第62話 月夜の陰り

 ――アドニスの『瀕死体験』が終わる。

 立ったままの浄化葬はしたことがなかったので、俺は意識を取り戻すと同時に後ろにヨロヨロとよろめいた。右手の指のあいだに挟んでいた矢が地面に落ちる。


「そこまでだ! トーダ。矢を落としたな!」

「…………」


 誰かが歩み寄ってきて、矢を拾い上げた。

 ああ、なんだお頭か。相変わらずケツの穴の小さい女だ。


「……ふん。鏃にほとんど血が付いていないな。大きなことを言っておいて、結局は刺せなかったか。そこがおまえの限界のようだな」

「お頭。何を言っているのかわかりませんが、そろそろ死体が崩れます。お頭こそトイレに行っていないのなら目を覆った方が良いんじゃないですか?」

「ああ?」


 食って掛かろうとするお頭の目の前で、俺は指を鳴らした。そして、そのままクグツを指さした。

 お頭が眉間にしわを寄せながらクグツに目をやると同時に、その身体が崩れ始めた。お頭の目が見開かれるのがわかった。すべてが一瞬で溶け始め、重力に沿って地面に広がり、そして吸い込まれるように消えた。

 驚愕して固まってしまったお頭を置いて、俺はサブンズに声を掛けた。


「サブンズさん。俺が矢を当てて仕留めました。賞金の金貨5枚ください」


 サブンズも同じ光景を目の当たりにしたのだろう、固まっていたが、俺の呼びかけに正気を取り戻すと、俺の手渡した巾着袋から金貨5枚を渡してきた。


「おらよ。……残りはもらっとくけど、文句はねぇよな?」

「もちろんです。歩数分の支払いでしたから、それはサブンズさんのです」

「そうかよ。ま、金貨12枚払って儲けが金貨5枚とはな。……おう、また今度やろうぜ。カモってやるよ」

「はい是非。また弓を教えてください」

「ははは……」


 サブンズがにんまり笑うと、巾着袋をほいほい手のひらで遊ばせながら離れていく。


「さて、お頭。死体は俺が使仕留めました。たしか、『何でも言うことを聞く』でしたよね? 覚えていますか?」

「……ああ、もちろんだ。なんだ? 部屋に戻ってセックスでもするか?」


 お頭が髪を掻き上げ妖艶に笑う。盗賊どもからどよめきと口笛が鳴らされる。

 …………。まじか。


「そんなことアーガスが許さないだろうがな」

「当然です」


 お頭の元に歩み寄ってきたアーガスが青筋を立てて俺を睨み付ける。


「お頭の肌に許可無く触れてみろ。おまえを切り刻んでやる」


 ですよねー。

 結局、お頭とアーガスの許容範囲での願いしか聞き届けられない訳か。ま、予想通りだけどな。


「はい。では、この【射撃ゲーム】の賞金で、風のナイフを買い戻したいのですが良いですか?」

「…………おまえは馬鹿か? 金貨12枚を失うだけだぞ」

「ですが、金貨10枚で売った品を金貨5枚で買い戻せたことになります。俺には金貨5枚分の商才が得られます。誰も損していないのであるなら、この望みは叶えられると思います。いかがですか、お頭」


 お頭の目がスゥッと細まる。奥歯でも噛んでいるのか、頬の筋肉が微かに動いた。またもや奪い返されたと言う結果が、これでまたお頭の中に残るはずだ。


「アーガス、風のナイフを金貨5枚で売ってやれ」

「…………わかりました」

「ありがとうございます」


 アーガスが胸に押しつけるように風のナイフを渡してくる。

 ふむ。……まあ、これで金貨分、身も少し軽くなったことだし、お頭に勝負で勝った。それにオークションで120枚で売られていたかも知れない物を金貨5枚で落札した、と思えば気分も良い。大損だが、この場において金銭など何の役に立つだろうか。

