第57話 わずかな亀裂
作戦Part2の説明は、アンジェリカが料理を全部食べ終えると同時に終わった。
続いて、俺はチョークを取りだすと【記憶】を頼りに村の簡単な見取り図を部屋の壁に描いた。【地図作成スキル】はアンジェリカの持ちネタだが、目隠しをされていたので地図は描けないとのこと。
完全にタイムオーバーだが、乗りかかった船なのでこのまま進むことにする。
たとえ俺たちの船が泥船だろうが、向かうのは大海原ではなく、火の海だ。【火中の栗を拾う】って言うか、……よく錬られた泥船はさぞや立派な【焼き物】になるだろう……って何の話だ。
アンジェリカからいくつかの質問に答えて微調整をする。やはりなかなか頭がいい。あと、アンジェリカからアイデアと意見を取り入れる。だいぶ
それでも作戦は順調に進んだ。アンジェリカもチョークを手に壁にチェックを入れ、アーだ、コーだと話し合う。
「じゃ、行くか」
俺はチョークの粉の付いた指を毛布で拭った。
作戦Part2が完成した村の見取り図をジッと見つめ、【記憶】する。満足そうにお腹を撫でているアンジェリカに「いいか? 消すぞ」と聞いてから、毛布を使って『計画書』を簡単に拭った。
俺はランプを持ち、アンジェリカは食器を持って部屋を出た。アンジェリカはあとでもう一度この部屋に戻って来ることになるのだが、二人で一度外に出ることにする。
食器を洗い場に置き、外に出た。月は高々と昇り、煌々と辺りを照らしていた。「わぁ……」とアンジェリカが感嘆の息を漏らした。
ダダジムを先行させたので、辺りに盗賊の気配が無いのはわかっている。それでも俺は盗賊どもの止まない馬鹿騒ぎに耳をそばだたせ、気を張った。
「じゃあ、アンジェリカ。合図したら作戦開始な。まだしばらく時間が掛かるかも知れないけど、準備だけは怠らないでくれ」
「わかったわ。タカヒロも気をつけるのよ」
すっかり気を取り直したアンジェリカが、胸をしゃんとして応える。
「なら、レッグ。行動を開始しろ。なるべく多く集めるんだ。行け」
「クルルルルル……」
レッグがウサギのようにぴょんぴょんと駆けていく。レッグの足では隠密行動には向かないだろうが、雑用なら難なくこなせそうだ。
「じゃ、俺たちも行くか、ダダジム4号」
「いいかげん、その『4号』とかやめたらどう? レッグみたいに名前をつけてあげたらいいじゃない」
メリセーヌしか名前をつけなかった人が、俺に苦言を言う。
「う~ん。まあ、そのうちな」
何かきっかけが出来たら名前をつけてやろう。しかしまあ、こいつらの性別もわからないしな。だいたい、レッグ以外の4匹は姿形がおんなじで、まるで見分けが付かない。おそ松さん状態だ。……こいつらにも性格ってあるのかね?
