第60話 レジスタンス

 きっちり16人の『浄化葬』を終えて、最後の一人に手を合わせると、俺は抜け殻となった衣服を綺麗に畳み、今まで重ねてきた服の上に乗せた。

 そしてそのまま、俺は大の字に寝っ転がった。

 ……ああ、疲れた。疲労しているというより、疲弊している状態だ。他人の死に際の記憶が頭の中でごちゃごちゃして、生きているのが嫌になってくる。


 ――あれだけ死んだって言うのに。


 笑えないブラックジョークを挟みつつ、俺はロー公が持ってきてくれた果蜜酒を寝転びながら啜った。ロー公は、定期報告だかなんだかで、最後の一人になった浄化葬を前に、お頭の所に向かった。電波な奴だが、頭の中に電波時計でもあるんだろうか。

 ロー公には口を酸っぱくして『洗脳』したので、たぶん大丈夫だと思うけど。

 俺はロー公との約束で、ロー公が帰ってくるまでこの家を出れないことになっている。さっき俺が勝手に出て行ったので、その意趣返しのつもりなのだろうか。だがまあ、替わりと言っては何だが、ロー公には宿屋に着くまでに三回大声で「月が真ん丸だー」と叫ばせることにした。もちろんただの感想ではなく、アンジェリカには警戒と、『第一段階終了』を伝え、ダダジム4号には『俺の所に来い』と言う暗号になっていた。


 俺はダダジムがやってくるまでの短い間、目を閉じて休むことにした。

 たくさんの人が死んだ。

 そして、たくさんの人の死に共感したのだ。同じ痛みを感じ、同じ恐怖を感じ、同じ目に遭った。

 そこに俺個人の感傷を挟むことは出来ない。それをしてしまうとネクロマンサーとして、もうやっていけないような気がしていた。

 それとも、感傷にひたれているうちが人間である証拠なのか。わからない。


 しばらくそうやって大の字になっていると、果蜜酒が効いてきたのか、頭の中が少しだけ楽になってきた。

 そこではたと思いつき、適当な服をひとつ失敬した。そしてその服の背中にチョークで絵を描いた。絵心はまるで無いが、描くのは【シーフ】による指輪盗難防止のポスターみたいな物だ。……まあアンジェリカなら理解できるだろう。“日本語”を書き加えても読めないだろうから『矢印』やらなんやら書き加えて、ようやく形にはした。

それを満足げにうむうむ眺めていると、突如背後から「あの……」と声が掛かり、俺はびっくりして振り返った。そこには長老の家の調理場で寝ていたはずのロッドの姿があった。

 たしかに、瀕死体験で見たとおり、ロッドの両眼が猫のように光って見える。


「驚かすなよ、びっくりしたぞ」

「すみません……」


 ロッドがすまなそうにぺこりと頭を下げた。


「いや、いい。それよりもよくここがわかったな。誰かに見つかったりしなかったか?」

「あ、はい……。でもさっきのロー公先輩って人が、僕に手を振って『月が真ん丸だー』って叫んでいましたけど」

「ロー公には見つかったか……まあいいか。この村にはロッドの他にレジスタンスがいてね。ロー公にはその仲間に“合図”を送らせていたんだ」

「?? レジスタンスって何ですか?」

「この場合、盗賊に対抗している人を言うんだよ。アンジェリカって言う金髪の美人さんだ。俺とアンジェリカがそのレジスタンスだ」


 言っていいものか迷ったが、早々に作戦を説明するためには最初からがつんと行った方が良いだろう。


「あなたも? 盗賊の味方になったんじゃなかったんですか?」

「そのつもりだったけど、アンジェリカとアンチ盗賊同盟を結んだ。盗賊撲滅がスローガンだ。ロッドも母ちゃんの仇が討ちたいなら協力してくれ」


 ロッドは俺の言葉に目を丸くしたが、すぐに「はい!」と良い返事をした。


「僕になにかできることがあれば言ってください」

「よし。じゃあ今の状況と作戦を話しておく。……でも、これを聞いて嫌な顔をするなよ?」


 ロッドは真剣な顔で頷いた。

 俺は作戦の全容を簡潔に言って聞かせた。ロー公が帰ってくるよりも早くに、まずはダダジムがやってくるだろう。それまでに話を済ませて、納得してもらいたかった。


「そんな……」


 案の定、話を聞いてロッドは狼狽し、目をしばたかせた。作戦のほとんどが俺のアイデアではあったが、アンジェリカによる手も加えられている。これを村の住民であるロッドが聞き入れるかどうかだが、すでに準備段階は終わっているのだ。押し通すほかはない。