 地獄の沙汰の金次第? うんうん、それもそうだ。なら、こいつらが死んだときは身ぐるみ剥いでおくことにしよう。地獄で路頭に迷うがいい。


 俺は風のナイフを前と同じようにベルトに装着させた。

 ――さて、こちらは準備万端だが、アンジェリカたちは手間取っているんじゃないだろうか。ロドルク達も見回りしているみたいだし、うまくやれていれば良いんだけど。

 俺は鼻をひくひく動かしながら空気の臭いを嗅いでいると、ロー公が寄ってきた。


「トーダ。弓の扱いが上手だったネ! どこかで習ったことがあるノ?」

「習った……というか、“射られた”というか。まあ、8人ばかし、弓術士から矢を受けたら色々と学ぶことが多いですよ、実際」

「?? でも良かったネー。お頭と勝負して勝つなんてすごいヨー」


 【質問ゲーム】と【射撃ゲーム】の2連勝か。お頭の面目を潰すっていうところだけは叶った感じだ。負けてたら何を命令されてたんだろ。どきどき。

 俺とロー公がそのまま雑談に入っていると、お頭が俺を呼んだ。


「トーダ。ちょっとこっちに来い」

「はい。なんですか?」


 なんだろうと近づいていくと、お頭は手を開いてさっき渡した5枚の金貨を見せてきた。ひょっとして、やはり金貨5枚では売れない、返せってオチになるんじゃないだろうか。


「この金貨、どこで手に入れた?」

「ええ。ですから――――昨日、馬車ごと崖から落ちたしていたジャンバリン・バンサーという人から、葬儀の代金として頂いたものです」


 俺は咄嗟に嘘をついた。

 実際は川辺でファイヤーウルフに食べられていた男から頂いた物だが、そういえばお頭達の目的は、そのカルシェル・シルバートとかいう男だったか。

 そいつから頂いたのがバレたらやっかいなことになるだろう。


「それが……なにか? まさか咎めたりしませんよね? お頭達盗賊だし……」

「この金貨は隣国の物だ。この国でも使えないことはないだろうが、通常は一度『銀行』に持って行き、両替の必要がある……。だが、なぜそのジャンバリンとか言う男の手にこの金貨がある……?」


 お頭の問いかけは、必ずしも俺への質問ではなかっただろうが、俺は黙せずに答えて見せた。


「【鑑識】では、そのジャンバリンという男のジョブは【商人】でした。商人なら隣国の金貨を持っていても不思議では無いと思いますけど。……まあ、この世界の商人事情は昨日今日この世界に来た俺にはわかりませんけど」

