第54話 アンジェリカと涙と血とナイフ
ダダジムタクシーにアンジェリカが囚われているという民家まで送ってもらった。
あ、すみません。領収書もらえますか? 経費で落とすんで。なーんてケチ臭いことは言わない。踏み倒すに決まっているだろう。
ヒトクッタンジャーに「いくら?」って聞いたら「指三本」とか言い出すに違いない。誰がやるか。
アンジェリカが監禁されているらしい民家は、村の西側にある平屋の一軒家だった。広場にいる盗賊どものワイワイと騒いでいるのが、ほどよく聞こえてくる距離だ。
家の玄関口からは『魔光灯』漏れ、入る家を間違わないようになっていた。俺は開いたままになっている戸口から中に入った。一応、【暗視スキル】はオンになっているが、家の中はほどほどに明るく誰もいなかった。奥の部屋へと続く廊下は暗く、その部屋からは淡い灯りが漏れていた。
俺はダダジムに先行してもらいながら、そのあとに続いた。ギッ、ギッ、と床が軋む。アンジェリカは相手が部屋に入って来るのをこの音を聞きながら待っていたのだろうか。ダダジムが奥の部屋に入る。俺は【平常心スキル】がオンになっていることを再度確かめると、ドアをくぐった。
その途端、なんとも言えない
部屋には小さなランプがひとつあり、小さな灯りをともしていた。
アンジェリカは、大して広くもない部屋の木で出来たダブルベッドの真ん中に裸で寝かされていた。背を向けていたので形のよいおしりが丸見えだったけれど、赤く腫れていて2つ3つ歯形が付いていた。乱れた髪に隠れて顔は見えなかった。色んな色に汚れて濡れたままのシーツがおしりの下にあった。……アンジェリカの両手がベットの端に括り付けられていて、逃げられなくなっていた。
ぴくりとも動かない。死んでいるのかと思ったが、一応胸が上下していた。
声をかけるべきか俺は
このまま顔を見ないように口元を押さえ『治療』をする。藻掻き苦しむだろうが、数秒もすれば元通りになるだろう。会話をするならそれからでもよいのではないか、そう思った。
だが、ダダジムはアンジェリカのベットに飛び乗ると、その肩を揺すった。
アンジェリカの肩がビクッとした。どうやら起きていたらしい。背を向けていたアンジェリカが寝返りを打つように真上を向いた。裸体があらわになった。
「…………、……」
腫れた唇が力なく動く。濡れてくしゃくしゃの髪の隙間から
一瞬誰の顔だろうと思うほどに、アンジェリカの顔は腫れていた。左目が充血し、瞳孔が開いていた。見えていないのかも知れない。
体にいくつも殴られたような痣があった。ほどよい大きさのおっぱいが奇妙な形に腫れ、右も左も乳首が噛み潰されていた。そしてなにより、いくつもいくつも様々な形の歯形がそのおっぱいに刻まれていた。そのすべてに血が滲んでいて、おっぱいが揉まれるたびに血が絞り出されていたのだろうと、痛々しい想像をした。
昨日見たアンジェリカと唯一同じなのは、この金色に輝く髪の“色”だけだろうと思った。ただ、その金髪もナイフか何かで切られ、歪な髪型になっていた。シーツの上に髪がバラバラになって落ちている。そしてその髪からは小便と果蜜酒のニオイが漂ってきていた。
汚れの無い白魚のようだった指ですら、爪先から血が滲んでいた。
業を煮やしたのか、ダダジムがアンジェリカの顔をのぞき込んだ。しばし見つめ合う。
「――ぁ。ぅ……ぁ」
喉から絞り出すようなかすれた声。アンジェリカの右目がダダジムを見て少しだけ優しいモノに変化した。気は確かのようだった。
ダダジムがアンジェリカからそっと離れた。そして、立ちすくんでいる俺の手を引いてアンジェリカのそばまで連れてきた。
アンジェリカの目に驚きの色が宿った。それでもまだ俺には、彼女に何を伝えていいのかわからなかった。『平常心スキル』は働いている。それでもなにも言えないでいた。何も言わないのが正しいことだと気づいていたからだ。
