第55話 ネク×召喚同盟

 毛布の中で足をばたばたさせるアンジェリカ。その顔は憑き物が落ちたような先ほどよりもずっと幼い顔に見えた。


「いつ気づいたの? 私がナイフ持っているって」


 アンジェリカは毛布に顔を半分埋めながらこちらに聞いてくる。


「ん~。アンジェリカが自分でお股を広げて腰を浮かせてくれたとき、かな?」

「それって最後まで気づかなかったってコトじゃない! エッチ!」


 アンジェリカが毛布の中でばたばたと暴れ、憤慨する。いやぁいいモノ見せてもらったよ。ごちそうさま。欲を言えば、くぱぁして欲しかった、くぱぁ。


「わかるわけないだろ。だから毛布外してもらって、見当たらなかったから腰浮かしてもらったんだ。絶対何か隠してるって思ったからな」

「護身用に持っていただけよ。だって指輪を外されて、私は【召喚士】じゃなくなったのよ。身を守るために武器を持ったっていいじゃない!」

「ん~。だって、さっき逃げていったパビックが、もし仮に俺を押しのけてアンジェリカに覆い被さってきたら、相手する?」

「…………しないわ」


 ギッ、と力強い女の目で俺を射貫く。

 俺は壁にゴンと後頭部をぶつけながら答える。


「殺すだろ? そのナイフで。……パビックが『そこに居るのは誰だ』って聞いた時でも、アンジェリカの目は戸口じゃなくて、俺に向いていた。――俺に救いを求めていた? 違うな。アンタはそのときすでに【俺もついでに殺す算段】をつけていたんだろ」


 壁際からベット中央アンジェリカまでの距離はわずか2mほど。ここが一番出口から近く、アンジェリカから遠い。もしものときダダジムが反応してくれて、未然に防げる距離だ。


「……うふふっ。やあね、私がタカヒロを殺そうとするわけないでしょ? タカヒロは私の命の恩人なんだから」


 アンジェリカは陽気に笑いながら言葉を紡ぐ。まるで、おまえは大嘘つきだとでも言いたげなかおだった。


「怪我を治してもらって、情報までくれて。……逃がしてくれる計画まで立ててくれた人に、指輪を持っていない私がどうして殺そうと考えるのよ。そんな恐ろしいこと思っていないわ」


 髪を掻き上げるアンジェリカ。ぼさぼさだった髪がなぜか整っていく。

 フ~ン、しらを切るんだ。じゃあ、い~らないっと。


「まあ、いいけどね。……じゃあ、帰ろうかダダジム。おまえの“元”マスターとはこれでお別れだ。今まで散々こき使ってくださりやがって覚えてろこのやろーって言ってやりなさい」

「クルルルルル……」


 ダダジムがアンジェリカにぺこりと頭を下げた。そして、トトトトトーっと俺の元まで歩いてくる。


「ちょ、ちょっと待って! 本当に行ってしまうの?!」


 アンジェリカが、今までにない慌てた様子で、声をうわずらせた。

 俺はくるりと踵を返すと、アンジェリカに背を向けた。戸口に手をかけて、最後の情けをかける。


「会うのはこれで最後だ。あとでダダジムに部屋の前にバケツに入った豚の血と内臓を運ばせるよ。…………じゃあな。俺の計画に“偽物”は要らない。アンタは早く諦めて『リタイヤ』した方がいいよ。誰もいなくなったこの村で、いちからコツコツとやり直すといいさ」


 たぶん、それが一番長生きできる方法なのだと思う。指輪が年に10人の【選出者】を引き寄せる効果があるのなら、持っていない方がいい。

 そして、部屋から一歩外に出たところで、彼女が敗北ギブアップを宣言した。


「……どうしてわかったの? タカヒロを殺そうと思ったって」

「“相手の立場に立って、相手の気持ちを理解しようとした結果”かな?」

「答えになっていないわ。私にあまり辛くしないで。これでも色々傷ついて、それでも頑張っているんだから……」


 アンジェリカは毛布に顔を埋めると、いやいやするように顔を振った。どうも本気でしょげているみたいだ。まあ、ほんの数分まで生死の境を彷徨っていたんだ。それに女の生き地獄ってのを味わったはずだ。これ以上虐めるのは可哀想かも知れない。