「…………カルシェル・シルバート。この名前に聞き覚えはないか?」


 お頭の目がジッと俺を見つめる。うたぐるような目ではない。だが、目の奥の真実を探ろうとする、そんな目つきだった。

 まずいな。なんか巻き込まれそうだ。

 と、ロー公が俺からそっと離れ、ふらふらとどこかに歩いて行こうとする。俺はロー公から目を離さないようにしながら、


「わかりません。少なくともミサルダの町にはそういう名前の人はいませんでしたし、聞いたこともありません」

「そうか。……なら、カステーロという男とジルキースという男はどうだ?」

「その二人なら知っています。商人風の男がカステーロ。黒髪の剣士風の男がジルキースでした。どちらにも【鑑識】は使っていませんから、ジョブはわかりません」

「……ジルキースは町にいるのか」

「ええ。町で見かけました」

「わかった。おまえ達は馬の世話をしておけ。ロー、トーダに馬の扱い方を仕込んでおけ」

「……クンクン、クンクン……?」

「わかりました」


 俺は頷いて応えたが、ロー公は明後日の方を向きながら、しきりに鼻をならしていた。

 ふむ。これでジルキースに色々と罪を背負わせてやったぞ。今後どうなるか楽しみだ。


「アーガス。どうやらシルバートたちはこの金貨で馬車に乗せてもらい、わたしたちの気配を感じて、その御者を馬車ごと崖下に落としたようだな――」


 うんうん。うまい具合に話が混ざってきたようだな。

 ――それよりも。


「火事だ!!!!!」


 と、ロドルクらしい大声が響き渡った。


 まずは今から起こることに集中すべきかな。俺はくんと鼻を鳴らした。家が燃える煙の臭いだ。

 開戦の狼煙となるか、鎮魂の灯となるか。

 民家の陰からやや明るく、そしてモクモクと黒い煙が立ち上って来るのを見ながら、俺はほくそ笑んだ。

 まぁ、雲ひとつ無い夜だ。月夜の陰りくらいになることは間違いないだろう。 



「どうした! どこが燃えている!」

「例の女――アンジェリカの所のようでやす! ロドルクが見つけやした! ドルドラが今水を汲みに行ってやす」


 トルキーノが民家の陰から顔を出すと早口で報告した。


「マジかよ! あの女動けたのかよ!」と、サブンズ。

「誰だ最後に相手したのは!」これはロードハイム。


 盗賊達が真剣な顔つきになると、それぞれの武器を手に走り出した。

 お頭とアーガスも現場を一目見ようと煙が辺りに充満する中、走り出す。


「ロー公先輩。俺たちも火事場に向かいましょう」

「ウン!」


 俺はロー公に声を掛けると、みんなのあとを追った。

 アンジェリカがいた民家は屋根から炎を吐き出し、ゴウゴウと勢いよく燃えていた。レッグがかき集めてきたランプの油か、大元の油入れを見つけたのだろう。油をまいて火をつける――つまり、放火だ。

 しかし、かなり派手に油をまいたもんだ……。俺はアンジェリカが囚われていた家を睨み見て鼻を鳴らしたのを思い出す。

 おお、かなり離れているのに熱風がすごい。


「ロー公! てめぇ、中からアンジェリカ助け出してこい!」

「ウン、イイヨ!」


 ハルドライドの無茶な命令にも嫌な顔ひとつせずに頷くロー公。炎の中に飛び込もうとするロー公に、俺は慌てて声を掛けた。


「ロー公先輩。もし中に誰か見つけても、生きていないならそのままにして、髪でも爪でも毟ってきてください。死んでしまっていたら、さすがの俺でも治しきれません。お葬式はそれで充分です」

「ハーイ、行ってきマース」


 まるでコンビニにアイスでも買いに行くような調子で燃え盛る民家に飛び込んでいくロー公。

 ドルドラが桶に入れた水を家の外壁にかけるが、ジュウジュウ言うだけで焼け石に水だろう。おっと、それよりも計画通りに物事を進めていかなくてはいけない。

 まずは……と俺はポケ~と阿呆面で炎に魅入られているパビックに後ろから近づくと、そっと声を掛けた。


「パビックさん、ちょっと良いですか?」

「おぁっと、びっくりしたー! トーダ、先輩。なんすか? ……っと、もうちょっと離れないっすか。ここじゃゴウゴウ音がうるさくって聞こえ無いっす」

「そうですね」


 俺たちは少しだけ後ろに下がると、改めてパビックに耳打ちをするように言った。


「パビックさん、気づいていますか? さっきからアーガスさんがすごい厳しい目でパビックさんのこと睨んでましたけど、パビックさん、アーガスさんに何かしたんですか?」

「え? えぁ? アーガスさんが俺のこと??」


 パビックが慌てふためいてアーガスの方を見るが、俺はその肩を掴んで無理矢理俺の方に向かせる。


「待ってください。まだ目を合わせない方がいいです。……実はアーガスさん、さっきパビックさんの方を向いて『あのことをバラさないだろうな……』なんて呟いてましたけど、何かあったんですか?」

「え、え、え、?? マジそんなこと言ってたんすか? アーガスさん、ちょっ、俺、誰にも言って……」


 パビックは情けない声でアーガスの方を向くが、アーガスは視線に気づき、チラリとこちらを一瞥しただけで、またお頭と何か話しだした。

 サブンズとロードハイムが怒鳴り声を上げながらやってきた。


「パビック! ハルドライドからおまえが最後に向かったって聞いたぞ! 終わったあとに、ちゃんとあの女の手をベットに縛ったのか?! ええ! どうなんだ!?」

「あ、いや、俺はその……アーガスさんが……」

「パビックさん、アーガスさんがこっち見て睨んでますよ。一体何を見たんです?」


 俺の声に反応してアーガスがこちらを見る。パビックの声が裏返る。


「ええ??!! いや、俺は何も見て……」

「パビック! こっちを向け! どうなんだ! アンジェリカは――」

「ちょっと待ってください。サブンズさん、ロードハイムさん。そんなに怒鳴られたらパビックさんも混乱してしまいます。まず落ち着いてください。ここは俺が落ち着かせながら聞きますから、任せてください」