どんな慰めの言葉も、まずは彼女からの恨み言を聞いてからだと思っていた。
ダダジムが俺の左手の指をぎゅっと握り、ぺしんと叩いた。
どうやら、早く回復してやって欲しいという意思表示のようだった。
「アンジェ――」
「ま、た、あった、わね……タカヒロ……あなた、す、こし、か、わった?」
口唇を動かすことで、再び切れ、血が滲んだ。アンジェリカには前歯が無かった。
「――リカ。ごめん」
「かみ、さま……に、なれた?」
途切れ途切れのアンジェリカの声は、だけど優しく。かすれていてうまく聞こえなかったけれど、ただ、俺の気力を甦らせるには充分だった。
「神様にはなれなかった。でも、アンジェリカ、君を助けることの出来る人ぐらいにはなれたつもりだ」
「……そ、ぅ」
どうしてそんな残念そうな目をするのか。俺は彼女から目をそらし、両手を拘束する荒縄を解いてやる。
「もうしゃべらなくてもいい。今から君の怪我を治す。ただ、俺の【治療】には副作用がある。以前の状態に戻すためには、【激痛】を避けては通れない。今まで受けてきた痛みの“再現”が行われるんだ。いいか? たぶん数秒はその痛みがあると思う。我慢して耐えるんだ。いいな?」
「……わ………死ん……ら、こ………げる」
何を言っているのか、小さくて聞き取れない。たぶん、もう時間がないのだろう。
「我慢して、頑張ってくれ。必ず治してやるから」
このセリフを、亡くなった妻にも言えたならどんなに良かっただろうか。あの頃の俺には、妻の気を紛らわせるような言葉しかかけてやれず、日に日に弱って痩せ細っていく姿をそばで見ているだけだった。
――あの頃とは違う。
俺は左手を彼女の頭に着けた。髪がびっしょりと濡れていた。血でも汗でもない。小便と果蜜酒の混ざり合った酷いニオイがした。
ハルドライドが臭い消しに果蜜酒をかけたのだろうか、それとも飲もうとしない彼女に苛立ってぶちまけたのだろうか。その両方か。奥歯を噛む。
『修復可能な負傷箇所に接続しました。【魄】の“転用”を開始しますか? はい/いいえ』
『再生不可能な負傷箇所が見つかりました。再生を行うなら【転用Lv4】以上が必要です』
やはり折られた歯は再生しない。でも、今の俺にはこれが精一杯だ。
俺はアンジェリカの目を見つめながら髪を撫で、『はい』を選んだ。
『負傷以前の状態まで戻すのに 14% の【魄】が必要です。実行しますか? 189/14 はい/いいえ』
……14%と言えば、内臓損傷しているくらいの怪我だ。全身を殴られどんなにか痛かっただろうと、俺は改めてアンジェリカに同情した。
「痛いぞ。でも、必ず治すからな。我慢してくれ。あと、悲鳴は極力上げないでくれ」
「ん……」
アンジェリカの手が俺の左手に重なる。それを合図に『はい』を選んだ。
14%分の魔力の固まりが心臓から左腕を伝い、そしてアンジェリカに流れ込む。
「!?? っ……ぎぃ! あぁ!! ぅ……っ」
アンジェリカが痛みに抗おうと藻掻き始める。
「俺の左手に爪を立てていい。でも、その痛みに耐えて乗り越えて見せろ、アンジェリカ!」
「……っ! ……っっ!! あぐっ……」
アンジェリカはしばらくの間、藻掻き苦しむように身を
見ると、形の良いおっぱいにはいい感じの乳首がちゃんとくっついていた。どうやら怪我は全快したようだった。歯形も何もかも無くなり、見事なおっぱいだった。なるほど、これならしゃぶりつきたくなるのもよくわかる。外人さんのおっぱいは素晴らしい。
アンジェリカがむくりと起き上がる。
「……【治癒士】だったのね、タカヒロは」
そう言ってアンジェリカは乱れた髪を掻き上げる。他にいろいろと隠さないといけないところがございますでしょうが、
「いや、【ネクロマンサー】だよ。初めて会った時、鑑識で調べただろ? ほら、指輪の識別色も紫色だ。紫がネクロマンサーなんだ」
「治癒魔法も使えるネクロマンサー?」
