!!」


 そう正論を言い放つ。嘘ですが。

 お頭が絶句し、ドルドラは構わずハンマーを振りかぶるが、ロードハイムがそれを制した。クグツ化したアドニスを見る限り、簡単な質問にはYesかNoくらいは反応してきたのだろう。

 俺ならロー公よりも、もっとうまく出来た、そう言い張ればいいのだ。


「仲間なら着けろって言われたこの鉄手錠、この非常事態にまで着けているのは何のためだ! だいたい、殺すってんならわざわざ自分の左手の甲ごとぶっ刺す馬鹿がどこにいる!! これが俺の【クグツ】作成のやり方なんだよ!」


 ロー公がいないのをいいことに、俺は嘘八百をぶちまける。

 もちろんあのやり方じゃロッドはクグツになりませんし、あのタメ時間は短気なお頭のツッコミり待ちでしたけど何か? ロッドも頑張ったんだし、俺も少しくらいは身体張らないとな。


 お頭と俺は対峙し、睨み合う。

 引くに引けないお頭が俺に向け撃鉄を落とすが、アーガスが上からそっと手を被せ、銃を下ろさせた。


「この子供のことはもういい。トーダ、自分の傷を治すんだ」


 幕引きのアーガスの言葉に、俺は呼吸を整えてから風のナイフを引き抜いた。そして血糊のついたままの風のナイフを鞘に仕舞い、痛くて動かせない左手を右手で無理矢理に包んだ。

 気が遠くなりかけるが、目の前に出たメッセージに従った。

 ロッドのせいで88%まで下がった【魄】から、さらに7%を使って回復する。痛い……マジ痛い。

 俺は吐き気と痛みが治まるのを待って立ち上がった。俺はロッドの遺体の脚を掴むとズルズルと隅に移動させ、うつ伏せに転がした。

 作業中お頭と目が合うが、お頭はばつが悪そうに目をそらし、アーガスとの会話に戻った。おそらくお頭も【鑑識】でロッドの死を確認したのだろう。ロッドの遺体にはこれ以上の関心はないようだ。気安く肩を叩いてくるハルドライドの軽口を聞き流しながら、むすっとしているドルドラのところにでもご機嫌取りに行こうかなと思っていると、着替えを済ませたロー公が家から出てきた。ロー公は古びた作業服っぽいのを着ていたが、丈が少々短いようだった。

 ロー公が俺を見つけると、駆け寄ってくる。


「クルルルルル……」


 少し離れたところからダダジムの鳴き声が聞こえ、お頭が屋根の上にいるサブンズを仰いだ。サブンズは屋根の上で膝を付いたまま、油断無く目を光らせていた。


「お頭、二軒向こうの民家の屋根に1体ずつ現れた。ここから見えるだけでも4体だ」

「そこから射殺せるか?」

「いつもの弓ならまだしも、この弓じゃもう少し近づかねぇと難しい。……あいつら射に反応できる距離を測ってやがる……」


 苦々しそうにサブンズが答える。「わかった。近づかせるな」とお頭。

 

「トルキーノ」続けて指示を出すため呼びかける。

「15メートル以内に2体いやす。道を挟んだ向かい側の家のそばでやす。近づく感じはないようでやすが、同じ距離を円を描くように移動していやす」

「罠を張れるか?」

「……動きに魔獣らしさがありやせん。魔物使いによる統制によって動いているようでやす。通常の罠にかかるとは思えないでやす」

「違う。その魔物使いの方だ」

「なるほど……やってみる価値はありそうでやす。少々時間をもらうでやす。あっしの荷物を取りに行きたいのでやすが……」

「ハルドライド。ついて行ってやれ」

「あいよ」


 ハルドライドとトルキーノが小走りで駆けていく。


「お頭。俺も一度、ロドルクを探しに行きたいのですが」と、ボルンゴ。

「なら、ハルドライド達と同行しろ。気を抜くな」

「わかりました」


 ボルンゴが槍を手にハルドライド達のあとを追った。

 

「何かあったノ?」


 空気が変わった事情を知らないロー公が小首をかしげる。


「いいえ。……ただ、あの子供をクグツにしようとしたら妨害されただけですよ」

「ソーナノ? 知り合いのペ……むぎゅ」


 多分そう来るだろうと用意しておいた指先でロー公の唇を直接閉じる。


「そういうわけで、あの子供の【魄】はパビックさんの葬儀のあとで頂くので、触らないでください。……いえ、そこの民家の中に運び込んでおいてください。ここに置いておくと誰かに蹴られますから」


