第63話 箱庭の鎮魂火

「間違いない! 向こうも燃えているぞ! 煙が上がっている!」

「ふざけた真似しやがって!! くそっ」


 盗賊達が走り出す。

 アーガスに耳打ちされていたお頭が、ロー公に鋭い目を向けた。


「ロー! 先行して火の中に入り、様子を見て来い!」

「ハーイ!」

「ロー公先輩待ってください。お頭。ロー公先輩を俺とお頭のそばから離さないようにしましょう」


 俺は屋根の上に飛び乗り、走り出そうとするロー公を止めた。


「何の権限があって止めるトーダ」

「権限とかじゃないでしょう。ここら辺り、だいぶ煙が充満してきて視界が悪くなっています。今ロー公先輩と離れてしまうとお頭が危ないから言っているんです。この視界の悪いなか、もしも弓矢で狙われたらそれを防ぐ手立てがありません。ですが、ロー公先輩ならそれを防ぐことができます。ですから自分のそばから離すべきじゃないと思います。もちろん俺もお頭のそばにいます。俺も自分の身を守れませんから。アーガスさんだって離れないようにお願いします」


 俺がそう言うと、お頭は鼻を鳴らした。


「…………いいだろう。の命を守らせてやる。ロー、トーダに指錠を掛けろ。ここに残していく」

「一緒に行かないノ?」

「そいつから目を離すな」

「ウン!」


 ロー公が屋根から飛び降りると、嬉しそうに俺の両方の親指を握った。


「勝手にしてください。ですが、立場はあくまで“仲間”でお願いします。捕虜扱いはやめてください」

「黙れ。……アーガス、先行しろ。ロー、トーダから離れるな」

「ハーイ」


 アーガスとお頭の駆けて行く背が煙で見えなくなる。火事は隣家に燃え移ったようで火の勢いが増した。屋根の隙間からモクモクと煙が噴き上がっている。

 熱風がよりいっそう強くなり、俺は目を細めた。一応ここは壁からも離れていて、これ以上燃え広がることはないだろうが、すでに炎は天を焦がすほどまでに上がっていて、火の粉をまき散らしている。煙のせいで視界は20メートルって所だろうか。


 うーん。しかしお頭達と離されたのは計算外だったな。せっかくパビックにアーガスに対する疑惑の種を仕込んだのに。疑心暗鬼の同士討ちの作戦がパァだ。


 ちなみに、お頭達が今向かったところは、計画通りならさっきまで俺が死体置き場モルグと呼んでいた場所だ。放火の場所に選んだ理由は、切り落とされた腕とか脚とかアドニスが集めてくれた部分が“浄化”されずに残っていて、燃やして綺麗さっぱりにした方がいいと思ったからだ。あと、隣接する家屋が多く、放置すれば4~5軒は一気に燃える。微風とは言え風上を選んだのだ、下手をすれば……まあ、油まいての放火なら消しようがないと思うけどね。それにしても、この村ってランプ使っているくせに防火設備ってあるのか?

 この村は魔物対策に四方を木の壁で囲まれている。いくら上が空いているとは言え、煙は横へも広がる。なんせ次々と燃え広がっているのだ。壁を壊すか、村の外に出るかしなければ、いずれ完全に視界を奪われることになるだろう。


 俺はロー公を促すため指錠を動かした。ここと同じように煙を上げるモルグの方を見つめていたロー公が俺に向き直る。


「じゃあ、俺たちも行きますか」

「? トーダ。お頭はここを離れるなっテ……」

「いえ。お頭は『トーダから離れるな』ですよ。……ロー公先輩。今から俺の【クグツ】を作りに行きましょうか。ロー公先輩にも色々指導して欲しいですし」

「ホント!? トーダ今からクグツを作るノ?! エッヘン! ヨーシ、先輩のボクがうまく作れるか見ててあげるヨー!」


 クグツと聞いて、目を輝かせるロー公。

 誰も邪魔する者がいなくなったので、ようやくあの遺体に近づける。順番が逆になったけど、先にクグツを作っておいてもいいだろう。


「わかりました。じゃあ、行きましょう。広場の方に放置されていた死体があったでしょう。あれを使おうかと思います。他にめぼしい死体は無いですからね」

「ウン! 行こう行こう! ワーイ、楽しみだナー」


 俺ははしゃぐロー公に指錠をされながらも、煙たい道を広場に向かって歩く。


「ロー公先輩。クグツを作るって、どんな感じなんですか?」


 試しに聞いてみる。

 クグツにするとは、つまり、亡くなった人の死体を好き勝手に操れると言うことだ。人の尊厳を踏みにじるとか、死者を冒涜とか言う人がいるだろう。全くその通りだ。けしからんことだ。