 俺はサブンズ達にぺこりと頭を下げると、彼らを背に、パビックの話し相手を俺に絞らせた。


「――つまり、この騒ぎは中の女が火をつけて逃げ出したかも知れないってコトですよね?」

「い、い、い、いや俺は……だから、俺じゃなくて……」

「大丈夫です。パビックさんのせいではないと思います。というか、誰のせいでも無いと思います」


 俺は後ろの二人には気づかれないように、パビックにウインクをして見せた。


「……へ?」

「おいトーダ、それはどういうことだ? パビックが女の後始末をサボったせいでこうなったんじゃねーのか?」


 サブンズに振り返る。少し離れたところで、お頭とアーガスがこちらを見ていた。


「説明しますね。……俺もさっき寝床を探そうとしていて、数件の民家の寝室に入ったんです。するとどの家の寝室やリビングにもちょっと良い感じのランプがあったんです。……思うんですけど、この火事の原因ってそのランプが割れたことによるものなんじゃないかなって。その女の所にはランプとかありませんでしたか?」

「あった。パビック、出てくるときに火は消してなかったのか?」

「火が消えていたら、この火事は起こっていないと思います」


 俺が代わりに応える。そして今度はパビックに質問する。


「ランプはどこにありましたか?」


 足繁あししげく通っていたんだろ、ちゃんと答えろよ?


「ベットの隣の……机の上だった、っす」

「そこには、手を縛られていた人が脚を伸ばせば届きますか?」

「ど、どうだろ……届く……かな?」


 覚えておけよ。ちゃんと届く距離にあったんだよ。


「火元がランプなら、何かの拍子で割れてしまったら、そこから火災が発生する可能性があります。もしも焼死体があったら――自殺。なかったら、逃亡。原因はパビックさんが女の手を縛り忘れていたということになりますね」

「パビック、てめぇ!!」

「ええ~~!? いやだから、俺は……」


 大丈夫ですよー。アンジェリカのスタイルによく似た遺体をダダジムに運ばせたから。


「落ち着いてください。まだ、パビックさんのせいとは限りません。ロー公先輩の帰還を待ちましょう。無事なら良いんですけど……」


 そう言って、みんなの視線を燃え盛る出入り口に向けさせる。

 その隙に、俺は泣き出しそうになっているパビックの手を引いてさらに後ろに下がらせた。


「トーダ先輩、俺じゃないっす。信じてください。俺が最後じゃないんっす。俺の前に、その、誰かがヤっていて、俺は――」

「それはアーガスさんですね」

「え……?!」


 パビックの目が涙を湛えたまま、大きく見開かれる。


「パビックさんが外に飛び出してきたあとに、アーガスさんがあの民家からこそこそ出てくるのを見たんです。わかっています。本当の最後はアーガスさんです」

「ト、トーダ先輩っっ!! そうっす! 俺じゃないんっす!! トーダ先輩、それをみんなに伝えて欲しいっす! 俺が最後じゃないって!」


 いろいろな感情が入り交じった目で俺を見上げるパビック。俺はスッと目を細めると、首を振った。


「それで……ようやく納得しました。たぶん真相はこうでしょう。――アーガスさんがお頭の目を盗んでアンジェリカの元に向かったのを、誰もいないと思ってやってきたパビックさんに知られてしまったわけですね。だからあんな……『誰かにしゃべったら殺す』みたいな目でパビックさんを睨んでいたわけですか……」