おまたのお毛けが金髪ですよ、みなさん。これは事件です。
「いや。さっきのは“転用”っていうネクロマンサーの【ボーナススキル】なんだ。『痛みの再現』と引き替えに怪我を元通りに治すことの出来る便利な回復スキルなんだ」
「そうなんだ。ありがとう、タカヒロ。もうすっかり元通りよ。……やだ、ひどい臭いね。シャワー浴びたいわ」
俺はベットから降りようとするアンジェリカの肩に触れてそれを留めた。
アンジェリカ少しだけ眉をしかめると、言った。
「……あなたもあいつらと同じことを私に強要するの?」
「しないよ。……俺は亡くなった妻を生き返らせるためにネクロマンサーを選んだんだ。その望みが絶たれない限り、浮気はしない。妻が生き返ってそのことを知ったら『離婚届』を突きつけられそうだからね」
俺はやれやれと肩をすくめてみせる。……まあ、元の世界で再婚に向け、見合いを繰り返していた男の言うセリフでは無いのだが。
「あらそう。怪我を治してくれたお礼に、タカヒロだったらサービスしてあげても良かったのに」
「気持ちだけは受け取っておくよ」
アンジェリカはふふふ、と嬉しそうに笑った。
俺は内心、ふぉぉぉぉぉ!!!と激しく激しく後悔しながらも、テントを張らずに虚勢を張る。これぞ“漢の修行”である。……ごめん嘘です。『平常心スキル』が欲情と劣情と勃起を妨げるのです。EDです不快です死にます。
近くのクローゼットから毛布を出すと、ごそごそしているアンジェリカに渡した。
ありがとうと言って毛布を受け取るアンジェリカは、もうただのヌードモデルの外タレ美女にしか見えなかった。俺はどうしてこの人のことを“恐ろしい人”などと誤解していたのだろうか。甚だ疑問だ。
「……これまでのことと、これからのことを簡潔に話しておく。あまり時間は無いんだ。今の俺は“捕虜の身”で明日からは盗賊団の回復役だ。この鉄手錠が証拠。殺されない代わりに仲間になれと強要されて、俺はそれを受け入れた」
「盗賊の仲間になったの? あいつらの?」
アンジェリカが眉間にしわを寄せて俺を見た。
「あいにく俺には抗う
アンジェリカは毛布で身をくるむと、ジッと俺の目を見つめてくる。
……念のためだ。アンジェリカにも俺の『瀕死体験』のことは話さないでおこう。
「その【魄】を一定以上集めてみたら、【ボーナススキル】である“転用”が発生したわけだ。翌日になって、俺は町の兵士達と一緒に『先遣隊』としてこの村の様子を見るためにやってきた。だけど、その途中で盗賊達に気づかれ、『先遣隊』は全滅、逃げたけど、捕まって尋問された。……そのときに、この“回復する能力”に目をつけられて仲間に誘われたわけだ。殺されるくらいなら盗賊の仲間になった方がマシだと思った」
一応これがアンジェリカと離れてからの俺の足取りだと伝えた。
「盗賊は明日の明け方にはこの村を去る予定らしい。もちろん俺は連行されてしまうだろうが、アンジェリカはこのまま“死んだふり”をしていればそのまま捨てて行かれると思う」
「…………」
「今夜はこれで盗賊どもは来ないと思うけど、もし来たら回復した君も連れて行かれる可能性が高い。もちろん昨日今日のようなことをされるだろうな。顔の腫れが引いて歯形の無い君は、とても魅力的だ。しかも怪我をさせても回復することが出来るとわかれば、もっと酷いプレイに走ろうとするだろう。だから、あとでダダジムに牙ブタの余った生肉を持ってこさせるつもりだ」
「…………何をするつもりよ」
アンジェリカが
「もう一度死体に戻ってもらう。豚の肉を頬に入れて膨らます。豚の血を頭から浴びる。捨てずに残して置いた内臓をベットの下に隠して腐った臭いを演出する。つまり偽装死体に仕上げる。吐き気を催すほど部屋の中を臭くして、死んだと見せかけるつもりだ」
「…………最低ね。泣きそうよ」
「だが、君は生き残れる」
「…………」
アンジェリカは毛布の端で顔を