 ――でも、それだけだ。

 そんなこと百も承知でやろうとしているんだ。嫌われるだけ嫌われて、使えるモノは何でも使う。往生際が悪いと思われるくらい何でもやってやる。


「ウーントネ、普通だヨ!」

「そうですか。まあ、ロー公先輩がそう言うのなら普通なんでしょう」

「ウン! テシシシシシシッ!」


 まったく何のアドバイスにもならない。でもつまりは、ネクロマンサーであれば難なくクグツが作れると言うことか。

 俺はふとアドニスやヘルゲルさんを思い出す。……今から作る俺のクグツも、あんな風に意思のない活きた屍として甦るのだろうか。俺からの命令を実行するためだけにやる気を出す、そんな空っぽなクグツが出来るんだろうか。


 ……まあ、いいや。一応、ロッドにはマチルダさんの遺体を少々使わせてもらうことを了承してもらった。クグツにした後、ロッドから受け取る手はずの【戦士の指輪】をはめて、お頭に近づかせる――もしくはそのそばに誘い込む。そして、その間にトルキーノに【盗む】を俺に使わせる。つまり、事故に見せかけて俺の指輪を外させ、暴走させる。

 アンジェリカと協議したところ、【暴走】はバーサーカーの【狂化】と同じで、召喚獣なら生命力が尽きるまで。なら、クグツも【魄100%】が尽きるまで。……ある程度、場を混乱させることが出来るだろうが、それでもロー公に鎮圧されてしまうだろう。あとはアンジェリカ次第だ。あいつの実力次第ですべてが決まる。


「おぶっていってもらえますか?」

「イイヨー」


 もはや遠慮する間柄では無くなったので、使える者なら何でも使うことにする。

 夜もだいぶ更けてきたし、疲労もピークに達している。煙る村の中をかけずり回りたくは無い。

 俺はロー公の背におぶさると、ロー公は元気よく走り出した。

 とりあえず、今のところは計画は順調かな。煙で視野と嗅覚を弱らせて、ロー公を俺の監視下に置く。とにかくロー公の単独行動さえさせなければうまくいくはずだ。


 ――まあ、ここで風のナイフで脳天ぐさっと刺せばいっちょ上がりなのだが。

 そんでもってロー公をクグツにして盗賊殲滅も可能なのだろうが。


「いつもすまないねぇ」

「ヘーキダヨ。トーダ軽いヨー」


 自分の甘さに反吐が出る。


 広場に戻ってくると、宿屋の二階の照明がすべて付いているのに気づいた。アンジェリカは【暗視スキル】持ちだから灯りをつける必要が無い。すると……誰かいるのだろうか。俺はここでいいとロー公の背から降りた。

 突然、宿屋の二階の窓ガラスが砕ける音がした。

 ロー公が素早く反応し、確認に向かおうと指錠が緩む――が、俺はすぐにそれを咎めた。


「お頭の命令を忘れたんですか? 『トーダから離れるな』『目を離すな』ですよ。ガラスが割れるくらいなんですか。お頭の所じゃ家がまるまる一軒焼けているんですよ!」

「ン~……。そうだネ! お頭が言ったんだもんネ! ボク、トーダから離れないヨ!」

「ありがとうございます。お頭が戻ってくる前にクグツを作ってしまいましょう」


 俺はロー公の指錠を引いてマチルダさんの元へ向かった。

 窓が割れたと言うことは、宿屋の中で戦闘が行われていると言うことだ。アンジェリカが戦っているのかダダジムが戦っているのかはわからないが、相手はあの場にいなかった【槍術士ボルンゴ】か【魔闘士ゼゼロ】だろう。指輪を探しに宿屋の中に入ったところで鉢合わせになったのかも知れない。


 ――もしくは、復活した【召喚士アンジェリカ】が憐れな子羊を“生け贄”にでもしたか。


 どちらにしろ、戦闘が起こったという事実は変わらない。これでもう後戻りは出来ない。計画続行なら宿屋から火の手が上がるはずだ。それまでにこちらもクグツの一体でも作っておかないと、真顔でドヤされる。