「さっきのパビックをベットに引き込んで刺し殺す。そのどさくさで俺を刺し殺すつもりだった?」

「…………そうだったかもね」


 おや、神妙な態度。そうそう女は素直が一番可愛い。俺は風のナイフを鞘に仕舞った。ひとつの灯りが消え、部屋は再び小さなランプの光源だけになる。


「理由は、ダダジムの所有権争いだろ。俺が生きている限り、ダダジムは俺の言うことしか聞かない。元マスターであるアンタとしてはそこが気に入らないわけだ。指輪をしていない以上、この先どうしようもない。そこでアンタは考える。指輪を失った今、頼りになるのは【俺】か【ダダジム】だけだ。起死回生を狙うには指輪が必要不可欠だ。……しかし、【俺】はどうも非協力的に見える。逃がしてはくれそうだが、完全に保身に走っていて、指輪を探して持ってきてくれそうにない。私はここで終わるつもりはない。なら、答えはひとつだ。【俺】を殺して、ダダジムの所有権を奪い取ろう。指輪がなくても、“元”マスターだ。ダダジムはきっと言うことを聞いてくれるに違いない。どうにか操って指輪を探させよう…………ってなところだろ。アンジェリカ」

「…………ふふふっ。あなたの中ではずいぶん悪い女なのね、私は」


 ちょっとだけ毛布から顔を浮かせて、自虐的な笑みを洩らすアンジェリカ。声が震えていて、目には涙が滲んでいた。毛布越しでも膝を抱えているのがわかった。


「アンジェリカは俺と同じ【転移者】だ。……【転生者】じゃない。元の世界への帰還を強く望んでいる。そんな人間が、指輪を取られたからって『はいそうですか』って諦めるとは思えなかった。自分の人生と他人の命。天秤にかけて、より重いのはどっち? ……そりゃ自分だろ? 手の届くところに【希望】がぶら下がっていたら、それが“他人”のだったとしても、容易く手を伸ばしてしまう。それがこの世界の現実……俺はそれに気づいただけ」


 できれば気づかずにいたかったし、アンジェリカとは友達でいたかった。

 それにしても、よもや助けた直後の女性に『殺すリスト』に入れられるとは思いも寄らなかったな。まあ、怪我が治ってからの態度が少しおかしかったし、俺が明日には村を出ると言った時、アンジェリカの俺を見る目が『感謝』から『観察』に変わっていた。

 女って怖い。マジで怖い。おっかねー。


「あーあ。……もうやんなっちゃう……ばか」


 やけを起こしたのか、アンジェリカがベットの上で大の字になって寝転がった。おっぱいの山ができている。ええい、毛布が邪魔だ。びーちくを出せ、びーちくを。


「……ダダジムを一匹残していくよ。うまく仕込めば料理も洗濯も家庭菜園も何でもこなしてくれるだろ」

「やーよ。……知らなかったの? その子、一週間に一回は人を食べるのよ。今日がちょうどその日。ダダジムは“人”から生み出した召喚獣なんだから。だからタカヒロを見たとき、びっくりしたの。うわー、食べられてないんだーって」


 …………。ほほう。やっぱりコイツのせいだったか。助けるのやめようかな?


「まあ、今のでダダジムが死体を食べちゃった理由がわかった。ダダジムは一匹も返さない。全員うちの子にする」

「クルルルルル……」


 備蓄が自分一体アンジェリカじゃ、来週にはダダジムのお腹経由で天国あのよにお引っ越しだしね。生活能力のない親を持つと苦労するな、おまえら。ウチはいいぞー、盗賊ファミリーは死体量産型だから飽食時代に突入するぜ。来週には肥満体になってるかもな。おっと頭部はパパがもらうからな。