「…………それで、話は変わるけど、“私”のことはいつ知ったの? この村に来てすぐじゃないわよね? ダダジム達が騒いだはずよ。指輪を外されて、私はダダジム達と通信がとれなくなったの。それでもこの子達はすぐには私の元へ戻ろうとしなかった。そこにはちゃんとした理由があったはずよ」
――――。案外、
メリセーヌの『記憶』を読んで、アンジェリカが攫われたことを知ったことは、知られたくはない。それを伝えれば、俺にはこの先“切り札”に出来るカードがなくなる。
だが、それよりもひとつ、聞いておかなければいけないことがある。
「その前にひとつ教えてくれ。アンジェリカは盗賊達に指輪を外されたんだろ? つまり、その瞬間から【召喚士】ではなくなったはずだ。それなのに、ダダジム達は暴走も消滅もしていない。これはどういうことなんだ?」
イザベラが口を酸っぱくして「指輪を外すな」と言っていた。その理由が、ジョブと指輪とを繋ぐリンクが絶たれてしまうからだという。リンクが絶たれれば『魔法系』はその効果を失い、『従わせ系』は暴走されてしまうらしいのだ。
「タカヒロはあのとき、ダダジム達を使って“詐欺”を働きたいからって、私から5匹のダダジムを借りたでしょう?」
「いや、べつに詐欺というわけでは……」
ヒーロー見参!は、お年寄りに夢と希望を与える素晴らしいショーであり、俺はただ対価としてのおひねりを頂きたかっただけで、詐欺ろうなんて気はとてもとても。
だが、疑り深いアンジェリカは半眼で俺を見る。俺は綺麗な女性に見つめられたので、照れてそっぽを向いた。
「いいの。何も言わないで。わかっているから。町の外での犯罪は見過ごされるのがこの世界の現実だから。悲しいことだけどこれが人の
嘘泣きだろうが、そっと目元に毛布を寄せるアンジェリカ。
……俺がこの世界で最初に出会った【選出者】は、怪我をした老人を無視して下僕に火事場泥棒を行わせていたんだけど、そのことについて話さない?
「話を戻してもらってもいい? 指輪を外したのにどうしてダダジムが暴走しないのか、消滅したりしないのか、それが知りたいんだけど」
やはり嘘泣きだったのか、アンジェリカは真顔に戻ると言った。
「私の【召喚】には2種類あるの。“魔力を使っての召喚”。“そして魂を使っての召喚”。ダダジム達は後者の召喚なの。前者は召喚中はMPを消費するけれど、使いたい時だけ喚び出して使うことが出来るわ。与えられたMPが尽きれば消えてしまう、“命を持たない、魔力で作られた召喚獣”。偵察用に放っていた『ヒレイ』は、私がMPを消費して生み出したものなの」
アンジェリカは毛布の隙間から腕を出すと、ダダジムの顎を撫でた。ダダジムが嬉しそうに「クルル、クルル」と喉を鳴らす。
「だからヒレイは指輪を外されたと同時に消滅したと思うわ。でも、ダダジム達は“魂”を使っての召喚だから、この世界で自立できているの。召喚、と言うよりも“生誕”させたと行った方がしっくりくると思うわ。方法は教えないわ。お互いその方がいいと思うのよ」
アンジェリカはダダジムに目を向けながら言った。“魂”がらみであるなら、おそらく【生け贄】が発生しているのだろう。誰も彼も、ジョブLvを上げるためには何かの命を奪わないとといけないのだ。食物連鎖の上に俺たちがある。生き残るためには、常に何かを狩って、常になにかを犠牲にし続けなくてはいけない。
「いいよ、知りたいのはそんなことじゃないから。続けて?」
アンジェリカはこちらをチラリと見ると、またダダジムに視線を移した。
「……だけど、指輪を外されるというのは、召喚獣との“絆”を絶たれるというのと同じことなの。もしもタカヒロにダダジムを預けないままで指輪を外されていたら、この子達も【暴走】してしまっていたと思うわ。……一度、前にも同じようなことがあったの。うっかり指輪を外したら、それまで大人しかった召喚獣が急に暴れ出して、指輪をはめ戻しても全然言うことを聞いてくれなかったの。結局、村の人に殺されちゃったわ。その子」