 どうせ失敗したらみんな死ぬのだ。ああすればよかった、こうすればうまくいったなどと後悔しないように、今できるすべての“嫌がらせ”を仕込んでおかないとな。

 そう思いつつ、マチルダさんの遺体のそばまで来ると膝を付いた。ロー公が指錠を解いてくれる。

 マチルダさんは仰向けで倒れていて、頭部を銃弾で2発撃ち抜かれている。身体にも3発の銃弾を浴びているはずだった。

 マチルダさんの目は虚空を見つめたまま、乾いていた。


「うしっ! じゃあロー公先輩! 俺の初クグツ作りを始めたいと思います」

「トーダ、ボクの【死霊の槍】を貸すヨ。これで心臓を刺せば、簡単にクグツが作れるヨ」

 

 ロー公が俺に【死霊の槍】を預けてくる。一応参考までに触らせてもらう。

 槍は思ったよりもゼンゼン軽く、カーボンロッドのようだった。ネクロマンサー専用武器だからかも知れないが、……ただ、触れた感触から「あ。これ、あかんやつや」と気づき、すぐにロー公に返した。鑑識で【魄】を見てみると281%から277%にまで下がっていた。

 秒/1%とか、どんだけ消耗が激しいんだ。5分も保たずに空になるわ!

 呪われたアイテムなんだろうなーと思いつつ、俺はマチルダさんの額に……おっと危ない。左手をのせた。


『【クグツ】に対応した死体に接続しました。【魄】100%を消費して【クグツ】として甦らせますか? はい/いいえ』


 よしっ、と俺は胸中ガッツポーズを決める。

 『はい』を選ぼうとして、俺はもうひとつのメッセージに気がついた。


『【クグツ】に対応した死体として【魄】を用いて肉体を“修復”しますか? はい/いいえ』


 ああ、つまり頭部がアボーンした状態でクグツにするか、とりあえず治……直ししてからクグツにするかってことか。

 ……。まあ、初クグツだし、“修復”してみるか。動くたびに脳みそ零れさせるのは困るからな。気味悪がられてお頭に近づけさせられない。俺は“修復”の方から先に選ぶことにした。


『死体の“修復”には【魄】63%がかかります。修復しますか? はい/いいえ』


 むぅ。死んで時間が経ってるせいか、結構かかるな……。それとも致命傷だからか?

 まあ、いざ計画が失敗すると死んじゃうので【魄】を残しておいても意味が無い。たぶん裏切りものってんで首を撥ねられる。もしくはお頭に脳みそバーンされる。

 俺は『はい』を選んだ。

 【魄】が血管を押し開くように左手を伝い、じわじわっと熱くシビれさせた。63%もの【魄】が一気に死体へと流れ込んでいるのだ。今までのような10%前後の比ではない。

 やがて左手の痺れがとれ、見ると、マチルダさんの頭部が綺麗に修復されていた……。

 ……。

 ……。

 なぜ、死んだ肉体が修復されるのか……甚だ疑問だが、これで準備万端だ。

 続いて、マチルダさんを甦らせるための儀式に入る。ロー公が感嘆の息を洩らしながら食い入るように見つめている。見物料としていくらか稼げないだろうか……。


『【クグツ】に対応した死体に接続しました。【魄】100%を消費して【クグツ】として甦らせますか? はい/いいえ』


 俺は『はい』を選んだ。合計163%もの【魄】が失われる。少なくともこの村の住人をかき集めても、これほどの【魄】を回収することは出来ない。アドニスとアルフレッド村長のおかげだ。おおきに。あんやと。まいどあり。


『【クグツ】を作成します。214/100 はい/いいえ』

 

 最終確認だろう。俺は――『はい』を選択した。


「うっ、ぐっ! ぐ……っ?!」


 今までに無いぐらいの熱量が左腕を駆け抜けていく。まるで電気の固まりでも集めて血管に通したみたいだった。最後には手首から手のひら全体をびりびりとシビれさせ、マチルダさんの中にスゥッと入っていった。