 俺は可笑しくなって少し笑うとダダジムの背を撫でた。「クルルルルル……」と嬉しそうに鳴く。アンジェリカが恨めしそうに俺を見た。


「……タカヒロは私に借りがあるはずよね。だってダダジムを貸してあげたのは私だもの」


 ぬぅ。痛いところを突いてくる。女のくせに破廉恥な。


「たった今返しただろ。死の淵から甦ったのは誰のおかげだよ」

「タカヒロにダダジムを貸し出さなかったら、あんな奴ら私ひとりでやっつけていたもの」


 あっはっは。片腹急性虫垂炎穿孔ちゅうすいえんせんこう。……つまり、片腹痛い。大激痛。むしろ死ぬ。


「無理無理。あいつら戦闘民族サイヤ人だから。今じゃ12人くらいまで人数が減ったけど、それでもほとんどが指輪持ちの【剣士】とか【戦士】とか前衛ファイターだから。ダダジム6体だけで敵うわけないじゃん。むしろ被害が1体と自分だけで良しと思わなきゃ」

「…………」


 あ、やべ。余計なこと言っちゃったか。被害者を前にして言うべきことじゃなかった。泣かせちゃうかも知れない。失言だった。撤回しないと支持率に響く。


「ごめん。今のは悪かった。ごめん。マジでごめん」

「本当よ」

「ごめんなさい。反省してます。許してください」


 俺は膝を付くと土下座をしてぺこぺこ謝った。アンジェリカがむくりと起き上がる。


「だから本当に――って、タカヒロ、なにをしてるの?」


 アンジェリカがベットの上から土下座中の俺を見下ろす。けっして毛布の下を覗こうとしていたわけではない。


「いやだから、ごめんさいって……」

「なに謝っているのよ。だから、本当に私ひとりであんな奴らやっつけられたの。……まあ、すぐに指輪を外されたのは計算外だったけど……」


 シュンとするアンジェリカ。おお、毛布で胸元を隠すその仕草、しおらしいパッキン淑女。いい仕事するねぇ。いけない、早くお頭からスマホ4S借りてこなきゃ。


「いやでも、【召喚士】が戦うっていっても、相手は指輪持ちのサイヤ人だよ? どう考えても勝てるわけないじゃん。それに、アンジェリカのジョブLvはたった8だったし。たぶん、盗賊達はそれ以上だと思うよ。……それに、アンジェリカがどんなにすごい【召喚獣】を喚びだしても、きっと敵わないくらい強いヤツが盗賊のメンバーの中にいるんだ。魔族の槍使いなんだけどね。アンジェリカも知ってるだろ、スキンヘッドの入れ墨で、青白い肌の男」


 ロー公のことだけど、ネクロマンサーって紹介するより槍使いの方がわかりやすいだろう。実際槍で攻撃してるし。


「あら、私ならどんな生物でも殺せるわよ。しかも右手でほんの少し触れるだけで」


 そうそう右手で触れるだけで……って、何言ってんの? 北斗神拳の伝承者なの?


「しかも、指輪さえはめていれば、誰にも私は殺せないわ」

「…………」

「むしろ私を殺そうとすればするほど、結局、地獄に引きずり込まれて死ぬの。魔族でも変わらないわ。右手で心臓の上から皮膚に触れるだけで、殺せるの。本当よ」


 アンジェリカははっきりとそう言った。口ぶりからして結構本気っぽい。

 ……俺にも覚えがある。俺も右手でなら、死者グールの頭にさえ触れれば一撃で消滅させられる。つまり、アンジェリカは――


「アンジェリカ。イザベラに提示されたジョブの中で【呪術師】ってのはあったか?」

「呪術師? ……あったわよ。無属性の説明も受けたわ。それがどうしたの?」


 なるほど、アンジェリカも【無属性】持ちか。……少し期待できるかも知れない。でも、おそらくは戦闘にならない。いくら一撃必殺でも、【召喚士】では“武力系”のスピードについて行けないからだ。右手を切り飛ばされて、殺されるだろう。

 やはり、計画は初期のヤツで行くことにする。


「アンジェリカ、話がある」


 最初はロッドに頼もうかと思った。ロッドは村の生き残りだし、それならミサルダの町もロッドを中に入れて、話を聞いてくれるだろう。だが、ロッドでは少し幼すぎる。すべてを伝えきれないし、理解しづらいこともあり、クレイには届かないかも知れない。

 俺の目的は、バルバ隊長とクレイに俺が盗賊に捕まったことを伝えることだ。おそらくはクレイが俺を追ってくれるだろう、と期待する。まあすべてバルバ隊長次第だが……これも五分の期待度になる。