アンジェリカが目を伏せる。
「なら、今回はどうして暴走しなかったんだ?」
「所有権を一時的にあなたに移したの。そういう【スキル】もあるの。でも、その間に指輪を外しても【暴走】しないなんて知らなかったわ。……本当のことを言うとね、タカヒロ。あなたはその子達の【暴走】によって殺されてしまったと思っていたの。ごめんなさい」
「…………」
少し考える。考える。…………。
「それで、話は戻るけど私のことはいつ知ったの?」
「…………確信は無かったけど、崖から落ちた馬車の生き残りのおじいさんに、町に盗賊が現れたことを聞いた。そのおじいさんを助けて道まで戻ってくると、さっきまで無かったはずの蹄の跡がたくさんついていた。それに――ダダジムが“メリセーヌ”の死体を俺に見せたんだ。絨毯は残っていたし、荷物も残っていた。まあ、そこから推測したんだ」
「そうなの……。そうなの? ねえあなた」
アンジェリカはダダジムに触れながら問いかける。
俺はダダジムにアイコンタクトをして想いを伝える。「クルルルルル……」ダダジムは鳴きながらアンジェリカに頷いた。アンジェリカは「そう……」と呟き目を細めた。
少し考える。考える。考える。
「また【暴走】の話に戻るけど、アンジェリカは一度指輪を外した……ていうか、今回外されたんだろ? ダダジムとの繋がりはそれで一度切れてしまったって言うのに、こいつらダダジムはアンジェリカの所に連れてけ連れてけうるさかったんだ。所有権が俺にあるって言うけど、俺が返すって言った場合、アンジェリカが引き取って、また元の鞘に収まるものなのか?」
ダダジム達はアンジェ利の元に戻って一件落着になるのかってコトだ。
「わからないわ。試してみないと……。タカヒロ。私の指輪を探してきてくれない? きっとあの女が持っていると思うのよ」
「…………」
アンジェリカは期待を込めた目で俺を見上げる。瞳が潤んでいる。
やっぱりそうきたか。
「【召喚士の指輪】は盗賊のお頭が確かに持っていたよ。お頭からは指輪の持ち主は死んだって聞かされてちょっとびっくりした。まあ、あと少し遅かったら本当に死んでいたかも知れなかったけどね」
「ふふふ、ありがとうね、タカヒロ」
……。さて、笑みを返していいものか思案していると、家の戸口の方から物音が聞こえた。
ガタタッ。ゴト、ギッ、ギッ、ギッ、と廊下を歩いてくる足音が聞こえてきた。誰かがやってきたらしい。
回復した状態のアンジェリカを盗賊達は知らない。つまり、今廊下を歩いているヤツは死にかけていたアンジェリカを再び犯そうとやってきたわけだ。
眉をしかめて、俺はアンジェリカの方を見た。
だが、アンジェリカは平然としていて、ただ俺の顔をジッと見つめている。
まるで昨日、ダダジムを魔物と勘違いして、アンジェリカに共闘を呼びかけた時と同じように、涼しい顔色だった。
――顔色くらい変えてみせろよ。アンタのお客さんだろ?
そう思うが、やってきたものは仕方が無い。俺はダダジムに合図を送った。
「クルルルルル……」
ダダジムが泣き声を発する。
廊下を軋ませていた足音が止まった。
「あー……。すんません。ハルドライドのアニキから“終わった”って聞いてたもんで来たんすけど、今誰か使っているんすか?」
この声はパビックか。
俺はダァン!と足を踏みならした。この部屋のちょうど反対側でドタタッと退くような音が聞こえた。
「す、すんません! で、でもおかしいな……みんなは広場の方にいて、数も数えたのに……あの、そこに居るのは誰っすか……?」
胸中舌打ちをする。
この場で「トーダ」の名前を出せば、パビックは必ず俺の顔を見にこの部屋に入り込んでくるはずだ。そして、アンジェリカの様子を確認するはずだった。
どうするか?