 これで、いいはずだよな……? 俺はマチルダさんの額から手を離した。頭部が修復されたせいか、心なしか血色も良くなってきたように思えた。


「トーダ、なんだかうまくいきそうだネ」

「はい。これでうまくいくはずなんですが……。…………動きませんね」


 動かない。

 じぃ~~っと、注意深く見ていると、若干だが胸が上下している。呼吸をしているみたいだ……。脈を取ってみる。どくん、どくん、と脈打っている。

 ……。鑑識で自分のステータスを見ると、クグツ:1/1になっている。

 生き返った……じゃない、


「トーダ、まぶたがピクピクしているヨ! ヤッタネ! 成功みたいだヨ!」

「そうですね。あとはロッドから指輪を受け取って――って、あれ?」


 うっすらと開きかけていた目蓋が、再び閉じられる。

 あれれ? マチルダさーん。朝ですよー。起きてくださーい。

 代わりに右手の指がピクク、ピククとマウスのダブルクリックのように細かく動く。……なんだろう? 痙攣?


「……死後硬直がとけないんでしょうか」

「そんなこと無いヨー。クグツはマスターの“命令”に忠実だヨー。トーダも“命令”してみてヨ」

「そうですね」


 さて。ここは格好良く――「た――」

 立ち上がれ! と口にしようとしたが、俺は口を閉じた。

 自分の意思がないはずの俺のクグツが、俺の太ももの外側を指でノックしていた。――ロー公に見えない角度でだ。


「…………」


 少し考える。考える。考える。……そういえば、俺は【無属性】持ちだった。

 トトン。トトン。マチルダさんのノックは俺の太ももを叩き続ける。俺は試しにその指を握ると、ぎゅっぎゅっと合図を送ってみた。

 すると、マチルダさんからグッグッと返事があった。指が仄かに温かい。まるで血の通っている人間のようだ。

 そういえばこの人、お頭とのファーストコンタクトの時も……。


「……? トーダ?」

「ネクロマンサーのロー公先輩。錬金術師のお頭を含めて、村を襲撃した盗賊の人数ってあとどれくらいいましたっけ」

「……? 12人だけド……」


 グッグッ、と握られる。ぎゅぎゅぎゅと返してやる。


「そういえば、朝が来るまで俺の立場は【捕虜扱い】でしたっけ。村を襲撃したお頭達の様子を見るためにミサルダの町から先遣隊が派遣されて、でも全滅して、ネクロマンサーの俺がお頭に命と引き替えに仲間として引き入れられたんでしたよね」

「……? トーダ?」

「いえ。なんでもないです。ただの状況整理です。今、村のあちこちで火事が起こってて、外部からの侵入者かもってお頭達が騒いでて、その間にこの人をクグツにしようってロー公先輩と話してたんですよね。レジスタンスでもいるんですかね」

「……? トーダ。クグツはまだ動かさないノ?」


 ロー公が心配そうに俺の顔を見つめてくる。俺はそんなロー公からマチルダさんを隠すようにしながら、


「……このクグツはしばらくこのままにしておきましょう。立たせて動かしているところをお頭に見つかったら、そいつが火事の犯人かーって有無を言わさず壊されてしまいます。一応、反応があるようなので、火事の様子が落ち着いたらまた様子を見に来ましょうか」

「そーなノ?」


 マチルダさんが俺のネクロマンサーの指輪をトントンとノックする。

 なるほど。……【戦士の指輪】が欲しいらしい。それが無いと動けないのか、それとも指輪を着けるまで動く気がないのか。

 どちらにしろ、予定通りには行かないようだ。嬉しい誤算になるかどうかはわからないけど。


「ロッド――あの知り合いのペットは、黒いサルみたいなペットと一緒に村の中をうろうろしているかも知れませんね。指輪を持って。煙たくないんでしょうか」


 ……。

 マチルダさんの寝顔が一瞬ぴくってなった。これって普通に記憶とか感情とかってあるって考えた方がいいのかな?


「あのペット、指輪を持ってるノ? 誰ノ?」

「あー。俺の【兵士の指輪】ですよ。……ほら、放し飼いはまずいじゃないですか」


 ふーん、と言ったロー公の顔が、突然ぎゅるんと真後ろに曲がる。首の関節の可動域すげぇ! フクロウか!