「よし、アンジェリカ。作戦開始と行こうぜ」
俺は拳を握り、グッと前に出した。だが、アンジェリカは微笑み、手のひらを見せた。
ややあって、俺も手のひらを開くと、アンジェリカが勢いよくその手を叩いて鳴らした。パアン、という小気味よい音が辺りに響いた。
俺は慌てて辺りを見回すが、ダダジムの反応を見てホッと胸をなで下ろした。
「お、おい、アンジェリカ。音が……」
「【孤掌鳴らし難し】って言うでしょ? 開戦の狼煙よ。これくらい派手に行かなきゃ、やってられないわ」
「まったく。……合図したら、頼んだぞ。躊躇するな」
俺はびりびりとシビれる手をグッと握りしめる。
「しないわよ。特に最初はね」
アンジェリカは灯りの漏れる家を一瞥すると、ふん、と鼻を鳴らした。どうやら大丈夫そうだ。
「アンジェリカ。ナイフあるか? 出してくれ、これと交換しよう」
俺は腰の道具箱から、ファイヤーウルフの皮を剥いだ時に使ったナイフを取りだした。
「いいけど、交換するの?」
「ああ。たぶんこっちの方がいいだろ。鞘もあるし、トルキーノのナイフは“投げナイフ”用だからな。こっちのナイフは切れ味抜群だ」
「……そう。まあ、タカヒロがそう言うのなら交換するわ。ありがとう」
俺は鞘付きのナイフをアンジェリカに渡すと、代わりにトルキーノの投げナイフを受け取る。いや、決してアンジェリカのおしりの下にあったから欲しかったわけではなく。あとで匂いを嗅いだりペロペロはしないわけで。
一応、刃の部分を包帯でくるむと、道具箱にしまった。これで準備万端だ。
えどっこいしょ、と俺はダダジム4号の背に後ろ向きに乗った。
「ダダジムに乗っていく気なの?」
「いかにも」
「あきれた人ね……。ダダジムが可哀想じゃない」
アンジェリカが腰を手に胸を張った。合図をするとダダジムはゆっくりと走り出した。
「アンジェリカが言うな。そもそもアンジェリカがダダジムタクシーを発明したんだろうが」
「何よ、ダダジムタクシーって? 私は6体でひとりを運ばせていたの。あなたのそれって6倍以上の労働じゃない――」
アンジェリカが遠ざかる。こういうときって前後逆乗りだと振り返らないですむし便利だ。
家の角を曲がると、すぐにアンジェリカ姿が見えなくなる。
「平気だよな? 4号」
「クルルルルル……」
ダダジムがいつもと変わらない調子で鳴く。
夜風が頬をくすぐる。ロー公のやつはまだ寝ててくれてるかな? 淡い期待を胸にダダジム個人タクシーは進む。もし寝てたら4号に死体の切れ端でも駄賃に与えておこう。
そんなことを考えていると、夜風を受けて胸元がひやっとした。アンジェリカの涙と唾液と鼻汁だ。結構ぐっしょりと濡れている。
俺はアンジェリカのおっぱいを思いだしながら、月を見上げた。
ついでにクンクンと胸元の臭いを嗅ぐ。
今度はロー公に気づかれないように、女の臭いを消しておかないとな。
家の中には大小4つの部屋があり、うち2つの部屋の死体は片付けた。今からもう半分の死体から【魄】を抜き取る作業を始めなくてはいけない。一人当たり実質20秒ほどだが、事後ぽけ~っとしてしまうので2、3分のロスが出ることがある。全部終わるにしても、結構時間が掛かるかも知れない。
ロー公は、部屋を出た時のまま死体の服で覆われていた。【記憶】してあるので服を引っぺがして、移動して、また元通りに服を被ったというわけでもなさそうだ。一安心か。
俺は部屋の中に安置された死体を見渡し、品定めを始めた。理想のナイスバディな死体は無いかと一体一体見て回る。ダダジムは隣の部屋を見ているはずだ。しかし、見事にお年寄りばかりで泣けてくる。アンジェリカもあと40年経てばこんな風になるんだろうか。
「トーダ。どこに行ってたノ? ずいぶん遅かったヨ?」
起きていたのか、急にロー公が話しかけてきて、ギョッとする。振り返ってみても、ロー公はすっぽりと服に覆われたまま、身じろきひとつしていない。
「あ――ああ、まあ、ちょっとね」
「ボクもう起きてもいい?」
「もう少し寝てなさい」
「ハーイ。……デモ、ちゃんと答えテ。トーダはどこ行ってたノ? ボク、お頭に報告するように命令されてるんダ」
「……ロー公先輩は起きてたのに探しに来なかったんだ」