 そこに、アンジェリカを投下してみよう。ロッドでは伝わらなかったことをアンジェリカが代弁してくれ、クレイと一緒に俺を追ってくれるはずだ。ダダジムタクシーを使えば、おそらく……迷わず俺の所まで来ることが出来るのではないか。

 俺は明日、盗賊どもとこの村を離れる。その先は知らない。……とにかく盗賊から足を洗うには、クレイの力が必要だ。アンジェリカは【記憶スキル】がある。ありがたいことに【必須スキル】と【一般スキル】は指輪のない状態でも使用できるはずだ。実際、ジョブ選択前に【鑑識】をイザベラに向けて使ったことがある。

 アンジェリカに盗賊全員の特徴と名前とジョブを伝えれば、それをそのままクレイに伝えることが出来るだろう。

 そしてクレイならそれを理解して助けに来てくれるはずだ。……たぶん。ネクロマンサーを含め、【幻術士】ほど便利で強いジョブはないと思う。


「なに? タカヒロ」

「俺と【同盟】を結ばないか? 協力して盗賊どもから“自分”を取り戻すんだ」


 アンジェリカはキョトンとして固まるが、すぐにぱぁっと顔を明るくさせた。


「指輪を取り返してくれるの?!」

「俺と【同盟関係】を結んでくれるんだったらな。アンジェリカの指輪を取り返すのに協力するのもやぶさかじゃない」

「やぶさか……」

「気が乗らないけど、やってみるって意味だ。……盗賊のお頭がアンジェリカの【召喚士の指輪】を持っている。たしか識別色は“肌色”だったよな」

「そうよ。……あの女、許さない……」


 アンジェリカはグッと唇を噛んで怖い顔をする。視線が下の方を向いているので、その恨みがどの程度かわからないが、キャットファイトってことはないだろう。

 でも、召喚士と錬金術師だ。ガチで戦ってもせいぜい青タンか髪を引っ張られるくらい……無理無理、刃傷沙汰以外ありえない。レディースの抗争みたいなもんだ。自転車のチェーンを拳に巻いたり、カミソリを指の間に挟んだり、鋼鉄製のヨーヨーを投げたりするんだ。決めゼリフは「おまん、舐めたらあっは~んぜよ」


「やめとけ。お頭は“拳銃チャカ”持ってるし、【錬金術師】だ。量産した銃弾で、ジャンジャンバリバリ撃ち放題だ」

「そう、あの女……【錬金術師】だったんだ……」


 アンジェリカには【質問ゲーム】しなかったのか。


「そういえば、お頭に【アイテムボックス】の中身をよこせって言われなかったか?」

「言われたわ。銃をちらつかせて、脅して。断ったら、銃床で殴られたわ。あの女、絶対殺してやる!」


 おー、怖い怖い。修道女の言うセリフじゃないね。まさに右の頬を殴られたら左の頬を殴り返すタイプだ。いやいや、相手が後ろを向いた瞬間、座ってた椅子で殴りかかるタイプかも知れない。


「結局取り上げられたの?」

「まさか。中指立ててあげたら……『地獄に落ちろ』って言われて、ここであいつらに寄ってたかってレイプされたわ。…………ねぇ、あのとき素直に出していたら許してくれてたと思う?」

「それこそまさかだろ。お頭は基本的に外道だから、どのみちアンジェリカは犯されていたと思うけどね」

「最低!」


 アンジェリカは悔しさを滲ませるように吐き捨てた。でも、うちに溜め込まず言葉に出来るってコトは元気だって言うことだ。本当にショックなヤツはそのまま心が枯れて死ぬ。

 ……ああ、なるほど、確かにアンジェリカに『平常心スキル』は必要ないね。俺はハルドライドに犯されてたら、生きていく自信がないもの。


「それで、【同盟】の話、どうする? 受ければこのまま話をする。受けなければここでお別れだ」

「受けるわ。【同盟】。もうそれしかないみたいだもの」

「軽々しく考えないでくれ。【同盟】を受ける以上、協力関係は必至だ。コトと場合によっては死ぬことにも繋がる。ここでひっそりと暮らす方が長生きできる可能性もある。……ひょっとすると、半年後には町からの救援部隊が来るかも知れないし」