 ロードハイムと会話を交わすお頭を横目に、ロー公が頷くのを待ってお口のチャックを解放する。

 これでロッドの姿が消えれば、この件はうやむやになり、人心地と言った感じか。

 ロー公がロッドを担ぎ上げると民家の中に運び込んでいく。

 お頭組とトルキーノ組、次にどちらを狙うかはアンジェリカ次第だが、事前の取り決めでは常にロー公がいない方ということになっている。待っていればあっち側で騒ぎが起こり、お頭は二の足三の足を踏むことになるだろうか。

 そんなことを思っていると、ロードハイムがやってきた。


「トーダ、ションベンに付き合え」

「……え?」


 俺は意味がわからず聞き返す。


「だから連れションだ。お頭が単独行動するなって言うからな。まあ、付き合え」

「まあ、いいですけど」ロー公が民家から出てくる。「ロー公先輩も一緒でいいですか?」

「ロー公、おまえはお頭が呼んでる」ロードハイムがロー公の目を見ずに言う。

「お頭が? ホント?」 


 ロー公がお頭に目を向けると、お頭が手招きをしていた。ロー公が呼ばれた犬のようにかけていく。


「じゃ、行こうぜ。こっちだ」


 ロードハイムが先に民家の戸をくぐって中に入る。ロー公がロッドの遺体を運び込んだ民家だ。

 ロー公と離されてしまうことに、そしてロードハイムと二人きりになってしまうことに一抹の不安を感じながらも、後に続く。そもそも小便だけなら家に入らなくても道の隅でできるだろうに。

 民家の中は真っ暗だった。ただ、ロードハイムも暗視スキルを持っているようで、その足取りは確かだった。

 ロッドの遺体はその部屋の真ん中に置かれていた。

 ロードハイムはその部屋の真ん中でおもむろにズボンのベルトに手をやった。


「……何をするつもりですか?」

「ああ? だからションベンだろ」

「ここは便所ではないですし、その子は便器でもありませんよ」

「うるせぇ、トーダ。こいつはガキでも俺たちの“敵”だ。敵には何してもいいんだよ。わかるかトーダ」


 ロードハイムは俺の返事を待たずジョジョジョーっとロッドに放尿しだした。


「連れションだって言ったろ? トーダはションベンしねぇのか?」

「……その子の遺体は【魄】を頂くために頭部に触れる必要があるんです。ションベン臭い身体に触れたいと思いますか?」

「あっはっは。それもそうかよ。そういやぁ、おまえには毒の治療で助けられたっけな」


 ションベンがロッドの頭部にまんべんなくかかる。


「そうですね」

「ああ。おまえのせいで酷い目に遭った」


 ションベンが出尽くしたのか、ロードハイムは身震いをするといちもつを仕舞った。


「すみません」怒っているのかと思い、とりあえず謝ってみる。

「ああ。いや、そのことはいいんだ。あんときはまだお互い敵同士だったからな。そしてそのあと、トーダはお頭に認められて俺たちの仲間になった」

「はい……」


 何が言いたいのかまだわからないが、友好的な態度でないのはわかる。

 俺はロードハイムの言葉を待った。


「トーダよぉ。おまえ、ひょっとして俺たちを裏切っちゃいねぇだろうな?」

「まさか。……そりゃ確かに仲間になったのは本意では無いですけど、だからって裏切ってはないですよ。さっきだって――」


 ロッドをクグツにするため、この手で殺したじゃないですか。

 そう言いかけてたが、ロードハイムが剣を抜くのをみて、俺はその言葉を飲み込んだ。


「まあ、こうすりゃすぐにわかる」


 言うが早いか、ロードハイムはロッドの肩に剣を突き立てた。俺は目を見開いた。ロードハイムはそんな俺を見て、ゆっくりとロッドから剣を抜いた。

 剣の先を見る。血は付いているものの、ロッドはまだ死んでいるので、肩から血が吹き出すことはなかった。


「……なんだ、本当に死んでいたんだな。死体を偽装して、ここに運び込ませたと思っていたぜ。あっはっは」


 血の付いたままの剣先を俺に向けながら、ロードハイムは快活に笑う。


「まさか。あっはっは。……つまり、そうじゃないかって疑われていたわけですね、俺は。さっきも言ったでしょう。裏切るつもりなら、この鉄手錠なんてわざわざ着けないって。ロードハイムさん、お願いですから剣を俺に向けないでください」