「え、え、え、?? ちょ……ええ??」


 混乱し、パビックの視点が置き場を失ったかのように激しく動く。挙動が著しく不審になるパビックの肩に俺は優しく手を置いた。


「悪いことは言いません。……そのまま罪を被ったらいかがでしょうか」


 皮も被ってることだし、ちょうどいいでしょ。


「えええ??? だって俺、なんにも……??!」

「“ナニも”していないことはないでしょう。……俺は大人の話をしているんです。アーガスさんの性格は知っていますね。生真面目で厳格。聡明で頑固。女っ気がなく、お頭の良き片腕パートナーであるはずです。……いいですか? そんなアーガスさんも、所詮は性にだらしない男。若い女――お頭とそう歳も変わらない10代のアンジェリカという女に劣情を催してしまった。ですが、自分は立場ある人間。しかもお頭に絶大な信頼を得ている立場にある。誰にもこんな自分は見られたくない。でも犯りたい!! できれば隠し通したい。そうだ、お頭の目を盗み、夜中コッソリ来てやってしまおう。

 ……ですが、よりによって捕虜の女を抱いていたところを、盗賊の下っ端のパビックさんが目撃してしまったんです! どうなると思いますか?」

「い、いや、俺は……」

「言い訳しない!! 男だろ!!」


 一喝する。はひぃ、っとパビック。


「何が最善の解決方法か、考えるんです……。考えられないなら俺が代わりに考えてあげます。ずばり、罪を被るべきです。アーガスさんもお頭にそのことがバレることを内心怖れているはずです。パビックさんが何も見ず、何も語らず、すべての罪を被るのなら……おそらくこれ以上のことはないでしょう。ですが、もしも死体が発見されず、責任問題になり、パビックさんがアーガスさんのことを口にしたら……ああ、俺からはもうこの先は恐ろしくて口に出せませんっっ!!」


 俺は口元を押さえ、顔を背けると、ヨロヨロと後ずさった。


「ひ、ひぃぃぃ!!」


 ムンクの叫びを上げるパビックに、俺は優しく語りかける。俺だけは真実を知る味方だと甘い言葉でぐるぐる巻きにする。


「わかりましたね、いいですか? 俺も出来る限りパビックさんのフォローに回ります。絶対にアーガスさんに嫌われないような回答をしてください。認めるんです。最後にアンジェリカをこましたのは自分だと、そう自分に認めさせるんです。さもないと命が……おおっと、大丈夫です。たかだか女一人です。みんな笑って許してくれますよ」


 青い顔で服の端っこを掴んでくるパビックに、「あなたは悪くない」を三回唱えてやる。

 そこにロー公が窓を突き破って飛び出してきた。3メートル以上ある死霊の槍が邪魔にならないのかといつも思うが、どうもそうではないらしい。

 こんがりといい感じに火傷した顔で笑顔を振りまきながら、黒い煙をケホケホと吐き出した。そしてまだ燃えている服から火を消そうとロー公はぱたぱたと服を叩いた。

 燃え残っている生地の方が少ないぼろぼろの服を見ながら、ああ、魔族って頑丈なんだなって改めて思った。


「ロー! アンジェリカの奴はいたのか? いなかったのか?」


 ロードハイムがロー公に詰め寄る。


「いたヨー。でもベットの上で燃えてたし、髪の毛も全部チリチリジュウジュウになっていたヨー」


 俺はパビックの背中を叩き、笑顔を見せた。パビックの表情もぱぁっと明るくなる。


「どうやら自殺の線が濃厚のようですね。……それはいいとして、このままじゃ隣の民家にも燃え広がる恐れがあるんですけど、火事がこれ以上広がらないように隣の民家を叩き壊した方が良くないですか?」