 一応断りを入れておく。やるなら命がけだ。


「そんなの待ってられないわよ。やるわ、【同盟】。なんでも協力する。嘘じゃないわよ」


 アンジェリカの瞳に希望の光が灯っている。この部屋のランプよりもギラギラとしていて力強い。


「わかった。……ここにネクロマンサーと召喚士の【同盟】を結ぶことを誓う。どうする? 誓約書でも交わすか? それとも握手でもするか?」

「やーよ。馴れ合いでやるんじゃないもの。それに……男の手のひらなんかに、もう触れて欲しくないわ」


 じゃあ、と俺は右の拳を突き出した。


「自分を取り戻すために」


 ニッと笑う。

 アンジェリカもそれに気づいたのか、同じくニッと笑うと拳を握り、グッと突きだした。


「自分を取り戻すために」


 そして、どちらからとなく口を開き、打ち合わせなしに言葉が重なる。

 

「「おあのおんなをぶっ飛ばすために!」」


 俺たちは乾杯のときのグラスように、互いの拳を打ち合った。

 ここに、ネク×召喚同盟 が結ばれた――。アンジェリカよ、お頭の次はイザベラな!


「それで、何をすればいいの? タカヒロ」

「とりあえず、明日になったらこの村の生き残りの少年と一緒に、村を脱出してミサルダの町に向かってほしい」

「ミサルダの町って?」


 アンジェリカが首をかしげる。そうか、アンジェリカはまだミサルダの町に行ってないのか。


「俺たちが出会った場所を、まだずっと進んで行くとたどり着く町の名前だ。……ああっと、忘れてた。道の途中で爆破崩落しているかも知れない……。どうしよう。でも、ダダジム達ならうまいこと迂回していけるのかな? とにかく、そのミサルダの町で兵士やってるクレイっていう、【幻術士】を訪ねて欲しい」

「……【幻術士】のクレイね。わかったわ」

「あんまり【幻術士】を連呼するなよ。なんか賭博に呼んでもらえなくなるらしくて、秘密みたいだから」


 アンジェリカは眉を寄せながらも、コクンと頷く。

 俺は腰の道具箱からヘルゲルさん達の指輪を取りだした。


「俺の名前と、この指輪を見せればたぶんわかってもらえるはずだと思う。ゼペットさん、ホークさんの【兵士の指輪】。そしてこの【弓術士の指輪】がヘルゲルさんのだ。アドニスっていう【剣士の指輪】は俺が必ず手に入れるって、クレイに言っておいてくれ」

「わかったわ」


 兵士の指輪3つと【弓術士】の指輪ひとつを手渡すと、それを握りしめて、アンジェリカは続けた。


「それで、そのクレイって人に何を伝えればいいの?」

「バルバ隊長って人がそのクレイって人の上司だ。この二人を交えて話をして欲しい。クレイに俺の救出を要請したい。……もちろん断られる可能性もある。そのときは、アンジェリカは好きにしたらいい」

「それって同盟関係が決裂するってこと?」


 俺は苦笑して答える。


「決裂って言うか、無理をしなくてもいいってことさ。たぶん、俺の救出をバルバ隊長が了承して、クレイが助けに来てくれる可能性の方が低い。人を動かすにはそれなりの利害関係が有効に動かないといけない。……俺にそれだけの価値があるのかは俺自身もわからない。なんせ、先遣隊として死地に放り込まれたわけだしな。厄介払いと思っているかも知れない」

「…………」

「その場合は、無理をして説得しないでもいい。それよりもアンジェリカのその後のことを考えたらいい。ミサルダの町でのんびり暮らすのもいい」

「…………」

「王都に向かって、再び【召喚士の指輪】を手に入れるのも良し、だ」

「――え? それってどういうこと??」


 真剣に聞いていたアンジェリカが指輪に反応した。

 おや? 二ヶ月もこの世界にいるのに、そんなことも知らなかったのか?