「見ての通り、村人全員の葬儀は済んだ。あとはロッドの母ちゃんを残すのみだし、このことは村長さんも、アミルさんも、ヨハンさんも(中略)ゴスケさんもたぶん了承している」

「――なんで、みんなの名前を知っているんですか?」


 当然の質問に、俺は右手の指輪を掲げて見せた。


「俺は【ネクロマンサー】だ。死者の声が聞ける。村長さんがロッドを窓辺にカーテンかけて隠してくれたこと、ミランダおばあさんがロッドにご飯を食べさせてくれたこと、そしてヨハンおばあさんが、鉱山跡辺りで落としたマチルダさんの【戦士の指輪】を自宅に届けてくれたこと、全部知っている」


 ロッドは絶句し、目を見開いたまま動かなくなった。だが、そんなことをさせている暇はない。こいつにも俺の作戦に参加してもらわないと成り立たないのだ。


「ロッド。俺たちの作戦に命がけで参加しろ。じゃなければ、このまま鉱山跡地まで行って自分の無力さを呪いながら明日の朝まで震えているんだな」

「…………」


 ロッドは動かない。ちょっと言い方がきつかったかな?


「ロッドは母ちゃんの【戦士の指輪】をどうして持ち出したりしたんだ? それを指にはめて棒きれを振り回して、一体何のつもりだったんだ? 強くなって、誰かを傷つけるためか? お年寄りをその棒で殴るためか?」

「違います!」

「――それとも、母ちゃんのようにこの村を守るため、この村の人を守るため悪い奴を追っ払うためか?」

「はい!」


 ロッドは力強く答えた。……いい返事過ぎて、ロッドすら利用しようとするこちらの良心が少し痛むが、『平常心スキル』は大変便利です。


「なら、ロッドにも“仕事”をやる。今から言うことを金髪の美人さん……アンジェリカに伝えてくれ。そして、俺が合図したら二人で協力して作戦を始めるんだ。いいな?」

「わかりました。がんばります」


 そして、アンジェリカに伝えてもらうため、作戦の微修正と【シーフ】の驚異を話した。すると、ロッドから子供ならではの目から鱗な発想が飛びだした。即座に採用する。この子もなかなか賢い。


「クルルルルル……」


 もう一枚の服の背にチョークで村の地図を描き、今度はロッドと作戦を練っていると、ダダジムがやってきた。ダダジムに別段慌てたところもないので、計画通りかと少し安心する。

 ダダジム4号が俺に歩み寄ると、ロッドが恐がり俺の後ろに隠れた。


「大丈夫だ。こいつは言葉を解するサルで、ダダジムという。アンジェリカの召喚獣で今は俺たちの仲間だ。挨拶しろ、ダダジム。新しく仲間に加わったロッドだ。助けてやれ」

「クルルルルル……」


 ダダジムがロッドをみとめ、ぺこりと頭を下げた。ロッドも慌てて「よろしくお願いします」と頭を下げる。


 なんだかおかしくなって俺は少し笑った。

 たぶん、次二人に会う時は……すべてが無事終わったあとか、二人とも物言わぬ亡骸で横たわっての再会だろうか。失敗しても、少なくとも俺だけは“ロー公保険”で命だけは助かると思う。命だけは。

 まあ、そうならないように知恵を絞って頑張るつもりなのだが。


「ロッド。アンジェリカの所に行く前に、自分ちの【戦士の指輪】を回収しておいてくれ。摘んできた花のすぐそばにヨアンさんが届けてくれたはずだ」

「あ……はい。わかりました」

「【戦士】の特長は、すべての物を“武器”として扱えるらしいな」

「そう聞いています……、でも僕には……」


 その資質がなかった。そう続けるつもりだったのだろう。ロッドは目を伏せると、悲しげに言葉を紡ごうとしたが、俺が言わせなかった。


「その指輪を着けて、“勇気”を武器に変えろ。母ちゃんだって、どんなピンチの時でも決して諦めなかったはずだ。村人の葬儀は終わったけど、まだ“アルバの村”の葬儀は終わってない。派手にやるよう言ってある。……ロッドにはアンジェリカのサポートを頼むぞ。あの女、感情が先に立って何しでかすかわからないからな。無茶しそうになったらおまえが説得するんだ。“知恵”も“言葉”も武器に変えろ。いいな、頼んだぞ」