 俺は右手の鉄手錠を掲げてみせるが、ロードハイムの疑惑の眼差しも剣先も俺に向けられたままだった。


「あいにく疑り深い性格でな。仲間も大勢死んでいることだし、俺はおまえを信用していない」

「俺の何を疑うと言うんですか? 俺の行動はロー公先輩に見張られていますし、実際、俺は敵であるこの子を殺し、そしてもうひとり屋根の上に現れた【魔物使い】がいます」

「ああ。確かにもうひとり“敵”がいるな。……だが、このガキもあの屋根の上にいたやつにも共通して気に掛かることがある」

「それはなんですか? っと、『風のナイフ』を外します。これで俺は無防備ですよ。もう戦えません。剣先を少し下ろしてください」


 俺は風のナイフを腰から外すと、ロードハイムには気づかれないようにわずかにわずかに抜いた。わずかだけなので刀身の光は漏れない。だが、属性ロックはこれで外れる。

 俺は風のナイフを床に置くと、ロードハイム側に滑らせた。ロードハイムはソレを一瞥したが、自分には抜けないことを知っているので、まったく興味を持たないようだった。


「……共通しているのは、奴らが乗っていたあの魔物だ。あれは昨日、アンジェリカを攫うときに俺が斬り殺した奴と同じ魔物だ。それが増えて二人を乗せていた」

「わりとありふれた魔物だったんじゃないですか?」

「見たコトねぇ」


 ロードハイムは憮然にそう言うと、剣を抜き身のまま肩に乗せた。


「アレはアンジェリカの召喚獣だろうと、お頭は言っていた。……おまえもアンジェリカに会ったことがあるんだろう? そのときあの魔物を見なかったのか?」


 俺は逡巡し、


「見ませんでした。俺が会ったのはアンジェリカひとりです」

「そうかよ。でもよ、おまえも見ただろう、パビックの腹からあの魔物――召喚獣が産まれる瞬間をよ」

「見ました。でも相手が魔物使いだっていう可能性もあるじゃないですか」

「魔物は――いや、どんな生物もあんな短い間に誕生はしねぇんだ。パビックは蜘蛛に噛まれたとは言ったが、あの召喚獣には犯されたとは言ってねぇ。気がおかしくなったのは蜘蛛に噛まれたせいだろうが、腹が膨らみ始めたのは召喚獣に連れて行かれたすぐ後だ。角を曲がってパビックと、おまえと、そして召喚獣だけになった時間が確かにあった。おまえそこでなにをしていた?」

「……パビックさんを助けようとして、その魔物と戦っていました」


 ロードハイムが喉の奥でくっくっくと笑う。


「トーダよぉ。さっきまで従順だったおまえがどうして今はそうまでして強情なんだ? 魔物魔物ってよぉ。召喚獣って言っているだろ、俺はよ。召喚獣を見たことの無いおまえがどうしてアレを魔物だと言い切れるんだ?」

「……わかりました。俺はあのとき、パビックさんを助けようとして“召喚獣”と戦っていました。これが、そのときの戦いの証拠です」


 そう言って俺はアイテムボックスを開くと、ダダジムの左脚を取りだした。

 それにはロードハイムも目を見張った。


「パビックを連れ去ろうとした召喚獣は2匹だけだったはずだぜ? 俺が見たときはその二匹とも怪我をした様子はなかった」

「角を曲がってすぐ屋根から1匹が飛びかかってきたのを咄嗟に斬り伏せたんです。そしてそのままパビックさんの脚を掴んで抵抗していました」

「なるほどな……。なるほどなるほど、トーダよぉ、おまえなかなかやるじゃねーか。でもよ、俺は三本脚の召喚獣をパビックがああなる前に見ているんだぜ?」

「だ、だからそれは……」


 言葉に窮した俺をロードハイムは左手で制すと、二カッと笑った。

 わずかに右肘を上げたのか、肩にかけていたロードハイムの刀身が完全に背中に隠れた。

 およそ3メートル。間合いはまだ遠い――はずだった。


 俺は、あっと思い思わず身を引いた。【記憶】の接合に成功したのだ。

 死者が身をもって俺に伝えてくれていた、ロードハイムの『技』の癖。同じ状況で額を割られた村人のことを思い出したのだ。


 一閃だった。

 風を切ったロードハイムの剣が俺の額を真一文字に裂いた。技の発動前に身を引いてなおその斬撃は届いた。灼けるような痛みと血がブバッと吹き出した。

 俺は引いた勢いで踏鞴を踏み、壁に背中からぶつかった。痛みに嘆く暇はなく、俺はすぐさま左手を額に当て、【転用】を駆使して治療を行った。第二の斬撃が襲う。【魄】は7%を使い、残りは74%だ。