「この国では子供は12歳から王都で【適正の儀】っていうのがあって、いろいろなジョブの適正判断を受けることが出来るみたいなんだ。おそらく王都でなら【召喚士の指輪】を新しく作ってもらうことが出来ると思う。あくまで、そう思うだけだけどね」

「そうなんだ……。王都ね……。うん、そうするわ」

「おい。一応やることやってそれでも駄目だったらにしてくれよ。あと、ダダジムは返してもらうからな。ちゃっかり給仕係に使おうとするなよ」

「わ、わかってるわよ。そのクレイって人をタカヒロの所に連れてくればいいんでしょ?」


 いまいち頼りないなぁ。まあ、いいけど。


「ああ。頼む。……それで駄目だったら、同行するロッドっていう小僧の面倒も見てやってくれ。パーソン神父って言う人に預けるだけでいい。むしろ、そのロッドって言う子がミサルダの町に入るための鍵になるかも知れないから、道中仲良くな」

「わかったわ。それでそのロッドって子は? 今どこにいるの?」

「この村の長老っぽい家の厨房で寝かせている。9歳の子だ。ドワーフのハーフだが、なかなか利発そうな子だ。あとでダダジムに言って引き合わせるつもりだ」


 そして、その後はとにかく俺の知っている盗賊の情報を話した。相手の名前、人数、ジョブ、武器、そしてお頭とロー公のことも話した。ネクロマンサーであることも全部だ。情報が多ければ多いほど、アンジェリカに有利に働くだろう。

 アンジェリカは始終怖い顔で聞いていたが、途中、アンジェリカのお腹がグゥ~と鳴った。アンジェリカが「あっ」と声を発して顔を赤らめたのがわかった。


「ごめんなさい。昨日から何も食べてないの」

「わかった。……ダダジム。俺がここに来た道をたどって戻れるか? 宿屋の方じゃないぞ。おまえが隠れていた生け垣で囲ってある方の家な。その厨房の戸棚に一人分の食事が入ってる。持ってこれるか?」

「クルルルルル……」


 ダダジムが頷く。やっぱりコイツら使えるな。アンジェリカが自堕落な生活を送っていたのも頷ける。


「気をつけていけ。……厨房では小僧が寝ているからまだ起こすな。俺があとで話をしておまえ達のことを紹介するからな」

「クルルルルル……」


 ダダジムが外に飛び出していく。俺はトルキーノのナイフをアンジェリカに差しだした。もちろん、柄を向けてだ。


「ひょっとするとまた誰かが来るかも知れない。一応持って置いた方がいい」

「……いいの?」

「同盟を結んだだろ? 信用はするさ。でも護身用じゃない。お守りにだ。あと、一応言っておくと、俺が死んだからってダダジム達はアンジェリカの言うことは聞かないと思うぞ。むしろ怒って食われてしまうだろう。その覚悟があるんなら実行してみたらいい……いや、やらないでくれよ」

「ふふふっ。しないわよ、安心して。……王都で新しい指輪をもらえるってわかったから」

「…………おい」

「大丈夫よ。出来るだけのことはするわ。うん、できるだけのこと。うふふふふ……」


 アンジェリカは楽しそうだ。

 うぬぅ。


 そしてアンジェリカからは、彼女の所有している【一般スキル】を教えてもらった。こちらも教える。【必須スキル】は、同じ【転移者】なので、俺と変わらなかったが、一般スキルは半分以上が別のモノだった。聞いたのは、なにか役に立つスキルはないかと思ったからだ。


【一般スキル】

●書記

●指揮

・採取

●手当て

●野宿

●地図作成

・暗視

●遠視

・探知

●清潔

●手櫛

●快便快尿


 アンジェリカの一般スキルは12個もあった。

 俺のと区別するため、俺に無いやつは●で表記してみた。結構違う。


「アンジェリカの一般スキルは、初めから12個もあるのか?」

「初めは10個よ。最後の2つはジョブLvが上がったときに手に入った【小玉】で新しく手に入れたの。ステータス画面でオン・オフの切り替えをすると、スキルの付け替えが出来るのよ。タカヒロは……」