「ダッテ、トーダは起こすまで起きちゃ駄目って言ってったでショ? ボクちゃんと守っていたヨ?」
そういえば、そんなこと言ったか。忘れてはいないけど、律儀に守るとは思わなかった。
「最初はおしっこかなーって思っていたんだけド、全然帰ってこないシ、ずっと心配してましタ」
「ごめんごめん。…………じゃあ、俺がどこに行ってたか当ててみて?」
俺はロー公に背を向けたまま、そんな質問を投げかける。内心、頭フル回転でいいわけを探しているのだ。
「イイヨー。エートネ。……くんくん。くんくんくん。くんくんくんくん」
ロー公が頭から被せてあった服を外すと、近寄ってきて、クンクンと臭いをかぎ始めた。一応、俺の上着は他の家から失敬した上着に着替え、ダダジムを思いっきり服にこすりつけて臭い消しに使った。アンジェリカの匂いは消せたはずだ。
「くんくん……最初に嗅いだことのある臭いだゾー。トーダの“知り合いのペット”の臭いだ。会いに行ってたノ?」
「というか、ここにいるんだけど。……ダダジム、ロー公先輩に挨拶しなさい」
俺の呼びかけに、死体の陰に隠れていたダダジムが姿を見せ、「クルルルルル……」と鳴くと、ロー公に頭を下げた。
そして、ダダジムは俺を見るとハーイと手を上げた。どうやらお目当ての死体が見つかったらしい。
「ドーモ、コンニチハー! ロー・ランタンデス。ハジメマシテー」
深々とダダジムに礼をするロー公。俺に振り返ってにっこりと、
「オイルを食べたのはコイツダー。だっテ、この子の口からオイルの臭いがするモン。お頭に報告しマース」
「――――」
俺は戦慄する。さっそく俺の完璧な計画にでかい亀裂が入った。
平常心スキルで表情には出ていないだろうが、頭の中ではまずいまずいを繰り返している。
「……おー、すごいね。どうしてわかったの?」
食事のあとは歯を磨かせておくようにとしつけるべきだったか。それともここの死体をまず食べさせるべきだったか。どのみち指摘を受けてから後悔しても遅い。
「でも、そのオイルってヤツが死んだあとにその肉を食べたかも知れないでしょ?」
「ボクねー、臭いで【生きたまま食べられた動物がわかる】のダー。ボクの集落だと普通のことだし、僕の家族もみんな出来るヨー。だからつまみ食いも出来ないんだヨー」
テシシシシシシッと笑うロー公。おそらくそれは【スキル化】したロー公の種族の能力だろう。“生きたまま”っていうのがミソだ。直食い以外わからないとか使い勝手が悪すぎる。
しかし……まずいな。これがお頭にバレたら計画が根底から崩れるぞ。
アンジェリカに計画の中止を伝えるべきか。ダダジムを集結させ、彼女と小僧をこの村から脱走させるべきか。そうなれば……間違いなく俺は殺される。
もしくは両足を切り落とされて、両目をえぐり取られるくらいの拷問は受けそうだ。
やっぱり、ロー公は【ジョーカー】だ。
俺の計画にはロー公の存在は必要不可欠だが、同時にこういうリスクもあるのを計算しておかないといけなかったか。
トランプゲームの場合、【ジョーカー】は切り札でもあり、そして勝負を決める最後の切り札でもある。ゲームの内容によって、その存在は大きく変わる。お頭の情報を探ることも出来るが、同時に、お頭に情報が伝わってしまうことがある。
「トーダの言ったとおり、黒いネー。デモ、コイツって昨日道でロードハイムが斬り殺したヤツでショ? まだいたんダ」
「ミサルダの町では結構飼われているペットみたいですよ」
「フーン? ……スンスン。くんくんくん。……? くんくんくんくん」
ロー公が臭いを嗅ぎながら俺に近づいてくる。
「な、なんですか?」
「くんくん。……ワカッタゾ! トーダも、あの女の所に行ってたんだネ! 通りでなかなか帰ってこないと思っタ。テシシシシシシッ!」
――完全にバレた。俺の計画が破綻する。
口元を手で隠し、ニヨニヨと笑うロー公に、平常心スキルがちょうど切れたのか動揺を隠せなくなる俺。
心臓がバクバクし出し、額から汗が噴き出してきた。
しまった。アンジェリカの匂いでバレたか。ロー公の嗅覚を侮っていた俺のミスだ。このことをお頭に知られた時点で、俺は死刑確定だ。
どうする? ロー公に取り入って見逃してもらうか? どっちを? 俺か? ダダジムか? それともアンジェリカか?