 俺は血を拭いながら、残心を残すロードハイムを見返した。ロードハイムは驚いたような顔で俺を見ていた。


 俺は壁を背に、ロードハイムは残心を解き、対峙し合った。


「驚いた。……たいした反射神経だ。こいつを避けられたのは初めてだ」


 避けきれてないし、発動前に回避行動とってこれだ。ロードハイムが虎眼流の『流れ』を会得していたら後三寸斬り込まれていたところだ。


「……このことはお頭は知っているんですか? 俺の処遇を巡っては、どうもロー公先輩のお里に身売りされることになったらしいんですけど、傷つけるだけならいざ知らず、殺してしまったら意味がないじゃないですか。ネクロマンサーとはいえ、自身を甦らせるにはまだまだ修行が足らない感じです」


 相手を刺激しないように、論点をずらして自身の存在理由をアピールしてみる。


「こいつは俺の独断さ。俺たちは大旦那様からお頭を“守る”ように命を受けているわけでな。お頭がおまえをどうこうしようと、俺には関係ないことさ」


 ……大旦那様? お頭の祖父の……選出者?


「ここで命乞いをしても、俺が殺される未来は変わらないわけですか?」

「してみろよ。面白ければ、首から上を残しておいてやる」


 ちゃきり、とロードハイムは両手で剣を握った。そしてそのまま肩の高さに構え、水平に引いた。剣先から鞘元までが一直線となり、俺の目にはその剣先が死の点に映った。


「なら、最後にひとつだけ、ひとつだけ教えて欲しいことがあるんですけど、構いませんか? どうせ殺されるんです、ひとつだけ教えてください」


 俺は懇願するように言った。

 ロードハイムがニヤリと笑って、舌なめずりをした。


「なんだ? 俺に答えられることなら――」


「おぅい、ロードハイム、作戦が決まったからってお頭とアーガスが呼んでるんだ。……うんこか?」


 部屋のすぐそばでドルドラの声が聞こえてきた。

 俺たちの戻ってくるのが遅いものだから呼びに来たのだろう。


「……………………」


 俺は右手で口を塞ぎ、首を振ると大声を出すつもりが無いことを伝えた。


「……おうよ。でけえのひり出してるんだ。もう少し待ってくれ。……いや、先に始めててくれても構わないぜ」

「トーダもそこに居るのか? トーダもうんこか?」


 ロードハイムが剣を構えたまま、顎でしゃくる。俺は軽く頷き、


「うんこです」

「わかった。伝える」

「――あ、ドルドラさん、ちょっと」


 俺はピクピクと覚醒し始めたソレを認め、さらなる時間稼ぎを試みる。


「なんだ?」戻ろうとしていたドルドラの足が止まる。


 ロードハイムの眉間のしわが深くなる。

 俺は違う違うと右手を振りながら、注意深くソレから視線逸らしつつ言った。


「あの小僧を俺が先に殺してすみません」

「あははっ、いいよいいよ。俺もアタマに血が上っていたし、今は落ち着いたから。俺、昔っからアタマに血ィ上ると訳わかんなくなるんだ。パビックもゼゼロもいいやつだったからさ」

「また後で会いましょう。ひょっとすると、『風のナイフ』を外しているかも知れませんけど」

「? ああ。早く来いよ」


 ドルドラの足音が遠ざかっていく。


「すみません、お待たせしました」

「……俺の気は変わらないぜ。おまえは俺たちの中にいちゃいけねぇ野郎だ」

「その前にひとつふたつ質問、いいですよね」

「知らねぇことは知らねえって答えるぜ」

「それで構いません。ただ少し俺の質問に耳を傾けて頂ければ、後は俺の方でなんとかしますから」

「あん?」


 怪訝そうな顔のロードハイムに質問をぶつけてみる。


「お頭お頭って呼ばれてますけど、お頭の名前って何ですか?」

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