「ほっとけ! 今更一軒二軒燃えたところでかまやしねぇよ! それよりパビック! 最後は俺で決めたかったのに、テメェが最後かよ! くそっ!」

「すんません、アニキ。俺が最後ですんません」

「ったくよー」


 パビックはヘコヘコとハルドライドに頭を下げて、盗賊達が肩をすくめて苦笑する。一応、この件はこれで終わりそうだ。

 ……それにしても危なかった。アンジェリカを作戦part1で死んだふりさせていたら絶倫男ハルドライドに絶対バレてたな。危ない危ない。想像を遙かに超えたビョーキだ。


「お頭ー。あとネー、こんなのが背中に突き刺さっていたんダー」


 ロー公が持っていたナイフをお頭に向けた。


「ロー! お頭に刃先を向けるんじゃない!」

「待てアーガス。見せてみろ。……これが女の背中に刺さっていたということか?」

「ウン! 背中から心臓をひと突きされていたヨ!」

「ロー公先輩、ランプはベットのそばに落ちて割れていませんでしたか?」


 俺はお頭達のあいだに自分の存在を滑り込ませた。お頭の目がジロリと俺に向く。


「ランプは無かった思うヨー。ケホッ、炎と煙がすごくてあまり探せなかったヨ」

「そうですか。……なら、『殺人』になりますね。殺して火をつけた……」


 俺が仮説を口にする。


「パビックおまえ!! 女を殺して火をつけたのか!!」

「ひぃぃ! 殺してません! マジっす! 俺が終わったあともアンジェリカは生きてましたぁ!!」 

「この野郎!」


 俺の後ろで暴行されるパビックの悲鳴を聞きながら、俺はお頭に問いかける。


「お頭。さっきから『アンジェリカ』って名前が飛び交っているんですけど、アンジェリカは死んだってお頭言ってませんでしたか?」

「……ふん。同姓同名の村にいた女の名前だ。同じ名前の女が村に居てもおかしな話ではあるまい」

「そうでしたか」


 どうやらあくまで嘘を貫き通すつもりでいるらしい。まあ、いいけど。


「……これが『殺人』である場合、俺は【ベン】の仕業じゃないかと思うんですけど、いかがですか? お頭」

「…………」


 お頭は答えず、口元に指をやると考え込んだ。代わりにアーガスが口を開く。


「【ベン】だと? ……先遣隊で、途中でいなくなったというベンか。だが、おまえはベンはいないと言ったはずだ!」

「ベンがいないと言ったのはお頭です。そして俺もいないと思いました。ですが、実際出発式では隣にいましたし、町の南門をくぐったところまでは一緒でした。彼が昨日妻を亡くしたのも事実です。それに、パビックさんにアンジェリカを殺す理由はないと思います。実際、こうして叱られるのがわかっててやるほど愚かとも思えません」

「そうっす! 俺は殺してないっす!!」


 パビックが地面に蹲りながら悲痛な叫びを上げた。


「お頭。俺は『外部』からの侵入者を疑います。ここにいる“仲間”が殺して火をつけたとは思いたくありません」

「おまえの言う外部の人物とは【ベン】ということだな? そいつをおまえ自身が手引きして村に入れていないとどうして言える」


 早速矛先が俺に向く。どんだけ疑われているんだ俺。


「俺を疑うんですか? 第一、俺にはロー公先輩が付いていたんですよ。見張られていてそんなことが出来るはずないじゃないですか?!」

「鉄手錠を着けてさえいればローがいなくてもいいと言ったはずだ。実際、おまえひとり厨房にいたことがあっただろう。ひとりきりになろうと思えば、いくらでも時間があったはずだ」

「それは……そうですけど……。でも、俺は【ベン】の手引きなんてしてません!」


 演技かかった仕草で身の潔白を口にする俺。さて、そろそろ誰か俺のフォローに入ってくれ。かなり穴だらけでツッコミ要素ありまくりだろ。


「ちょっと待ってくれよ、お頭。トーダも少し黙れよ。侵入者ってのがまずおかしいだろ。門が閉まってるし、塀も高い。簡単にゃ上れないだろ」


 おや、意外や意外。絶倫のハルドライド先輩じゃないですか。


「そんなものいくらでも乗り越えられるだろう。たかだか6~7メートルの木の塀だ。トーダの助けがあればいくらでも可能だ」

「それがそう簡単でないでやす。村を囲む塀は補修こそされて一見村が守られているように見えますが、ほとんどの塀が腐食が激しく、荒縄を引っかけて上ろうとすれば必ず壊れやす。あっしがそれに気づいて見回り組に教えてまわりやした。あっしもロドルク達の前に見回りしやしたが、どこにも異常はありやせん。もちろん、門も開かれた形跡がありやせん。少しでも開かれたら糸が切れるように仕込んでおきやしたから」