ロー公はそんな俺を
「そっカー、トーダもあの女の所に行ったんダー。トーダはみんなと同じ人族だシ、“同僚”になったんだもんネ。みんなと同じコトしたいもんネー。お頭がネ、「あの女の所にトーダが近づいたらすぐに知らせろ」って言ってたんダ! でもネー……。テシシシシシシッ!」
「…………っ」
じらして追い詰めているつもりなのか? それとも俺に『交渉のテーブル』につかそうとしているのか? 「このことをバラされたくなければ、俺の言うことを聞け」みたいな。
ちらちら俺の股間に目をやるロー公が何を企んでいるのか知りたくない。
「テシシシシシシッ!」
ロー公はいたずらっ子っぽい目で笑っている。
……敢えてアンジェリカから相手をした奴らの名前を聞かなかったが、この様子だとロー公も含まれていそうだ。
…………あれ? 『ロー公も』?…………あれれ?? なんか今すごい違和感を感じたぞ?
「そ、そういうロー公先輩もアンジェリカの所に行ったんですか?」
「ウウン。ボクは行ってないヨ? トーダも“セックス”がしたかったんだネー。テシシシシシシッ! イイヨー、ボク、そういうのに口は堅いから秘密にしておくヨー。プププッ」
ペシペシと肩を叩いてくる。おっさんか!と普段ならツッコミを入れるところだが、今はそんな気分じゃ無い。俺は「鑑識オン、俺」そして平常心スキルを入れる。
ロー公がその呟きを拾ったのか、肩を叩く手を休め言った。
「トーダも時々おかしなこと呟くんだネー。お頭も時々そんなこと呟くヨ」
「……たぶん、信仰している
手のひらの上で踊っているって言う意味だけど。
「そうなんダ。ン~。でも、お頭は『神さま』嫌いだって言ってたヨ」
「女性の『嫌い』は当てになりませんから。信じるなら女性の舌打ちですね。百年の恋も冷めます」
「フーン?」
いやそれよりも、
「ロー公先輩って“セックス”って言葉知ってたんですか?」
「知ってるヨー。男と女で赤ちゃん作る儀式でショー。そんなの常識だヨ!」
エッヘンと胸を張るロー公。――はい。その通りです。赤ちゃんを作る行為以外の何ものでもありません。ですが、皆さんその過程が大好きで大事なのです。
「トーダもあの女との赤ちゃん欲しかったんだネ! たくさん生まれるといいネ! テシシシシシシッ!」
発情した雌猫に群がる雄猫とか、そういうのとはちょっと違うんだよ? あれは雄に噛みつかれてても基本的に受け入れ側は“ばっちこい”状態なんだから。DVとはすべてが違うよ。
「……ちなみにロー公先輩の性知識は誰から教わりましたか?」
「? お父ちゃんとお姉ちゃんと、エート、集落のみんなと、あとはハルドライドとか同僚のみんなだヨ! セックスすると女のお腹が大きくなって赤ちゃんが出来るんだヨ! ボクのお姉ちゃんもセックスして赤ちゃん産んだんだって言ってタ!」
あっけカランとした家族なんだろうか。それともロー公がそんな風に思っているだけなのか。耳年増の小学生女子って感じがすごくするんだけど。
「ちなみにボクも、お父ちゃんとお母ちゃんがセックスしたから生まれたのダー」
「……へー。わー、すごーい……。神秘的ー」
得意満面なドヤ顔で語ってくるロー公だが、そもそもそれは生命の誕生とかであって、性知識とはまた別のような気がします。
今更そんなロー公以外全員知っているようなこと聞かされても対応に困ります。
「あの、このことはお頭に秘密にしてくれるって言いましたよね。……本当ですか?」
「ウン! 秘密にしてあげるヨー。お頭はセックスのこと嫌いみたいなんダ。セックスを見つけると、『わたしの目の届かないところでやれ』だっテ。お頭もみんなと一緒にセックスすればいいのにネ」
…………。ふむ。これは。ふむ……。
「……うわー。それってきっとお頭はセックスのこと大嫌いで、しかも憎んでいるね。きっと親兄弟をセックスに殺されたに違いない。それか小さい頃にセックスに追っかけられたり、虐められてきたんだよ」