「はい! 頑張ります」


 ロッドは頼もしく見えるほど、良い返事をした。もう大丈夫だろう。

 俺はダダジムタクシーでアンジェリカの所まで行くように指示した。ロッドはびくびくしながらダダジムに乗ったが、ダダジムがしっぽでロッドをくるむと、すごい速さで駆けていった。


 それを見送り、またしばらく大の字になって休んでいると、ようやくロー公が戻ってきた。


「トーダ、タダイマー! 大人しく良い子にしてター?」パチパチ。


 意気揚々といった感じで人生楽しそうだ。ウインクなんかしてキモいけど。


「良い子にしてましたよー。いい大人のすることじゃないですけどね。ああ、果蜜酒ありがとうございます。美味しかったです」

「ドウイタシマシテー。トーダすごいネー、この村の住人のお葬式を全部一人でやっちゃったネー。偉いヨー」パチパチ。

「ありがとうございます。でも、こんな短時間で出来たのはアドニスさんが死体を1カ所に集めてくれてたおかげですよ。……そういえば、アドニスさん、まだみんなの酒の肴になっているんですか?」

「……ウン! ちょっと虐められてたけど、ボクじゃみんなにやめてっていっても聞いてくれないヨー。ゴメンネ、トーダ」パチパチ。

「……いいんですよ。気にしないでください。あとでちょっと様子を見に行きましょうか」


 内心、少しばかりモヤモヤしたものが生まれたのだが、大事の前の小事だと割り切るしかない。


「そんなことよりトーダ……」パチパチ「さっきと同じ話がしたいんだけど、トーダ、また話してくれル?」パチパチ


 なんだろう、さっきからロー公からのウインクが異常に多いな。ドライアイか?

 よもや俺に対してモーション掛けてるつもりなのだろうか。


「さっきの話って、トルキーノさんとかの話?」

「ウン! そういう話。さっきまで話していたコト、もう一度ボクに聞いてもイイヨ。今度はなんでも知っていること話すヨ!」パチパチパチパチ。


 ……なんだろう、なんでロー公のまばたきがこんなに多いのだろうか。

 それに、もう一度同じ話をしてくれっておかしくないか?


「トーダが考えている悪巧みの話でもイイヨ! もちろんトーダがアンジェリカの所に行ったことの話でもイイヨ! ボク、なんでも聞いてあげるヨ!」パチパチ。

「…………そうですね。じゃあ、さっきの続きから話すことにしますか」


 なるほどなるほど。ロー公よ。二重スパイお疲れ様。


「トルキーノさんって、『~でやす』って方言が出てましたけど、どこの国の出身なのか話し合っていたんですよね」

「ウンウン。トルキーノは隣国のロアンダって言う村で生まれたって言ってたヨー」

 

 ロアンダ村ね。そんな話してないけどね。

 俺はチラリとこの部屋の戸口に目を向けた。さーて、釣れたのはお頭か、アーガスさんか。アーガスさんだったら万々歳だけど。


「何でも聞いていいんですか? 例えばお頭のことでも?」パチ。俺もウインクで応える。

「ボクが知っていることなら、何でも教えてあげるヨ!」パチパチパチ、ロー公もウインクで返した。

「あーでもなー、これを聞いちゃったらお頭に怒られるなー。ひょっとしてアーガスさんに殺されちゃうかも知れないなー。でも聞きたいなー、でもお頭の情報なんて聞く機会とか、今しか無いだろうしなー」


 俺はじれったい態度を取りながら何を質問すべきか、推敲する。聞いてはいけないことを聞くのだ。俺には身代わりになって怒られてくれる人が必要だ。

 おおー、なんだここにいるではないか。ロー公さん、お願いしますね。


「ひょっとして、お頭が俺に聞かれたら都合の悪い質問でもかまわないんですか? そしてその場合、ロー公先輩が俺のこと庇ってくれたりするんですか?」

「ウン! イイヨー。ボクが庇ってあげるヨー。だから、トーダがお頭のことで一番知りたいことを教えてヨー」


 ならば聞いてみるか。


「お頭っていつもどんなパンツはいているんですか?」

「お頭のパンツ? 昔っから白色のパンツしかはいてないヨー。お頭はおしりがおっきいからすっぽりと覆うタイプのやつだヨー。すべすべしてて光沢があるヨー」


 チラリと戸口を見る。変化なし。どんどん行こう。


「へぇ~。素材がつるつるってシルクとかかな? ああ、そういえばこの村って“カイコ”育ててたんだっけ。つまり、お頭は自分のパンツのオリジナルブランドを作成するために村を襲ったのかも知れませんね。あるいは原産地を掌握するために」