「俺は未だジョブLv1だから、初期のまんまだよ」

「あーもー、なんでタカヒロなんかに負けたんだろ……ばかばか」


 アンジェリカは毛布の中でじたばたと騒ぐ。そういうのは毛布取ってやりなさい毛布取って。正座してみててあげるから。


「ほっといてくれ。ネクロマンサーは下積みが大変なの。さっきも村の死体置き場モルグで【魄】の回収作業を黙々とやってたんだから」

「うええ……。どおりですごい生臭いと思った」

「それはお互い様だろ。言っとくけどな、アンジェリカはあとで豚の血で髪を洗ったり顔に塗りつけたりしてもらうからな。この部屋を屠殺場とさつじょうの香りでいっぱいにしてやる」

「嫌よ、そんなの!」

「わがままいうな。回復してるのを見つかったら、また同じ目に遭わされるんだぞ」

「…………わかったわよぉ」


 ぶつぶつ言いながら毛布に顔を埋めるアンジェリカ。


「それじゃ、一般スキルの【書記】【指揮】【手当て】【野宿】【地図作成】【遠視】【清潔】【手櫛】【快便快尿】を教えてくれ。これらは俺のにはないスキルなんだ」

「いいわよ。でも簡単な説明でしか言えないわよ。【書記】は、この世界の文字を書くことの出来るスキルでしょ――


 以下、まとめてみる。


 ・【書記】 この世界の文字を書くことが出来る。

 ・【指揮】 多くの相手に、命令をより正確に伝えることが出来る。周囲が騒がしくて平気。

 ・【手当て】 怪我に合わせて簡単な手当てが出来る。

 ・【野宿】 “野営”の下位互換。野宿の知識が得られる。

 ・【地図作成】 地形や風景など、視覚から得られる情報を元に簡易地図を作成できる。

 ・【遠視】 視力がかなり良くなる。

 ・【清潔】 手のひらはいつも清潔。動物を触ったあとでもバイ菌を寄せ付けない。

 ・【手櫛】 朝の髪の爆発も手櫛をするだけでストレートヘアーにまとまる。

 ・【快便快尿】 便秘、下痢、腹痛になりにくい。整腸作用効果。大便小便が肛門や股間に付かない。トイレットペーパー要らず。


 だそうです。


「……あんまり役に立ちそうなものってないな……」


 と言いつつも、ちょっと欲しいスキルがあったりして。


「なによっ! あなたのぼっちスキルよりマシでしょ!」

「いや、俺のはだいたい全部役に立ったからいいの。ぼっち言うな! アンジェリカの方が今ぼっちだろうが! うちは今子沢山だぞ!」

「元はうちの子でしょ! 召喚したのは私よ! だから所有権しんけんは私にあるのよ!」

「今のアンジェリカじゃ、あいつらヒトクタンジャーを食わせていけないだろうが! この甲斐性なし!」

「何ですって!!?」


 がるるるるる、と角突き合わせる俺たち。さっそく“ネク×召喚同盟”の危機か?

 そのとき、廊下から「クルルルルル……」とダダジムの鳴き声が聞こえてきた。ぱっとアンジェリカの顔が明るくなる。


「やったぁ。ご飯だ! もうお腹ぺこぺこよ!」

「…………はぁ。いいぞ、ダダジム、入ってこい」


 ダダジムを部屋の中に入る許可を出す。まったく、子はかすがいと言うけれど、本当――、と入ってきたのはダダジムはダダジムでも三本足の“レッグ”だった。


「あ、あなた脚――」


 何か言おうとするアンジェリカを制して俺が口を開く。


「道中、危ない目に遭わなかったか?」

「クルルルルル……」


 立ち上がってハーイと手を上げるレッグ。小脇にはレッグの“後ろ足”があった。俺は【アイテムボックス】を開くと、中から【遺髪】を取りだして道具箱の中に仕舞った。そしてレッグから受け取った“後ろ足”がこれ以上腐らないようにアイテムボックスに放り込んだ。

 俺はレッグの頭を撫でながら、


「【魄】が300~400%になったらおまえの脚を元に戻してやるからな。それまで辛抱してるんだぞ」

「クルルルルル……」


 レッグは嬉しそうに鳴いた。


「なにがあったの?」


 アンジェリカがおずおずと話しかけてくる。

 まあ、話せば長いんだけどさ。

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