「トーダ見て! 火事だヨ! 今度は宿屋が燃え始めたヨ!」


 俺はロー公の首の曲がり具合にドン引きしながらも宿屋の方に目を向けた。

 どうやらアンジェリカの奴、【召喚士の指輪】を取り戻したらしい。民家を燃やして関心を集め、モルグを燃やして盗賊連中を村の奥へ陽動。その隙にダダジムを連れ宿屋を襲撃……というか探索。指輪が見つかれば宿屋を放火。見つからなければ村長の家を放火、次々放火……のあと煙に紛れてダダジムで村から脱出の計画だった。


 指輪が宿屋にあるかどうかはちょっとした賭けだった。俺を警戒して【召喚士の指輪】だけは自分で持っていてもおかしくはない。

 それに、お頭が集めてる指輪を袋にでも入れて【アイテムボックス】にでも仕舞われていたら手が出せなかった。

 だが、どうやらお頭は指輪をどこかの部屋に置いてきていたらしかった。


 俺も二度目の来室の時に【鑑識】をかけまくってそれらしきモノを探した。

 指輪はもちろんとして、探したのは【質問ゲーム】の時に俺に見せたバックだ。それが部屋に無かった。

 どこに行ったのか。もちろん、あんなものアイテムボックスにしまい込むはずがない。お頭の銃も無かった。ホルスターに入れて装備していると思いきや、それも見当たらなかった。そもそも服装が違った。着替えたのだろう。では、その着替えはどこにある?

 たぶん、他の部屋に運び込んでいる。だが、容易には探せないだろう。


 お頭は【錬金術師】だ。つまり、研究者。研究内容を“秘匿”に出来るスキルを所持しているに違いないと思う。たとえば【鑑識】をごまかすスキル。モノを隠すスキルか、わからなくするスキル、もしくは“アラーム”のような、侵入者よけの防犯スキルも所持しているかも知れない。つまり、現実の世界での会社の開発研究部と同じだ。外国企業からのスパイ活動の防止みたいな、そんなイメージだ。

 だからダダジム1~3号に宿の中に侵入させた。互いに協力させ、情報収集にのみ当たらせた。


 そこで俺はダダジム1~3号に『音』の罠を仕掛けさせた。

 疑り深いお頭のことだ。廊下で物音がすれば警戒する。アーガスに確認しに行かせる。もしくは自分で行く。だが、そこには何も無い。また音がする。見に行かせる異常が無い。それを何度か繰り返させる。大事なモノがある部屋にも確認に行ったはずだ。アーガスに行かせたなら『防犯スキル』は発動したりはしない。そこで初めてダダジムの判断で部屋への侵入も可能になる。【召喚士の指輪】が近くにあればダダジムも反応するだろうとアンジェリカも言っていた。


 さて、次は『音』の罠の後始末。

 このいたずらの犯人は誰だ? 全員に聞く。誰も知らないという。

 なら誰だ? ロー公が戻る。トーダはどこで何をしている。ようし、様子を見に行ってやろう――。


 まあ、アーガス辺りが俺の所に来てくれていたなら、宿屋で独りになったお頭をダダジムさんが襲って拐かして4Pアレコレ出来る作戦だったのだが、よもやお頭本人がやってくるとは思わなかった。

 俺の作戦も結構穴がいっぱいあるなと猛省する次第だ。


 ちなみに、アンジェリカが言うには【アイテムボックス】の容量を二つにするためには『レベルアップの時に取得できる小玉が3つ必要』とのこと。つまり、アイテムボックスを増やすためには3レベル上げる必要がある。ひとつ増やすにつき3つだ。アンジェリカもそれは無視したって言うし、俺もたぶんアイテムボックスには小玉を振らないと思う。3つの【一般スキル】の方が便利だろう。

 そして、それはお頭もだったようだ。

 つまりお頭も、集めた指輪以上に大切なモノを現在アイテムボックスに入れて保管していると言うことだろう。


 ロー公が火事だ火事だと大はしゃぎしだす。


「本当ですか!? ああ、ロー公先輩、もういいんで指錠してください。お頭に指錠していないところを見つかると、また何言われるかわかりませんからね」

「ウン!」


 ロー公を俺から離さないために指錠をしてもらう。アンジェリカたちの脱出は裏口だろうからロー公から見えないように角度を変える。

 あとは……マチルダさんに盗賊どもの情報でも与えておくか。


「うちの盗賊団の内訳ですけど、お頭が紅一点の【錬金術師】で、いつもそばにいるアーガスさんが【魔剣士】――


1お頭 錬金術師

2アーガス  魔剣士

3トルキーノ シーフ

4ロードハイム 剣士

5ボルンゴ 槍術士

6サブンズ 弓術士

7ゼゼロ 魔闘士

8ドルドラ 戦士

9ハルドライド 剣士

10ロー・ランタン ネクロマンサー

11ロドルク 無職

12パビック 無職


 ――で、間違ってないですか? ロー公先輩」


 さらさらっと見た目から判断した盗賊どもの上部を口にしてみる。

 