「そーなの?」


 んな分けないでしょう。


「おそらく。ここも最初は現地視察のつもりだったのかも知れません。ですが、作業現場を見たことによって生産者側との確執が生まれ、デリケートな部分の素材へのこだわりが、お頭を狂気へと駆り立てたんだと思います。パンツへのこだわりはさすがと言えるでしょう。でも、良い仕事していないからって村人を殺すなんて、おしりは大きいのにケツの穴の小さいお人だ。まさに玄人鳴かせですね」


 チラリと戸口を見る。変化なし。……ここまでトンチンカンなこと言って何の反応がないところからすると、アーガスさんではない気がするな。

 ふぅむ。天岩戸あまのいわと戦法で行くかな。


「そういえば、ロー公先輩。お頭が【生理】のときって、いつもどうしているんですか? ナプキン派ですか? それともタンポン派ですか?」

「? セーリってナニ? トーダ」

「生理は女性特有の症状で、月に一度来て一週間程度おまたから経血を流すのです。ナプキンやタンポンは、お頭の白いパンツが血で汚れなくするための“当て物”ですかね。ロー公先輩はお頭のおまたから血の臭いを嗅いだことなかったですか?」

「ウン! たまにお頭たちと遠出したとき、お頭のおまたから血の臭いがすることあるヨ! 『怪我したのー? 傷薬あるよー』っていつも心配してるのに『うるさいあっち行け』って邪険にされたヨー」

「生理の時期は女性の機嫌がすこぶる悪くなりますからね。ですが、そういうときこそ同僚一同が気を遣ってお頭を労ってあげないといけません。今後はお頭のおまたから血の臭いがしたときは、俺だけじゃなくて同僚全員に呼びかけをしてお頭に優しく接してあげることにしましょうか」


 ギギギ……、家の壁から爪で何かをひっかくような音が聞こえてくる。やだ、家鳴りかしら。このおうち古いから何かヨクナイモノがいるんじゃないの? 怖いわー。


「アアー、ソウデシター! お頭のおまたから血が出てたとき、ジェイルが『お頭から”当て布”盗んでやったぞー』って騒いでたときがあったヨー。たしか、『ワンピースだったからヤッテやったぜー』って言ってたヨー」


 ジェイルの【盗む】の腕前は神懸かっているな。


「なるほど。ここでは“当て布”と言うのですか。するとお頭はナプキン派ですね。それともこの世界ではタンポンの開発は行われていないのかな? それでその“当て布”はちゃんとお頭に返したんですか? 当て布がないとシルクのパンツがベタベタになってしまいますよ」

「ハルドライドがジェイルから金貨二枚で買ってたヨー」

「……それは」


 廊下側からおかしな殺気と「カチリ」という撃鉄を落とすような音が聞こえたんだけど、気のせいだよね?

 俺は本能的に立ち上がると、漂ってくる殺気の対角線上にロー公が来るように移動すると、静かに座り直した。


「と、ところでロー公先輩。お頭って盗賊団の中で紅一点じゃないですか――」


 バンバン! と二度銃声が鳴り、壁を貫通してきた銃弾が俺が座っていた辺りの反対側の壁にまでめり込んでいた。

 う、撃ちやがった!! 完全に頭狙って撃ちやがった! 天照大神おかしらは武闘派だった!


「モー、お頭ー! どこにも敵がいないのに銃を撃っちゃ駄目でショー。トーダに当たっちゃうところだったヨー」


 どこまで本気なのか、ロー公はぱたぱたと戸口を出て、廊下に身を潜めていたお頭に声を掛けた。ややあって右手に銃を携えたお頭が入ってきた。悪びれた様子もないどころか、俺の顔を見るやいなや小さく舌打ちをした。


「悪いな。足下が暗かったから発火炎マズルフラッシュで照らそうと思っただけだ。別にトーダに当てるつもりはなかった。本当だ」


 誰が信じるか! 足下照らすんなら足下に撃てよ! 完全に水平二度撃ちしてんじゃねーか! 