 トルキーノが俺に向かってニヤリと笑う。俺はハルドライドとトルキーノにぺこりと頭を下げた。

 いやいや、なかなか用意周到じゃないか。こりゃ、アンジェリカたちを逃がそうとしてたらすぐに見つかっていたな。危ない危ない。あっはっは。


「なら井戸の方はどうだ。外の空井戸から入ればトーダの手引きで潜入できるはずだ」

「もちろんそこにも糸を張ってありやした。井戸に被せてある石蓋を開けようとすれば糸が切れる仕掛けなのでわかりやす。あの井戸は昼間から開かれていやせん」


 トルキーノがだめ押しの一撃を見舞う。

 さてさて、そろそろ次が始まるだろう。俺の方も裾野を広げておかないと行けない。


「【ベン】だと思ったのはただの俺の勘です。……それに、もしもベンだったのなら存在を気取られる前に、女ではなくお頭たちか俺を狙うはずです。……なら、見方を変えて、“この村の生き残りがいる”という線はどうでしょうか?」

「アーガス。村人の数は57人と聞いた。死体の数はどうなっている」

「ローに数えさせました。ロー、死体は何人いた」

「食べたのを含めると54人だヨー」


 ローが答える。俺が実際浄化葬をした人数は52人。確実に残っている村人は、マチルダさんの遺体とロッドだ。残り数人はどうなったか知らない。


「お頭、3人ほど足りません」アーガスが言う。

「3人か……。だが、死にかけている女にとどめを刺し、火をつける行動に、何の意味がある……?」

「…………」


 あえてここは出しゃばらず沈黙する。俺はわいわいと勝手な推測に騒ぎ出した盗賊どものそばを通り、燃える家を眺めていたロー公に近づいた。


「お疲れ様です。今治療しますね」

「トーダ、エヘヘ熱かったヨー。でも頑張ったヨー」


 俺は左手でロー公に触れようとして、それに気づき、ギョッとした。


「ロー公先輩、それ……」

「ああん、トーダ、ボクのチンチン見ちゃ駄目だヨォ。恥ずかしいヨォ」


 ロー公もそれに気づき、照れたように向こうを向くと、残った上着を破り、腰巻きのように前に巻いた。ロー公の掃いていたズボンが燃えてしまっていて、丸見えだったからだ。


「……じゃあ、治療しますね。さっきと同じくらい熱いと思いますよ。我慢してください」

「ハーイ、ありがとうトーダ」


 そうして俺はロー公に左手で触れた。かかった【魄】は6%。残りは281%だ。……何度目かのロー公の治療だが、『再生できません』との注意文は出てこなかった。つまりソレは古い傷なのだろう。


 ……恥ずかしがって隠したロー公の陰茎は根元辺りから切り取られていた。陰毛の生えた睾丸だけが立派にぶら下がっていた。

 ロー公が売られたとき、買い主が切り取ったのかもしれない。それともネクロマンド族の長老が他所で子供を成さないようにそうしたのかも知れない。

 どちらにしろ、ロー公には性器が無いのだ。

 ……ああ、これで納得いった。ロー公の昔話で、アイーナという女性とくっついていて股間が痛くなるような表現をしていたが、俺は勃起の比喩だとばかり思っていた。実際は皮が引きつれて本当に痛かったのだろう。

 俺の股間や“セックス”に興味を持ったのも、アンジェリカの所に行かなかったのも、パビックに脱がされそうになって恥ずかしくて拒んだのも、ちゃんと理由があったのだ。


 治療中、ロー公が身震いをした。が、ロー公はそれだけだった。


「痛かったでしょう。よく頑張りましたね」

「ヘーキだヨ。いつものことだし、トーダが治してくれたモン!」


 屈託の無い笑顔でロー公が笑う。


「いえいえ。どういたしまして」


 俺も笑みを返す。……とっとと終わらせよう。もうこんなのうんざりだ。

 そう思っていると、タイミング良くロードハイムがぽつりと言った。指先を村の奥へと向ける。


「おい……、なんだか向こう側も明るくないか……?」


 その声に、そこにいる全員が目の前の業火から視線を村の奥に向けた。

 皆様、今宵は大変空気が乾燥しております。火の取り扱いには十分ご注意ください。

 

 近頃 村で流行るもの 付け火 大嘘 騙し討ち

 召喚士 ダダジム そら騒ぎ

 下克上する成出者ネクロマンサー

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