「ハルドライドは剣士じゃなくて戦士だヨー。パビックはジョブを持ってないけど、ロドルクは――」

「ロー!! トーダ!! これはどういうことだ!! なぜ宿屋が燃えている!!」


 村の奥からも宿屋の火の手が見えたのだろう、お頭達が戻ってきたようだ。

 ここじゃまずい。下手すると甦ったマチルダさんのことがバレてしまう。俺はロー公を引きずるようにお頭の元に小走りで駆けた。


「俺たちも火事に気がついてここまで来たんです。お頭向こうではどんな――」

「ロー! 今すぐ宿屋の二階、中央の部屋から私の荷物を運び出せ! いや、二階の部屋すべてから荷物を運べ!!」


 お頭は俺には目もくれず、むしろ押しのけるようにしてロー公の前に立つと言った。

 そのとき、パリンと言う音がして、まさにその宿屋の二階の窓から炎が吹き上がった。轟々と炎が吹き上がる。あの炎の中に入れというのは自殺行為だ。

 俺はお頭の顔を見た。

 苦々しく悲しそうで、今にも泣き出しそうなそんな表情かおだった。


「ウン! 任せてヨ! 部屋にある荷物を全部持ってくればいいんだネ!」

「そうだ。全部運び出せ」


 混乱しているという風でも無く、お頭はロー公に命令を下す。アンジェリカたちは部屋を物色したあと、念入りに油をまいて火をつけたはずだ。

 一階ではなく二階の奥の部屋。煙が充満し、燃え盛る宿屋の中を往復させるつもりか。


「ロー公先輩。とりあえずこれを羽織っていってください」


 俺は血で汚れた兵士の上着を脱ぐとロー公に渡した。ロー公は上半身裸だったからだ。


「イイノ? 燃えちゃうヨ?」

「いいんです。それよりも見つけた荷物は窓から放り投げてください。脱出もそこから――」

「いいから早く行け!!」

「ハーイ」


 ロー公は素早く上着を羽織ると、いつもの調子で元気よく駆けだした。そして宿屋の入り口を【死霊の槍】で破壊すると、噴き出す炎をものともせず突入していった。

 本来こういう命がけの仕事はクグツがこなすのだろうが、ロー公の頼りになるクグツはもういない。

 新しく作成するにも使える死体が残されていない。マチルダさんが最後の死体だ。残りは俺がすべて平らげてしまった。新しく作るとしたら――新しい死体が必要になる。


「トーダ。なぜ宿屋が燃えている。答えろ」

「なぜって言われても……それはさっきお頭達が向かった場所と同じ理由じゃないですか? 少なくともロー公先輩と俺は宿屋には近づいていませんし、俺に至っては指錠をされていました」


 嘘です。クグツ作ったり、放火犯を見つけようとするロー公の妨害とかしてました。


「ロー公先輩はお頭の命令を守って、ずっと俺のそばにいました」

「……ゼゼロはどうした。この場にいないのか? あの宿屋の二階に待機していたはずだ」


 ほぉ……。なるほど。そりゃ誰か部屋にいれば罠は要らないよな。とすると『音の罠』も仕掛けれていなかったのか? 


「ゼゼロさんですか? すみません。夕食時の時に会ったきりです。ロー公先輩と待っていたときも姿を見ていません。……今回に限ってはゼゼロさんが火をつけたってことですか?」

「…………」


 それには答えず、お頭の目が宿屋の二階に向く。

 まあいいか。第一の犠牲者はゼゼロか。

 ロードハイム達に指示を出していたアーガスがこちらに駆けてくる。


「お頭。ゼゼロは私が宿屋から出るときに声を掛けました。起こしたはずですが……」

「くそっ……。ゼゼロがいながら、なぜこうもやすやすと火を放たれる!」


 お頭はかんしゃくを起こしたかのように、アーガスから渡された黒いモノを地面に叩き付けた。ゴスン、ゴロンゴロン、ズリリ……と地面を転がったそれは俺のよく知っている鉄手錠だった。