「あ、あはははは。足下が暗かったら仕方ないですよね。わー。俺たちここで猥談しているのがバレちゃったなー。恥ずかしー」

「そうだったのか。いや、わたしはなにも聞こえなかったぞ。本当だ」


 嘘だっ! ってツッコミを入れると惨劇に挑むことになりそうなのでやめておく。

 お頭ったら、硝煙燻る銃持ったままで、さりげに引き金に指引っかけた状態なんだもの。


「――ところで、ここへはどうして? アーガスさんは一緒じゃなかったんですか?」

「アーガスは部屋に置いてきた。ここへは……まあ、おまえの仕事ぶりを見にだな。……うぷっ。気分が悪い。外に出ようか。ここでは息が詰まる」


 お頭は堪えきれないと言った感じで、ハンカチで口元を押さえた。


「わかりました。さっき全員の『浄化葬』が終わった所なんです。俺たちネクロマンサーには死臭は感じませんけど、常人には堪えるみたいですね」

「…………」


 お頭は一度、キッと俺に強い視線を見せると、足早に外に出て行ってしまった。

 俺はロー公と目を合わせると、お頭のあとを追った。


「大丈夫ですか? お頭」


 外に出て、深呼吸を繰り返しているお頭に声を掛ける。


「大丈夫なものか。どんなスキルを使っているのか知らないが、おまえ達の鼻は異常だ。ローがおまえを【仲間】と呼ぶ理由がわかった。このネクロマンサーどもめ」

「いえ、スキルというか、【死臭耐性】っていう特性です。ネクロマンサーとパスを繋ぐと死臭が気にならなくなって便利ですよ。戦場跡で効き酒、宴会が出来ます」

「お断りだ。……スンスン、くそっ、服に臭いが付いてしまった。やはり来るんじゃなかったな」


 お頭はしかめっ面をして、自分の服をホコリでも払うようにぱたぱたと叩いた。俺も自分の服の臭いを嗅いでみる。……汗臭い。

 そういえば、イザベラのところで【ネクロマンサー君は嫌われ物語】を空想していたが、お頭の態度を見る限り現実のものになっているようだ。最終回は仲間だと思っていたクグツさん達に「かゆうま」されるのだ。涙なしでは語れないなぁ。

 

「俺に用があるなら玄関で呼んでくれたらよかったのに。うら若き女性が深夜、灯りもつけずに複数の男性がいる家に許可無く上がり込んだら、そりゃひどい目に遭いますって」

「…………」


 どうせ俺とロー公の会話を立ち聞きして、それを脅し文句のネタにして刑期を伸ばして屈服させようって腹つもりだろうけど、残念でしたね。

 …………そういえば、ロッドは“部屋の臭い”には一切嫌な顔をしてなかったぞ? 獣人族のハーフなら嗅覚もいいと思うんだけどな?


「チッ。……それで中の死体の処理は終わったのか?」

「あ、はい。一応家の中に運び込まれていた遺体はすべて『浄化』し終えました。もう数日滞在しても死体が原因で伝染病とかの心配は無いと思います」


 ……まあ、どちらにしろ俺が合図したらそんなこと出来なくなるんだけどね。


「戻るぞ」


 歩き出したお頭に促されるように、俺はそのあとを付いて歩いた。お頭は狭い路地もスイスイと危なげなく歩いて行くところから、【暗視スキル】持ちだと言うことが確定する。

 そういえば、お頭って【錬金術師】のLvってどのくらいなんだろうか。Lv次第では一般スキルやらジョブスキルやらを大量に所持していることになる。下手をすれば返り討ちに遭うんじゃないだろうか。

 そんなことを考えながら、お頭の安産型のおしりを追いかけていると、


「明日の日の出とともにこの村を出る。ローと一緒に馬に餌をやって、荷物をまとめておけ」

「わかりました」

「ロー、明日もおまえが先行しろ。森を北に突っ切る」

「ウン! トーダはボクと一緒でイイノ? お頭。明日の朝にはトーダの鉄手錠を外していいんだよネ」

「……ああ。そいつから目を離すな」


 お頭がチラリと俺を振り返る。

 

「アンジェリカの所に行っていたらしいな。おまえがあの家からこそこそ出て行くのを見たと報告があった」


 …………。

 お頭が歩く速度を緩め、俺の左隣を歩く。いつの間にか右手には拳銃が握られているが、引き金には指が掛かっていない。

 撃つとしたら……脚だろうか。どちらにしろ、ロー公の槍の届く範囲での暴挙はキャンセルされるはずと信じたい。


「おや? アンジェリカは死んだって【質問ゲーム】の時に聞きましたけど、生きていたんですか?」

「とぼけているつもりか。あの女となにを話した。正直に答えろ」


 お頭が撃鉄をカチリと落とす。


「……お頭が何を言っているのか、俺にはわかりかねます。俺はアンジェリカが死んだとお頭から聞いていて、それをずっと信じてきました。アンジェリカは生きていたんですか?」