「ウン。ボクもそう思うヨ。いつもセックスの話になると、小さく舌打ちしたり、眉間にしわを寄せたりしているモン」
「う~ん。それはまずいな。お頭に大きなストレスを与えているな」
――俺たちは何を言っているのだろう。
理性が俺の頬を引っぱたき、正気に戻れと叫んでいる。ふと我に返りそうになるが、そこはグッと堪え、もう少しこの狂気に付き合ってもらう。
ロー公は秘密にするとは言ったが、嘘が下手な共謀者は信頼できない。
「これ以上、お頭にはセックスに関する情報は与えない方がいいと思う」
「そうなノ?」
「お頭が部屋でひとりで食事しているのを知っているでしょ? あれって何でだと思う?」
「お仕事してるって言ってタ!」
ロー公が元気よく手を上げて答える。
「うん、その通りだ。でも、もうひとつ理由があると思う。ロー公先輩はハルドライド先輩が女好きだってこと知っているよね。今回もあの女の所によく出入りしてたでしょ?」
「ウン! みんなあきれてタ! 『あいつは頭の中に精液が詰まっている』んだっテ! ビョーキだって!」
「それはビョーキで間違いないですけど、ハルドライド先輩が女の話をしている時、居合わせたお頭の表情はいつもどんな感じだった?」
「いつも眉間にしわを寄せているヨー」
「でしょう? でもそれはハルドライド先輩のことが嫌いなんじゃなくて、単に『セックスを頻繁にしている男』が嫌いなんだと思う。ネクロマンド族の人にはわからないかも知れないけれど、人族のお年頃の娘さんは――お頭の年頃の女性は、セックスに関して忌避感を持つんだ。……さっきロー公先輩がお姉さんのこと話してましたよね? 年下の男はちょっと嫌ってやつです」
「ウン! お姉ちゃん、本当は年上好きなんだって言ってタ! 『どいつもこいつも弱すぎる』ダッテ!」
…………。
「それは違うような気もしますが……。まあ、お頭も結婚するまでは自分を戒めて、セックスを遠ざけるようにしているんだと思うよ。男と一緒にいたりすると、セックスして子供出来ちゃうからね。特に、お頭のような高貴な出の人は厳しいんだ」
「アアー! そうだったんダー!」
ロー公が突然大声を上げた。わなわなと手を震わせ、何かに気づいたのか、驚愕した表情を見せる。
「? まあいいや。でも、お頭の隣にいつもいるアーガスさんは、ハルドライド先輩みたいに女性に対してみだりにセックスしようとしたりしませんよね?」
「ウン! アーガスは元々盗賊じゃないってみんな言ってたよー。デモ、弟が盗賊やってたから盗賊になったって聞いたことあるヨー」
なんか背後関係まで見えてきたな。まあいいや、とりあえずそろそろ締めておこうか。
「つまりね、お頭と仲良くするには【セックスしてない男】っていうのが条件みたいなんだ。アーガスさんみたいにね。ロー公先輩は俺とお頭、仲良くしてもらいたいんですよね?」
「ウン! トーダもお頭も、どっちも大切だヨ! 万事仲良くだヨ!」
「うん、そうだね。でも、ロー公先輩が『トーダはあの女の所に行った』ってお頭に報告したら、お頭どう思うかな?」
「ウーン。お頭は、『トーダ嫌い』ってなっちゃうネ」
心なしかしょんぼりとした感じになるロー公。
「お頭はさっき『わたしとセックスできるか?』って聞いてたのにネ。トーダも『はい』って答えたのに、トーダがあの女の所に赤ちゃん作りに行ったのをお頭が知ったラ、きっと怒っちゃうネ」
「……そうそう。俺が言いたかったのはそういうことなんだ。だから、お頭には絶対秘密にしなきゃいけないんだ。俺もお頭とは喧嘩したくないしね」
「ウン! わかったヨ。お頭には絶対言わないヨー」
「よし。じゃあ、お頭に『トーダはあの女の所に行ったりしてなかったか?』って聞かれたらどうする? さんはい!」
「トーダはちゃんとボクと一緒にいて、ずっと死体のお掃除してたよって答えるヨ!」