「トーダ。もう一度それを着けろ。戻ってきたらローを放火犯の捜索に当てる」

「…………俺はロー公先輩と一緒にいて、離れたところですべての放火が始まっています。俺は放火犯とは無関係なはずですよ」

「自分で『犯人はベンだ』と口にしただろう。……いいから鉄手錠を着けろ。我々の仲間という自覚があるのなら、わたしの言うことを大人しく聞け」


 あくまで俺を疑うスタンスは変わらないらしい。

 その用心深さ、間違っていないぜ。さあ、ロー公がアンジェリカを見つけるのは早いか、それともアンジェリカが召喚士としての本領を発揮してこの場を制圧するのが早いか、見物みものだ。

 すでにゼゼロが倒されたのだ。残り11人――。


「お頭!! 狙われています!!」

「な、ゃっ――?!」


 サブンズがいきなり後ろから突き飛ばすようにしてお頭を押し倒した。「向かいの屋根の上だ!」サブンズが叫ぶ。

 トスン、と少し離れたところに弱々しく矢が突き刺さる。

 俺は素早くお頭に覆い被さり、その視界を完全に塞ぐと、屋根の上を見上げた。


 ――そこには、農作業服に身を包んだ覆面の――アンジェリカと、よくわからないが……同じく覆面の男が立っていた。

 アンジェリカはDカップのおっぱいをだぼだぼな男装姿でごまかした感じで、クワを手にこちらを見下ろしていて。もうひとりは……あれはロッドか? …………ああ。マントで身をくるんでダダジムに肩車して背丈を足しているのか……小さな弓を構えている。顔を隠しているので、正体こそがわからないが――『我らが村の青年団!』とか言い出しそうなちぐはぐな格好だ。

 とにかくもこういう状況なので、平常心スキルは便利です。俺はポリポリと頬をかいたが、俺以外は全員場に呑まれているようだった。

 アンジェリカ達は声を出すといろいろバレてしまうので無言で屋根の反対側に姿を消した。


「や、野郎ぉ! 逃がすか!」

「村の生き残りか! まだいやがったのか!」

「おおおおおお!!!!」


 ロードハイムが気勢を発し、パビック、ハルドライドとともに走り出した。


「いい加減、離れろ! 死体臭い!!」

「ぐぁっ!」


 お頭は俺を押しのけると、どかどかとブーツの裏で蹴ってきた。

 お頭の身体はアンジェリカのような女性的な柔らかさは無く、指で触れた感じだと、華奢で痩せぎす、皮膚の下がすぐにあばら骨っぽい感じだった。このBカップめ。

 一応、お頭に【鑑識】を使わせないように庇ったふりをしたわけだが、その代償は大きかった。


「くそっ。ただでさえ着替えが無いというのに……。トーダ。二度とあんな真似をするな。わたしの身はアーガスが守ってくれる」

「わかりました。……痛たた。お頭を庇ってお頭から攻撃されるとか冗談じゃ無いですよ。でも、言ったとおりでしょう。相手は弓矢を持っています。ですからロー公先輩は――」


 そばから離すな、って言ってんのに。


「っ――そうだ。ローはどうなった? わたしの荷物は無事か?!」


 お頭にとって『復讐に燃える村の青年団』よりも自分の荷物が心配らしい。そんなに心配ならこんな所に持ってくるなよ。公私混同だ。


「先ほどひとつのバックらしき物が二階の窓から落とされました。書類の方は……諦めましょう。とても無事とは思えません」アーガスが言う。

「行くぞ。……中身を確かめる」


 お頭は俺には目もくれず、小走りで宿屋の方まで駆けていく。宿屋は周囲に隣接した建物が無いので燃え移ると言うことはないだろうが、アンジェリカたちはたぶん次々と放火を繰り返しているんだろう。

 お頭に蹴られた鼻よりも、だんだんと濃くなってくる煙の臭気で目や鼻が痛くなる。アンジェリカたちのあの変装はマスクの役目も兼ねているのだろうか。

 俺は転がった鉄手錠を拾い上げると、律儀に右手にはめた。今必要なのは左手の方だ。

 俺は鉄手錠を両手で抱えるようにして持つと、お頭達のあとを追った。

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