ちらり、とアンジェリカの顔を見る。
だが、アンジェリカはやはり平然としていて、ただただ俺の顔をジッと見つめてくるばかりだ。
その瞳は、俺に何かを期待している目ではなく、俺から何かを見定めようとしている目だった。
…………。やっぱり、こいつ。
俺はある確信を持ってアンジェリカを睨み返す。だが、アンジェリカはニコッと笑みを返すばかりだ。
答え合わせはあとからだ。とにかく、女は怖いってコトだ。
「……ちょっと覗きますよ~っと」
足音が再開し、声が戸口のすぐ近くでした。壁を隔てたすぐそこにパビックがいるのだ。
俺は後ろ回し蹴りをその壁に叩き込んだ。
ドカン!とでかい音がして、壁が揺れた。毛布で身をくるませたアンジェリカがビクッとして目を丸くしたのがわかった。そして、ドタンバタンとパビックが廊下に倒れ伏した音が聞こえた。
「あわわわわっ、すすすみませ~~~ん! アアア、アーガスさんとは気づきませんでした! いえっ、お頭には内緒にしておきます! おお俺は何も知りませ~~~~ん!! 失礼しましたーー!!」
ドタタタタタタ、と一目散に廊下を駆け抜け、外に飛び出していくパビック。俺は足音が聞こえなくなると、一応チラリと廊下を確認した。だれもいない。ほっとする。
部屋に戻るとアンジェリカがクスクスと笑っていた。
「うふふふふっ、タカヒロ、あなた壁を蹴るなんて、うふふふふふふっ」
…………。
俺は蹴った壁に背を預けると、アンジェリカに“命令”した。
「アンジェリカ。今すぐ毛布を外せ」
「…………」
アンジェリカの笑いがピタリと止まる。そして、今までにない怖い顔で俺を睨んだ。
「嫌よエッチ! 結局あなたもそういうつもりなの! ゲス野郎! 最低!」
さんざんな言われようだが、俺は後頭部をゴツゴツと壁にぶつけながら、腹部に装着してある“風のナイフ”を抜いた。ランプしか灯火が無かった空間に、色の違う淡い光源が現れる。
俺は“命令”を繰り返した。
「毛布を外せ」
「ダダジム! タカヒロをやっつけて!!」
アンジェリカはダダジムに命令を飛ばす。だが、ダダジムは不思議そうに彼女を見ると、俺の指示を仰いだ。
「ダダジム。アンジェリカから毛布を引っぺがせ」
「クルルルルル……」
ダダジムが俺の命令を聞き入れ、アンジェリカの掴んでいる毛布を勢いよく引っぺがした。ダダジムの筋力は、小さいながらに俺よりもずっと強い。毛布はあっという間にアンジェリカの手から離れ、アンジェリカは再び一糸まとわぬ生まれたままの姿になる。
まあ、生まれたままの子はお股にお毛けなんて生えてないだろうけどね。
アンジェリカが涙目になり、俺をギッっと睨んだ。俺は壁を背に彼女を見下ろすと、ヒューッと口笛を吹いた。完全に悪役であるし、役得だ。もう少し調子に乗ろうか。ダダジムさんも味方してくれているし。
「股を開け」
「嫌よ!」
「いいから開け。自分でやんないなら、ダダジムに開かせるぞ」
「……っ」
アンジェリカはおずおずと股を開く。だが、お目当てのモノは見えてこない。
「いいねいいね~。じゃあ次はそのままの姿勢で腰を浮かせてもらおうかな~」
「…………」
「ダダジム。アンジェリカが妙な真似をしようとしたら、おっぱいを思いっきりひっぱたいてやれ」
「クルルルルル……」
ダダジムさんも参加して3Pだ。
アンジェリカは俺をグッと睨むが、俺が風のナイフを向けたまま、態度を変えないのを見て、根負けしたように深いため息を吐いた。
「わかったわ。私の負けよ。……はい。あなたはこれが欲しかったんでしょ」
アンジェリカは腰を持ち上げると、おしりに敷いていた一振りのナイフを俺の前に出した。
「ダダジム、そのナイフを毛布と交換にこっちに持ってきてくれ」
「クルルルルル……」
ダダジムはアンジェリカに毛布を渡すと、ベットの上にあるナイフを拾って俺の所まで持ってきた。
ナイフは果物ナイフではなく、おそらくあのトルキーノが持っていた投げナイフ用のものだろう。トルキーノに犯されている時に盗んだか、床に落ちたのを1本隠しておいたかだ。俺が毛布を探している隙に拾ったのだろう。
「あーあ、バレちゃった。タカヒロはチョロいと思ったのになー」
毛布の中で足をばたばたさせるアンジェリカ。その顔は憑き物が落ちたような感じがして、先ほどよりもずっと幼い顔に見えた。
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