――洗脳完了。やはり『理由付け』がないと、嘘をつかせるというのは行き詰まる。「トーダが言わないでって言ったから言えない」では、時限爆弾と同じだ。
あとはダダジムをどうするかだけどな。……とりあえず、計画は続行させるか。アンジェリカも待ってるだろうし。
俺は目でダダジム4号に合図を送る。4号は小さく頷くと、ととととーっと部屋から出て行った。
「じゃあ、俺はこれから【浄化葬】に戻るけど、ロー公先輩はまだ寝てていいから」
「ウウン。もう眠くないし、トーダが『浄化』した死体が、じゅわじゅわーって融けちゃうのが面白いから見てるヨ。何かお手伝いすることアル?」
「なら、そうだね。『浄化』のあとは俺が少しぼんやりすると思うから、軽く肩を叩いて気づかせてほしいかな? あと、イチイチ場所を動きたくないから、右手の位置に次の死体を運んでもらえるとうれしいんだけど」
「ウン! イイヨ」
「じゃあ、さっそく後半戦行きますか」
俺は目の前の死体に手を合わせる。――と、
「トーダは、お頭と仲良くしたいんだよネ? 傷つけたりしないよネ? お頭のこと、一緒に守ってくれル?」
「もちろん」嘘だけど、ある意味ホント。
頭に手を置いた。
お頭には悪事を続けてもらわなくてはいけない。
錬金術師として、俺のために。
――「ほんにマチルダさん、力持ちやわぁ。アンタどこの生まれなん?」
――採れたばかりの新鮮な野菜を木箱に詰め、その木箱をマチルダさんに貯蔵庫に運んでもらっていた。ウチはクワと収穫の道具を胸に抱えて運んでいたが、マチルダさんは4つの木箱を軽々と両手に持ち平気そうな顔で答えた。
――「私はですねぇ、この国から西に4つも国を
「そうなんですか? この国では王都で見かけたのを最後に、同族にはあってませんねぇ。私はロッドが出来てから約10年間、この村を離れたことはありませんから。……ロッドもあと2年もすれば王都に行きますからねぇ。いつかお嫁さんを連れてこの村に戻ってきてくれるといいんですけど」さみしそうなマチルダさんの横顔に、ウチは目をそらした。
――「あはは。そのときまでこの村があるといいがね。……いつの間にか年寄りばっかになってしもて、マチルダさんおらんかったら野菜も運べん」「ずっと私が運びますよ。……昔っから怪力娘って呼ばれてましたから」マチルダさんが陽気に笑う。
――「アンタも、ロッド坊と一緒に王都かミサルダの町に行ってもええげんよ」本心から言葉が出る。マチルダさんは未婚の母だと言うことは知っていた。例え国の法律が王都に子供を集めても、親ひとり子ひとりのこの家族を離すのは忍びないと、そう思った。
――短い沈黙のあと、マチルダさんが口を開いた。「……この村はのどかでいい村ですから。私はここで皆さんと一緒がいいんです」「ほうかね。あんやとね、マチルダさん」「いえいえ」
――貯蔵庫の中に木箱を運び込んでいると、突然、外からドーンと音がした。すぐに二人で空を見上げると黒い帯状の煙が上がっていた。「なんやろうか……? マチルダさん、わかるけ?」マチルダさんは険しい表情でその黒煙を見つめていた。
――「……村のみんなを広場に集めようとしているみたいですね」「ウチらも行ってみんけ」「手段が強引すぎますねぇ。……ヨアンさん、これはひょっとすると【悪い連中】が悪さをするためにみんなを集めているのかも知れませんね」
――何を言っているのだろうとマチルダさんを見るが、マチルダさんの表情は真剣そのものだった。「ヨアンさん、ちょっと私が行って見てきます。ヨアンさんはロッドを見つけたら【指輪】を早く返すように伝えてください。あの子、私のを持ち出してしまったみたいで……」