 さすがに『知らない』というのは無理があるだろうが、おそらくお頭はロー公からその報告は受けていない。なんせ、あの家からはアンジェリカと一緒に出てきたのだ。もしも見つかっていたのなら、こんな回りくどいことをせずに、盗賊全員で死体置き場モルグを襲撃するはずだろう。


「あくまでしらを切るというのだな? トーダ……」

「ロー公先輩。俺は最初から最後まであの家でせっせと遺体の『浄化葬』をしてましたよね?」


 俺は後ろを歩くロー公に呼びかける。


「ウン! トーダはずっとボクと一緒だったヨ! ……お頭はネ、ボクがトーダはどこにもひとりで出かけてないよって言ってるのにゼンゼン信じてくれないんだヨー」

「…………」


 お頭は当てが外れて悔しそうに唇を噛む。

 お頭にとってロー公は、従順で【自分には嘘をつかない存在】なのだろう。まあ、俺が登場するまでは実際そうだったのだと思う。俺はそれを逆手にとって利用したまでなのだが。


「で、どうします? アンジェリカが生きているのなら、お頭立ち会いの下、【選出者】3人だけで会いませんか? 俺も彼女にさよならの挨拶くらいしておきたいところなのですが」


 俺は計画には無い“釣り針”を投げ込んでみる。餌は疑似餌だが、もしも食らい付いてきたら釣り竿ごと手を放すつもりでいた。


「……【選出者】3人でか。…………クククッ。いや、それも面白い試みだが、やめておこう。わたしはただ、窓から連中の馬鹿騒ぎを見ていて、新入りであるおまえが参加しないまま催しが終わるのはもったいないと思ったから、わざわざ呼びに来てやっただけだ。アンジェリカのことなどどうでもいい。生きてようが死んでようがな」


 お頭はそう言って薄気味悪く笑うと、撃鉄を戻した。腰のホルスターの中に銃を仕舞ったところで、俺はようやく安堵の息をついた。

 そのまましばらくは無言で歩いた。ロー公が何かを発見しないかヒヤヒヤしたが、視線が合うと、お頭に嘘をついた後ろめたさからか、目をそらされた。

 やがて広場のキャンプファイヤーばりの炎が見えてくると、次第に盗賊どもの騒ぎ声も大きくなってきた。

 盗賊達はなにかゲームに興じてるようだった。もちろんピコピコではなく、どうやら弓での【射的しゃてき】のようだった。へっぴり腰のパビックが、サブンズから教官のようにあれこれ指導を受けている。

 どうにか弓の構えになったパビックが矢を射ると、どうやら外れたようで「ああ~」と言う落胆と同時に、罵声と下品な笑い声がパビックに見舞われた。

 サブンズに小突かれたパビックは「難しいっす」とか地団駄踏んでいる。


「どうだ、トーダ。わたしと賭けをしないか?」再び前を行くお頭が言った。「あの射的で標的を仕留めたら、『なんでもひとつだけ相手の言うことを聞く』と言うのはどうだろう」

「拒否権があるのならその勝負受けてもかまいませんよ」


 今度はそうきたかと思い、俺は牽制を出す。お頭はあの手この手で俺を平伏させようとしてくる。実はさみしい人なんだろうか。


「ふん。まあ、無理にとは言わないさ。【射的ゲーム】は簡単だ。矢を射って“的”に当てて、標的の息の根を止める。ただそれだけだ――」


 俺は嫌な予感がして駆け出すと、盗賊どもがたむろっている所まで向かった。


「……なんだ、おまえも参加するのか? トーダ」


 サブンズが怪訝そうな顔で俺を見た。サブンズだけではない、そこに居た全員が俺の登場に一瞬目を丸くしたが、次の瞬間、大歓声が起こった。みな、俺を囃し立て、掛け金の相場が行き交う。

 俺は目の前にいたサブンズに挨拶しながら、“的”に目をやった。

 息を呑む。いや、うまく飲み込めず、俺はそこに立ち尽くしてしまう。

 全身に矢を受けて、なおもフラフラと立ち尽くすアドニスの姿が、そこにあった。

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