――「【指輪】て、アンタが指輪をしてるとこ見たこと無かったけど、なんかの【ジョブ】に就いとったんけ?」「ええ。ここに来る前は【冒険者】をしていましたけど、子供が出来たのを機に落ち着こうと思いまして。では、ヨアンさん、ロッドはまた鉱山入り口で棒きれを振り回していると思いますので、すみませんが、お願いします」「ええよ」ウチが快諾すると、マチルダさんが深々と頭を下げ、黒い煙に向かって走って行った。
――ウチはみんなとは逆の方角へ歩き出した。「なんやろかなんやろか」そう呟きながら歩いてくる人とすれ違うたび挨拶をする。何人かに一緒に行こうと誘われたが、後から行くと答えた。そしてようやく鉱山入り口にたどり着いた。ふぅふぅと汗を拭きながらロッド坊を捜す。鉱山入り口と言っても、岩肌にでかいトンネルがあるわけでもない。ただ、村の端にあり、鉱山へ続く道があった名残があるだけだ。今は封鎖され、通れなくなっている。
――ロッド坊、そう呼びかけても返事は無い。しばらく名を呼びながら捜したが、現れる気配が無い。いつも振り回している木の棒も『立ち入り禁止』の看板に立てかけられている。どこかに行ってしまったのだろうか。諦めて戻ろうとすると、何かが落ちているのに気がついた。それは【指輪】だった。
――どうやらロッド坊がここに持ってきて、落としていったらしい。仕方の無い子だ。これがマチルダさんの言っていた指輪に違いないだろう。ウチはポケットに指輪を仕舞うと、ロッドの名を呼びながら戻ることにした。
――村の中央の方がなにやら騒がしい。なんやろうか。その前にマチルダさんの家に寄って指輪を届けておこう。そう思い、大通りからそれて、よく手入れされた小道を歩く。マチルダさんの家のそばには、最近めっきり見なくなった子供の服が干してあった。ドアを開けて玄関に入ると、先に届けられていたいっぱいの花が目にとまり、その芳醇な香りが鼻腔をくすぐった。ロッド坊が母親のために摘んできたのだろう。
――ふいに、自分の息子のことを思い出し、いたたまれなくなり、ウチはその花の近くに指輪を置くと、そそくさと玄関から出た。12歳になった息子が【適性検査】のために村を出て行って、そのまま王都で暮らし始めて、それからずっとだ。息子はそこで成長し、結婚をし、そのまま家を建てた。ごくたまに孫を連れて会いに来るものの、主人にも先に逝かれ、寄る辺ない暮らしをしている自分には酷な光景だった。だけどそれは、この村のどの家も同じだった。子供達は先の無いこの村を離れ、新しい土地で暮らし始める。そして……戻らない。
――なんとなく、疲れてしまい。とぼとぼと帰路に向かう。村の中央からは相変わらず、わいわいと騒がしい。時折悲鳴も聞こえてくる――悲鳴?!
――自分の家に向かうのをやめて、急いで引き返す。と、目の前をトレミントさんが普段見せないような顔で横切っていった。どうしたんだろうと思う。しばらく道に沿って行くと、誰かがドカカドカカと村の中を馬に乗ってやってくる。
――久しく聞くことの無かった馬の蹄の音に、ふいに昔のことが思い起こされた。昔々、まだ鉱山が盛っていて、一番人通りが多かった頃だ。【適正】に落ちた12歳の自分と、同じく【適正】に落ちた主人たちと一緒に、来た時と同じように馬車に揺られ村に戻っているのだ。【適正】が合った子供以外は全員村に戻ることを希望した。村には働く場所があり、親兄弟がいて、学ぶ場所もあった。鉱山があって、何より“家”があった。
――騎乗した男が自分をみとめ、ゆっくりと近づいてくる。ウチも足を止めた。
――ふと、今度は主人が山羊の背に息子を乗せて歩かせていたのを思い出した。きゃらきゃらと笑う息子を声を思い出す。息子は山羊に乗るのが好きだった。少しだけ目頭が熱くなった。
――それをごまかすようにウチは「村の中では馬に乗らないでおくれ」そう注意をした。
――少しだけ主人と息子に似ていた男は、目を輝かせながらこう言った。
――「12人目っと」
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